「からくりスレイヤーズ!」


「な………んだ………これは………!?」
パンダの擦れた声が背後で聞こえた。

彼はおそらく、生まれて初めて見たに違いない。
人が操る、人より大きなからくり人形を。

あたしの指から伸びた操り糸に合わせて、牽糸傀儡(けんしくぐつ)が起き上がる。
幾重にも折り畳まれて入っていた、スーツケースの暗闇から。
まるで生きている人間のように四肢を伸ばし、こうべを巡らすさまを。

「……行くわよ。シャブラニグドゥ。」
呼吸を整え、自分に暗示をかけるために呟くのは。
物心つく前から傍にあった、一体の人形の名。
哀しみの黒い衣に覆われ、目から涙をこぼすそれは。
道化師の顔をしている。
 
きゅうっと人さし指を引くと、人形は一歩を踏み出した。
ガシャン、と。
 
キシャァアアアアッツ!!
 
叫び声のような不協和音をかき鳴らし、スーツ人形が宙を舞う。
敵を見つけた野生動物のように。
だがシャブラニグドゥは表情を変えない。
男達も。
 
ガキィイインンンッッッ!!
 
スーツ人形の足を、シャブラニグドゥの片腕が切り裂く。
正確に言えばそれは、シャブラニグドゥが握っている、別の人形の片腕の鋭い指だ。
シャブラニグドゥは、隻腕の道化師でもある。
 
『…………………』
仲間の一人が粉々にされても、顔色ひとつ変えずに次々に突っ込んでくる。
人形に感情や感傷はない。
同時に恐怖も。

バラバラバラバラバラッ………
 
壊された人形の足から部品が飛び散った。
そして流れる銀色の不透明な液体。
それこそが、この不気味なスーツ男達の正体でもある。
歯車とコードと人工骨格でできたただの傀儡を、人のように動かすため。
操りの糸もなしに勝手に動き、人のように口をきき、人のように考え、そして人の血液を吸って動く。
それらを自動人形(オートマータ)と、あたし達は呼ぶ。

 
「シャブラニグドゥ。」
あたしは十本の指を使い、体を使ってこれを操る。
あたしの意志を、三十の糸が道化師に伝える。
「キリがないわ。………禁を犯すわよ。
『開封』!

かくんっ!

頷くかのように、シャブラニグドゥの白い顔がうつむく。
別の人形の片腕を胸に抱いて、その場にうずくまる。
おどけたところなど、どこにもない。
頭にふさふさの飾りをつけて、足にはバラの飾りをつけていても。
断定できる。
これは人を笑わせるために作られた人形ではない。
道化師の形に作られていてもだ。
あたしは大きく腕を振りかぶり、両腕を頭の上で交差させる。
 
『竜破斬(ドラグスレイブ)!!!』
 
ガコンッッ!!

道化師の腰がいきなり割れ、中から大きな歯車が飛び出した。
それは上半身を高速で回転させるためのものだった。
ガラララララッッッ!!!
ガキキキキキキキッッ!!!
キシャシャシャシャシャシャッッッ!!!

折れた腕を握る腕が、目にも止まらぬ速さで回っている。
道化師の上半身はもはや姿の定まらない黒い靄のようだ。
だがそれは、単なる靄ではない。
その証拠に、周囲に群がった自動人形達がばらばらに分解されていく。
歯車とコード、欠片となった骨格、そして命の源である銀色の液体をまき散らしながら。
靄というより、一陣の黒い竜巻だ。
ガシャンガシャンガシャンッッ!!
行動不能となった人形の残骸が、山と築かれていく。
 

その技は、禁じられていた操法だった。
あたしが古い文書から見つけだし、秘かに会得した技なのだ。
そして、あたししか使えない。
あたしの声と、パスワードである「開封」の言葉がないと発動しない。
竜破斬。
ドラグスレイブ。
自動人形相手に初めて使うこととなったが、これほどの威力とは。
「………………。」
動くもののなくなった駐車場で、ただ一人。
あたしは自分に与えられた人形の本当の力を思い知った。



これがあたしのいわゆる事情。
スーツケースに眠る操り人形を武器に変える一族の娘。
だれも知らない里に隠れ住み、こうして人形を操ることだけを鍛練してきた。
リナ=インバース。
またの名を、人形破壊者(ドールスレイヤー)。



「……お疲れさん、シャブラニグドゥ。」
軽く糸を引き、使命を終えた人形を再びスーツケースに戻そうとする。
こいつらを差し向けてきたのがだれなのか。
あたしを連れていこうとした目的が何なのか。
それはわからないままだった。
だが、窮地は脱したのだ。

一瞬、気を抜いたその時。
ふっと朝陽が翳った気がした。










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