『二人で無敵』

 


少女の前に現れたのは、倒れた男よりさらに背が高かった。
片手に持った長剣で、自分の肩をぽんぽんと叩いている。
それは確かに物騒な代物だったが、きちんと鞘に納まっていた。
青年はその鞘に納まった剣で、男の後ろ頭をこづいて気絶させたようだ。

手を腰に当てた少女は、すがめるような目つきで青年を見上げる。
「ふんっっだ。
こんな変態には、まだまだ言ってやりたいことがたっくさんあったのよ!
こいつにつかまりそうになって、危うく逃げ出した女の子なんて、いまだに怖くて一人で外を歩けないのよ!?」
憤慨する少女に、青年はわかっているという微笑みを向ける。
「ああ。だから、頼まれたこの依頼、引き受けることにしたんだろ。
自分が囮になるつもりで。」
「そーよ。
あたしのよーに可愛らし〜〜美少女が歩いてれば、間違いなくひっかかってくると思ったしね。」
やや機嫌を直したのか、少女はにこりと笑い、その場でくるりと回ってみせた。
「しょってら。」
青年が笑う。
少女の子供らしからぬ言動に、青年は驚いた様子もない。
まるで、毎日交わされてきたやり取りのように。

昨日今日会ったばかりとは思えない。
だが、二人の間には、一つとして接点がなかった。
髪の色といい、目の色といい、顔形から言っても、兄妹や親子には見えない。
服装も、片や旅の傭兵と言った風情、子供の方はといえば、とてもそんな荒っぽい旅を送る年令とも思えない。

 
「………それにしても。」
昏倒して気絶している男の脇に回り、少女はしげしげと見下ろした。
「あっけないもんねーー。
自分より力が弱い子供には強気でも、実はめちゃくちゃ弱いじゃん。こいつ。」
「そんなもんだろ。
それでも、小さな女の子からすれば十分怖かっただろうさ。」
「そーよねーー。
しかし、わっかんないわ、あたし。
何で年相応の女の尻おっかけないで、子供おっかけるわけ。」
「おいおい。」
少女の乱暴な言葉遣いに、青年が苦笑する。


その時、倒れていた男からうめき声があがった。
もぞもぞと手足を動かしている。
「おりょ。手加減したでしょ、ガウリイ。」
少女がちょこんと、男の前にしゃがみこむ。
「ううう………」
男は目をしばたき、ふらふらと頭をあげた。
「いたた……なにがどうなったんだ……………あ。」
男と少女の目がかちりと会う。
「あああっ!俺を殴りやがったちんくしゃガキ!!」
「むか。」
ぺんっっ!!!
「ぬあっ!?」
男は衝撃を頭に受け、目を白黒させる。
半目開きになった少女が、片手に何故かトイレのスリッパの片方を持っていた。
「ス、スリッパ!?
おまえ、それで俺を叩きやがったのか!?
大体、何でこんなところでスリッパが!?」
「これはツッコミ用の小道具よ。
または不愉快な発言を繰り返した男へのおしおき道具と言ってもいいわ。」
「くそ、一体なんなんだ、お前は!
たかが5、6才のガキのくせにえらそーに!!
なんぼのもんじゃと思っとるんじゃこら!」
男はうわべの優しさをかなぐり捨ててキレる。
だが、少女は動じなかった。
「そのたかが5、6才の子供相手にエヘエヘしてたくせに。」
「うっ………」
「それにあたし、子供じゃないし。」
「…………は?!!?」
ポニーテールの頭を揺らし、にかりと笑う少女。
「これでもあたし、もー18よ。18。」
「じゅ、じゅうはちいいいいい!?!?!?!?」
「残念ね、あんたの好きなおこちゃまじゃなくて。」
「な、な、どー見たって5つか6つの……
とても18には…………」
男がぶるぶる震え出す。
「ふっ。」
男の驚きように気をよくした少女がほくそ笑む。

「でもこいつ、18の姿に戻ってもたぶん、一部分はあんまし変わらんぞ。」
いつのまにか少女の隣に、青年がしゃがみこんでいた。
「態度はでかいまんまだけどな。」
「ガウリイっ!!!」
ぶんっと風が鳴り、スリッパがかすめたが、紙一重のところで青年が交わす。
「こーいう凶暴なところも全く変わらんし。」
「こらっ!おとなしく叩かれなさいよっ!
ただでさえデカい図体が、さらにデカくなってるんだから、あたしからしたら!
しゃがんで、素直に頭を差し出すくらい、してくれてもいーでしょーがっ!」
飛び跳ねながらスリッパを振り回す少女。
それをひょいひょいと避ける青年。
男は呆然としたまま、小柄な背中を見送っていたが、突然目を輝かせて顔をあげた。
「いい!」
「…………は?」
少女と青年が立ち止まる。
「いい!見た目は子供で中身は18!
新鮮だ、新発見だ、新大陸だ!
おい、にーちゃん、金ならいくらでも出す!
その子を貸してくれ!」
男の顔は完全に相好が崩れきっていた。


ずんんっっ!!!
べしゃっ!!

「ぐえっ………」
夜間、沼から聞こえる両生類の鳴き声のような音を出し、中年の男は沈黙した。
何か重いもので上から押しつぶされたようだ。
「……………ガウリイ………?」
少し離れたところにいた少女は、不思議そうに目をぱちくりしていた。
男を踏みつぶしたのは少女ではなく、青年の方だったのだ。
「なんで………」
男の背中から片足をひきあげた青年は、少女の視線に気づくと肩をすくめた。
「お前さんの言う通りだった。こんなやつ、手加減してやることもなかったな。」
「…………………」
のほほんとした声だったが、そこに含まれた別の感情に気づくことができるのは。
この場では、少女を置いて他になかっただろう。

とことことこ、と歩いてきた少女は、青年の傍らに並び立った。
長身の青年と、まだ小さな少女。
身長の差は小柄な大人ほどもある。
「………ありがと。」
少女が青年を見上げることなく、ぼそりと呟く。
「お前さんが礼を言うことはないさ。
オレが我慢できなかったからな。」
青年もため息のように低い声で答える。
「………………」
黙った少女の頭の上に、何かが軽く触れた。
長い腕の先の、大きな手の、長い指がそっと、少女の頭をかすめた。
並んで立っているだけだと、届かない。
いつものように、くしゃりとかきまわす、その指が。
触れてかすめていくだけの、そんな距離が今の二人にはあった。


少女の頬が、ほんの少し桜色に染まった。
それを悟られたくなかったのか、少し急いだように口を開く。
「でもひっかかってくれてよかったよね。
朝から何度も往復したんじゃ、さすがのあたしも疲れるし。
今日ひっかかってこなかったら、明日もやるつもりだったしね。」
「あれ。自分なら絶対ひっかかってくるって言わなかったっけか。さっき。」
「そ、そーよっ。絶対ひっかかってくるとは思ったけど!
この道にまた潜んでるかどーか、賭けみたいなもんだったし。」
「そーだな。早く捕まってよかった。
それでも、怖い思いをした子がすぐに治るわけじゃないだろうけどな。」
「……そーよね。
受けた怖い体験は、この先一生忘れられない記憶になると思うわ。
……………でも。
こんなやつばかりじゃないって、知ってくれたら。
安心して歩ける町になったら、きっと。」
「………………ああ。
忘れられなくても、乗り越えてくれればいいな。」
「うん。」

まるで何かの合図を交わしたように、二人の視線が同時にお互いへ向いた。
それはほんの一瞬で、相手の笑顔だけを素早く確認すると、その視線は遠くへと向けられた。
彼方、はるか遠く、町を越えてその先へ。
二人だけが持つ忘れられない記憶が、そこにあるかのように。

兄妹でもない。親子でもない。
友達というには年が離れている。
それなのに、まるで随分前からお互いをよく知っているような、そんな不思議な空気が漂う。

「ったく、こーいうやつってさ。
自分の気持ちを相手におしつけるだけで、相手のことなんかちっとも考えないのよね。」
「…………そーだな。」
「だからって、抵抗できない子供を手にかけようって根性が許せないってのよ。
変態なら変態らしく、家でとぢこもって一人でエヘエヘしてるだけなら、人様にめーわくかかんないのに。」
「ははははははっ。」
青年は声を立てて笑い、少女はその笑い声を聞いて、安心したように一つくすりと笑った。
 





ぴーぴちゅぴちゅぴちゅ
 

何ごともなかったように小鳥は鳴き、何ごともなかったように元の木に降りてくる。

「そら、リナ。」

青年はひょいと身をかがめ、辺りに散らばったカゴの中身を拾いあげた。
ぴっと投げられたチーズの塊が宙に弧を描いて飛び、絶妙の角度で少女の手のひらへと落ちてくる。
「さんきゅ。」
「さて、と。縄をくれるか。」
男の足下にしゃがみこんで、青年が少女に手を伸ばす。
「いーけど。タマゴでベタベタよ。はい。」
ぬちゃっ。
少女が手渡した縄は透明な糸を引いている。
「うえ。ぬるぬるする。」
「しょーがないでしょ。カゴでぶんなぐったら、タマゴが中で割れちゃったんだから。」
「こりゃあ、時間が経ったら匂いそーだな。」
「いい薬かもね。」
昏倒した男を軽々と引きずると、青年はその体を起こし、木にもたれかかるように座らせた。
ぬるぬるする縄にやや手こずりながら、男を木に縛りつける。
「これでよし、と。」
「……れ?ここに置いてくの?
役所まで連れて行かないわけ?」
脇にちょこんとしゃがみこんで作業を見守っていた少女が、意外そうな声をあげる。
「首に縄かけて、砂利道をごろんごろん引きずってくかと思って、期待したのに〜〜。」
「期待したのか………。
いや、街へ帰ったら、この場所を教えればいいと思って。
どうせ運ぶなら、違う方がいいだろ。」
「………へ?」
 
少女に向かって、青年は手を差し伸べた。
枝下の青い影の中で、長い前髪に顔が半分ほど隠れている。
「街まで、肩に乗ってかないか?」
「……………………」
差し出された手を、不思議そうに見つめていた少女は、そこで照れたようにそっぽを向いた。
「あのね。見た目はそーかも知れないけど、あたし、そんな小さい子供じゃないんですけど。」
「わかってる。」
優しい声だった。
「………………。」


少女はちらりと青年を見上げた。
それから、大きな手のひらの上に、自分の小さな手を乗せた。
青年がそれをきゅっと握ると、軽く引っ張りあげる。
たんっ!
少女はそこで驚異的な跳躍力を見せ、青年の膝を足掛かりにしたかと思うと、そこで身をひねり、ひょいっと肩の防具の上に腰を下ろした。

「つかまってろよ。」
「だぁいじょーぶよ。」
それから二人は、振り返ることなく歩き出す。
下り坂の道を、ゆっくりのんびりと。
 
「しかし、軽いなあ。もともと軽かったけど、今はもっとだな。」
歩きながら、青年は肩を振り返る。
「当たり前じゃない。こんなちっさくなっちゃったんだから。」
「身長はそれほど変わらない気がするけど………。」
「ちょっと!それほど変わらないってことはないでしょーが!
かなり違うわよ、かなり!」
「そーか?」
「そーよっ!
あんたみたいにバカでかい男から見たら、少しかもしんないけど!
あたしにとっちゃ大違いよ、大違い!
おかげで不便この上ないったら。
欲しいものはみ〜んな高い場所で取れないし、カゴでぶんなぐらなきゃいけないほど、力も弱くなっちゃってるし。
まさに弱い美少女ってところよね。」
「………どっちも当たってない気がするのは………」
「気のせい。」
「ま、いーじゃねーか。
高くて手が届かなきゃ、オレがいるんだし。」
なんてことはないと、笑う青年。
「………………そ、ね。」
少女は呟き、道の先を見つめる。
「ったく。いつ元に戻れるやら。
こんなんで実家帰ったら、とーちゃんもかーちゃんも腰抜かすかも。
ああああああっ……
姉ちゃんが見たら、きっと大爆笑されるわ……うわー目に浮かぶ……」
頭を抱え、ぶるぶると首を振る。
その姿はかつての彼女を連想させ、青年はまたくすりと笑う。
 

 
最強、いや、最凶。
通った後にはペンペン草も生えないなどと、悪名が先行し。
今や、盗賊達の間で恐怖の伝説として語り継がれる。
そんな一人の旅の魔道士がいた。
地にとどかんばかりの漆黒のマントに身を包み、宝石の護符があちこちについた服をまとって、暗雲とともにきたるという。

意外なことにその身長は子供のように低く、さらにその胸は限り無く平面に近いそうだが。
栗色の髪をひるがえし、不敵な笑みを浮かべ。
夜な夜な盗賊いぢめにいそしむのが趣味という、彼女のモットーは。
『悪人に人権はない。』
自称天才美少女魔道士。
リナ=インバース。
 
その傍らには、常に一人の青年の姿があった。
長い黄金色の髪に、青い瞳、整った顔立ちは役者ばりのハンサムだったが、その腕は超一流。
伝説の剣を手に振るう技は、他に追随を許さないという。
軽装の鎧だけを身につけた、旅の傭兵。
 
一人でも最強。
二人なら無敵。
それが彼等だった。
 
「まだ先は長いさ、リナ。
お前さんの実家に着くまでに、何か方法が見つかるかも知れないし。」
「わかってるわよ。ガウリイ。
いつまでも、こんな姿でいるつもりはないですから?
とっとと元に戻る方法を探すわよ、あたしは。
そのために路銀溜めてんでしょ。」
「そうだったな。
お前さんが簡単に諦めるわけはないよな。」
「そーいうこと。」
「でないとオレ、お前さんが大人になる頃にはオジサンだぜ。きっと。」
そう言って笑う青年の頭を見下ろし、少女が無言になる。
口ごもり、次に言った言葉は囁きに近かった。
「何言ってんのよ………。
そんなになるまで、一緒にいるつもり………?」
「へ?何か言ったか?」
「ん〜ん、別に何も!」
「そうか?」
 
振り向いた青年の頬に、何かが軽く触れた。

はっとした彼が目をあげると、何ごともない素振りで遠くを見ている少女の、薔薇色に染まった小さな頬が見えた。
「そんなに待たせるつもりはないわよ。あたしは。」
そむけた顔の向こうから、ぼそりと小さな声が聞こえた。
青年にしか聞こえないような、小さな呟き。
「……………………。」
残滓の残る頬に指で触れ、青年は目を丸くした。
羽根のような感触だった。
それから、反対側の頬をぽりぽりとかいた。
 



 
こうして、正体不明の魔法陣に足を踏み入れたおかげで、子供の姿にさせられた魔道士と、その旅の連れは町へ戻った。

二人が肩を並べ、前のように旅を続けるその日は。
そう遠くない気がしてならない、晴れわたった穏やかな午後のことだった。
 
 




















 
 
 
 
 
 
 


 
-------------------------------------------end。
 
ええ、もう(笑)人様の趣味をとやかく言うほど、自分が清廉潔白かと言えばそーではないので(おひ・笑)仮想世界で楽しむ分にはいっこーに構わないと思うのですが。
仮想と現実の区別がつかない犯罪者は、人権放棄とみなしてよし。
自分みたいに一人でガウリイ描いてエヘエヘしてればいーじゃんよ。
と思っちまうのです。
詳しく書けば過激な文章ばかりになりそーなので、この辺で割愛(笑)
代わりにリナっちに盛大に怒鳴ってもらって、こりゃスッキリです(笑)
 
さて、子供に変身するとは、使い古されたネタだと思うのですが(笑)ちっちゃいリナを肩に乗せたガウリイもいいかなとちょっと考えて書いてみました。
どうして変身することになったか、その辺はまだぼんやりとしか考えてないのですが(笑)
たぶんこの状況は長くは続かず、ゼフィーリアに着く前には元に戻れると思います(笑)
 
では、ここまで読んで下さった方に、愛をこめて♪

実は今、何に一番ハマってるか、友達にも会社の同僚にもナイショにしてることってありますか(笑)
HP持っててネットでカップリング小説200本も書いて、この年で同人までやってるなんて。
一部の友達以外の人にはナイショです、ええ(笑)
 
 



感想を掲示板に書いて下さる方はこちらから♪

メールで下さる方はこちらから♪