『こころ』


 
 
トントン。
 
いつものように軽いノックで済ませて、扉を開いた。
「入るわよ………」
呼びかけて、気づいた。
ベッドが空っぽになっていることに。
「ガウリイ?」
ドアを閉め、ベッドのまわりを回る。
窓が開いて、カーテンが揺れていた。
「………!?」
彼はそこにいた。
昼の日射しが温めている木の床に。
目を閉じて、眠るように横たわっていた。
「ちょっ………」
 
慌てて傍にしゃがみこむ。
彼が大怪我を負ったのは三日前のことで、傷も完治しているはずだった。
大事を取って横になっていただけなのに。
「ガウリイ……?」
長い金髪が広がり、その中の顔は安らかだった。
息を詰めて見守る。
パジャマに包まれた胸が、微かにゆっくり上下しているのを。
「…………………。」
ふうっと安堵の溜息をつくと、あたしはぺたりと腰を下ろした。
「おどかさないでよね、全く。」
 
人の気も知らず、気持ち良さそうに眠る相棒を見下ろす。
呑気な寝顔。
ほんの三日前、下手をすれば世界が崩壊したかも知れないのに。
そしてそれを唯一食い止めることができた、きっかけを作った張本人なのに。
そんなことなどなかったよう。
窓から差し込む光の中で、あたしはちょっと微笑む。
「………でも、そうだよね。」
寝顔に囁いてみる。
「あんたがいなかったら、諦めてたかも知れない。あたし。」
 
あの時。
哀しみに暴走するあいつを止めることも。
全てを賭けて戦おうとすることも。
できなかったかも知れない。
やりきれなさと、同情と、戦いたくない気持ち。
そんな甘い考えに任せて、投げ出していたかも知れない。
それがどんな結果をもたらすか、わかっていながら。
結局のところ。
どんなに力を持っていても。
どんなに強さを秘めていても。
最後に決めるのは、心ひとつ。
「……ほんとは、すごいヤツかも。あんたって。」
諦めかけたあたしの前に、道を示してくれた。
肩を揺さぶった手が。
前に立ちはだかった背中が。
今のあたしとこの昼の光を、守った。
 
「……………」
なにごとか呟いて、ガウリイが目を開けた。
天井を凝視して、一度目を閉じて吐息をつくと、傍らのあたしに目を向けた。
「………リナ。そんなところで、何をしてるんだ?」
「………あのね。それはこっちのセリフ。」
「…………へ?」
「どこで寝てんのよ。あんたわ。そこはベッドじゃないわよ?」
「…………ああ。」
床に目を落としたガウリイは、長い腕を持ち上げて、額に手を当てた。
「暖ったかくて気持ち良さそうだなーと思って。
寝っ転がったら、ホントに寝ちまってたんだな。」
「あんたらしー回答ね。」
浮かんできた微笑みは、まだ消えずにいた。
「倒れたのかと思って、一瞬慌てたわよ。
ま、頑丈なあんたに限って、そんなヤワなオチはつかないわよね。」
「………………。」
薄く口を開いたガウリイが、黙ってあたしを見た。
「………な、何よ?」
「いや………心配かけちまったか、悪かったな。」
「べっ……別にそういうわけじゃ……。
寝てるだけだってすぐわかったし。
そしたら、窓から光が差してて、風も気持ち良くて………」
「……………」
慌ててパタパタと振った手の平の間から、ガウリイが窓を見上げた。
眩しそうに目を眇めて。
「ああ………そうだな。」
 
そうして二人して、窓を見上げていた。
同じように日射しを顔に受けながら。
髪を撫でるような風にふと、視線を戻したら。
ガウリイもこちらを見ていた。
まだ眩しそうでいて。
穏やかに風景を見守るような、優しい顔で。
 
「………………」
額に置いた手を、彼がそっと伸ばした。
あたしの方に。
床に置いたもう片方の手も。
両手を広げて。
まるで、あたしを迎えるように。
まだあたしに届かない距離から、問いかけるように。
 
「………………」
何も、疑問が浮かんでこなかった。
 
結んだ視線に添うように。
体を傾ける。
 
待っていた腕が、肩に回され。
長い指が、頭を抱え込んだ。
両手と頬で、暖かい胸に触れて。
深いところで静かに鳴っている、心臓の音に耳を澄ませた。
 
 
「………すごいヤツだよなあ、お前さんは。」
あたしが呟いたのと同じことを、この男が言う。
頭の上で囁かれた声は、柔らかくて、くすぐったかった。
「お前さんがいなかったら、今頃オレも、周りの全部も、どうなってたか。」
まるきり違う人間なのに。
変なところでたまにシンクロするあたし達。
「………そーねー………。
とりあえず、今日の昼食にも困ってたでしょーね、あんたは。」
くすりと笑って、目の前の胸をつつく。
「あんたのお財布の中身じゃ、それがいいところよ。」
「う〜〜ん………それは困るな。」
真剣に考えているようでいて、あたしの髪を撫でる男。
「お前さんに会うまでは、一人で一応やってたんだが。
不思議だよな。
どうやってたか、全然思い出せん。」
「それを言うならあたしだってそーよ。
あんたっていうお荷物を抱え込む前なら、もっと楽に盗賊いぢめとか………
ごほん。
もとい、あたし一人の食い扶持稼ぐくらい、わけなかったのに。」
「………な。」
胸をぐりぐりとつつき始めたあたしの手を、大きくて暖かい手がつかまえる。
抗うように、指と指を組む。
笑っちゃうくらい、大きさが違う二つの手のひら。
 
「そういえば、何か話があって来たんじゃないか?」
そう言って、手を握り返してくるガウリイ。
「昼ご飯ができたって。知らせに来たのよ、もともとは。」
顔の脇に手をついて、顔を起こすあたし。
鼻と鼻が触れ合いそうな距離で、見つめあう。
 
ガウリイがゆっくりと笑顔になった。
「…………幸せだよな、オレたちって。」
「…………へ?」
時々、突拍子もない事を言い出す男だ。
「いきなり何言ってんのよ?」
「いや、だってさ。
夜になったら眠って、朝になったら起きて。
腹が減ったら飯食って。
こんな風に、話すことも、触れることもできるだろ。」
わしわしと頭を撫でる手のひら。
「生きてなくちゃ、そのどれ一つとしてできやしない。
………だから。
生きなくちゃな、オレたち。
あいつらの分も。」
「………………。」
 
最後に決めるのは、心ひとつ。
自分の行くべき方向を、決して見失わないこと。
辿り着く場所を、思い描くこと。
そして諦めないこと。
 
「決まってるじゃない。
生きてる限り、無駄にはしないわよ。あたしは。
あたしの人生も、誰かさんの人生もね。」
「…………」
ガウリイが破顔した。
勢いよく抱きしめようとする腕を振り払って、噛みつくように。
ほんの少しの距離を一気に縮めて、あたしから素早く奪ってやる。
「…………」
驚いたガウリイが腕を緩める。
ニヤリと笑って離れようとすれば。
「…………」
今度は向こうが、宥めるように。
「…………」
 
 
しばらくの間、あたし達は。
昼の光の中、暖かい木の床の上で。
目を閉じることなく、見ていた。
光の差す方向を。
その先に続く長い長い道程を。
 
それを選んだ心に、添うように。
互いに添いながら。
 
 
 
 
 
 
 
 









 
 
 
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーおしまい。
 
日射しが温めた木の床の上って、ゴロンと寝転がりたくなりますよね〜〜………。
って季節はもう初夏!?(笑)書いた時は寒かったのに!(笑)
 
15巻最後の方と思って下さい。
13巻といい15巻といい、いろいろ想像したくなるよーないいシチュエーションが並んでますよね〜〜(笑)
 
今回は何の気負いもなく、自然に寄り添う二人が見たかったのと、耳もとで囁くよーな会話が聞きたかったのと(笑)そんなところからできた他愛のないお話です。
 
いつも考えるのは、声や呼吸や体温が感じられるよーな、そんな話が書きたいなと思うことです。ちらっとでも耳もとがこそばゆくなったら、嬉しいです(笑)
 
では、ここまで読んで下さったお客さまに、愛を込めて♪
干したての布団が気持ちよくて、つい寝転がってしまったことがありますか?
せっかく干したのに!と半ばあきられ怒られた経験は・・・(笑)
そーらがお送りしました♪
 
 
 



<感想を掲示板に書いて下さる方はこちらから♪>

<感想をメールで下さる方はこちらから♪>