「からまる無意識」


 
 
瘴気が感覚を霞ませる。
鼻を、喉を。
有害なガスのように蝕む。
背中に冷たい筋を作る汗は、激しく動いたからなのか。
それとも。

ゴガァァアア!!

「ガウリイさんっ!?」
アメリアの悲鳴が上がったのは、目の前を、長い金色の髪が尾を引いて横切った直後だった。
後方へ重い何かが突っ込む音が、それにかぶさる。
「目の前に集中すんのよ、アメリア!」
食いしばった歯の隙間から、押し出すように吐き出す。
左前方へ走りこんできた姿の、巻き上げられたフードが目に入った。
間髪入れずに、その人物は地面にひたりっと手を当てて唱える。
『地撃衝雷(ダグ・ハウト)!』
うまいっ!相手の動きが止まった!
この隙に!
 唱えかけの呪文を完成させたあたしは、一気にそれを解き放つ。
「霊氷陣(デモナ・クリスタル)!」
 
 
 




 
垂れ込めていた雲が晴れるように、辺りの空気が澄んだ。
耳の中でうざったかった低い耳鳴りが止まっている。
それほど脅威のある敵だったということは、全員がすぐに立ち上がれないことが示していた。
おのおの肩で息をして、痛む箇所を押さえている。

「いててててっ……。」
そんな言葉を皮切りに、一番ダメージを負っていそうな奴が起きてくる。
ジャリジャリと音を立てて彼が現れる頃には、ようやくみんなの顔に表情が戻ってきた。
背後に立つ気配に安心して、あたしもゆっくりと深呼吸する。
「いや〜、いいタイミングで助かったわ。サンキューね。」
親指を立てて向けると、左隣に座り込んでいたゼルガディスが、、銀の針のような髪の陰でニヤリと笑う。
「あんなもんだろうと思ってな。」
「さすがね。
あ〜、アメリアもお疲れさん。
自慢の鉄拳振るえなくて、残念だったわね?」
からかうように言えば、ほっぺたを膨らました答えが返ってくる。
「ひどいですよ、リナさん!
それじゃ、いつもいつもいっつも私が肉弾戦挑んでるみたいに聞こえるじゃないですか。」
「……魔族にケリ入れるヤツが何言ってんだか。」
ゼルガディスもツッコミを入れる余裕が戻ってきたようだ。

「それより、大丈夫なんですか??
すごい勢いで突っ込んで行ったから、心配しましたよ。」
アメリアが顔をしかめて見上げたのは、あたしの背後に立っている、誰よりも早く起き上がってきたヤツだった。
大剣を背に担いだ、あたしより遥かに長身の男はというと、辺りを見回している。
「ああ、オレか。」
やっと気づいたとばかりに、自分の鼻を自分の指で示す。
アメリア、速攻のツッコミ。
「『ああ、オレか。』じゃないです!他に誰がいるんですかっ!
いいですか、ガウリイさんっ!
いくら一流の剣士でも、相手が相手なんですから!
ただ無謀に突っ込むなんて、考えナシもいいところですよっ!?!?
大体、リナさんもリナさんですっ!
ガウリイさんのフォローもしないで、心配もナシですかっ!?
いくら便利なアイテム扱いだからって、あんまりじゃないですかっっ!!」
ずりずりずりっとばかりに、座った姿勢のままにじり寄るアメリア。
何故かお鉢が回ってきたので、あたしは軽く肩をすくめる。
「まあ、ガウリイが便利なアイテムかって話は別として。」
「別なんですかっ!?」
「フォローとか、心配とかって。必要ないから。」
「必要ないいいっ!?」
 
ぱたぱたと手を振るあたしに、過剰に反応したのはアメリアだけ。
当の本人はといえば、けろっとした顔であたしとアメリアを見比べている。
「必要ないって、なんなんですかっ!
あの場合・・・」
「あの場合。
あたしがフォローしちゃったら、折角ガウリイが一見無策っぽくわざと突っ込んで行ったのが、無駄になっちゃうからよ。」
「・・・へっ?」
「それと、心配もいらないの。
わざと薮のある方向へ吹っ飛ばされたのを見てたからね。
尖った岩とか、砂利だらけの地面よかマシでしょ。」
「だな。」
あたしがウィンクするのと、ガウリイが相槌を打つのはほぼ同時だった。

「・・・・・・。」
アメリアが長々とため息をついた。
「そーいうことでしたか・・・。」
「でも、心配してくれてありがとな。アメリア。」
にっこりと笑うガウリイを見て、アメリアもほっとした顔を取り戻す。
「私はまだまだ甘いってことですね!
やっぱりお二人の間には、余人が入り込めない究極の境地があるんですよ。
勉強になります!」
笑顔でなんだか含みのある言葉を吐かれた気がする。
「ガウリイさんのことを、そこまでわかっているなんて!
リナさんはやっぱりさすがです!」
………う〜む。
あんまし褒められた気がしない。
「別に、特別なことじゃないでしょ?
一緒に戦ったりしてれば、おのずとわかってくるもんじゃない?」
さらりと交わして、この話題を打ち切ったつもりだった。
が、簡単に引き下がるアメリアではなかった。
ひつこいっつーの。
「でも、急に心配になったりしませんか??
例えばですよ!
転がった先に、実はキツネ罠があったり!
と思えば、避けた先にギザギザのガラスの破片があったりっ!
さらにさらに!
避けた先に、沸騰したお湯の入ったヤカンが転がってきたりっ!
クリームたっぷりのケーキが飛んでくるとか!
金だらいが落ちてくるとかですね!!!」
「………アメリア………あんた………何が言いたい………」
「つまりですね!」
ずずいっとさらににじり寄るアメリア。

こ〜いう時は、ろくでもない事を言い出す確率ほぼ120%。
今ならポイント付与10倍。さらにアメリアがもう一台ついてお得!
〜〜〜などと、ギャグに持ち込もうとするあたしの深層心理にまでも、土足で踏み込んでくる。
「無意識に心配しちゃうことだって、あるんじゃないですか??
ってことが言いたいんですよ!
特に相手が相手だったりしちゃったりする時なんかですね!」
〜〜〜あああ。やっぱそこをついてくるか。
「え〜とあの。アメリア。あのね?」
 
「そ〜だよなあ、そ〜いうもんだよなあ。」
何故か、めっちゃ頷きながらガウリイが会話に参加する。
そこで入ってくるか!?そこで!?
「無意識なんだから、しょうがないよなあ。な、アメリア。
でもなあ、そ〜するとこいつなんか怒り出すんだぜ。」
ぽふぽふ、と頭の上で手のひらが跳ねる。
「大丈夫かって聞いただけでにらまれたり。
ホントは大丈夫じゃないのに大丈夫だって言われたり。
まったく、困ったもんだぜ。」
ぽむぽむ。
お、うまい具合に髪の毛の上だけで跳ねてる。
それもあたしの髪が元気な証拠ね。
などと思考を逸らさざるを得ないあたし。
「…………ええと。はい、そうですか。
そ、それも困りますよね。そうですよね。」
なんだかぎこちなくアメリアが頷き返す。
「………………………。」
なんとな〜しに、いたたまれない雰囲気が一行を包む。
おい。
誰か何とかして下さいっつーの。
どーしてくれる、このやり場のなさ。

「あ〜あ………」
突然ゼルガディスが欠伸を始め、立ち上がってコキコキと腕を回した。
「やれやれ。疲れたな。
今晩の宿を、早目に取った方が良さそうだ。
悪いがアメリア、一緒に来てくれるか。」
返事を待たずにスタスタと歩き出す。
アメリアがあたしとガウリイを見比べつつ、慌てて立ち上がる。
「えっ?あ、はいっ!
………でも、リナさん達は?」
「一応、残党がその辺にいないか確認してもらう。
後から来い。お前ら。」
「おう。」
素直に片手を挙げるガウリイを見て、アメリアは駆け出した。
「待ってくださいよ〜、ゼルガディスさん。
何をそんなに急いでるんですか?」
「………実はな。アメリア。
誰にも言わなかったんだが…………」
「な、なんです!?」
「昔のことだが、俺がこの辺りを旅した時に見た光景がだな。
日が暮れてくると、驚くことに………
ゾロゾロと、足が百本もある長虫がだな………」
「どえええええっ!?!」
「まあ俺は平気だが………。」
「急ぎましょうっ!!ゼルガディスさん!!!!
明日の活力は今日の休養から!!!
張り切っていい宿を探しましょうっ!」
「どうしたアメリア。顔色が………」
「気のせいですっ!」


 
 
二人の会話が少しずつ遠ざかり。
ゼルガディスの話は本気だろうかとあたしが考え出した頃。
ガウリイが大きな手をひょいと差し出した。
あたしはぢっとその手を見つめる。
「………なにこれ。」
「なにって。手。」
真顔で問うあたしに、真顔で答えるガウリイ。
「〜〜〜〜そうじゃなくて。
これがここにある意味を問うているのよ、あたしは。
これってつまり、あたしにつかまれってこと?」
「他に誰かいるか?」
「いないわよ。
でもね、言っておくけど………」
「必要ないって言うんだろ?」
ひょいっ!
軽く掴まれた腕を、引っ張られるままに任せて。
ふらりと立ち上がるあたし。
「あのね………。そりゃ、それなりに疲れたけど、限界までは来てないわよ。」
「おう。」
「怪我も大してしてないし。」
「だな。」
「心配する必要なんか、ないんだからね。」
「なあ、リナ。」
あたしの話に返事を返しながら、何も聞いていなかったような調子で問いかける彼。
「なによ?」
「だっことオンブって、どっちが恥ずかしいもんなんだ?」
「はあ???!!!」
自分がどれほど突拍子もないことを言ったのか、全くわかってないから始末に困る。
………困る。
これってつい最近、どこかで誰かに言われなかったっけ。
「恥ずかしいと暴れるだろ、お前さん。
暴れると余計疲れるだろ?
だから、どっちか恥ずかしくない方を選んでもらおうと思って。」
「だからなんの話!?」
「なんだ。どっちも恥ずかしいのか。
しょうがないな。担いでくか。」
「はあ!!!???……ってちょっと!!!」
 
魔法を使っていないのに、空を飛んだ気がした。
何が起こったかよくわからないうちに、視点が変わっていた。
何故か、視線の先に地面が見える。
「ひょえっ!?」
気づけば荷物のように、ガウリイの高い肩に担ぎ上げられていた。
あたしの暴れまいことか。
「なんだ、これも恥ずかしいのか。」
あ、当たり前でしょーが!!
あたしは仕留めた小鹿でも、ズタ袋でもないんだからねっ!
仮にも乙女を運ぶのに、これほど適してない方法はないでしょーがっ!
大体、防具が硬くて胃に当たる〜〜!
く〜る〜し〜い〜っ!」
手が届くのは背中だけで、そこをポカポカやるが、全く動じないというか効果がない。
「おう、すまん。腹だったか。
あんまり平らだから、胸かと………」
「ぬぁっ!?」
「苦しかったら起き上がればいいじゃねーか。
落っこちるから、どっかつかまってさ。」
事もなさげにさらりという。
本当にただの荷物だと思ってるんじゃあるまいな。
「んじゃ、あんたの頭にするわ。」
「つかまるだけだぞ、かじるなよ。」
「あたしは猛獣か。」

何とかかんとか身をよじり、肩の上に這い上がったあたしは、右肩のショルダーガードに座るような形で体勢を整える。
片腕で抱くようにして、ガウリイの頭を支えにして地面を見下ろす。
規則的に揺れる視界に、あたしの二歩くらいありそうな歩幅でゆっくり進むブーツのつま先。

「アメリアの言うことにも、一理あるよな。」
声が脇の下から聞こえた。
「………え?」
「必要ないって思っても、無意識でやっちまうことだってあるって。
無意識っていうか、それはもう癖だな。」
もう忘れた話題かと思っていたのを彼が蒸し返したので、咄嗟にあたしはボケることもできなかった。
「癖、ねえ。」
「そ。癖。
お前さんが口に出していうことより、口に出さないことの方が大事なのと一緒だ。」
「………へ。」
ガウリイにしては、含みのある言葉だった。
意味を考えようとしたが、それ以上頭が回らなかった。

本当は、かなり体力を消耗してる。
たぶんゼルやアメリアみたいに、すぐには歩けなかったろう。
立て続けに大きい呪文を使ったため、魔力の消耗からくる疲労が激しい。
全員の無事を確認するまでは、と思って張っていた気力も切れたからかも知れない。
口ではいらないと言いながら。
茂みから、誰かが起き上がってくる気配を感じるまでは。
張っていたのだろう。

「街が見えたら下ろしてやるから。
それまで、寝ててもいいぞ。」
そーいう恐ろしいことを、軽く言ってのけるやつなのだ。
「………この格好で寝たら、間抜けそのものじゃないのよ。」
低い声で返したが、魅力的な提案に思えるから不思議だ。
口だけは回るから、そんなに疲れたようには見えないと思うのだが。
どうやらガウリイの無意識には勝てないらしい。
「誰かが見てたら、な。」
「あんたがいるじゃない。」
「オレは前を見るので精一杯。」
「なるほど。」



本当に疲れていたら、こんな軽口を叩く必要はない。
疲れたと素直に言い、その場に寝転んで休めばいい。
運んでくれるというのなら、運んでもらえばいい。
なのに。
ごまかしたり、平気なふりをしたり、ツッコんだり。
不必要なことまでしてしまうのは、あたしの無意識かも知れない。
そんなあたしを心配する必要はどこにもないのだが。
それを心配するのがガウリイの無意識だとしたら。
あたし達の無意識ってやつは、微妙なところでからまってるんだなと思う。

それきり、ガウリイは口を閉ざした。
喋る必要も、ツッコむ必要もなくなり。
歩く必要もなくなって。
ふわふわと微妙に揺れる視界を、ただ眺めていた。


あたしは思った。

必要だからそれをする。
それはあたしの行動原理でもある。

………でも。
必要のないことは、いらないことだと。
切り捨ててしまうにはあまりに大事で、愛しい。
何かがそこにはきっとある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 






 
 
 
 
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜おしまい。
 
 
 
 
スレレボ見てて、楽しいことも嬉しいこともあるのですが。
リナっちは頭のいいところを見せて欲しいな〜と思う場面もあり。
そんなこんなで、冷静に戦うリナっちを書いてみたわけです。
でも結局は、心配するガウリイがツボな、自分の欲望に忠実なそーらです(笑)
 
誰でも時には親の心配を、「いやもう大丈夫だから!」とご遠慮申し上げたくなるときもあるかと思います。
リナもそういうところありますよね。
大丈夫か?っていちいち心配されるのが嫌で、自分の怪我を黙っていたり。
でもですね、心配するのは親の常。保護者の常なんですよ(笑)
心配なんかいらないと思っても、その一言が後で冷静になってから気づくと、実は必要で、意外に何度も思い出してみたり。なんてこともあるんです。
 
忙しい日の一日は、必要なことを全て消化するのに精一杯で。
それ以外のことに構ってるヒマや精神的余裕がないものです。
でも必要じゃないけど、ついやってしまうこともありますよね。
何が必要なのか、自分で全部わかってるわけじゃないし。
必要じゃないと思ったところに、意外な落とし穴があったり、意外な発見があったりします。
 
急いでるのにふと空を見上げたり。
水をまくついでに、近くの雑草にもまいてみたり。
猫に声をかけてみたり。
必要じゃないけど、自分がしたいと思うことは。
誰かに迷惑かけるようなことじゃなかったら、おおいにしていいと思うんです(笑)
そんなところに、大事なものも転がってるかも知れません。

と、そんなところで。
読んで下さった方に、そーらより愛を込めて。

「なんでこんなことやってるのかな〜〜〜」
と思いながら、ハタと我に返るような一見無駄に思える出来事ってありますか。

それってつまり、このHPはそーらにとって、そーいう出来事の集大成じゃないかと。
思う時もあるんでございますよ(笑)
生きていくのに必要じゃない余計なことなのに。
気づけば大事なものになってるんでございますよ(笑)
 
 
  
 


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