『乙女の。』



 
 
「う〜〜〜んっ!いいお天気っっ!!」
どこまでも澄みきった青空、白い雲。
萌え始めた木々の緑、彼方に霞む山脈。
これを絶景と言わずして、何と言おう。

「見てみなさいよっ!ガウリイっ!い〜眺めよっ!?」
爪先立ちでくるりと振り返り、ふわりと広がる艶やかな髪をなびかせて。
極上の笑顔でウィンクしたあたしは。
「・・・・・」
そこでぴくりと眉を曇らせる。
「くか〜〜〜〜」
一本の木の根元に寄りかかるようにして、爆睡中なのは。
旅の連れ。仕事の相棒。ガウリイ。
 
「んっんっん〜〜。」
こめかみをやや引き攣らせながら歩み寄る。
「ちょっと。ガウリイさん?
こんなにいー景色目の前にして、何故にスヤスヤ寝ておられるのかな??
ここはあんたの定番睡眠所の図書館でも、教会でも、おばちゃんの井戸端会議でもないんですけど??」
しばらく嵐が続いたため、つい昨日までは宿から一歩も出ることができなかったあたし達。
ようやく出立できた今日、久しぶりのいい天気である。
ジメジメした気分ともおさらば。
ならばちょっとばかり寄り道して、絶景でも眺めようかというあたしの配慮を。
爆睡ですか。
「ま〜、あんたには期待しちゃいないけど・・・」
眠りこける相棒の前に、ちょこんとしゃがみこむあたし。
”いい眺めだな”
”ホントに綺麗な景色ね”
”でもお前さんのほうがもっと綺麗だぜ”
”ばばばかっ、ナニ言ってんのよっ!?!?”

・・・な〜〜んちゅー会話は、逆さまにしたって出てこないでしょーねー・・・。
まー、されてもあたしが捻りつぶすだけだけど。」
 
気持ち悪いことを言われるのは全くもってご免だが。
同じ景色を一緒に眺める。
ぐらいのことを、ちょっとしてみたくなった。
なんて言っても、こいつには通じないんだろうな。
「・・・・・クラゲ。」
ゆるんだ無邪気な寝顔を見ていると、ものすごく不思議に思える。
何であたしは、こいつと一緒にいるんだろう?と。

「・・・・」
ぱちり、とガウリイが目を開けた。
ぼんやりとした顔でしばらくあたしの顔を見ると、あろうことか長々とあくびをかます。
「ふああああああ・・・眠かった。」
おい。
「あのね!!
眠かった、っていうのは、寝てない人間のセリフでしょ〜がっ!!
すっかり寝こけてたヤツが何言うかっ!!」
「え。寝てたか、オレ。」
「それも自覚ないんかっっ!!!」
 


かくして、これでもかと広がる絶景を惜し気も無く後にし。
ふらふら歩くガウリイの背中をぐいぐい押しながら、いつものように旅を始めるあたし達。
手をつないだりとか。
肩を組んだりとか。
囁きを交わして、くすくす笑いあったりとか。
そんな、甘い雰囲気とは無縁の。
 
 
「しっかし、さすが山の中よね。人っこ一人見かけないわ。」
木々はまばらで、山とはいえ見通しは悪くない。
山賊の類も棲息しづらいと見える。
聞こえるのは、遠くの樵の斧の音とか、せいぜいが小鳥くらいだ。
「そ〜だなあ。いやー、平和で何よりだ。」
まだ眠そうな顔で、ガウリイがまったりと答える。
「これで下手に山賊とか出てこられると、リナが喜んじまうからなあ。」
「・・・ちょっと。聞き捨てならないわね。
誰が喜ぶですって?」
「だってそーだろ。
特に懐が寂しいときなんか、目が輝いてるぞ、お前。」
「あんたねっ!!人が聞いてたらどーすんのよっっ!!
山賊に出会って目を輝かせて喜ぶだなんて!!
それじゃ、あたしがまるで悪人の上前を嬉々としてはねる、さらに上手の悪人みたいじゃないのよっ!?
どこの世界にそんな乙女がいるかな!?!?」
「・・・・乙女って誰が・・・・」
「・・・ほほ〜。
仮にも若い男女がここに一人ずつ。
あたしが乙女じゃないとしたら、あんたが乙女なわけね?ララァさん?」
ひきっ!!
物忘れの激しい男にも、どうしても忘れたい嫌な過去もあるらしい。
ガウリイがぴたりと静かになる。
 

ひとけのない山道。
二人っきり。
「誰もいないね。」などと互いの顔を見合わせ。
どちらからともなく、そっと寄り添い。
潤んだ瞳が結ぶ視線。
などとゆー展開には、どう転んでもなりそうにない。
あたし達らしいといえば、あたし達らしいのだが。
 
そんなベタな展開じゃなくていいから。
ほんのちょびっと。
何かあってもいーじゃないか。
そう思うんだから、あたしも立派な乙女なのである。
 
こけっ!!
 
いきなり、あたしがすっ転んだ。
足元に張り出した根っこに気づかなかったのだ。
やっぱり慣れない考え事はするもんではない。
「あたたた・・・。」
思いっきし膝を打ってしまった。
「大丈夫か?」
すぐに立ち上がれないでいると、後ろから心配そうな声がかかる。
・・・お?
もしかして、これってほんのちょびっとの、とっかかり?
弱弱しく振り向いたら、優しく手を差し伸べてくれるとか。
大丈夫だって強がったら、無理矢理抱き上げるとか。
何でもないよと笑ってみせたら、逆に心配してくれるとか。
そーいうベタな展開も、たまには悪くないかも?
 
そおっ・・・
 
おそるおそる振り向いてみれば。
「・・・・・」
いやしない。
「お〜〜〜い、何やってんだ。おいてくぞ。」
とっくに先に行ったヤツが振り返って呼んでいる。
「疲れたフリしても、今日はおぶってやらないからな〜〜〜。」
ぴらぴらと手を振って、無情にもスタスタと去る後ろ姿。
・・・・嗚呼。
そんなもんよね、乙女のマイドリームって。
立ち上がる暇もあればこそ、ダッシュでヤツを抜かす。
「お?早いな。」
何も知らずにとぼけた感想を漏らす。
「このまま行けば、昼には次の街に着くんだろ。
そしたら、今度はちゃんとした宿屋に泊まれるよな。」
ええ、ええ。
そーでございましょうとも。
あんたの心配なんて、どこで飯食ってどこで寝るかってなもんだわよね。
「・・・どうした?何か機嫌悪くないか、お前さん。」
「別に?
ある意味、これ以上になく上機嫌でございますわよ、ガウリイさん。
ささ、次の街まで急ぎませう。
お昼はそーざますね、焼き魚定食でさっぱりと。
夜は焼肉定食でこってりと。
参りたいものでございますわね。ほほほ。
「・・・実はものすごく機嫌悪いだろ・・・」
誰のせいだ。
そー言いたいのを我慢して、あたしは話題を変える。
「そりゃそーよ。狭っ苦しい宿にぎゅうぎゅうづめの次は、山賊にも会わないのどかな山道。
とっとと仕事を探さないと、堪忍袋まですっからかんになりそーなんだから。
だからしっかり食ってしっかり寝て、しっかり働いてよねっ。」
「はいはい。わかったわかった。」
笑いを含んだ声が背後でして、頭の上でぽんぽんと大きな手が跳ねた。
久しぶりに感じる温度なのに。
すぐに離れてしまう。
あたしが感じるより早く。
 
「・・・・・」
 
二人の間に流れる、ほんの一瞬の微妙な空気を。
あたしは気づかないふりをする。
それは二人の間にある、微妙な距離と一緒で。
埋められない、狭められない、縮めない。
そんなもどかしさが詰まっている。
 
思いきって近づいたら、驚かれそうで。
待ってみたら、肩すかしをくらって。
問いかけてみたら、はぐらかされそうで。
不器用なまま、日々が過ぎそうで。
本当は自分が傷つきたくないだけの臆病者なんじゃないかと。
思いたくないから。
始めてみようと思う。
少しずつ。
自分なりに。
 

「ほら。飛ぶわよ。つかまって。」
振り向いて、差し出してみる。
開いた自分の手を。
そこに精一杯の勇気を乗せて。
「早く着きたいんでしょ?」
じわじわと顔が赤くなる前に、何とかしてみなさいよ。ガウリイ。
「・・・・・・」
たっぷり一分間、手のひらを見つめて。
ようやく、動き出すヤツ。
「・・・お手柔らかに頼む。」
重ねられた手のひら。
何だか格闘とか修行の始まりみたいだけど。
ま。いーか。
似たようなもんかもしれない。
「しっかり握って、離さないでよね。」
「お前さんもな。」
 
そして空に舞い上がる。
こんな山の上で、空を飛んでいる人間なんかいやしない。
それこそ他に誰もいない、二人っきりの空間を。
手をつないで。
渡る二人。
そこから始めよう。
 

ふわわ、とガウリイがまたあくびをした。
「今夜もぎゅう詰めじゃ、眠れたもんじゃないからな。」
「何か言った?」
「いや、何も。」
 
 
 
 
 
 
 







 
 
 
 
 
----------------------------------------------おしまい♪
 
ぎゅう詰めということで、床で一枚のお布団で寝たようであります(笑)
お、なんか違う妄想が這い出してきそうな気配ですね(爆笑)
 
人間てのはそれぞれ一人であって、自分がこうして欲しい、ああして欲しいという気持ちは、言葉に出して言わないとなかなか通じないもんであります。
 
だからといって、一から十まで全部口に出していたらうっとうしいだけですよね(笑)
 
いつもリナの気持ちを全部汲み取って、リナに都合のいいばかりのガウリイっていうのもないだろうなあと思って、都合のいい男じゃなくて都合の悪い男?を書いてみました(笑)
といってもガウリナなので、単に思いがすれ違ってるだけですが(笑)
 
いきなりくっつくより、微妙な距離とか、微妙な立場とか、微妙な空気とか、たくさん味わって少しずつ進んでいってほしーな♪とか思うそーらでした(笑)
いきなりくっつくよーな話も書きましたが(爆笑)
 
では、ここまで読んでくださったお客様に、愛を込めて♪

昨日までいい雰囲気だったのに、何故か今日はよそよそしいっていうか、距離を取ろうとする。
そんな微妙な空気、味わったことがありますか?
そーらがお送りしました♪
 
 
  
 
 


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