『彼女の親指』




「あっ、すいませ〜〜んv
こんなヤツ、見かけませんでした???」
笑顔を浮かべた一人の少女が、一枚の絵をぴらりと掲げた。

お盆を抱えて出てきた店の主人は、しばらく固まったように立ちつくしていた。
ようやく口をかちんと閉じる。
「いや・・・その前に、
あんたが乗っかってるもんの説明を聞きたいんだが・・・」
「・・・・あ。」
今気がついたとばかりに、少女が足下を見下ろす。
何故かそこには、累々と横たわる男達の山が出来上がっていた。
そのてっぺんに、牢名主さながらの状態で少女が鎮座していたのである。
 




「・・・ほうほう。それで思わずぶち切れた、と。」
隅のテーブルで、少女と向かい合う主人。
「そ、そんなっ・・・ぶち切れた、なんて。」
両のこぶしを口の前にあてがう少女。
くりくりとした大きな目を潤ませて、主人に訴える。
「だってですね。
か弱き一般人が、ムサ苦しい酔っ払い達にですよ?
チビ豆クソ坊主呼ばわりされた上に、女だってわかった途端に図々しくベタついてこられた日には、誰だって少々腹を立てるものじゃありません??」
しおらしく目をパチパチさせる少女。
だが、背後の黒山が全てを物語っていた。
「あ、御心配なく♪彼らは単に眠ってるだけですから♪
これでも魔道士なもんでv
そう言ってにっこり笑う少女。
見れば十代半ば。
華奢な見かけとは裏腹に、念のいった魔道士装束をまとっている。
「眠ってるだけ、ねえ・・・」
店主がちらりと黒山を振り返る。
気のせいかも知れないが、男達の顔や腕が赤く腫れているようにも見えた。
「・・・ま。いいってことにしましょう。
こいつらの顔は見覚えがある。酒癖が悪くて困ってたところだ。」
「ホントっ!?」
少女は途端に目を輝かせた。
 
黒山に顰め面を向けると、店主は少女に向き直った。
「・・・しかし、あんたみたいな若いお嬢ちゃんが一人旅とは感心しないな。
またこんな風にからまれたらどうするんだい。」
普通、そのシチュエーションならば、危ないのはお嬢ちゃんの方である。
だが彼の脳裏には、街々の食堂に築かれた男達の黒山が浮かぶ。
何となく背筋を寒くした店主の前で、少女が浮かない顔を見せた。
「いや〜〜・・・一人じゃなくて、連れがいたんですけど・・・。
この街に来る前にはぐれちゃって。
そうだ、さっきの話なんですけど、こんなヤツ見かけませんでした?」
懐にしまった紙が再び差し出される。
「どれどれ・・・」
取り上げた紙をじっくり見つめる店主の顔に、一筋の汗がたら〜りと落ちた。
「こ・・・これは・・・」
「えっ、もしかして、見覚えあります??」
顔を明るくした少女の顔を、店主は恐ろしげに見上げる。
「いや・・・これ・・・
あんたの連れってのは・・・何ていうか・・・
人、それとも犬??
・・・いや違う、巨大クラゲ?!
それとも全部混ざった、とんでもない化け物か何かかっ!!??」
なっ!?なんでそーいうコトにっっっ!!???
「いや、だってほら、この絵だと・・・」
それのドコがっっっ??!!
っっかし〜〜な〜〜〜〜うまく描けたと思ったのに〜〜〜〜」
紙を取り返して、頭をかく少女。
どうやら自分で描いた似顔絵らしい。

店主は忍び笑いを隠して言った。
「犬でもクラゲでも化け物でもないとすると、あんたの連れはやっぱり人間なんだね?」
「そっ、そーよ。」
きまり悪げに紙を懐にしまい直し、少女が咳払いをした。
「年ははたち過ぎってとこで、背はあたしよりこんくらい高くてね。」
そう言って手をぎりぎりまで伸ばす。
かなりの長身らしい。
「背中にいわくありそーな大きな剣吊ってる剣士で、簡単な鎧をつけててね。
金髪をなが〜〜く伸ばしてて、目は青。
ま、世間一般の基準からしても、ハンサムといって差し支えないと思う顔してるんだけど。」

すらりと伸びた長身、金髪碧眼。
きらりと光る白い歯に、老いも若きも女性客が群がる図を想像する主人。

「・・・そらまた、えらく目立つだろうな。
まるで旅役者が演じる伝説の勇者みたいじゃないか。」
「ちっちっち。」
少女が指を振ってその想像をかっ消す。
「まー、ある意味伝説の勇者っぽいんだけどね。
持ってる剣も伝説級の代物だし、腕は超がつく一流で・・・
でも違うのよ。
見た目と中身っつーか。体と一部分っつーか。
人間として一番重要だろソコってとこがね・・・・。」
「ど・・・どのあたりが・・・?」
思わず腰がひける店主。
 
身を乗り出した少女が声を潜める。
「ずばり、頭。おつむの中身。ノーミソ。
・・・がね。
ちょ〜〜っとばかし、いや、致命的なまでにその。
抜けてんのか腐ってんのか・・・・そらもう破滅してるってわけ。
一度会った人間の顔は忘れる、三度会っても忘れる。
五度会えば覚えてるかってゆーと、顔は覚えてても名前はすっかり忘れていたり。
はたまたそこだけ変な風に覚えちゃってたり・・・・。
世間一般の常識まですっぽり抜け落ちちゃってる日にはああた、あたしはすっかり物語の解説者ってわけよ。
あいつの口癖ときたら。
『なあリナ、ちょっと聞いていいか?』
これが出ると、思わずあたしは身構えるってわけ。
下手するとそのうち、フォークとナイフの使い分けについても説明しなくちゃいけないんじゃなかろーか、とね。」
「な・・・なんだか、大変そうだな。」
よく回る少女の口に圧倒され、ようやく感想を述べる店主。
「しかし、あんたとその連れが一緒に旅をしてるってのは・・・」
見かけに似合わぬ戦闘力の持ち主である少女。
見かけと腕はいいが、脳味噌が破滅した剣士。
ひょっとするとさっきの想像より、遥かに恐ろしい光景が量産されてきたのではなかろうか。
「ああ。あいつ。それでもあたしの保護者を自称してんのよ。
どっちが保護者よ!?って状況もしばしば起きてるんだけど。
・・・まー、あいつがいたら。
さっきみたいな事態が起きることはないかな?」
言葉を切り、店主が出した水をこくりと飲む。
「抜けててのんびりしてるけど。
女子供には優しくしろっていうばーちゃんの教えを、忠実に守ってるようなやつだしね。
『いい人』なのよ。
・・・でなきゃ、このあたしが一緒に旅なんかするわけないし。」
「・・・なるほどね。」
店主は少し想像を改めた。
一見おとなしそうに見える華奢な少女が暴れだしそうになると。
背後からどうどうとばかりに止めに入る大柄な青年。
それはそれで、うまく行っているコンビなのだろう。
でなければ、彼女がこうして彼を探すこともなかったに違いない。
「まったくあのバカ、どこ行っちゃったんだか。」
テーブルにコップをたんと音を立てて置き、少女は頬杖をついた。
その様子は、腹を立てた猫というよりは、お気に入りの場所が見つからなくて戸惑っている子猫のようだった。
 
「もしや、と思ったんだが・・・」
濃い顎ひげをさすりながら、主人は尋ねてみた。
「そいつ、旅の連れっていうより・・・
あんたのコレか?」
「・・・・・・・。」
無遠慮に立てた右手の親指を見て、少女は一瞬黙りこみ、それから盛大に吹き出した。
「わりかし古い人ね、おっちゃんって。
・・・コレ、ねえ・・・・。」
自分の手のひらでも親指を立ててみる少女。
しばらくそれを見下ろしていたが、ふっとその頬に笑みが浮かんだ。
「・・・そーねー。
ま、考えてみれば。
確かに、親指がないと困るわよね。日常的に。
ものがうまくつかめないだろうし、やったぜイエー的な親指突き出しサインもできないしね。」
その親指を引っ込め、肩から垂れた栗色の豊かな髪をさらりと払う。
大きな金色のイヤリングに手をやる少女は、少し大人びて見えた。
「・・・でも、問題は。
親指があるってことを、あたしが忘れがちだってことと。
その親指に、自覚がないってところかしらね。」
「・・・・はあ。」
曖昧に頷く主人。
それがまるで、謎かけのような言葉だったからだ。
それも、話し相手に対してではなく。
自分自身へと問いかけるような。

「ま、おっちゃんが知らないならいーわ。
ここで一休みしたら探そうと思ってたんだけど、これから役所なんかも回ってみるつもり。
もし見かけたら、ここで待つように言ってくれる?」
すっと立ち上がり、素早くウィンクを送って寄越す少女。
気分の切り替えは早いほうなのだろう。
「ああ。そうするよ。早く見つかるといいな。」
店主は入口に近づき、少女を見送ろうとした。
だが彼女はすでに、マントを翻して走り出していた。
 
 



      §§§§§§§§§§§§




 
 
しばらくしてのことである。
黒山の前で、お盆を手にした店主はため息をついていた。
「さて・・・こいつらをどうするかな。」

すると背後から、のんびりとした声がかかった。
「あ〜〜〜・・・これはもしかして・・・・。」

全く気配を感じなかったのに、気づくと一人の若い男性が店に入ってきていた。
倒れた男達の山を見ながらかりかりと頭をかいている。
「・・あんたは?」
「ああ、すいません。」
頭をかくのをやめると、男性は懐から一枚の紙を取り出した。
どこかで見た光景である。
「もしかして、ここにこーいうヤツが来ませんでしたか?」
「・・・・・。」
そこに書かれた、またとんでもない似顔絵。
目を平たくする主人。
「・・・いや・・・。
凶悪なツノを生やした、こんな三本首のドラゴンもどきは見なかったがね・・・。
小柄でお転婆な、魔道士のお嬢さんなら見たよ。」
店主は背の高い青年を見上げた。
あの似顔絵とは似ても似つかないが、少女が探していた連れに違いない。

しかし、行動といい似顔絵といい。
一緒に旅をしていると、どこか似てくるものだろうか。
 
「ってことはやっぱり、こいつらは・・・?」
おそるおそる黒山をのぞきこむ青年。
「ああ。酔っぱらいが絡んできたらしくてね。
本人が言うには、眠りの魔法をかけたっていうんだが・・・」
「・・・の割には、こんなところに足型が・・・」
「ああ・・それは俺も気づいたけどね・・・・」
「こんなところにも歯形が。」
「それは気づかなかった。」
「ふー。まったく。」
青年は軽く頭を振り、腕組みをする。
「たぶん最初はガキか坊主扱いされて、
『あたしのドコが男に見えるっての!?!?』とばかりに憤慨して。
なんだ女だったのか、なら一緒に飲もうぜねーちゃんってことになって。
『誰があんたみたいな脂ぎったおっさんなんかとっっっ!!!』
って暴れ出した、と。
そんなところじゃないですか。」
「まさしくその通りだ・・・あんた、すごいな。
そこまであの嬢ちゃんのことをわかってるとは。」
感心する店主。
「あんたのことを尋ねてきたんだよ。
見つけたら、ここで待つようにってさ。」
「・・・ってことは、戻ってくるんですね。」
青年は明らかにほっとした顔を浮かべた。
「良かった。これで被害が広がらずに済む・・・・。」
「被害?」
聞き返した店主に、青年は慌てた様子で手をぱたぱたと振った。
「えっ、いや、こっちの話で。」
 
と、黒山に動きがあった。
一番上にいた男が、真っ赤な顔でむっくり起き上がってきたのだ。
怒り心頭に達しているようである。
ぁあああああのアマぁぁああぁぁあっっ!!!
よくもよくもよくもっっ!!
人の顔を足蹴にしやがって、おまけにグリグリ捻りまで入れて
『リナ=インバース・クラッシュ・すぺしゃるっ☆』とか何とか
技の名前まで披露しやがってっっ!!
次に会ったら覚えてやがれっっ!!!
こてんこてんの・・・」

青年はため息をつくと、臆した様子もなく男に近づいた。
「・・・はいはい。連れが迷惑かけたなあ。
でも、飲み過ぎたあんたらも悪いんだぜ?
少しは懲りた方がいいんじゃねーか?」
なにぃいっ!?
テメー、のこのこしゃしゃり出てきやがって!
連れだあ?あのチビッコの何だってんだよっ!」
「保護者さ。・・ってことで、もう少しおねんねしてな。」
「なんだとっ・・・んがっ!!?

ぴんっ!
青年が、男の額を指で弾いた。
ばたんっ!
糸の切れた人形のように男がいきなり倒れる。
ぐーすかぴー!
デコピンのち、曝睡。

「ふー、やれやれ。」
腰に手を当てる青年。
「オレがいたら、こーやって穏便にはった押してやったのに・・・。
あいつ一人じゃ、あちこち被害が広がるばかりだぜ。」
店主はあっけにとられて、倒れた男と青年とを見比べた。

少女と青年。
どちらも、見かけからは想像もつかない、一筋縄ではいかない人物のようである。
この二人が旅を共にするようになって、どれくらいの月日が経つのだろう。
どんな場面に出会って、どんな風に切り抜けてきたのだろう。
知りたいような、空恐ろしいような。
いろいろと想像をかきたてられる組み合わせだった。

「え〜と、じゃあ。
ここでしばらく待たせてもらっていいですか。」
何ごともなかったように振り向き、席を指差す青年。
お盆を抱きしめるようにして見守っていた店主が、こくこくと頷く。
彼がどさりと腰を下ろした先は、先程まで少女が座っていた席だった。
「・・・なあ、一つ聞いてもいいかな。」
やはり気になったのか、ついつい店主は尋ねてしまった。
「あんたとあのお嬢ちゃん。
ただの旅の連れにはどうしても思えないんだが・・・
お嬢ちゃんは、あんたにとって一体何なんだい?
手っ取り早く言うと・・・これか?」
そう言って、小指を立てる。
青年はきょとんとした顔で、長い間その指を見ていた。

と、顔いっぱいに苦笑を浮かべる。
「・・・いやあ。
そんなもんで収まるようなヤツなら、こんな苦労はしませんよ。」
そう言って彼は、かりかりと頭をかくと。
テーブルから水の入ったコップを取り上げ、照れ隠しか、こくりと飲んだ。

そのコップは、飲みかけだった。
それを残していったのは、彼が来る少し前に同じ席に座っていた人物。
息を切らし、肩をいからせ、マントを翻して。
まもなく大声を上げながら、店に騒がしく入ってくるだろう、誰かさんのものだった。
 
 
 
 
 


























*********************おしまい。


え==、なかなか更新できなくてすいません(汗笑)

夏コミには落ちたのですが、夏中に「糸し〜」2+3の再版を出したくて、作業に追われておりました。
結局〆きりに間に合わず、出来上がるのは夏が終わる頃ですが・・・(汗汗)
そっちはとりあえず次回にでもお知らせしたいと思います。

今回もまた大したことない日常の一コマみたいな小話です。
大事件もいいですが、常々自分が欲しがっているのは、普段のガウリナコンビなんだろうなあと実感しつつ(笑)
もともとは別の話を書いていて、たまたまそこに出てきたおっちゃんが、
「あんたのコレか?」
と親指を出されて、リナが
「そーねー」
と考える一シーンでした。
そこからタイトルがぽんと浮かび、ならばここだけ別の話にしちゃえとこうなったわけであります。

今はあんまり使いませんよねえ(笑)親指とか、小指とか。
そもそも、なんでそーいう使い方に?いつ頃から?
そーいうのって、急に気になり出したりしますよね(笑)

ガウリイが親指、っていうのだとまだわかりますが、どー考えてもリナは小指ぢゃないだろふ・・・
と思いました(笑)


ではここまで読んで下さったお客さまに、愛を込めて♪

自分はそんなつもりはないのに、たまたま一緒に行動している最中に。
他の人間から、「仲いいね、つきあってるの?」とか
ツッコまれた経験ありますか?
そこから急に意識しだしたことは?

そーらがお送りしました♪ 




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