非日常的日々。


…………と。
いつまでも一人じたばたを御披露しているわけにも(ページの都合上)行かないので、寝ることにする。

もそもそと毛布を剥ぎ、中に体を滑り込ませる。ガウリイはまだ帰ってくる様子がない。
…………手荒なことしてなきゃいいけど………。
普段温厚な人って、怒らせたら怖いっていうから………。
 
「…………………。」

ふと、あたしは部屋の静けさが気になった。
まさしくそのタイミングで、夜風に窓がカタン……と鳴ったりする。
いつもならその程度で怯えるあたしではないのだが。
物音がした場所が悪い。
・・・・窓、である。
つまりさっきまでアレがいた…………

 ああああああああああああっ!

感触思い出したっ!ナマナマしくっ!
これが世に言うフラッシュバック現象ぉっ!?
気持ち悪りーよぉーっ!!

そしてあたしの脳裏には、エスカレートしていく妄想が。

もし………もしもよ。
ガウリイに弾き飛ばされたアレが、復讐の炎なんか胸に抱いちゃって、一族郎党引き連れてきたりしたらっ!?
そしてその一族の最後尾には!!
一番ビッグサイズの、頭に王冠なんか乗せちゃってるキング××××登場っ!?

…………なんて………ふふ………何バカなことを……
誰かこの妄想の暴走を止めておくれ……(涙)

でも………待てよ。この感じ………確かに何かの気配が…………。
 

あたしは思考回路を急いでシリアスに戻した。
確かに何かの気配がする。殺気ではなさそうだが………。
毛布の隙間から目を上げ、窓を見上げると、そこには………

「!?んなぁああああぁっ!?」
 びびびくうっ!!

悲鳴、硬直、無理もない。
窓にぺとりっと張り付いていたのは、白い巨大な物体!!
まさしくアレ!!
んもももももしかしてっ!本当にアレが一族郎党引き連れて来たとかっ!?

「んぎゃぁあああああっっ!!!!」
 
あたしが悲鳴を上げ、ベッドから走り出したのと、ガウリイが扉を開けたのは同時だった。
「なっ………どうしたんだっ?!」
何でもいいからとりあえずそれに抱きつき、あたしは顔を埋める。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ!あれっ!窓にアレがっ!!」
そのまま指をぶんぶん後ろに向かって振り、窓を差す。
「えっ!?」
しがみついたあたしが離れないので、ガウリイはあたしを引きずるような形でずるずると窓に辿り着いた。
あたしの頭の上で、留め金を外す音に続いて、窓が開く音がする。

 がちゃっ………

その途端、慌てたような声に続き、階下に重い物が落ちる音が聞こえた。
「うわわわわわわっっ………!!」
  どずううんっ!


 
「………やれやれ。」
そう言うガウリイの声がしたかと思うと、窓が閉まる音がした。
まだ目を閉じたままのあたしに、ガウリイが優しい声をかけてくれる。
「もう大丈夫だぞ、リナ。」
「だ……大丈夫って何が??」
「安心しろ。アレじゃないから。」
「へ??」
「カーテンを閉めとこう。また覗きが出たらたまらんからな。」
「の…………覗きって…………!?まさか人だったの、アレっ!?
慌てて見上げると、ガウリイは肩をすくめて見せた。
「オレが窓を開けたら驚いて落ちちまったけど、下は柔らかい草地だったから大丈夫だろう。
見えてたのは、窓枠にしがみついてたヤツの腹だったんだよ。」
はぁ!?んな…………アホな…………。」
一気に脱力を覚えるあたし。
人の腹をアレと見間違えるとは…………やっぱりあたしの平常心バロメーターは、ゼロに違いない。
ほっとして、手近なものに寄りかかる。
 
‥……………………待てよ…………。
手近なものって……………妙にあったかいけどこれって…………。

「え〜と。その。もう大丈夫だから。そろそろ放してくれないか。リナ。」
「ぷぎゃああああっ!!!」
しがみついてたのがガウリイの裸のムネだったなんてっ……!
今の今まで気づかないあたしって一体っ…………!?じっ………自分が怖いっ…………!
「いいいいいつまでくっついてるつもりよっ!?」
ずばっと離れ、ずさささっと後ろに下がる。
「くっついてって………お前さんの方がくっついてきたんじゃねーか………」
「単なる気の迷いよっ!魔が差したのよっ!うっかりミスよっ!若気の至りだったのよっ!」
「…………犯罪者の言い訳みたいなことを………」
「それより、何であんた上着てないのよっ!?パジャマの上っ!」
出たっ!これぞ必殺、ガウリイ限定、目先の話題変換作戦っ!
 
「ああ。これか。」
思った通りに気を逸らしたガウリイは、椅子の上にかけられたパジャマの上だけを軽く振ってみせた。
「ズボンは丈が足りないだけだけど、上は肩がきつくてな。寒くないし、このまま寝ようかと思って。
よくあることだし。」
「あ…………そ……………。」
ガウリイは上着を見下ろし、顔をあげてあたしを見た。
「そういえば………リナ………さっきオレを見て驚いたのは………」
しまったっ!さっき逸らした方の話題がぶり返すかっ!?
「ああッ!たった今、激しく睡魔に襲われたぁッッ!こりゃきょーれつな眠気だわっっ!
すぐに眠らないと、このまま床に突っ伏してしまいそうッ!
さあ寝よう、すぐ寝よう今すぐ寝ようっ!
「…………どう聞いても眠そうには聞こえないんだが………。」
ぐーぐーぐー………
はっ!?いけない、立ったまま寝ちゃった!あたしとしたことがっ!」
「…………………………。」
呆れ果てたという視線を横顔にビシバシ感じながら、あたしは自分のと決めたベッドにそそくさと入った。
毛布を顎までかけて、目を閉じる。
「そーいうわけだから、おやすみっ!」そしてニセモノの寝息を立てる。
 
ふうっ、数々の危地は脱した!
何という緊張感漂う一日であったことか!
後はすがすがしい朝を迎えるのみっ!!

しかしほんっと〜〜〜〜にどーでもいいことに疲れてしまった………。
このまま寝たふりを続けていれば、自然と睡魔が………
 

くすり、と笑う声が聞こえた。続いて、きしりっと床を踏む音が。
足音は、あたしが目を閉じて横たわっているベッドの傍で止まった。
「…………?!」
思わず開いた目の前に、大きな手のひらが。
上から降りてきたかと思うと見えなくなり、頭の上が急に暖かくなった。ぽふぽふと跳ねている。
「お前さんも結構、可愛いところがあるんだな。………リナも女の子か。」
「…………………!」
「何も心配しなくていいぜ。じゃ、おやすみ。」

もう一度ぽふぽふと跳ねると気配が消え、壁にかかった獣脂のランプが吹き消された。
左のベッドが軋み、ガウリイがあくびをする。
あたしはその間、うっかり開いてしまった目を閉じることができずに、ただ呆然と天井を眺めていた。
真っ暗になってしまった後でも。

 
お………………おそるべし、ガウリイ……………。
普段はのーてんきクラゲのくせして………
たった一言でこのあたしから、睡魔を追い払うかっ!

ある意味、覗きのおっさんズより、名前を口にできないアレより手強いのでは………。

今さら女の子扱いされたりしたら…………眠れないじゃんかよ……!
 

ほどなく隣からすやすやと寝息が聞こえてくる頃。
あたしは寝息ではなく、歯ぎしりを繰り返す。
 
 








 
 ……………ホウゥ…………ホウゥ……………

 
 
どこかで、鳥の鳴き声がする。物悲し気で、思わし気な夜のため息にも似た。

…………ってあたしのため息か……………。

ね…………眠れない…………マジで。
寝ようと思ったらどこでも眠れると思ってたのに………。
ましてや今はとりあえず屋根があって、清潔な布団にくるまれているというのに……。
つい、隣から聞こえる寝息に耳を澄ましてしまったりする………。
彼と一緒に旅をするようになってから、隣の部屋で眠る彼の寝息に壁越しに耳を峙たせたこともあったが………。
彼を想って胸を痛くしたことも………。
まあそれは………単に趣味の盗賊いぢめに出かけたかったからだけど………。
それとこれとは、何となく違う気がする………。
何であたし………眠れないんだろ………。
隣のベッドが、気になって仕方ないんだろ??
 
ええい………考えてもわからんことは、考えても仕方ない。
と誰かさんが言った気がする。
ここは心を落ち着けて、何か楽しいことでも考えよう。

そうだ、眠れない時は、何かの数を数えればいいって聞いたことがある。
何だっけ………。
この際何でもいいや、数えて楽しいものにしよう。

お金¥
 宝石「
  マジックアイテム*
   盗賊♂
    骨つきお肉§

………いかん、ヨダレが出てきた。

ヨダレが出るほど欲しいものじゃなくて、何か手近なものにするか………。

じゃあえーと。

ガウリイがいっぴき。ガウリイがにひき。ガウリイがさんびき。

頭の中で、ちっちゃいガウリイが行進を始めた。
よーしよし、うまい具合にほのぼのする光景だ。眠くなってきた…………。

眠くなってくると映像がボヤけてくる。
ちっちゃいガウリイの映像が手抜きの作画のよーに、段々いい加減になっとる。

にこにこしたガウリイの次に並んでいるのは、まてまて、髪が短いぞ。
その次は、ありゃっ?髪の毛が黒い。色ポカか………。
いかん、どんどんボヤけている………。
ボケボケガウリイ…………はいつもか…‥………。
剣で金貨を薄切りしてるガウリイ………
マジメな顔のガウリイ…………ぽっと頬を染めたガウリイ………
頭にコブ作ってるガウリイ………怒ってるガウリイ………
 
………ちょっと待て。

そのいや〜〜〜な薄笑いを浮かべたガウリイは何者っ!?

「くっくっく。オレと同じ部屋で眠るとは、大胆なお嬢さんだ。」
喋ってるっ!?
「据え膳は有り難く食わせてもらわなきゃな。」
なんですと!?
「いろいろ溜まってるんだ。この機会に出させてもらおうか。」
だ………出すってアンタ!?
「覚悟しろよ。本当のオレは、熱くて危険な男だぜ。」
本当のオレって何がっっ!?
こらっ、勝手に
三頭身から七頭身に膨らむなっ!
バラを背負うなっっつのっ!
顎に手をかけるなってば!!

 ふぎぎぎぎぎぎっ!!
 
思わず毛布を噛みしめたあたしは、あるかなきかの物音にはっとした。
きしりと床が軋む音。
急いで、広げ過ぎたモーソー風呂敷を畳み込む。

・・・やれやれ・・・またぞろノゾキの類いだろーか・・・。
まったく懲りないおっさんズである。
そんっっなに人のそーいう場面がノゾキたいとはこれいかに。人生の楽しみなら他にいくらでもあるっちゅーもんである。
眠れないならここはひとつ、その辺を滔々と説教して・・・

・・・って違う。
部屋の外じゃない。明らかに部屋の中。
それも、ガウリイが寝ている辺りの床が軋む音だ。
 
 ・・・きしりっ・・・
 
やっぱり。
隣が気になって仕方ないあたしは、わざとガウリイの方に背を向けて寝ていた。
だから気配からしかわからないが、隣のベッドで動きがあるようだ。
 
 きしっ・・・ふぁさっ・・・
 
毛布が跳ね上げられる音もする。さっきまで聞こえていた規則正しい寝息も聞こえてはこない。
どうやらガウリイがベッドから起き上がったらしい。
こんな夜中に何を・・・?
 
 ぎしっ・・・きしりっ・・・きしりっ・・・
 
ベッドを軋ませて降りたガウリイが、床の上を歩き出した。
足音はあまりしない。古びた木の床が立てる音だけだ。
 
 きしりっ・・・きしりっ・・きしりっ・・

こっちに近づいてくる。
 

ぎちぃっっっ!!!!

 
そう思った途端、あたしは瞬間的に硬直してしまった。
心臓だけがばっくんばっくん激しく鳴っている。
 
ま・・・まさか。何考えてんのよ、あたし。

ドアはこっちの方にあるんだし、きっとおトイレか何かで起きただけなのよ。
そうに決まってるし、そうじゃない状況なんて想像つかないでしょーがっ!?
ガウリイにいつもと変わったところなんてなかったし、いきなしそーいう展開に発展するわけが・・・
 
『くっくっく。そーやって安心させといて、油断したところをだな。』

うをっ!?
さっきの羊ガウリイ黒羊バージョン!!まだいたのか!!!

『すごいだろう。
優しいおにーさんのふりをして、「何もしないよ〜」と誘って部屋に連れ込む常套手段だ。』

全然すごくないどころか、悪どいわっっ!!!自慢すなっっ!!!
大体、どっから湧いて出たっっ!!

 
『ひゅひゅひゅひゅ・・・・それは決まってます。
あなたに復讐するためです!!!』


ぬぁっ!?何か新キャラ登場っ!?あんたダレっ!?!?
羊ガウリイ王冠バージョン・・・って・・・・
・・・・ま、まさか・・・・・・
 
『そぉおおおです!!!さっきやられた仲間の復讐に立ち上がった、キング××××です!!!にっくき仇の体を乗っ取り、いざ復讐を!!!』

イヤあああああああ!!!!!
その設定、自分でも考えたけどイヤすぎる!!!!!
ってか復讐ならガウリイにすればいーじゃないっっ!!!
なんであたしにっ!?

『復讐とはそうしたものなのです。仇本人をすぐに倒してしまっては味気ない。
やはり、
仇が一番大切にしているものを壊して、同じ苦しみを味わわせるのが王道!!!
そーしてこそドラマに
伏線と深みというものが・・・』

そーいうとこ王道狙わなくていいからっ!!!邪道でもいいからっっ!!!あたし的にっっ!!!それにドラマって何!!!!!!

『ということで・・・・』

何故脱ぐっ!!!!!!

『やはりこういう展開がヒロインの運命かと・・・』

そういいながら、何でそんな嬉しそーな顔してんのっっ!!!あんたっっ!!ホントは復讐なんてどーでもいいんでしょっっっ!!!!

『狙った仇の恋人に本気で惚れてしまうという、少女マンガ的展開も入れれば月9はばっちり・・・』

月9って何!!!!!

 
 きしっ・・・!
 
どわわわわらららららららっっっっ!!!!!
わけのわかんない妄想に気を取られてるうちに!!!
ついにあたしのベッドの脇まで気配が辿り着いてしまったじゃないっっ!!!

って、ちょ、わ、ウソ、何かの間違いよね!!???
ガウリイ、単に寝ぼけてるのか、それとももしかして夢遊病とかっ!?!?
・・・・ってアホかあたしわっっ!!!
一人で慌ててないで、振り返って確かめればいいじゃないのよっ!?!?
 
・・・とは思うのにどうにもこうにもにんともかんとも!!!
金縛りにあったよーに体が動かないっ!!!
 
立ち止まった気配は、そこから動こうとしない。
ガウリイがそこに立って、じっとあたしを見下ろしている・・・・・?

うわわわわわわわっっっ!!!!
想像すな、あたしっっ!!んなワケ・・・・・・
 
 ぎしっ・・・
 
背中を向けて寝ているあたしの、枕の横あたりに突然重みがかかった。
誰かが手をついて、寄りかかっている。
 
うひぃっっ!?!?!?!
 
も・・・も・・・・も・・・・・
もうダメだぁああああっっっ!!!!!!
 
「んぎゃぁあああああ!!!」


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