・・・手袋を、持ってくれば良かったな。
通りを吹き抜ける冷たい冬の風に、あたしはちょびっと後悔していた。
建物の中にいる間はいい。
けれど外に出た途端、ダウンからはみ出した全てが寒い。
用でもなければとっくに部屋の中で、もこもこのルームウェアに身を包んで。
もこもこのカバーをかけたソファの上でくつろいで。
ココアでも飲みつつ、溜まりに溜まった買い置きの本を片端から片付けているところだ。
「さむ〜〜〜いっ」
前を歩く女の人が、お決まりのセリフを言う。
冬だから寒いのは当たり前。
とツッコむなかれ。
寒いと出てしまう言葉なのだ、これが。
「ほら。」
隣にいた男が、その手を取って自分の上着のポケットにつっこむ。
「あったか〜〜いっ」
嬉しそうに笑う彼女。
うわ〜〜〜・・・。
来たよ、ラブラブオーラが・・・・。
あたしは何となく視線を外し、笑ったような顔で溜息をつく。
面前で二人の世界を作られてしまうと、周りの人間は何故かいたたまれなくなるのだ。
ポケットの中で手をつないで、よりそう二人。
逆立ちしたって、今のあたしにはできない芸当だ。
クラスの女子みたいに臆面もなく「彼氏が欲しい」などと言ったことも、思ったこともない。
そーいう状況に、自分がなるとは全く思えないのだ。
うらやましくはない。
全然。
・・・だけど。
ちょびっとだけ、うらやましいことがあるとすれば。
あったかそうな、ポケットの中。
やっぱり、手袋を持ってくれば良かったな。
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「・・・やっぱり冬は寒いなあ。」
遥か頭の上のほうから、のんびりとした声が落っこちてくる。
あたしは首をひねり、見上げようとしてやめる。頚骨の限界。
「あったり前でしょ。今頃何言ってんの。
春はあったかい、夏はあっつい、秋は過ごしやすく、冬は寒いって決まってんのよ。
とっくの昔から。」
「それはわかってるんだが・・・やっぱり寒いなあ、と思ってさ。」
「だから買いに来たんでしょ。そのダウンジャケット。
ほっとくとあんた、真冬なのに半袖でいたりするんだから。
おまけに、どれがいいか全然わかんないなんて言うから、あたしまで付き合ってあげたじゃない。
ダウン90%、フェザー10%、色はあんたの目に合わせてブルー、さらにご家庭の洗濯機で洗える!っってゆーお得な商品を選んであげたでしょ。」
「・・・あー・・・その件については大変感謝・・・したいんだが。
それより、これに決まるまで半日かかった気が・・・・」
「文句言わない!いいものを買うには、それなりに吟味する時間がかかるもんなのよっ!
・・・ごほんっ。」
あたしは一つ咳払いをし、手に提げた大きな紙袋をさりげなく後ろに回す。
連れの買い物につきあったつもりが、いつのまにか自分の方がたくさん買っていた。
なんていうのは、よくある話で。
「まあ、確かに。お前さんが選んでくれたこれ。あったかいぜ。」
襟元をぴらぴらさせる音がして、苦労して見上げると。
あたしより二周りは大きい男が、にかにかと子供のように笑っている。
年も五つ以上は上のはずだが、自分よりすごく大人だと思ったことはない。
電車に乗るのにSuicaを持っているかと聞けば、冬はやっぱりミカンだろうと見当違いの答えを返し。
切符を買いに行かせれば間違え、教えた乗換駅をすっかり忘れて寝こける始末。
見た目はあっちのほうが大人に見えるかも知れないが。
どう考えてもこっちのほうが保護者の気がしてくるのである。
「・・・ごほん。・・・良かったわね。」
あたしはまた咳払いし、ぱっと前に視線を戻す。
その子供のような笑顔に時々、毒気を抜かれてしまう。
とゆーのは、教えてやらない。
そうそう簡単に弱点をさらすようなあたしではないのである。
「んじゃ、今度は感謝の気持ちをカタチにしてもらいましょーかっ。」
「・・・カタチって・・・まさか・・・・」
「半日歩き回って、いい準備運動になったでしょ♪・・・腹ごしらえの♪」
「なにっっ!!準備運動だったのかっっ!!」
「んっふっふーー♪この先に、デカ盛りなのに美味しいと評判のお店があるのよ♪
さらに足を伸ばせば、スイーツ食べ放題のお店もね〜〜♪
リサーチは万全よ〜〜〜〜♪♪♪」
「・・・わざわざ電車に乗って買い物に来た理由はそれか・・・」
「ご名答ぉ〜〜〜っ♪♪どんどんぱふぱふ♪♪
超人気店だかんね、並ぶのは覚悟してよね?
まー、それ着てれば大丈夫でしょっ?」
「・・・は、はめられた・・っ・・・」
「今頃気づいた〜〜〜???」
自然と足取りが軽くなる。
いつのまにかあたしもにこにこと相好を崩し、買い物袋をぶんぶんと振りながら歩いている。
そういえば一人の時は、呼び込みやナンパのあまりの鬱陶しさにイライラし、蹴り倒してくることも珍しくなかったのだが。
最近はそんなこともすっかりなくなって歩きやすい。
隣のでかい壁が自然と役に立っているのだろーか。
・・・まあ。
自分でも気づいては、いる。
一人で歩くよりも。
何だかんだと理由をつけて、こいつを引っ張り出して出かけるほうが。
何故だかあっという間に時間が過ぎるくらい。
楽しいことを。
びゅおっ!!
「うぷっ!」
いきなり吹き付ける激しい風に、あたしは思わずひるんで足を止める。
すくめた体が、隣のダウンジャケットの腕に当たる。
「さ、さむ〜〜〜っっ!」
「・・・冬が寒いのは当たり前って言わなかったか。さっき。オレに。」
「・・・珍しく覚えてたわね・・・。」
さっきより近くで声が聞こえる。
慌ててさっと離れたあたしに、また強い風が吹き付ける。
「やっぱ、さ・・・・んにゃっ、なんでも。」
言いかけた言葉を首を振って打ち消し、肩をすくめる。
手袋を、持ってくればよかったな。
と思うのは、いつも後の祭りで。
寒がりのくせに、いつも出かけるときには忘れてしまうあたし。
「・・・オレが思うにだな。リナ。」
つんつん、とガウリイが左肘であたしを小突く。
「寒いときは寒いって大声で言って、素直に寒がってやったほうが。
喜ぶと思うぞ。」
「・・・・・・・誰が喜ぶってゆーのよ・・・」
「ん〜と。・・・冬?」
「またわけのわかんないことを・・・・」
話をしている間に、急に辺りが混雑してきた。
どうやら駅から吐き出された大量の人が、信号が青になって渡ってきたらしい。
「う、わ、っと・・・おりょっ・・・おりょりょっ!?」
曲り角で脇へ逸れる人込みに、手に下げた紙袋をはさまれたかと思うと。
それごと列に飲み込まれ、流されそうになる。
「こらこら。」
ガウリイが慌てて手を伸ばし、あたしの腕をつかまえる。
ぐいと引っ張られるが、はさまれた紙袋がなかなか抜けない。
「このっ。」
大きな腕が肩に回されたかと思うと、紙袋をつかんだあたしの手ごと握ってガウリイが引っ張ってくれた。
ようやく元の道に戻れる。
「ちっちゃいくせにそんなデカイの持ってるから流されちまうんだ。
こっちよこせ。」
「ち・・・ちっちゃいは余計でしょ。」
意地っ張りな一言を気にもせず、あたしの手から紙袋を外すと。
ガウリイが驚いたような声をあげた。
「うわっ!冷たいなあ、お前さんの手。」
「・・・へっ・・・?」
「何でこんなに冷たいんだ??」
「・・・・・!」
あたしは火傷したように身を固くする。
「な・・・何でも何もっ・・・・かっ・・・紙袋持ってたからっ・・。」
「・・・こんなに買い物したのに、手袋は買わなかったんだな。」
「・・・か、考えつかなかったのよ。」
ぷっとガウリイが吹き出した。
紙袋をもう片方の手に渡すと。
あたしの手を握ったまま、笑いながら歩き出す。
「頭がいいくせに、お前さんってどっかすとんと抜けてることがあるよなあ。
危なっかしいっていうかさ。」
「わ!!わ、悪かったわねっっ!!!」
「いや、別に悪いって言ってないぞ。
オレが勝手にほっとけないって思ってるだけで。」
「!」
つないだ手から、どんどん暖まった血液がポンプで押し出されてくるようだった。
何故か遠く離れているはずなのに。
顔の方が熱い。
「しっかし、これでもまだ寒いなあ。
なかなか暖まらな・・・・そっか。こーすりゃいいんだ。」
何かすごくいいことを思いついたような明るい声で言うと。
腕がぐいと引っ張られた。
バランスを崩したあたしの目に飛び込んできたのは。
あたしのじゃないポケットの中で。
ふくらんでいる二つの手。
「!!」
「おっ、これなら二人ともあったかいぞ。な?」
「!!!!」
誰か。
嘘だと言って下さい。
二年前のあたし。
全否定して下さい。
男と手をつないで一つポケットの中なんて。
こんな状況、自分に起こるなんて思ってもみなかったのに。
しかも相手が。
こいつ・・・なんて。
・・っていや・・・。
他のやつじゃあ嫌なんだけど。
手から顔まで一気に駆け上がってきた血液のせいで。
ほっぺたからこめかみまでが熱湯の中に漬かっているようです。
世界中から見られているようで。
今すぐ逃げ出したいです。ほんと。
「どーした?なんか、歩き方がおかしいぞ。」
「べべっ・・・別にどこもおおおかしくなんかっ・・・」
「思いきり挙動不審だぞ、お前・・・」
「そそそそんなこと、あるわけないじゃない・・・」
いつかどこかで見た、カップルみたいに。
慣れたそぶりで歩くこともできなくて。
歩調も高さも違う二人が。
ぎこちなく歩き出す。
左手と右手を、一つのポケットに同居させながら。
「そ、それにしてもあんた、手があったかいわね。
知ってる?手があったかい人は、実は心が氷のよーに冷たいってゆーの。」
「・・・冷たいか?オレ?」
「え・・・・・・いや・・・そんないきなしあたしに振られても・・・」
「じゃあ、手が冷たい人はどうなんだ?」
「え・・・その・・・逆で・・・心があったかいってゆー・・・
ああもぉっ、いーわその話わっ!!忘れて!」
「はははっ。そんなの気にするなんて、リナもやっぱり女の子なんだな。」
「・・・やっぱりって何・・・・」
冷たさを増す風の中、交わす会話の中で。
そちら側だけ熱くなっていく頬を、見られたくなくて。
うつむいて歩くとつま先しか見えなくて。
すれ違う人とぶつかりそうになって、握った手に引かれてはっとする。
ほんの二年前のあたしだったら苦笑して、通り過ぎていた光景。
でも、もし。
今のあたしが二年前からこの光景を見たら。
焼きもちを焼くかも知れない。
今、このポケットに誘われている右手に。
「お、だいぶあったまってきたな。」
わざとにぎにぎと手を握って、ガウリイが楽しそうに言う。
「もう片っぽはどうだ?」
「へっ??」
「そっちの手だよ。そっちも握ってやろーか?」
「ふぇっ!?」
「待ってろ、紙袋を肩にかけて・・・こうやってだな。」
「え・・ってちょっと!!無理!!無理だから!!!」
「無理じゃないだろ、ははっ、まるで電車ごっこしてるみたいだな♪」
「そーいう年じゃないでしょっっ!!何考えてんだあんたわっっっ!!!!」
前に回ったガウリイがあたしの両手を掴んで、自分の両ポケットにつっこもうとした。
季節はずれのセミのように、大きな背中にしがみつく結果となったあたしが暴れないはずもない。
目当ての店に辿り着いて、向かい合わせの席に着いた二人は、顔を赤くして。
走り回ったからだとお互いに言い訳をした。
その日、あたしは。
いつもより、食事の量がちょびっとだけ減っていた。
「うわ、もう外は真っ暗だぜ。」
「・・・冬は日が落ちるのが早いからね。」
「さっきより寒くなってそーだな。」
「そ・・・そーね。」
冬が去り、春が来て、夏が過ぎ、秋が訪れ、また、冬が来ても。
あたしはたぶん、また忘れるだろう。
出かける前に、手袋を探すことを。
*************************おしまい♪
カップル定番、手つなぎポケット(今命名)です(笑)
初めてこれをやるとですね、確かにあったかいことはあったかいんですが・・・妙に気恥ずかしくて挙動不審になります(笑)
クリスマスに「ぷれぜんと。」ネタで書こうと思ったんですが・・・
今回は果てしなく邪魔が入り続け、こんな短い話を書くために何度中断したか(爆)最近キクぴんがお昼寝しなくなったので、PC環境はどんどん削られていく一方です(泣笑)
元ネタは、いきものがかりの「雪やまぬ夜二人」の歌詞からです♪
歌詞を検索していてこれに目が止まりまして・・・
歌詞がですね。なんつーか「ぷれぜんと。」なんですよ(笑)これでもっかい「ぷれぜんと。」で書いてみますか(笑)
その中の「時々触れる左手を気にして歩いていた頃は二年前、今、あなたの右のポケットに誘われるあたしの左手には嫉妬ね」
とゆー部分から書いてみました♪
未来の自分にちょっと焼きもちってゆーのもいーですよね♪
リナっちが感じたこそばゆさを、読んでる間感じていただけたなら幸いです♪
では、ここまで読んでくださったお客様に、愛を込めて♪
過去の自分がうらやましがるようなことが、今の自分にありますか?
そーらがお送りしました♪
そーらは過去の自分がうらやましーです(爆笑)<おい!!
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