〜 終章 〜
「………こんな綺麗な日でしたね。リナさん達が旅立ったのは。」
セイルーン城の静かな執務室で、アメリアが口を開いた。
王女は窓から目を離し、ソファの向い側にただ一人腰を下ろしている、かつての旅仲間を見つめた。
「……心配していたんですよ。これでも。
先々から便りを受け取りましたが、それでもやっぱり。」
「……ありがとな。アメリア。」
ガウリイは静かに頬笑んだ。
別れて三年。
外見はほとんど変わっていないように見える。
淡い色のブロンドに、青く澄んだ色の瞳。
ありていに言ってもハンサムの部類に入るだろう整った顔立ち。
引き締まった身体はかなりの長身で、長い足がテーブルと椅子に挟まれて狭そうだ。
「最初は驚きましたよ。手紙一つで出て行ってしまうなんて。
後から追いかけたんですが、消息がつかめなくて。」
アメリアがそう言うと、ガウリイは膝の上で手を組み、目を閉じた。
「そうか……悪かったな。けど……。」
言い淀んだ言葉の先を、アメリアは汲み取った。
肩で切りそろえた艶やかな黒髪を揺らして、首を左右に振った。
「わかってます。今のは聞き流して下さい。
一番大変だったのは、リナさんとガウリイさんだって、わかってるんですけど。
久しぶりに顔を見れたから、……まるで昔に戻ったみたいで、つい、軽口が出ちゃって……。」
二人だけで旅立った時。
そこにどんな決意があったか。
もしかしたら、いずれ相棒の死に立ち会うかも知れない。
朝が来ることを恐れる夜が。
他人にはわからない、深い葛藤があっただろう。
それでも二人は、二人揃って、それまで通りの旅に出たのだ。
アメリアの大きな目から、ぽろんと大粒の涙がこぼれた。
目を開けたガウリイはとまどい、慌てて立ち上がろうとした。
「お、おい………」
「あ、ご、ごめんなさい。
……わたしが泣いちゃいけないのに……。ごめんなさい。」
アメリアがぷるぷると首を振ると、今度はきらめく透明の水の粒が頬から飛び出した。
「まさか………まさかあんな事になるなんて思ってもみなくて………。
あんなに元気だったリナさんが……。
そう思うと………。」
新しく沸き上がってくる涙を浮かべたまま、アメリアはガウリイの隣に目をやった。
ガウリイは膝の上で長い指を組み、同じ場所に視線を落とした。
そこにぽっかりと空いた空間。
仲間の中心的存在だった少女が、当然そこを占めているはずの。
誰も座っていない、ソファの隙間。
「リナさんは…………」
アメリアは痛む喉を押さえ、ようやく言った。
「リナさんは………幸せだったんですね。」
「…………だと、いいけどな。」
吐息をつくようにガウリイが囁いた。
「そう願ってる。」
「幸せだったに決まってますよ。
ガウリイさんと一緒だったんですから!」
怒ったように言うアメリアを見て、ガウリイは頷いた。
「ああ………そうだな。きっと。」
ガチャッ…
扉が開き、二人の背後に足音が近づいてきた。
「ガウリイ。」
声をかけられ、ガウリイが振り向いた。
「よう、ゼルガディス。久しぶりだな。」
「何だ。苦労したってのに、相変わらず呑気そうな顔してるな。」
「ゼルガディスさんたら!」
変わらない毒舌ぶりに、アメリアが腰を浮かす。
ガウリイは構わないと手を振り、軽口で返す。
「お前こそ。相変わらず硬そうな顔だ。」
「放っとけ。」
白いローブをぞんざいに羽織ったゼルガディスは、両手に分厚い古書をいくつも抱えて入ってきた。
そのどれにも、持ち出し禁止の赤い帯が巻かれている。
「それよりもっと相変わらずのあいつを、先に何とかしろ。
俺を荷物持ちか何かと勘違いしてるんだぞ。」
ゼルガディスが首をくいと傾けると、その後ろからもう一人が部屋に入ってきた。
同じように両腕に本を抱えている。
「相変わらずで、悪かったわね。
ヒマそ〜に歩いてるから、手伝わせてあげただけでしょ。
あんたの顔パスのおかげで、図書館からたっっぷり借りてこれたしね♪」
小首を傾げ、軽くウィンクで答えながら、リナが言った。
「リナさん!」
アメリアは席を立ち、小走りにリナに駆け寄った。
「本当に本当なんですね、リナさん!
病気が治ったって!」
「アメリア。久しぶり。」
にこやかに笑った顔は、ガウリイと同じように。
三年のブランクがあったとは思えない、記憶にあった通りのリナのものだった。
変わってはいない。
防具こそ外しているものの、魔道士装束に手袋にブーツ、黒いバンダナ。
栗色の髪は長いまま、艶を放っている。
「うん、まあ。なんていうか、どうもそうみたいなのよね。」
リナが本をテーブルに置くと、アメリアは急いでカップを二つ追加した。
芳醇な紅茶の香りが、部屋いっぱいに広がった。
どさっ。
それまでぽっかりと空いていた空間を、本来の人間があっさりと埋めた。
リナはガウリイの隣に腰を下ろし、ゼルガディスはアメリアの隣のシングルソファに腰かけた。
かつての旅の仲間が四人。
時を超えてここに揃った。
「おっかしいのよね。」
リナはかりかりっと頭をかいて、天井を見上げた。
「死ぬかも知れないって言われて、考え過ぎちゃって。
一人で何とかしようって思った時ほど、発作が起きてたのよ。
その……三年前、皆と別れようとした時が一番、ね。」
隣のガウリイを見上げ、リナが少し赤くなった。
「本当は言いたいことがあるのに、言えなくて。
喉元にこう、何かが詰まってる感じ?
そ〜ゆ〜時に発作が起きやすいんだって、だんだんわかってきたのよ。
こーなると、病気だかなんだかわからないんだけど。
とりあえず、開き直って言いたいこと言って、何とかなるなるって笑ってたら……」
ガウリイが空いた片手で、ぽんぽんとリナの頭を撫でた。
「ま、そーいうことだ。
気がついたら、全然発作が起きなくなってたんだよな。」
「ええ、それで各国に広めたら、本当にその通りだったんですよね。」
と、アメリアが頷いた。
ゼルガディスは本を膝に乗せ、ペンを走らせていた。
「魔法医達の判断によれば、どうも高位の魔道士が罹りやすい病らしい。
魔法というやつは、集中力を必要とするからな。
それだけストレスも多くなる。
神経が参っちまうんだな。
そこへ別の負担がかかりすぎると、体が悲鳴をあげるというわけだ。
負担を減らし、神経をやわらげればいいんだが、一度病気に罹ると誰しもそんな簡単なことすらできなくなるだろう。
毎日死ぬことばかり考えて、病気をさらに進行させていたんだ。
それに最初に気がついたのが………」
「リナさん達だったってことですよね。」
言葉尻を取られたゼルガディスが顔をしかめると、アメリアも笑った。
「もしゼルガディスさんが罹ったら、暗くなる暇がないくらい、わたしが傍で笑わせてあげますからね。」
「ば、ばか。何を言ってる。」
最近そこここで『放浪の賢者』と囁かれ出したゼルガディスが、子供のように慌てた。
「顔が赤いわよ、ゼルガディス。」
リナがちゃかして笑った。
「賢者さまでも赤くなるんだなあ。」
ガウリイも隣で笑っていた。
アメリアがくすくす笑い、ゼルガディスがばつの悪そうな顔で苦笑し。
それがおかしいと、ガウリイとリナは笑い転げた。
ついさっきまで部屋に満ちていた静けさが、笑いで吹き飛んでしまった。
まさにその笑いこそが。
病を治すのだと、今は誰もが知っていた。
リナとガウリイは旅先から集めた情報を送り。
ゼルガディスがそれらの資料をまとめた。
アメリアは友好国に使者を送って広く呼びかけた。
リナが旅先で発作に襲われたのは、片手の指にも満たない頻度だった。
立ち止まらずに旅を続け、明日を諦めなかったことが、リナの命を救ったのだと。
後になってからわかったことだった。
「でも、本当に治って良かっ…………」
嬉し涙をそっと拭ったアメリアは、はっとして笑うのをやめた。
「リナ……さん!?」
さっきまで笑い転げていたリナが、青ざめていた。
胸の辺りを手で押さえている。
「どうした!?」
ゼルガディスも気づいた。
その手から、本がばさりと落ちる。
「…………っ………」
リナの唇から苦し気な息が漏れ、彼女はソファの上で体をよじった。
「リナ?」
ガウリイが腕を回す。
「リナさんっ!!」
アメリアの声は悲鳴に近かった。
ガウリイの胸に顔を埋めるリナを見て、三年前の悪夢が蘇ったからだ。
「治っていたんじゃなかったんですかっ!?発作が………」
「バカな!」
ゼルガディスが席を立つ。
「………………!」
青ざめ、冷たい汗をかいたリナが、何かを言った。
「何です、リナさん!?苦しいんですか!?リナさんっ!!」
テーブルに乗り出したアメリアの下で、カップがガチャガチャと不協和音を立てた。
リナがもう一度呟いた。
「……………気持ち悪ぃ………………」
「……………へ…………?」と、アメリア。
「え……………」と、ゼルガディス。
「あ……………」と、ガウリイ。
三人は目を丸くし、顔を見合わせた。
リナの背中に腕を回して抱き寄せていたガウリイが、開いた片手でぽりっと頬をかいた。
「すまん………え〜と、そーいうことだ。」
「そ………そ〜いう………って………」
「ってことは………」
呆然としたアメリアとゼルガディスは、二人を見つめ。
それからゆっくりとお互いを見た。
そこに答えがあったのか、彼らはばっと振り向くと揃って大声で言った。
「それってまさか!!
悪阻(つわり)!!!!!」
「う〜〜〜気持ち悪い〜〜〜〜〜〜〜」
口と胸の辺りを覆いながら、リナが苦しそうに言った。
「だ、大丈夫か、リナ?外行くか?」
背中をさすりながらガウリイが心配そうに言う。
「大丈夫じゃないけど、大丈夫〜〜。吐くほどじゃないと思うから………」
「そ、そうか。」
ようやく顔を起こしたリナは、向側につったっている二人に気づいた。
「ち……ちょっと……何であんたたちが真っ赤になってるわけ……?」
「だ………だって…………」
「いや……その‥……」
「え…………」
今度はリナまで赤くなり、ガウリイをのぞく三人が顔を赤くして、あらぬ方向に視線を彷徨わせることとなった。
「つまり……だな。
オレ達はいつも、明日のことを考えてるってことさ。」
一人にこにこと笑ったガウリイが、固まったリナの肩をぽんぽんと叩いた。
アメリアはそれから大忙しだった。
泣くやら笑うやら、感心するやら照れるやら。
一人で何度も大声を出し、手を叩いて喜んだ。
ゼフィーリアへ行った時の話をせがみ、リナがそれを面白おかしく話すと。
ガウリイが脇からつっこみ、ゼルガディスが珍しく声を上げて笑った。
そうして三年の月日を、少しずつ埋めあった。
彼らが口にしない本当につらかった夜も、進んで話す明るい朝のことも。
運ばれてきたお茶のお代りが尽きるまで、途切れることはなかった。
最後にリナは微笑んで、傍らのガウリイを見上げた。
「本当は、あたしも思ってた。
笑って空を見上げられない日があっても、次の日には少しだけ頭を上げて。
そうやって、ずっと旅を続けて行くんだ、ってね。
そう思ってる限り、道は続いていくんだよね。
明日も。明後日も。」
ガウリイは微笑み返し。
頷く代わりに、旅立ちの朝と同じものを彼女の額に贈った。
諦めていたら出会えなかった、新しい命。
その分も。
道を作り続けて行こうと心に誓いながら。
*************************おわり。
後半を書き直すために、前半後半をちぎってお届けしました(笑)
どうも、あけましておめでとうございます(笑)
一年とは早いものですね(笑)
お持ちの方はおわかりかと思いますが、「糸し糸し心の言の葉3」に入っている、「名前のない病」のリナバージョンになっています。
「名前のない病」では、ガウリイが謎の病気にかかり、リナが症例を集めるためにガウリイを置いて一人で旅立つことを決めるのですが、この話では、リナが病気に罹ったことにして書いた別パターンです。
この病ネタを考えた時に、実は7パターン書きました(笑)ガウリイが病に罹るパターンで三種類くらい、リナが病にかかるパターンで二種類、全体的にギャグ調にしたものが二種類くらい。ガウリイが病に罹った時点でシルフィールが出てくるものがあったり、いろいろでした。
一つの話を書く時に、すぱっと一度でできる時もあるのですが、こうしていくつものパターンで書く時があります。その中から一つ選んでアップしたり本に載せるわけですが。今回も、再利用してみました(笑)
まんま再利用じゃつまらないので、「糸3」の話とはちょびっと違うように、特に後半を全面的に書き直しました。ガウリイのセリフがかなり多くなったような(笑)結末はどちらもハッピーエンドなんですが、あちこち微妙に違いがあるので、お持ちの方は比べて楽しんでやって下さい(笑)
ギャグパターンの一つも使えそうな気がするので、とりあえずフォルダにとっておいてあります(笑)そのうち書き直すかも知れません。
病気の元ネタは、愛してやまないからくりサーカス(少年サンデーコミックス・藤田和日郎氏)のゾナハ病です。銀色の煙を吐きながら夜中に旅をする「夜のサーカス」が世界に捲き散らす、謎の病。これにかかると胸に激痛が走り呼吸ができなくなるという代物で、発作から逃れるには他者の副交感神経を優位状態にする、すなわち笑わせることが必要になります。もっともそれは一時的なものに過ぎないのですが。
本当の病気は、どれも本人にしかわからない痛みと辛さを伴うものです。お話の中ならこんな治り方もあっていいだろうと思って書きました。
今年はのっけから実家の犬が亡くなったり、個人的にもいろいろとあったので、そろそろいろいろと考えなくてはいけないなと思っているのですが。(いろいろ続きだな・笑)
個人がどうなろうと、時間は関係なく過ぎていくわけで。だったらやっぱりできるだけ笑って過ごしたいと思うのであります。
こんな感じで、今年はまたさらにのんびりゆっくりと。続けていられるだけ続けていたいとは思ってます。書きたい話はあるのですが(笑)
リナが子供になっちゃった話も何とかせんと(笑)
T2ネタも何とかせんと(笑)
怪盗ネタも何とかせんと(笑)
リクエストに魔法少女ネタもあったりして………(笑)
それ以上に、冬の新刊が暴走しすぎて憑き物が落ちた気がするので(笑)初心に返ってほのぼのガウリナ生殺しガウリナに戻りたい気もするし(笑)
「すてっぷ」のCDを作っていたら、ガウリイが今より過激な発言をしていまして。意外にほのぼのシリーズじゃないじゃん!と自らにツッコミを入れてるところです(笑)過激じゃないガウリイが出てくる「すてっぷ」みたいな話が書きたいなと思ったりもして(爆笑)
無印DVD-BOXが出ますが、この期にもう一度最初から新しい気持ちで見るのもいいかもしんない。
こんなやつですが(笑)
今年もどうぞよろしくお願いします♪
では、そーらよりお客さまに愛を込めて♪
「本当に言いたいことが言えなくて、それが喉まででかかっているのに、どーでもいい会話を延々と続けてしまったことがありますか?」
そーらにも、あるっすよ(笑)ええ、何度も(笑)
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