「咲くや散るや」



 
「お〜。あれか。じーちゃんが言ってたのは。」
先に気づいたのは、目の上に手をかざしていたガウリイだった。
あたしは目を細めてみたが、日射しの先が霞むばかりで何も見えない。
だが疑う必要はどこにもなかった。
しばらく行くと、小高い丘の上にぽつんと立つ大きな樹木が目に入ったからだ。
「……あんたの目ってどーなってんのかしらね、ほんと。
もしかしてさ。御先祖様にエルフの血でも混ざってたりして?」
そう言って傍らの大きな男を見上げると、彼は首を傾げて予想通りの答を返す。
「さあ??どー……だっけかな。わからん。」
「………そーでしょーとも。そーいうくると思ったわ。」
ため息をつくあたし。
「なら聞かなきゃいいのに。」
きょとんとする彼。
自称あたしの保護者。ガウリイ。

微妙に噛み合ってるんだか、全く噛み合ってないんだか。
よくわからない会話。
それが今の旅の相棒との毎日だ。
片や魔道士、片や旅の傭兵。
性別も年令も身長も違えば、得意分野も違う。
何故一緒にいるかと聞かれれば、二人とも首を傾げることだろう。
ただ言えることは、この微妙な会話でも交わすことが苦痛でないことは確かだ。
苦痛というよりむしろ。
誰の傍にいるより自然な感じがする。
何が不思議といえば、それが不思議なのかも知れない。
 
「ありえないことでもないのよね。ハーフエルフってのが現実にいることだし。
もしも、もしもよ?
記録に残ってないくらい、ふっる〜〜い昔にさ。
御先祖様の誰かが、あんたみたいな金髪で青い目のエルフと、大恋愛なんかしちゃったりして。
周囲の反対を押しきり、種族間の相違を越えてついに二人は結ばれ!
その血の中に連綿と、エルフの容姿と特殊な才能が受け継がれているのよ、きっと!
うっひゃ〜〜、やるやる〜〜〜!ひゅーひゅー!このこの〜〜!」
「いてててっ!何がひゅーひゅーだ、こらっ!
脇腹をぐりぐりえぐるなっって!」
あたしの肘をぐいぐい押し戻して苦笑するガウリイ。
「想像するのは勝手だが、もしそれが本当だとしてもだ。
それは御先祖様の誰かの話だろ。
オレをつついてどーする。」
「あぁら。」
あたしはくすりと笑って、今度は人さし指で腰をつんつん攻撃に切り替えた。
「わっかんないわよ?
御先祖にそんな大恋愛をかますよーな人がいたなら!
そんな恋愛体質を、子孫のあんたも持ってるかもしんないじゃないっ!」
「れ………恋愛体質って………」
つまりっ!
ひときわ勢いよくつついてから、あたしはとびきりのウィンクをひとつしかけた。
「あんたも大恋愛する可能性があるってこと!!」
「…………!」

 
微妙な会話は途切れ、微妙な間が流れる。
口の端を思いきり下げて、目をしばたいているガウリイと。
ウィンクの次をどうしようかと迷い始めたあたし。

「………………………」
二人は視線を交わし。
それから。

やれやれと首を振った。
 
「……まったく。お前さんはとーとつに何を言い出すかわからん。」
がしがしと頭をかくガウリイ。
「でしょー。若ボケ防止よ。」
「お前なあ‥‥‥。」
「いや、ほら、だって。エルフに最近流行ってるらしーし。
長い寿命でへーわで暇そーにのほほんと暮らしてると、そーいうぜーたくな悩みも発生するんだな〜〜って。」
「………少なくともオレは、平和で暇な生活は送ってないと思うが……。
それも誰かさんのお陰で………。」
ジト目で見下ろすガウリイに、あたしは真顔で、
ホットでクールでスリリングな生活と言って。」
「……………。」
なことを言ったものだから、ガウリイは目を点にして空を仰いだ。
 

平和で暇でのほほんとして見えたのは、名も知らぬエルフのことではなく。
その彼が見上げた、空の方だった。
開けた土地の上に広がる空は、町中で見るものとは訳が違う。
ここでは空の方が、地面にへばりつくようにして暮らすものよりも大きく。
単なる背景ではなく、主人公のように見える。
あの空から見下ろしたら、あたし達は埃のように小さい存在に過ぎないだろう。

そしてその大きな青空に手を伸ばすように。
薄いピンク色の花をいっぱいにつけた巨きな樹が立っていた。
 
「へ〜〜〜。なるほど。確かに宿のじーちゃんが言った通りね。
今が見ごろの満開みたい。」
「だな。」
二人並んで見上げた樹は、太い幹から無数の枝を広げていた。
その太さは、大人が四人手を繋いで、ようやく囲めるほどだ。
柔らかな下草の上に一本だけどっしりと生えている。
「誰も名前を知らない樹だなんて、もともとこの土地のものじゃないのね。
一体どこから来たのかしら。」
枝には葉が一枚もなかった。
ただ花だけが、今がその時と咲き誇っているのだ。
「さあな………。鳥が運んだか、人が運んだか。
でも、この土に馴染んでるみたいだな。」
「………そ、ね。」
 
枝の下に立つと、花が風景を逆転させてしまっていた。
あれほど広くて大きかった空の青を埋めつくし、薄いピンク色に塗り替えてしまっている。
それは見事というしかない生命力だった。
誰に見せるためでもなく、ただ自分の命を証明しているように。
全ての枝で花を咲かせている。
そこに危うさや儚さはなく。
ただ強さだけがあるようだった。
 
「不思議だよな……。」
幹に手を当てて、ガウリイが穏やかな声で言った。
「こんなに綺麗に咲いてるのに、たった七日しか持たないなんて。」
「え……そうなの?」
樹上になかば圧倒されていたあたしは物思いから引き戻され、目をしばたいた。
「ああ。じーちゃんが言ってたんだ。
何年も何年も花をつけずにじっと我慢して。
人の一生の長さのうちたった一度だけ、花をつけるんだそうだ。
小さい頃からこの樹を見てきたけど、花が咲いたのは今年が初めてだって。」
「へえ…………。」

見守るうちに、枝の先からちらりと小さなものが落ちてきた。
一つ。
また一つと、まるでタイミングを計っているように飛び下りてくる。
花びらだった。

「もう散り始めてる………。」
「今日か明日が、七日目なのかも知れないな。」
「そっか……。」
思わず上げた手のひらの上に、ちらりと舞い散る花びら。
落ちてしまった花にはもう、圧倒されるような迫力はなかった。
「なあ、リナ。一つ聞いてもいいか?」
目の前に立っているガウリイもまた、枝に向かって手を伸ばしていた。
「どうやって、花が咲く時期がわかるんだろうな?この樹は。」
「え?」
「だから。何年もずっと、花をつけないで待ってるんだろ。
今が咲く時だって、どうやってわかるんだろうな?」
「それは……………」
あたしはすぐに応えられなかった。
丘を駆け上がってきた風が渦を巻き、長い金髪の先にじゃれつく。
枝が揺れ、花びらが余計に舞い散った。
ちらちらと降る雪の中に、ガウリイが立っているようだった。
「自分でわかるのか………。それとも、誰かが教えるのかな。」
尋ねるというより、自分に問いかけているような調子だった。
 
植物が花を咲かせるのは、実をつけるためだ。
その実が地へ落ち、または運ばれ、どこかで根づく。
そうして生まれた新しい命の中に、綿々と受け継がれてきたものを繋いでいく。
いわば開花は植物にとって繁殖の始まりであり。
恋の季節とも言えるのだろう。
植物に限らず、限りある命の存続は常にこうして行われてきた。
そうして繰り返されていくのだ。
誰に教わるのでもなく。

人間においても、それは例外ではない。
 
ならばあたしにも、花が咲く時があるのだろうか。
そしてガウリイにも。
いつどこで、誰がどのようにして。
その時とわかるものだろうか?
自分で気づくか?
それとも相手が気づくのだろうか?
誰かに教えられなければ、自分で花を咲かせることはできないのだろうか。
自分の花なのに。
 
「え………と………………」
口籠るあたしを、ガウリイが急がせることはなかった。
彼の目はただ咲く花々に寄せられ。
その手はただ散る花々にたむけられ。
その姿はただ降る雪のような花びらに隠され。
目をこらしてもはっきりと見ることが叶わないほどだった。
「ガ………」
何故だか彼がいなくなるような気がした。
そこにいるはずなのに。
散る花びらは途切れなくなり、吹雪の様相を呈してきた。
「ガウリ………」
伸ばした手に花びらが積もる。
ひやりとした感触に身震いが出た。 
「…………!」
大きな声で名前を呼ぼうとしたら、口の中にまで花びらが入った。
喉に詰まる。

空ばかりか全景がピンクに染まっていく中。
微かに名前を呼ばれたような気がして顔を上げると。
舞う花の間に間に、こちらを向いているガウリイの顔が見えたような気がした。
彼は何かを言って、腕を伸ばしていた。

「!」

ぐいっ!
突然、花の中から大きな手が出てきて、あたしの腕をぐいとつかんだ。
何も言えないままあたしは強く引かれ。
何か固いものに頭が触れ。
それから。








 

どざざざざざざざざざざっっっっ!!!

 
 
もそもそ。
最初に耳に届いたのは、そんなような変な音だった。
もそもそもそ。
体が右に左に振られている。
感覚を奪われ、手も足も出ない状態に自分がいる事に気づいたのはその時だった。

それから突然、一気に視界が開けた。
新鮮な空気が肺に入ってきて、あたしはようやく一息つくことができた。
「んな………なにこれ。」
「よかった、苦しくないか?」
ほっとした顔のガウリイの顔がすぐそばにあった。
「苦しかったけどもう大丈夫…………って、どーいうことよ、これ?」
「いや……悪かった。言うのを忘れてた。」
困ったような顔をしたガウリイは、肩まで埋もれていた。
大量の花びらに。
あたしはというと、ガウリイが両肩をつかんで引っ張りあげてくれたらしい。
ほぼ腰まで埋まっていた。
「じーちゃんが、言ってたんだよ。七日目になると一斉に散るって。」
「………って……………はあ??
あたしが呆れたのも無理はあるまい。
周りは全て、花、花、花びらの山。
空ではなく、緑の草地がピンク色に染まっている。
あれほど咲き誇っていた樹の花が、全て散ってしまっていた。
枝がすっかり裸だ。
一輪も残っている様子はない。

「一斉にって!ちょっと待ってよっ!
だからってこんな散り方ってある??
人の背丈くらい積もるなんて、一斉すぎだっつーの!!
下手するとあたし、花に埋もれて窒息死してたかも知れないじゃない!!
うっわ、あっぶな〜〜〜!」
「いやあ……いくらなんでもそれはないと思うけど………。」
さすがのガウリイも苦笑して辺りを見回した。
「確かに凄まじいよな、これは………。
何ていうか………思いきりがいいというか………。」
「思いきりよすぎよ………。」

何十年という長い時間を待って、ようやく花をつけた樹とは思えない。
確かに思いきりのいい散り方だった。
いっそ清清しいくらいかも知れない。

「とんだ花見になっちまったな。」
まだあたしの体を支えたまま、ガウリイがくすりと笑った。
「そーね。
おかげで、満開の花の下でお弁当を食べるってゆー我が野望がついに叶わなかったわ。」
あたしがさも残念そうに言うと、ふとガウリイが真顔になった。
いつもとは違う、少し高い位置のあたしを見上げるような、真直の視線。
「…………」

どきりと胸が高鳴って、初めて気がついた。
花に埋もれて身動きもできないこの状況で。
二人がひどく密着していることに。
はっきりと見えないことに不安を覚えた彼の顔が。
触れるほど近くにあることに。

「……………」
片方の手が、肩から離れた。
髪に触れる感触より早く、あたしはその手の温度を感じ取っていた。
「花が…………」
耳もとをかすめるように花びらをつまんだ指が、一房の髪ごと滑っていく。
もう一枚は、あたしの前髪の上にあるようだった。
大きな手のひらで視界を覆われ、思わず目を閉じた。
 
一旦遠のいたと思った手が、ふ、と頬に触れた。
かあっと顔が熱くなるのがわかった。
けれど目を開くことはできない。
暗闇の中でただ、自分の心臓の音を聞いていた。
ばくん、ばくん、と弾けそうな音を。

それとも。
春の訪れに音を立てて開く前触れだろうか。
花の蕾が。
 
と、頭の上をぱたぱたと手が叩いていた。
「………………?」
驚いて目を開くと、ガウリイはあたしの頭の上に積もった花びらをはたいているのだった。
「これじゃまるで、お前さんに花が咲いたみたいだな。」
さっきまでの真顔はどこへやら、のほほんとした声でぱたぱたとはたいている。
    ちくんっ
はたく手は痛くなかったが、どこかに刺が刺さった気がした。
同時になんだか腹が立ってくる。
「あんたこそ。………じゃあ、今度はあたしがはたいてあげるわね♪」
にやりと笑って片手をあげると、失礼この上ないことに、ガウリイが目に見えて引いた。
「い、いや、その、自分でやります。やりますからお気遣いなく。」
「まー水臭い。あたしとあなたの仲じゃない。
遠慮なさらず。ささ。」
いたたたたたっ!!
ば………ばしばし叩くなって!ホントにそこ、花びらがあるのかっ!?おいっ!」
「どこもかしこも花だらけじゃない♪」
ってーーーーっ!!顔ははたかんでいいっ!
本気出すなっ!ひっかくなっっ!なっ、何か怒ってるみたいだぞっ!」
「怒ってなんかないわよっ!!」
「口調が怒ってるじゃないか!」
「だから怒ってないってば!!義憤に燃えてるだけよっ!!」
「それを怒ってるってゆーんだろーが!
何を怒ってるのか、それくらい教えてくれてもいいだろうっ!」
「それくらい?いいでしょぉう、それくらいね!!」
極め付けの一発を頭にお見舞いしながら、あたしは胸を張った。
「自分が咲く時くらい、自分で決めるってことよ!
あたしはね!!」
「……………え?……………え?」
「わからないっ?」
「わ………わからないんだが………全く………。」
覚束ない表情でガウリイが見上げる。
あたしはつんと顎を逸らして、横柄にこう言った。
「わからなかったら、ちょっと目を閉じてみたら?
そーしたらわかるかも知れないわよ?」
「目を………って、こうか?」
言われたまま素直に、目を閉じるガウリイ。
「………………。」

両手を花びらの山につき。
目を閉じている、身動きできないガウリイに身を屈め。
他の花びらが触れないうちに、その頬へ。

「……………!」
驚いたガウリイがぱっと顔を引くと、頭から花びらがまた落ちた。
同時にあたしは弾みをつけて這い出すと、体から花びらをぱたぱたと払い落とした。
ガウリイは面喰らった顔のまま、まだ花に埋もれている。
あたしはべえっと舌を出し、くるりと背を向けた。
「んじゃそーいうことで。おっさき♪」
「そっ……そーいうことって……
ち、ちょっと待て、リナっ!
オレには何が何だか…………
ここから出るのにちょっと手を貸してくれても………」
慌てたようにもぞもぞと動くガウリイに、あたしはひらひらと手を振り、にこやかに言い返した。
「あんたも男なら、自分で一花咲かせてみなさいよ、そ・こ・で♪」
「ええっ!?」
「さってと、お弁当をどこで食べるかな〜〜〜♪一人分増えたから、食べでがありそう♪」
「なにいっ!こ、こら待て、リナっ!
半分はオレのだぞ!一緒に食うまで、待っててくれるよなっ?」
「さあね〜♪」
「リナっ!!」
 


咲くや散るや。
咲くやとも、咲かねども。
あたしにはあたしだけの花があるはず。
誰かの手でなく。
あたしだけの力で、それは咲かせたい。
散るならいっそ思いきりよく、潔く。
あの花のように、空の青に手を伸ばし。
ただひともと、絢爛と咲こう。

うす紅色の地を後にし。
あたしはそんな思いを胸に、軽やかな足取りで丘を下ったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 




 
 
 
 
++++++++++++++++++++++++++++++++++++おわり。
 
 
春らしい話ということで。どでがしょ(笑)
ガウリナの神髄は生殺しにあり?(笑)
桜は関東では終わってしまいましたが、東北・北海道はまだ間に合いますか?(笑)

え〜、桜ですが。
花をつける木は数あれど、やっぱり桜は別格な気がしますね。
春が来たんだなあという実感と。
自然に目が吸い寄せられる色彩と、圧倒されるような咲きっぷり。
ちらちらと散りはじめる頃の物悲しさ、落ちてしまった花びらの茶色く染まった変貌ぶり。
散ってしまった後の枝の寂しさ。そこに新たな力強さを感じる、眩しいほどの碧の葉。

桜並木を毎年のように見に行きますが、実際にそこに住んでる方の御苦労は並々ならないようです。
花びらの始末もそーですが、毛虫も多くつきますし。
でも何だか引き寄せられるのは。
物言わぬ植物なのに、妙に生々しく、ほとんど脈打つんじゃないかと思うようなあのすべらかな樹肌から立ち上る、命の気配を感じたいのかも知れません。
 
では、ここまで読んで下さったお客さまに、愛を込めて♪
「花見と言えばビールですか、それとも折り詰弁当ですか?」(笑)
同じどんちゃん騒ぎなら花のないところでもできるのに、何故にあれほど熱狂するのか。
あるいは見もしない桜の生命力に当てられているのかも知れませんね(笑)

そーらがお送りしました♪
 
 
 



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