「心地よい背中」



  
「へ〜〜〜、こんなとこにトンネルがあるぜ?」
手をついて、ガウリイが岩壁の中を覗き込んでいた。

街道ともいえない、低い山の中を縫うような道にあたし達はいた。
昨夜遅く降った雨のせいで、辺りは何となくじとついている。

「天然の洞窟みたいだけど・・・反対側に出られそうだぞ。」
「ふーーん?」
興味を引かれて、あたしも覗いてみる。
「確かに、向こう側が見えるわねー。
この辺の草が刈り込まれてるってことは、地元の人も利用してるみたいね。」
「大した距離じゃないな・・・」
ガウリイが背を屈めるようにして中に体を半分突っ込む。
「ちょっと。気をつけてよね。
いきなし山が崩れて生き埋めにでもなったら!
いくらあたしが魔道士でも助けられらんないわよ??」
腰に手を当てて注意すると、ガウリイは洞窟の中で振り向いた。
「そんなに心配ならやめとくか?」
「しっ・・心配・・って・・・」

いうわけじゃなくて。
と、言おうとしたその瞬間。

視界の片隅で、何かがぺそっと落ちてきた。

・・・・ひ!?
ままままままままままさか、そりは・・・

ツヤツヤ。
テカテカ。
のったり。
丸まると太った、みずみずしい、背中に斑点のある・・・

「ぶぎゃぁあああああっっっっ!!!」
突進し、最初にぶつかったものにしがみつくあたし。
「うぎょあがあがあがが!!!」
もはや自分の悲鳴も意味不明である。

「なんだ、もしかして今気がついたのか??」
ものすごく近いところからガウリイの声がした。
「さっきから、あちこちにいっぱいいるぞ。
だから、近道してでも早く抜け出したいのかと思ったのに。」
・・・・へ?」
不吉な言葉におそるおそる目を開けると、ようやく状況がわかった。
洞窟の中に走り込んだあたしは、ガウリイの背中にしがみついていたのだ。
回した腕はウェストよりちょっと上の辺りをぎゅっとつかんでいた。
頬にあたっているのは、さらさらの長い金髪だった。

「い・・い・・いっぱいいる・・・って・・・」
自分の状況にもびっくりだが、それより遥かにアレへの恐怖が上回っていた。
膝がかくかくする。
「雨が降った後だったからなあ。葉っぱとか、岩の上に・・・」
うどぉぅわぅおぇおえ!!!
や、やっぱいいっ!具体的に聞きたくないっっ!!」
あたしが顔をこすりつけたままぶんぶんと首を振ったので、ガウリイの髪が一部くしゃくしゃになる。
「じゃあ、どうする?戻るか、このまま進んじまうか?」
「ももももも戻らないっっっ!!!
ここここのまままままま行って、行って!!!!」
「はいはい。」
声に笑ったような気配があったが、ガウリイは前へ歩き出した。
しがみついたまま、あたしも前へと進む。
 

目を閉じたままだったから、洞窟の中は見ずじまいだった。
ひんやりとした空気だけが、背中の方から伝わってきた。
「もう少しだぞー。」
ガウリイが少しずつ進みながら声をかけてきた。
どうやらひっついているあたしに合わせてくれているらしい。
そのあたしはというと、ガウリイの足とぶつからないよう、おっかなびっくりひょこひょこと歩いていた。
見えないことで、逆に嫌な想像をかきたてられる。
今にも、巨大なアレを踏んづけてしまうでのはなかろーか。とか。
天井から次々と、アレがなだれのように落ち・・

うぎょわわわわわ!!!!
それ以上想像すな、あたしっ!!!!

「しっかし、リナにも苦手なものがあるなんてなあ。」
人の気も知らないで、ガウリイが呑気な調子で言う。
「釣りをする時は平気でそこら辺の虫をつかむのに。
そんなに違いがあるようには・・・」
ぁぁっ!!具体的に説明しないでってばてば!!!」
耳を塞ごうにも、両手はガウリイにしがみつくので精一杯だった。
代わりにぐりぐりと顔を押し付けることしかできない。
「今、必死に別のこと考えて気を紛らわせようとしてんだからっっっ!!!!」
この必死さが全く伝わらないのか、相変わらずのんびりしたガウリイの声が合の手に入る。
「別のことって、たとえば?」
「たっ・・たとえば・・・・・・・」
実際は何も考えていなかったので、破れかぶれになる。
「たとえば、そうよっ、あんたよ、あんたっ!!
あんた、苦手なもんはないの??
あたしみたいに、これだけは絶対ダメってやつ!!」
「絶対ダメって・・・・そーだなあ・・・・。」

あたしの腕の下で、ガウリイの体が少し動くのがわかった。
両腕を持ち上げ、腕を組んだらしい。
「苦手なもんってのはいくつかあるけど・・・。」
「そっ、そーよそーよそーよっ!そーだった!!
あんた、ピーマンとか、グリーンピースとか、そーいうのダメじゃないっ!」
「・・・そりゃダメだけど・・・。
たとえば今ここにピーマンが転がってたとしても、悲鳴を上げて逃げ出すことにはならんと思うが・・・。」
「・・・・う・・・・そりゃ、確かに・・・。
じ、じゃあ、そーいうんじゃなくて。
見るだけで体が拒否反応起こすような、そーいう弱点っていうのはないの!?
ガウリイには!!」
「弱点・・・・う〜〜ん・・・。」
考えこんでいる気配がする。

と、体がびくりと反応した。
はぅっ!?あ、危ないとこだった!!」
「あ・・危ない??何が??」
いきなり何を言い出すのかといぶかるあたしに、ガウリイが安堵の溜息をつきながら言った。
「だってそーだろ。
自分の最大の弱点をリナに明かすなんて・・・・。
その先の人生、棒に振ったも同然じゃないか。
一生奴隷で終わるところだった・・・・。危ない危ない。」
「あっ、あのねえっっ!!!!
「うっ、く、苦しいっ!もう少し腕を弱めてくれ!!
でないと意識が遠ざかって、このまま洞窟で行き倒れに・・・」
「じょじょじょっ!冗談じゃないわよっっっ!!!
こんなところで、あたしを放って気絶なんかしないでよねっ!?!?
ガウリイっ!?
ちょっ・・・ガウリイってば!!!??」
 
はっと目を開けると、辺りが明るくなっていた。
いつのまにか、洞窟を抜けていたらしい。

「もう大丈夫だぞ。あっという間だったろ。」
頭の上から声がして、振り仰ぐと。
頭二つ分上から見下ろしている、ガウリイの横顔が見えた。
「・・・そんなに気に入ったか、そこ?」
「・・・・っへ・・・・」
首を元に戻し、ようやくあたしは我に返った。

「うぎょぁああっ!?!?!」
どっすぅんんん!!!


腕をぱっと放すと、勢いで後ろにしりもちをついてしまった。
「ひっ!?」
思わず当りを見回したが、日当たりのいいこちら側の草は乾いていた。
アレもいなさそうである。
「・・・大丈夫かあ?全く、筋金入りだな。お前さんのアレ嫌いは。」
おかしさ半分、呆れ半分でガウリイが手を差し出す。
あたしは顔を赤らめ、慌てて立ち上がる。
「いーでしょ、一つくらい弱点があったって!!
人間味が増して親近感が湧き、好感度アップにして人気再爆発よっ!!」
「ぷっ。・・・ははははっ。
そうだよなあ。転んでもタダで起きないのがリナだもんな。」
今度は隠しもしないで笑い出し、ガウリイが先に立って歩き出した。
何となくバツの悪い思いをしながら、あたしはその後ろについていく。

前を進むガウリイの、後ろ姿を見た。
長い足が、大幅なストライドで進んでいく。
足下に生い茂った草が、あっさりと左右に分かれ、道を明け渡す。
ざっくざっくと踏み分ける確かな足音。
腰に下げた剣の鞘が防具に当たって、かすかにかちんと立てる音。
長い髪が左右に揺れる。
その両脇の隙間から時々、骨ばった肘が見える。
広い、背中。
 
・・・あの背中に、しがみついていたのか、あたし。
 
ふいに感覚が蘇ってきた。
しがみついていないのに、腕の中にガウリイの体を感じる。
頬に、髪の肌触りと、温度が。
細身だと思っていたのに、回した腕は意外に余らなくて。
筋肉というより、固い骨のがっちりした感触があって。
あたしの肩の防具に、ガウリイの腕が時々ぶつかったっけ。
そういえば、声が。
いつもと少し違って聞こえた。
二人の間の空気だけじゃなくて、背中に押しつけた頬から伝わったからか。
少し低くて、ものすごく近くで聞いているようで。
何となくだけれど。
言葉以外のものが、含まれている気がした。

とくんっ・・・


急に苦しくなった。
胸の奥の方が。
蘇ってきた温もりが、あたしを責めているようだった。
たった今まであったものが、どうして今はないのかと。
「・・・・・・!」

「どうした?」
気がつくと、ガウリイが立ち止まって振り返っていた。
「胸を押さえて、具合でも悪いのか?」
「・・・・え?」
無意識に痛くなった場所をつかんでいたあたしは、慌てて首を振った。
「ち、違うわよっ。別に何でも。」
「そうか?・・・遠慮するなよな。
苦手なもんに囲まれたら、いくらリナでも気分悪くなったんじゃないかと思ってな。」
「・・・大丈夫よ。ありがと。」
「つらくなったらそう言えよ?
さっきのはちょっと歩きづらいから、代わりにおぶってってやるから。」
「いっ!いーわよ、大丈夫だってば。」
「そうか。」
にこりと笑ったガウリイは、また前を向いて、珍しくそのまま先に立って歩いていく。
自称保護者殿は、時に過保護な保護者だ。
 
その背中の感触が。
しばらくあたしの中から消えなかった。
たったそれだけのことが、消そうとすればするほど鮮やかに蘇ってきて。
そのたびに、切ないような、痛いような気がして。
どうすればいいのか、わからなかった。
 
近いうちに、何とか理由を見つけだして。
もう一度、あの背中に。
と考えている自分を。
どうやって押さえればいいか、わからなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 




 
 
 
 



 
 
 
 
------------------------------おわり。
 
また何てことない話ですいません(笑)
 
原因は今朝見た夢の中にあります(笑)
夢の中で、好きなんだけどいつも飄々として内面を見せないタイプの人に、思いきって背中から抱きついてみたら。
意外にがっちりして骨っぽくてびっくり。みたいな。
夢から醒めてもその感触がはっきり残っていて、をや??と思ったところから(笑)
 
しかもその人、明日をも知れない病にかかっていて、最初で最後のデートになってしまったというオチつきでした・・・。
何だろう、どこから出たんだろう??(爆笑)
おかしいな、寝る前に読んだのはハリポタだったのに(笑)
 
なるべくその感触を思い出しながら、書いてみました。
リナと一緒にガウリイにしがみついたような、そんな感触を味わっていただければ幸いでございます(笑)ああっ、自分もしがみつけるならそっちの方がっ!(爆笑)
 
では、ここまで読んで下さったお客さまに、愛を込めて♪
 
誰かの背中にしがみついて、あ〜〜〜気持ちいい♪とか思ったこと、ありますか?

学生の頃は、女の子同士でよくやったりしましたが(笑)
大人になるとそーは行かない(笑)そーらがお送りしました♪
 
 


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