タタタタタタン!
遠くの街で、かすかな銃声が鳴り響く。
毛布にくるまり、縮こまるようにして眠っていた少女は、びくりと身体を震わせ、そっと目を開ける。
周囲の状況は、短い眠りに就く前と何ら変わったところはなかった。
荷物を入れるくたびれたナップザックが二つ。片方は大きく、片方はやや小さい。外側のポケットの上についているフックには、へこんだブリキのカップがそれぞれぶら下がっている。地面に直接置かれた携帯式のコンロは、火を消されたままだ。
新月の暗闇の中、明りになるものは無数の恒星の煌めきと、コンロの脇に置かれた小さなアルコールランプだけ。突然生まれた不安を打ち消すには、少し頼りない光だった。
「心配するな。ここから4.12キロ離れている。」
ランプの前で、男が身じろぎもせずに言った。
リナは驚いた。自分が目を開いたのは、毛布の中なのだ。どうして自分が目を覚ましたことを、この男は知ったのだろう。
「4.12って・・・どうやってわかるの。」
毛布の端をめくると、明りの中に男の姿が浮かび上がっているのが見えた。
「音だ。通常の伝播速度に、気温と風力、風向きをプラスして計算する。」
淡々と説明をするのは、遠い昔、どこかの寺院で見た偶像のように慈悲深く整った、崇高とさえ言える顔。
放熱用に移植されている黄金色の髪は、一本も他の色との混じりけがなく、多くの女が夢見る澄んだ青い瞳は、手許の端末に集中していた。リナに話しかけながらも、視線はリナに向いていないのだ。
「・・・何でも計算なのね。」
なかばため息のようにリナが呟く。ここ数週間、行動を共にしているこの男から返ってくる答えは、容易に想像がついた。
・・・だが。
誰かに言葉をかけることで、わずかでも心の平安を取り戻したくなるのは、人間ゆえの心情と言ってもいいだろう。
たとえ相手が、物言わぬ犬猫でも。草や木でも。
そして。
塵ひとつ許されない気密室で組み立てられた、ハートを持たないヒト型サイバーダインであっても。
研究所を突然襲った爆発から、リナ一人をギリギリのところで救い出したのは、駆け付けた消防隊員でもレスキューロボットでもなく。
現代の科学レベルよりほんの少し進化した、14年後の未来から時を越えてきた、サイバネティックスとバイオロジーの集合体である、一体の人工人間サイバーダインだった。
ブラックホールの研究が進み、タイムトラベルも全くの夢物語ではないと思い始めたこの時代でも、すぐには受け入れられない話だった。
だが、一般には公開されていないはずの施設や概要を熟知しており、あまつさえ、それ自体が極秘事項であったリナの研究の逐一を朗読したサイバーダインは、この研究が10年6ヶ月後に完成し、さらに公表されたその3年後、時の権力者達が危機感を持ったのだと告げたのだ。
研究所の爆発は、一足先に到着した他のサイバーダインによって、故意にしかけられたものだった。
・・・そして、その時から。
リナと、彼女を守るためだけに送られてきたサイバーダインとの、二人だけの逃亡が始まったのである。
「何をしてるの。」
毎日の睡眠を必要としないサイバーダインは、一時足りとも警戒を弛めず、作業を行いながらも神経はあらゆる方向に開かれている。
原潜が何十年もノンストップで航行できるのと同じように、エネルギーを摂取する必要もなく、今後120年は、通常使用ならば金属疲労も部品の磨耗も考えられないのだという。多少条件付きだが不死身の彼には、疲れも、睡魔も訪れなかった。
24時間ごとに、わずか数秒のブレインストーミングをかけるが、それは眠りとも、休息とも言い難いものであった。
「弾丸を選り分けている。地上で作られたものは精度が悪い。」
リナが持ち出したハンドヘルドの端末からは、細いケーブルが伸び、平たい測定機器に繋がれている。個体の重さとバランスを彼は見ているのだ。
「地上って・・・。」
ぼんやりとリナはつぶやく。
すでにこのサイバーダインには驚かされっぱなしで、最近はそれにも慣れてしまった。
「優れた工業製品は、宇宙空間で生み出されている。・・・オレも、そこで作られた。」
人間で言えば、自負、プライド?とも取れる言葉。
だが彼の場合、それは単に事実を説明しているだけなのだ。
リナは奇妙な気分を味わっていた。
追い詰められ、追い詰められ。
都会の中には安らぎはなく、人混みという人混みは全て殺人者の群れに見え。
にこやかに微笑みながら近付いてくる、人の良さそうな婦人にナイフで刺されることも。
子供が連れた犬に牙をむかれ、ファーストフードの飲み物を成分分析し、逃げ込んだ森の中で、息を潜めるように野営をし。遠くの銃声に敏感になったり。
そんなまるで笑い話のような日常が、現実の中に口を開いていた。
目の前では、人間より美しい人間が、無表情に弾丸のパックを開いている。かちり、かちりと、測定器の上に音を立て。精度の悪いものをはじいていく。
それはまるで人間を淘汰する神のようで。
・・・・だが。
唯一、彼のいる場所だけが。今のリナが警戒を解ける聖地だった。
空には、月光に邪魔されず、思う存分自らの光をしらしめている星星。
生命を育む森。
新鮮な空気。
ファンタシイな情景に、一人そぐわないのは。実は人間である自分ではないのかと、リナは思った。
「眠れ。最低3時間は睡眠を取らないと、明日の行動に支障が出る。」
また新しい弾丸を並べて、ネオダイン社2032年製G4/AS型サイバーダイン(シリアルナンバー2032B1187564)は言う。
G4とは、ジェネレーション4。最初に作られたヒト型サイバーダインから、数えて四世代目。記憶と反射行動を移植して、サイバーダインは自らの次世代を産むのだ。
より人間らしく。そしてより優秀に。
人間を助けるために作られた彼等は、いつしか、人間を補って余り有る才能を身につけて行った。ヒトの存続そのものが危ぶまれ、生命についての定義を書き換えなければならないかと、世界が考え始め。人間である時の権力者達は、彼等の存在をうとましく思い始めた。そもそもは、人間の『時の遺伝子』を研究していたリナの、研究の方向を無理矢理ねじ曲げさせた自分達の親の責任ではあったのだが。
「反射速度が0.1/sec遅くなっただけで、今のオレ達には命取りになる。思考能力が低下し、免疫力が落ち、ホルモンのバランスが狂う。作業効率が最大で30%は落ちるだろう。」
皮肉にも、それはリナが研究所に詰めるようになる前、家族が彼女に向けたはなむけの言葉に似ていた。
『疲れた時こそ、夜は早く寝なさい。新しい思考は、新しい朝にこそ生まれるのだから。』
毛布をかぶり直しながら、リナは嫌味のひとつでも言いたくなった。
「あんたはいつでも正しいのね。・・・・じゃあ、間違うことはないの。自分でも思ってもみなかったことってやつを、することはないのね。」
答えは期待していなかった。
だが、毛布を頭から被り、魂の休息とはほど遠い眠りに身を投じようとするリナの耳に、サイバーダインの声が降ってきた。
「・・・・いつでも(Anytime,)どこにでも(Anywhere)。
多少の誤差が生まれる可能性は、否定できない。」
・・・・サイバーダインでも、間違うことはあるのか。
全てが有機メモリに羅列された電気信号の整然とした働きではなく。
人間のように。愛すべきミスを冒すことも。
植え付けられたたった一つの命令----リナを守ること------だけを実行するこのサイバーダインにも。
まさかと笑いながら、リナは久しぶりにいつもの悪夢を見ずに眠った。
代わりに、長い金髪の男と共に剣を携えて、有象無象のモンスターどもを倒す冒険活劇を見た。
束の間の優しい静寂に包まれた、郊外の森の中。
毛布からはみだした小さな足に、サイバーダインが自分の着ていたジャケットを脱いで、そっとかけたことも。
・・・まるで母親のように。愛しい者をいたわるように。
その肩の辺りを、ぽんぽんと叩いたことも。
そして、自分がいつのまにか。
サイバーダインをそれ(it)ではなく、彼(he)と呼んでいることも。
彼女はまだ、この時は気づいていなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~first end.
A bad dream has been cotinued.
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「真夏の夜のユメ。」に収録した『Wired
Heart』の最初のお話です。現在は「真夏の4.0」というCDロムに収録しています。他の読書室に三話目があります。映画「T2」ネタです(笑)
新作を載せたかったのですが時間がなくて(汗)HP未公開のこのお話を先に載せますね。
11/22に久しぶりにスレイヤーズONLYがあり、それに合わせて新刊を出そうと考えたところ、今年出したいと考えていたのがこのシリーズでした。
今年はちょうどT4が公開されたし、最近フジの深夜TVでTSCCが公開されたし♪出すなら今年!と(笑)
詳しくは時間がないのでまた今度(汗)
とりあえず、読んで下さったお客さまに、愛を込めて♪
夜中にふと目が覚めて目を開けた時、傍で誰かが何かの作業をしているのを見たことがありますか?
そーらがお送りしました♪
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