「ありがとうの代わりに。」



「すいません。迷子になっちゃったんですけど。」


突然目の前に現れたのは、小さな男の子。
眼鏡をかけ、両足のつま先を揃え。
きちんと前で手を揃え。
はきはきした口調で話し掛けてきた。

「・・・・・はあ?」
街の中心街を歩いていたリナは、ふいに現れた小さな障害に歩みを止めた。
年の頃、5,6才だろうか。
きちんと背を伸ばしていて姿勢がいいが、身長はいいとこ120cmくらいだ。真直ぐな視線で、リナの顔を見上げている。

「あんた、今、なんつった・・・・?」
「ですから。」
微動だにせず、子供は口を開く。
「迷子になってしまったんです。あなたに助けて頂きたいのですが。」
「・・・・はあ・・・?何で、あたしに・・・。」
「今、口入れ屋から出てこられたでしょう。あそこは仕事を探しに行く場所です。あなたは、お仕事を探しておられるのでしょう?」
リナは、今しがた出てきた店の看板を振り返る。
「見てた、ってわけ。」
「はい。見てただけじゃなく、中のお話も失礼かと思いましたが聞いていました。ゴースト払いから、街の警備、人探しまで、何でもやるとおっしゃっていましたね。」
「・・・・・。」

リナは、腰に手をあててその男の子を観察。
身なりは立派だ。
話し方といい、行儀のいい子ではある。
もしかしたら、いいとこのぼっちゃんかい!?

「・・・あんた。あたしを雇いたいってわけ?」
「はい。そのつもりですが。」
「言っとくけど。仕事なら、遊びやボランティアじゃないんだから、お代金てのは頂きますけどね。」
「勿論です。家にたどり着ければ、家人が十分な額をお支払いするでしょう。」
「家人、ね・・・・。」
どうも調子が狂う。
リナは子供の目線に合わせてしゃがみこむ。
二人の周りを、雑踏が気にもせずに通り過ぎて行く。

「あのね。あんたは、ホントに迷子だとして。
あたしみたいなのがあんたを家に送って行ったりしたら、どうなると思う?」
「それは。感謝されると思いますけど。」
「ちっちっち。」リナは人さし指を振る。

「『ああっ、おぼっちゃま!!お探しいたしましたよ!!』
『んまあ、こんなに汚れてお疲れのご様子で!』
『ところで、この者達はどこの馬の骨です!?』
『まさかおぼっちゃま、この者達に攫われて・・・!』
『あさましい、身の代金を取るより礼金でもせしめようと、のこのこ出てきたに違いありません!』
『許せませんわ!!おぼっちゃまを引き回した上に、礼金なんてとんでもない!』
『出ていきなさい!!さもないと、役所に通報いたしますわよ!』」

1人で何役をも演じるリナを、ぽかん、と子供が見つめる。
「・・・ってカンジかな。わかる?つまり、あたし達みたいに身分も素性もわからない人間が、いきなりあんたんち(推定・お屋敷)へ押し掛けて、ぼっちゃまから頼まれて連れてきました、はい、礼金下さい。なあんて言って、信用されると思う?」

「・・・・・。」
男の子は、しばらく考えている様子だった。
やがて言った。
「一筆書く、というのは。」
「無駄よ。無理矢理書かされたって思われるだけ。」
「じゃあ、魔道士教会から一筆書いて頂いたらどうです。」
「あ。なるほど。」
「じゃあ、ご一緒に・・・・」
くるりと踵を返して歩き出そうとした男の子の、襟にくいっと指をかけて引き戻す。
「ちょい待ち。・・・あたしはまだ、引き受けるなんて一言も言ってないわよ。」
「・・・・・。」

男の子が、振り向く。
まっすぐに見つめてくる大きな瞳は、澄んだエメラルドグリーンをしていた。

その一瞬。
周囲の雑音がシャットアウトされた気がした。
見えるのは彼の目の色だけで。
何も聞こえなくて。
まるで、深遠の森に1人で立っているよう。
リナは、瞬きをする。


ふっと、エメラルドグリーンが和らいだ。
雑踏が戻ってくる。

「いいんですか、断わって。今日の宿代もないんでしょう?」
ち。
リナは舌打ち。
そこまで聞いてたんか。
「少ないですが、手持ちはあります。今夜一晩、宿を取るくらいは。」
「・・・・・。」
沈黙を肯定と受け取って、再び男の子は前を向く。
「さ。参りましょう。」
その首が、またしてもくいっと止められる。
不思議そうに振り返った彼に、バツが悪そうに、顔を赤らめて答えるリナがいた。
「待って。・・・連れと待ち合せてるのよ。」




街の中心街からちょっと奥まった通りに、古びた教会があった。
壊れかけた門柱に、錆びてぼろぼろになっている塀。
建物の手前には、枯れてしまった1本の木。

その根元に、座り込んで居眠りをしている青年が一人。


「連れって。あの人ですか?」
「・・・・・。そ〜〜よ。あーもう。ノンキな顔して寝てるわ。
ほら、ガウリイ!お客さんよ!!」
「・・・・・んあ・・・・?ああ、リナか。」
塀の向こう側からリナに呼び掛けられ、ガウリイは目を覚まして大きく伸びをする。
「ああ、リナか、じゃないわよ!」
「だってここ、日当たり良くってさ。つい眠くなっちまって。」
怒られようが、どこ吹く風。
立ち上がり、足についた芝を払っている。
またひとつ大きなあくびをして、それから頭をぽりぽり掻きながらやって来た。子供の前で立ち止まり、きょとん、とその子を見る。
「あれ。リナ、この子、どうしたんだ?」
「この子、じゃなくて。お客さんよ、お客さん。」
「客?仕事を依頼してきたのか?」
「迷子なんだってさ。で、家まで送ってってほしいって。」
「ふうん。」

ガウリイは、さっきリナがやったようにしゃがむと、子供に目線を合わせた。
「ぼうず。名前は?」
子供は、しばらくエメラルドグリーンの瞳を驚いたように広げていたが、少し臥せると言った。
「忘れました。」
「・・・・・・・・・・・な、なあんですってええ!?」
これに答えたのはリナの方だった。
途端に機関銃のような言葉が飛び出す。

「じょーだんじゃないわっ!確かにあたし、迷子を連れて帰るって依頼は受けたけど。
自分の名前も忘れちゃったよーな子のメンドーまで見切れないわよっ!
名前を忘れちゃった、ってのはきおくそーしつかなんかでしょ!?
名前も覚えてないんじゃ、家も覚えてるわけないじゃない!
覚えてもいない家を、どーやって探せってゆーのよおおお!!」
ぱっと身を翻すと、しゃがんだままのガウリイの腕を取り、ぐいぐいと引っ張ろうとする。
「これはもう、役所かなんかに届けを出すとか、病院とかに行ったほーがいいわよ!
あたしたちの手には追えないわ。
ねえあんた、悪いこと言わないから、役所に行きなさい、役所に。」
「ちょ、ちょっと待てよ、リナ。」
慌ててガウリイが止めに入る。
「このままって訳にもいかんだろ。大体、お前が引き受けてきたんだろ?」
「話が違うわよ。あたしは医者でもないし。占い師でもないわ。
本人も覚えてないよーな場所は、探せないわよ。」

「場所は。」
俯いた男の子が、ぽつりと言った。
「場所なら、少しは覚えてます。」
「ほら、全然記憶にないって・・・・・・・・はん?」
「大体のイメージなら。それに、行けばすぐにわかると思います。」
「イメージ・・・・?」
「はい。」
「なあリナ。このままほっぽっとくのは、あんまり可哀想すぎやしないか?」
青い目と。
エメラルドグリーンの瞳。
どちらにも曇りはなく、まっすぐにこちらを見つめてくる。
うっ・・・。

降参したのは、リナの方だった。
「わあったわよ。やりゃいいんでしょうが、やりゃ。
言っておくけど。見つからなかったら、役所に行くのよ。」
「・・・はい。それでいいです。」
ふいに少年は、頭の上に圧力を感じて我に帰る。
「よかったな、ぼうず。」
にっこりと笑った青年が、彼の頭をくしゃりと撫でた。




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