「ありがとうの代わりに」


「どうやら、こっちの道は当たってたみたいね。」
「ああ、そのようだ。」


3人を囲んでいるのは、どう見てもゴロつき風。
ばらばらの装備と、むさ苦しい外見。
山賊くずれか。
手に手にエモノを持ち、じりじりと輪をせばめてくる。

リナはずいっと前に出る。
「あたし達になんか用?」
一味の頭らしい男が口を開こうとした。
が、喋るヒマなんかなかった。

「・・・・なあんて、ちょっとパターン通りに聞いてみたけどさ。
そりゃあるに決まってるわよねえ♪用があるからこうやって取り囲んでるってわけでしょっ?
用もないのに囲んでおいて、やっぱり何でもな〜〜〜い♪
なんて言われたらちょっと困っちゃうわよね。
用があるんだけど、用件を言う前にちょっと取り囲んでおいて、人数に物を言わせてこっちをビビらせてから話をつけようってんでしょうけど、甘いわね。こんな人数じゃ、ビビるどころか」
鼻で軽くせせら笑う。
「笑っちゃうわよ。」
ちろりっと流し目。

みるみる頭の顔が赤くなっていく。頭髪がほとんどないので、頭まで真っ赤である。
んな事にはお構いなしにリナの弁説は続く。

「そんな事はやるだけ無駄だから、さっさと用件に入ってくれないかなぁ。
ほら、あたし達だってそんなにヒマじゃないしさっ。
あんた達だって、仕事は早く終わるに越したことないでしょ?
ならお互い、無駄は省いて、時間の節約といかない?
で・・・・・・。何の用?」

すでに頭から湯気の出そうな頭(かしら)だったが、荒く肩で息をついて、深呼吸。すーはー。
剣を握り直し、ポーズを取る。
「てめーら!そのボーズをよこせ!!」

だがリナはすでに頭の方を向いていなかった。
「なあんだ。わざわざ聞くこともなかったわね。こうも予想通りの答えだと面白くな〜〜〜い。」
「あのなあ。それじゃ、相手の立場ってもんがないだろ。」
マジメな顔でガウリイ。
「仮にも悪役として出て来た以上、口上くらい聞いてやるのが礼儀ってもんだぜ。」
「あ、それもそーね。はいはい。わかったよ。」
くるりと頭の方を向き直る。

「で、それから?」
「は?」
「だから。それから?もうないの、要求。」
「えっ・・・・・。そ、それはその・・・・」
「ないのね?なら、あんたの口上は終わりね?」
「は、はあ。」こくこくと頷く頭。
一方、ちょっと情けない顔の手下達。
なんでこんなヤツを頭に撰んだんだ、俺達。
という考えが顔にでまくっている。
「じゃあ、こっちから行くわよ〜〜〜〜。」
「え、え?」
事態が飲み込めない頭。
まったくビビらない相手に、調子がかなり狂っている様子だ。
腕まくりをするリナの背後で、ガウリイがさりげなく少年を後に庇う。

「え、え〜〜〜い!お前達、この生意気なチビをやっちまえ!」
「お、おお!!」
「その言葉。後悔させてアゲルわ!たっぷりとね!!」







「ちゃ〜〜〜〜〜〜。ぜっんぜん相手にならなかったわねえ。
もう少し、手ごたえが欲しいところだわ。」

両手をパンパン、と叩いて、ありもしない埃を落とすリナ。
その周囲には軽くミディアムに焼き上がった男たち。
ぷすぷすと煙を吐いている。
戦闘はものの数分で片がついてしまい、ガウリイは出番がなかったくらいだ。
少年はと言えば、ガウリイの背後にしっかりと隠れていた。
おそるおそる出てみれば、ご覧の風景。

「あの・・・。」少年は、自分を終始庇っていた広い背中に問い掛ける。
「ん?なんだ。」
「リナさんて・・・・。全然、怖がったりしないんですね・・・。」
「ああ?リナか。・・・・そうだな。
あいつが恐怖におびえるとこなんて見たことないなあ。まあ、緊張とかはするだろうが。
どんな魔王が出てきたって、さっきと大して変わらんぞあいつ。」
「へ・・・・へえええ(汗)」
「怖かったか?」
見上げると、頭上の空のように青く澄んだ目がこちらを見下ろしていた。
少年は一瞬言葉に詰まり、だが何事もなかったように答える。
「いえ。別に。」

大きな手が、予告もなしに少年の頭を撫でた。
驚いた小さな顔に、片目をつぶった彼の一言。
「子供はな。怖い時は怖いって言ってもいいんだぜ?」





「これで大体、事情は飲み込めたわ。」
野営にと選んだ木陰でコーヒーを飲みながら、リナが言った。
「へ・・・?事情って?」
同じくマグカップを手にしたガウリイが問い掛ける。
辺りは暗くなりかかっており、焚き火を囲む3人の影が、地面の上でゆらゆらと揺れている。
「だから。さっきの山賊まがいの男どもよ。それから察するに、やっぱりこの子は誘拐されたのね。」
リナは視線を膝の上に落とす。
カップを手にしたまま、少年は眠ってしまっていた。
リナに寄り掛かるようにしていたが、やがてずるずると膝の上に落ちてきたのだ。

「そっか・・・。」ぽつり、とガウリイ。
「おそらく、身の代金目的で誘拐されたところを、運良く逃げ出してきたか何かで、家に帰る道がわからなくなっちゃったのね。
さっきのヤツらは、その誘拐の一味か、その一味に頼まれたかでこの子を探していたんだわ。」
「・・・・・」
「ともかく明日、目が覚めたら、まず記憶があるのかないのかちゃんと確かめなくちゃ。
あるなら話は早いわ。さっさと家に送って礼金貰って。
ないとすると・・・これはちょっとやっかいだけど。」
「・・・・許せんな。」
「そう、許せん・・・・て、え・・・・?」
「こんなちっちゃい子にだぜ。大の大人が何人もよってたかって。
金のためだかなんだか知らんが・・・・・・」
語調が強いわけではない。
押し殺した、低い声。
だがそれだけに、彼の怒りが伝わるような。
リナは黙った。

本当は、こう言ってやりたかった。
そんな事は、まるで日常茶飯事のようにあちこちで行われているのだと。
そしてこれは、そんな事件のありふれたひとつにしか過ぎないのだと。
だが。

ふっと立ち上がり、ぶらぶらと散歩にでも行くような足取りでそこを離れた彼の、沈黙を破るような事はしなかった。





翌日。
目が覚めた少年は、リナの言葉を静かに聞いた後、全てを話した。
自分が誘拐されたこと。
全てを話せば、すぐに家が金持ちであることがばれて、助けを求めたはずの人間にすらまた誘拐されてしまうかも知れないと考えたこと。
そこで、記憶のない振りをすることを思い付いたこと。
そして、屋敷はここからほんの1日ほどの所にあること。

淡々と。
まるで、他人ごとのように。
その様子を、内容に注意して聞きながら、何故か気にくわないと言う顔をして見ていたリナだった。




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