「ボラン顛末記」


「待ってくれ〜〜〜〜〜!」
「嫌だあっ!!付いてくるなああああっ!!」


ここは船の上。
潮の香、すがすがしい天気、青い海。
だが野太い男の嬌声と、情けない悲鳴が大海原に響き渡る。

「あ〜あ。まだやってるわ。」
「ガウリイさん、気の毒に・・・」
リナが思いついた変装のおかげで、ガウリイは散々な目にあった。
ララアさんという名前で女装させられた彼は、すっかり自称勇者ボラン様に見初められ、あげくの果てにはプロポーズまで受ける始末。
レイクドラゴンを倒し、やっと船上でくつろいでいた彼は、再びボランに再会し・・・・・。

「待ってくれえ〜〜〜〜っ!!」
「やだ!!言ったろ!?オレは男なんだぞおおおっ!!」
「この際、男でもいい!!ララアさんに似ていれば!」
「そおおいうモンダイかあっ!?」
「ララアさあ〜〜〜〜〜〜〜んっ♪」
「だから、ちっがあああああうううううっっっ!!!」

どたどたどた。
ばたばたばた。

どすどすどす。
しぱたたたたっ。

目にハートマークを浮かべた自称勇者様は、ぶっとい腕をガウリイに伸ばし必死に追い掛ける。
長身のガウリイも、ボランの前に立つと華奢に見えるから不思議だ。
「ぜ〜〜〜っ、ぜ〜〜〜っ、ぜ〜〜〜〜っ。」
「は〜〜〜〜っ、は〜〜〜〜っ、は〜〜〜〜っ。」
マストを挟んでにらみ合いが続く。
ガウリイ、横に飛んでダッシュ。
ボラン、バックに花を飛び散らかせながら追い掛ける。
「ララアさあああああんっ♪」

「助けてくれええっ!」
「ちょ、何であたしの後に隠れるのよっ!?」
身体の大きいガウリイが、必死に小さなリナの背後に縮こまる。
ボランが追い付いた。
「何故だ。何故、私の真心を受け入れてくれない!?」
「お、お前な!じょーしきで考えろ、じょーしきでっ!オレは男で、お前も男なんだぞっ!」リナの肩に手をかけ、背後から叫ぶガウリイ。
「そんなこと・・・愛があれば大丈夫だ!」
「どこに愛があるんだ、どこに!」
「ここだ!」
潤んだ瞳で自分の胸を指差すボラン。
「ああ、初めてララアさんを見た時、私の胸に電撃が走ったのだ。この人だ!この人しかいないと!おお、流れるような黄金の髪、華奢な身体つき、憂いを秘めたあの瞳!ララアさんっっっ!!」

すっかり自分の世界に埋没している。
ガウリイ、げんなり。
ついでにリナ、アメリアもげんなり。

「だが哀しいことに、ララアさんは私の前から姿を消してしまった。
きっと奥床しい彼女のこと、恥ずかしかったのだろう。
私は諦めないぞ。
ここにこうして、ララアさんにそっくりな貴公に会えたのも神のお引き合わせに違いない!
さあ!私のこの愛を受け入れてくれると、一言言ってくれたまえ!」
でかい図体でメルヘンしても、暑苦しいことこの上ない。

「それもこれも、お前のせいだぞリナっ!」
リナの耳もとでガウリイがこそこそ囁く。
「なあんでよっ。あたしは賞金稼ぎや自称勇者達から逃れるため、一時的に便宜をはかっただけでしょ?ボランに惚れられたのはあんたの落ち度よっ!」
「ガウリイさん、ホントに奇麗でしたもんね♪」
のんきにこそこそとアメリア。
「責任取れよっ。」こそこそ。
「やあよ。なんであたしが。」こそこそ。

「何故だ。私のどこが不満なのだ・・・?」
ボラン、はっとする。
「ま、まさかもう心に決めた人が?」
やにわにガウリイが隠れているリナに注目。
「ところでお主は何だ。その人の一体なんなのだ!?」
びし。
指差されてむっとするリナ。
「あ、あたしはねえ!」
「うむ」
「あたしは・・・・・えっと・・・・」
「リナ!」(こそっ)
「リナさん!」(こそこそっ)
リナはちゃはは、と汗をかく。
「えっと。・・・何、でしょうね・・・?」

ガウリイ、アメリア、コケる。

「何やってんですか!ここでビシっと言わなくちゃ!」
激しくこそこそ。
「だ、だああって、一体なんなのだって言われたら、言い返しようがないじゃんかあ。」
言い訳するリナ。
ボランはしばらく三人を見比べていたが、やがて言った。
「ふむ、見たところ、大した関係ではなさそうだな。そうだ、このような素晴らしい人物が、このような小娘など相手にするわけが・・・」
ぷちいっ。
「な、なんですってええええ・・・?」
ところが、キレかかったリナの背後からすっとガウリイが前に出た。

「ガ、ガウリ・・・?」
「ボラン、本当のことを言おう。」
「おおっ!?な、何でも言ってくれ!」詰め寄るボラン。
「実は・・・・」と、ガウリイ。


「えええええっっっ!?」と、リナ。
「うおおおおおっっ!?」と、ボラン。
「うそおおおおっ♪」と、アメリア。
「本当だ。実はこの娘が、オレの心に決めた人なんだ。」
マジメな顔で、ガウリイがきっぱりと言い放った結果だった。


ざざ〜〜〜〜ん。
ざざ〜〜〜〜〜〜んっ。

しばらく波の音だけが静かに谺する。


「そ・・・それは真か。」ボラン、蒼白。
「本当だ。あんたには悪いがオレの心はもう決まってる。」
そう言うと、リナの肩をさりげなく抱くガウリイ。
リナはというと、まだショックから醒めていないらしい(笑)
口をぽかんと開けたまま、ぼ〜然。
その横ではアメリアが、胸の前で手を組んで目を輝かせている。
「素敵ですっ!かっこいいいですう♪」
リナが正気に返った。
「ちょ、ガ・・・・・むがががががが。」
リナの口を手のひらで塞ぎ。
「すまんな、そういう訳だから諦めてくれ。」汗笑いを浮かべるガウリイ。
「・・・・・」
ボランもぼ〜然。
だが。
リナにとって不幸なことに、彼はとっても立ち直りが早い男だった・・・・。








そよそよ。
いい潮風だ。

「リナ・・・お前から飲めよ・・・」
「い、いやあよ、あたし・・・・・」
「でもな・・・」
「あ、あんたから飲めばいーじゃない。」
「・・・・・う。」
「・・・はあ・・・・何でこんなことになっちゃったのよ・・・」

船上にしつらえられた、白いテーブルセット。
向かい合って座るのはガウリイとリナ。
テーブルの上には、大きなグラスに並々とつがれたジュース。
フルーツやら南国の花やらの間に、ストローが二本刺さっている。
リナに近い方がピンク。
ガウリイに近い方がブルー。
どちらも途中で、ハートの形に曲がりくねっている。

「さあガウル殿。証拠を見せてくれたまえ。真の恋人同志なら、これが飲めるはずだっ!」
二人が座るイスから少し離れたところに、もう一つのテーブル。
そこには真剣な眼差しで見守るボランと、同じくらい真剣な様子のアメリアが座っている。
「さあ、ガウル殿!」

ガウリイの言葉を信じなかったボランが出した条件がこれだ。
二人が真の恋人であるところを、目の前で披露すること。
無論、リナは激しく抗議しようとした。
だがアメリアの強力な後押しと、ガウリイの必死の説得に押され、その上、正体がバレそうなくらいに騒ぎが大きくなってきたので、仕方なく承知したようだ。
ちなみに三人が名乗ったのは変名である。

「だ、大体、今どきの恋人同志がこんなことする!?」(ひそひそ)
「知るかよ。あの自称勇者様のお達しなんだから。」(こそこそ)
「ガウリイもガウリイよっ。言うにことかいてあんな・・・」
リナ、思わず赤くなり、うつむく。
「お前が心に決めた人だって言ったことか?」
ぼんっ。
「だってあの場合、しょーがないだろ?ああでも言わなきゃ、この船旅の間オレはずっとあいつに追いかけ回されるとこだったんだ。」
「いいじゃない。あんた一人が犠牲になれば♪」
「甘いなリナ。あれだけ騒ぎになれば、オレ達の正体だっていずれバレるぜ?」
「う。わ、わかってるわよ・・・。だからこんなお芝居にも協力してるじゃない・・・・・。」

「あの二人、何をこそこそ言い合っておるのだ。」
ボラン、不服気である。
「そ、それは野暮ってものですよ、ボランさん♪恋人同志、話のタネはつきないんですよ、きっと♪」アメリア、ないすふぉろー。
「う〜〜〜む。いや、まだ信じられない。」
「そおですかあ?ほら、こうして見てもお似合いの二人だと思いませんか?」
「いや、ガウル殿にはもっとこう・・・大人の雰囲気の、もっとがっしりと逞しく、しかも知性も教養もにじみ出ているような・・・そう、このわたしのような人間が・・・・・」ボラン、頬を染めて歌うように呟く。
(ダメだ、こりゃ。)内心、ぼやくアメリア。

「それにお前、あれだけ好き放題言われて腹が立たないのかよ?」
「あん?」
「お前のこと、いろいろ言ってただろ、あいつ。」
「あ〜〜〜〜〜っ!思いだしたっ!!このあたしをどこの馬の骨かもわからない小娘呼ばわりしてくれてっ!おにょれボラン〜〜〜〜!このリナ=インバースによくもよくもよくも〜〜〜〜っ!」
「だろ?見返してやる絶好の機会じゃないか。」
「く〜〜〜〜っ。口惜しいけどやってやるわ!ボランがなんぼのもんじゃい!」
「そうそう。それでこそリナだぜ♪」
ガウリイ、にっこりと笑う。
「う、よ、よし、じゃあ、いちにのさんでいくわよ?」
「おう。」

「ああ〜〜〜っ(嬉)」
「うおおお・・・(涙)」
傍観者達の前で、今まさにガウリイとリナが顔を触れあわんばかりにして、一つのジュースに立ち向かう!
「きゃ〜〜〜〜っ♪お二人さん、やるうっ♪」
「う、うそだ、うそだ、これは何かの間違いだああっ。」

ちゅ〜〜〜〜〜〜〜〜。
ちゅるるうるるるるるう。
物凄い早さでジュースがなくなった。
飲み終ってガウリイのひとこと。
「お♪結構うまいな、このパイナップルジュース♪」
「そ・・・・・・・そおおおおおお?」
味なんかわかんないわよ、と思ったリナだった。




「どうだボラン。オレたちのアツアツぶりは♪」
何だか楽しげなガウリイは、リナを連れてボランの前に立つ。
一方、リナはかなり疲れた様子。
さすがのボランも観念したかと思ったのだが、
そうは問屋がアブラアゲだった。(意味なし・笑)
だがかなりの精神的ダメージは受けたようで、額から脂汗を流しながらよろよろと立ち上がった。
「い、いや、まだだ!まだこれくらいでは、真の恋人とは言えん!
そうだ、次は・・・」
『つ、次いいいっ!?』

仲良く叫んだ二人だった。



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