「離れたいのに?」

くすくす。

くすくす。

リナとガウリイが歩くところ、何故か微笑ましいと言った、くすくす笑いが響いている。
「ちょっと!もうちょっと離れてよ!」
「無茶ゆーな。手がちぎれちまう。」
「んもぅ〜〜〜〜!こーなったのも、あんたのせいだかんね!」
「やっぱり、オレのせい・・・・?」
「そ〜〜〜〜〜よ!!」

昼食を取るため、町の大通りを通って食堂に行かねばならず、二人は不必要な人目も浴びなくてはならなかった。

何故注目を浴びるかと言うと。
ふたりが仲良く、手をつないでいるからさ。




************
事の発端は、ある工場の警備。
木製品を加工する工場なのだが。
『自然を愛する同好会〜〜〜〜?』
嫌そ〜〜な声を出すリナ。
『そうなんですよ。名前の割に過激な連中でして。最初はビラを貼るぐらいだったんですが、最近、脅迫まがいの手紙まで来るようになりまして。さすがに恐いので・・・・』
消え入りそうな声で話すのは、意外に若い工場長。
『ですから、工場の警備をお願いした訳なんです。何せ、木工品の工場ですから、火事など起こされては、と・・・。』
『なるほどねえ。わかりました。ひとまず、中を見せて頂きます。』

警備に当たるにつき、工場内を一通り視察しようとリナとガウリイが歩いていた時。
奥の方に、囲いで仕切った机がひとつ。
眼鏡をかけた、白衣の男が何やら研究中だった。
ガウリイがそれに興味を示したのが、運の尽きだったかも知れない。
『あ、これはですね♪』
自分の仕事を自慢しようと、白衣の男は満面に笑みを讃えて説明。

『・・・・と、いうわけなんです。』
だが、科学的な説明でガウリイにわかるはずもなく。
落胆した男は、ふと思いついてリナに言った。
『お嬢さん、ちょっとこの人と手をつないでみて貰えませんか?』
『は?』
お嬢さんと言われちょっと気を良くしたリナは、研究とやらもちょっとばかし気になった。だが、ガウリイといきなり手をつなげと言われて・・・・

『やだ。』
『こうか?』
『ちょっとガウリイ!なに勝手に人の手掴んでんのよ!?』
『で、ここにこうすると・・・・』
小さなビンから何かが注がれた。
『はい、くっついちゃいました♪大の大人の力でも、離れませんよ♪』
『おお?ホントだ・・・・。』感心するガウリイ。
『痛い痛い!・・・・で、どーやって取るのよ、これ。』
『・・・は?』
『だから。どーやって外すの?そろそろあたし達、仕事に戻らないと。』
『ですから・・・・大のオトナでも離れないって・・・・』
『あのね!冗談言ってるヒマがあったら・・・・・て、まさか・・・・』
白衣の男は、にっこりと笑った。後の悲劇を知らずに。
『僕の仕事は、ある木の粘液から、絶対離れない接着剤を作ることなんですよ♪』

ち〜〜〜〜〜ん。
御愁傷様である。
***************





「とにかく、作戦を考えなくちゃね・・・」
「作戦て?」
「だから。」
「へい、ホッカイ◯ーのクリームシチューと、たらば蟹のしゃぶしゃぶ、カキフライにイカソーメン、イクラ丼にジンギスカンその他もろもろ、お待ち!」
「きゃっほう♪さ、これ食べながら考えましょ♪」
「だから、作戦て?」
「ん?だって、ほら、あたし達・・・その・・・お互い、片手しか使えないでしょ・・・・」ぽっと顔を赤らめたリナ。
そこへ、料理を運んできた食堂のおばちゃんが一言。
「おやおや、あんた達、よっぽどアツアツなんだねえ♪食べる時も手をつないでて♪」
は、ははははは・・・・リナ、うつろな笑い。

「オレは、利き腕の右が空いてるからまだいいけど・・・・」
と言って、ガウリイは早速たらば蟹を箸に取り、しゃぶしゃぶ用の鍋につけている。
「あ〜〜〜!それあたしが食べようと思ったのにぃ・・・・」
「食べればいいだろ。」
「左手じゃうまく箸が持てないのよ・・・」
「んじゃ、食べさせてやろうか。ほれ。」
「ぎゃ!な、な、な、なんてことすんのよ!?」
「やれやれ。ふ〜〜〜アツいアツい・・・・」
笑いながら、テーブルから遠ざかるおばちゃんだった。

「う〜〜〜〜。片手でつまめるもの注文すれば良かった・・・。」
「だから。食べさせてやるって。」
「やあよ!んな恥ずかしいこと!」
「あのな。今さら。オレたち、すでに注目の的だぜ?これ以上、何やっても変わらないって。」
「そーいう問題かあ!」
「いらないなら、食っちまうけど。」
「あう・・・・・。」涙目のリナ。
「ほら、口開けて。あ〜〜〜〜ん。」箸で蟹のしゃぶしゃぶを挟みあげ。
「う・・・・・あ、あ〜〜〜〜ん・・・
真っ赤になりながら、口をためらいがちに開けるリナ。
食欲に負けたらしい(笑)
「ほら。」
「むぐ。むぐむぐむぐ・・・・お、おいっしぃ〜〜〜〜♪」
「だろ♪食べさせてやるから、お前は口開けてろ?」
「にゃ〜〜〜〜ん♪」


隣のテーブルには、初老の男性とその奥さん。
「若いっていいのう・・・」
「そうですか?なんだか恋人同士というより、ヒナにエサをやる親鳥みたいな光景ですけどねえ・・・・」のんびりと奥さん。


「むぐむぐ。で、ガウリイはいいとして。」
「・・・あのな。オレは利き腕は空いてるって、言ったんだ。言っとくけど、オレの今の剣はロングソードじゃなくて、ツヴァイハンダーだぞ。普通なら、片手で扱える代物じゃない。」
(ロングソードは全長95cmを超えない。ツヴァイハンダーは、ツーハンドソード、両手剣のこと。つまり刀身がとんでもなく長くて重い。)
「は・・・・・・?」
「まして、お前を引っ張って大立ち回りをするのも無理だ。ここは、ちょっと威力は落ちるけどバスタードソードか、もうちょっと刀身の短いのにしないと・・・・って、どうした?」
(バスタードソードはワン・アンド・ア・ハーフと言って、片手でも両手でも扱える長さ。以上、う・ん・ち・く♪)
「え・・・あ・・・・いや、ガウリイが真面目な顔してるなあと。」
(しかも難しい言葉を使ってるぞ!!こりはびっくり!!)
「お前なあ・・・・」
「ごめんごめん。・・・でも、ガウリイってば、普通じゃないじゃん。この剣でも、大丈夫なんと違う?」
左手に持った、箸代わりにおかずを刺していた串で、腰の剣を示され、ガウリイは苦笑。
「普通じゃないって、何なんだよ。」
「ん〜〜〜〜。しかし、それは問題よね。」
「お前さんこそ。両手で印を組む呪文とか、できないんじゃないか?」
「ん。まあ、何とかなるって。結構応用が効くのよ、あたし。」
「お前さんこそ、普通じゃないもんな。」
「あんですって!?」
「ほら。イカソーメン。」
「ん。んまい。」




そして、夕刻。
工場がひけて、作業する人間は全て帰路についた。
明日は祭日でお休み。
何かしかけてくるなら、今日だとリナが言った通り。

「あんたたちぃ。なあにやってるのかな?」
「う!お、お前達は何者だ!」
「問われて名乗るもおこがましいが・・・・」
「誰が呼んだか天才美少女魔導士、リナ=インバース!」
「同じく。剣士ガウリイ=ガブリエフ。」
工場の裏手に火を付けようとしていた一団は、みな、顔を緑のバンダナで隠している。体格のいい、首謀者と見られる人物が進みでた。
「ええい!何だかわからんが、手をつないで仲良く出てくるようなフザけたヤツらに邪魔されてたまるか!てめーら、やっちまえ!」
「おう!」

「んもう!別にフザけてるわけじゃないのにぃ!」何故か赤くなるリナ。
「リナ、オレから離れるな!」片手で剣を抜くガウリイ。
「離れたくても離れられないでしょーが!」
「てぇい!」1人の男が切り込んでくる。
「しょーがねーなあ。今日はあんまし、手加減できねーからな。悪いけど、覚悟しといてくれよ。」
ガウリイは、結局元の剣を片手に持ち、応戦。
リナは、手をつないだままでは下がることもできず、そのままややガウリイの後方に後ずさる。
呪文の詠唱をスタート。

「でええい!」
ガウリイと最初の男が切り結んでいるところへ、2弾3弾の男が駆け付ける。
「ガウリイ!」
「はいよ!」
合図でガウリイはひょいと屈み込む。
火炎球!(ファイアー・ボール)
リナの手から放たれた火玉は、ふよふよと男達の中間へ。
「へ、なんだ、こけおどしか!」
バカにした一人の男が火玉に向かって剣を差し伸べた時、リナがぱちん、と指を鳴らす。
「ブレイク。」
「うおあちゃああああああ!!!」一気に4人が火だるま。

「でや!」
その隙を見計らったか、リナの背後から別の男が切り掛かる!
ガウリイは咄嗟にリナの腕を引き、しゃがんだまま体を半回転。
倒れ込むリナを胸で抱きとめ、勢いを利用して長剣を。
背後から襲った男を下から逆袈裟切りに切って捨てる。
「ぐはうぉえっ!」
大仰な声を出して倒れた男を見て、前方にいた残りの賊達の顔色が変わる。

「いや〜〜〜。リナの言う通り、オレってやっぱ普通じゃないのかもな。」
立ち上がりながら、ガウリイは剣に付着した血糊を払う。
切っ先を前方に向ける。
「さてと、次は誰だ?」

すさささささささっ!
途端に賊が後ずさりする。
さっきまでの勢いはどーしたっ!
情けないぞ、自然を愛する同好会!

「お、覚えてろよ・・・・!」
古代遺跡のように古びたセリフを残し、同好会のメンバーは去った。
ガウリイは、ふーっとため息。

「リナの言った通り、この剣にしといて良かったぜ。間合いに踏み込めないから、返ってリーチのある剣のが有効かも。・・・って、
・・・・あれ?どーした。」
「べ、別になんでも。」とそっぽを向くその顔は少し赤い。
「と、ともかく、やってやれない事はなかったわね。片手でも。」
「おう。ただし、次はわかんねーけどな。」
「う・・。まあ、そん時はそん時よ。」
「とりあえず、暗くなってきた事だし、工場に入るぞ。今日はここで泊まり込むんだろ?」
「うん。また夜中に襲ってこないとも限らないからね。」
「食料も買い込んで来たし♪」
「そうそう♪」


工場には、休憩室代わりに使っている小さな部屋があった。
備え付けのソファもある。
小さなテーブルの上に買って来た食べ物を並べ、手をつないだままソファに腰掛けて二人は舌鼓を打つ。
大分、体捌きにも慣れてきたのか、手をつないでいる事も忘れそうだった。
「お、リナ、これ旨いな♪」
「え?あ、ああ、これでしょ・・・・おまけして貰ったヤツね。」
その時の事を思い出してリナが赤くなる。



*****************
買い出しに行ったのは、町の中央にある市場。
朝市が主体だが、夕飯の買物に訪れる客の為に、夕刻に店を再び開ける。
雑多に賑わうその中で、リナが赤い果物に興味を示した。
一つ手に取ってみると熟していていい香がした。
『それは旨いよ♪今が旬だからな♪どうだい、買ってかねーか。』
『そおね〜〜。』
買物カゴを左手に下げたリナは思案した。
『それにその果物は縁起がいいんだ。家に一つ飾っておくもんさ、この時期はな。』
『へえ?何で。』
『家内安全、夫婦円満てな♪』八百屋の主は器用にウィンクをしてみせる。
『か・・・!ふ・・・!』真っ赤になるリナ。
隣ではやはり手をつないだままのガウリイが、
『なあ、リナ。夫婦円満・・・て、なんだ?』とこっそり耳打ちする始末。
その姿が余計にういういしく映ったらしく、
『持ってきなよ、若奥さん♪オマケするからさ!』
『お、お、おく、おく、おくさぁん!?』
『やったなリナ、オマケしてくれるってさ♪』にっぱりとガウリイ。
『あ、あんたねええ!』
『やれやれ、新婚さんかい?アツいねえ♪』

思わず呪文を呟き出したリナを止め、何とかその場を丸く治めた上、ちゃっかり果物もオマケして貰ったのはガウリイだった。
*****************



「お、思いだしてもはずかしーーーーー・・・」
果物とにらめっこをしながら冷汗を流すリナ。
「何が?」
あ〜〜〜ん、とその果物をほおばっているガウリイ。
「お、奥さん、て呼ばれたことがよ・・・・。第一、あたしはまだ18よ!?」
「18なら、おかしくねーじゃねーか。もう子供のいる人だっているだろ。」
「こど・・・・!」
「お前はホント、そおいうとこオクテだからなあ。」
言うとガウリイは、がぶりと果物に噛み付いた。
「悪かったわね。」
リナも艶のある真っ赤なひとつを手に取り、歯を立てる。
ふと、かじった口の跡がガウリイの方のが大きいことに気が付く。
そりゃそーか。
ガウリイの方が体がおっきいし、男だし。
「別に。悪いと言ったんじゃないよ。」
ふいにガウリイが、顔を近付けてきた。

どきん。
思わずリナは、口の中のものを丸飲みする。
ごくん。

「それがまあ、リナのいいとこだしな。」
にっこりと笑った顔は、すぐ近くにある。


静まり返った工場の中。
誰もいない。
二人っきり。
急にリナは、つないだガウリイの手を意識する。

あたし、今まで別に全くこれっぽっちも、気にした事はなかったけど。
ガウリイ、男なんだよね・・・。
これから、今晩、二人で過ごすんだよね・・・。
誰もいない、こんなところで。同じ部屋で。
しかも、手をつないだまま。


どくどく。
跳ね上がる心拍数。
ガウリイの顔がさらに近付いて・・・・


「あ。やっぱりクモ。」
「・・・・・・・・・・・・へ!?」
「いやあ、お前さんの髪の中に、ちっちゃいクモがいるのが見えた。」
「・・・・・・・・・・・く!?」
「そ。クモ。」

つぴき〜〜〜〜〜〜〜ん!

例え小さくても、髪の中にそんなのがいると突然言われて、平静を保てるヤツがいたらお目にかかりたい。
「取って取って取って〜〜〜〜〜〜!!!」
悲鳴に近い叫びを上げて、半狂乱のリナ。
突き出された頭から、素早くひょいっと何かを摘まみ上げるガウリイ。
「と、取った取った!?」
「ああ。もーいないよ。」ガウリイは苦笑。
半ベソ状態のリナは、そ〜〜〜〜っと頭を上げて、ガウリイの方を伺う。
「も、もーいない!?」
「ほれ。」
「やだ!見せなくていい!見せなくていいから、どっかやって!」
「はいはい。」
ガウリイは立ち上がる。くいっとつないだ手が引っ張られ、リナも立ち上がる。すたすたとガウリイは窓の方へ歩いて行き、窓を開けた。

一瞬、冷たい風が入ってきたと思うと、ぱたん、と窓が閉められた。
ガウリイがくるりと振り向いて笑った。
「もーいないよ。」
「ど、どしたの?クモ。」
「ん?空に飛ばした。」
「と、飛ぶ!?クモって飛ぶの?」
「飛ぶヤツもいるさ。風に乗って。少なくとも、殺すよかいいだろ。」
そう言うと、ガウリイはまたソファに座った。
すとん、とリナも隣に腰掛ける。


ふと沈黙が生まれる。
リナは、さっきまで自分が何を意識してたかすっかり忘れていた。
ちらり、とガウリイの方を見る。
すると、まるでリナがそうしたのがわかったかのように、ガウリイもこちらを向いた。
「ん?どーかしたか。」
「べ・・・別に。」
「そか?ならいいけど。」

やっぱりガウリイはガウリイな訳で。
何を今さら意識しまくったのだろうと、リナは自嘲したのだった。




次のページに進む