「今を生きてる」


その小さな身体には、エネルギーがたくさん詰まっているように思えた。
したたかに、力強く、伸びやかに生きて行く少女。
だから。
その瞳が色を失い、指先から萎れるように。
生きる戦いに負け、その命を手放すことなど思いも寄らないことだったのだ。
 
 
すべては一瞬のでき事だった。
遺跡を調べていたある日の午後、突然現れたブラス・デーモン。
ゼルとアメリアと離れ、ガウリイと別行動をしていたリナ。
襲ったのは、予想を裏切る速度と魔力を備えたヤツだったのだ。
強行軍の疲れ。
油断。
理由はともあれ。
 
瞬間、ガウリイにも捉え切れないスピードで爪が笞のようにうなり。
一閃したかと思うと、背後のリナの身体がふわっと宙に浮いた。
鮮血。
ガウリイの目の前で。
手を出すひまもあらばこそ、彼女はごろごろと地面に転がった。
悲鳴のひとつも上げずに。
 
「リナ!?」
まさか。
ウソだろう?
目の前で起こったことなのに。
全く信じられない。
「リナ!」
答えはなく。
今にも『だあいじょ〜ぶよ、こんくらい。』と言って起き上って来そうなのに。
その打ち捨てられた身体はぴくりとも動かない。
「リナ!!!!」
ガウリイの叫びが、遺跡中に谺する。
 
 
 


真っ白な空間だった。
他には何も見えない。
まるで綿毛の国。
ふかふかとあったかい。
いつまでもこの暖かさに埋もれていたい気もする。
でも。
 
誰かに呼ばれたような気がして、リナはふっと目を開けた。
額の上を水が一筋流れ落ちていく。
それが冷汗であることに気付くまで、しばらくかかってしまった。
身体のあちこちで鈍痛を覚える。
何がどうしたんだっけ。
ただわかるのは、自分の全身が何かに包まれているということ。
ぼんやりとリナは、その感触だけを感じていた。
とくっとくっ。
少し早い心臓の鼓動が聞こえる。
・・・・・って・・・・・・あれ・・・・・?
 
自分を抱え込んでいる誰かの顔を、リナは振り仰いだ。
「ガウリ・・・・イ?」
自分の掠れた声に驚く。
「・・・気が、ついた・・・か・・・・?」
ガウリイの声も、掠れているのがわかった。
「あたし・・・・どーしたんだっけ・・・・?」
まるで泥人形のように重くなってしまった身体は、ちっとも自由がきかない。
例えガウリイに抱えられていなくとも。
突然フラッシュバックのように蘇る記憶。
「ああ・・・そうだ・・・・あたし、ドジっちゃったんだっけ・・・」
 
途端に、疼くだけだった傷の痛みまでが、鮮やかにはじける。
「!」
身体を強ばらせるリナ。
ガウリイの顔色がさっと変わる。
「リナ!」
「だい・・・じょ・・・・ぶ」
「大丈夫じゃない、喋るな!」
「へ〜きよ、こんくらい・・・・・今、リカバリイかける・・・から」
「ダメだ!」
強い拒絶に会い、リナは目をしばたたかせる。
「今、ゼルが来てアメリアを呼びに行った。すぐ回復呪文かけてもらうから、お前はじっとしてるんだ!」
そっか・・・・。
そんなに、傷が深いんだ。
何故だか他人ごとのように、ぼうっと考えるリナ。
唇を噛み締めたガウリイには、気付かずに。
「とにかく・・・・おとなしくしててくれ・・・・」
「ん・・・」
だが痛みはすでに燃え上がる焔のよう。
夏の夜空を駆け抜ける雷のよう。
目をぎゅっと閉じて、歯を食いしばる。
ぎりぎりと音。
 
するとガウリイが突然、自分の指をリナの口に突っ込んだ。
「!?」
慌てるリナ。
「ヤメて、ガウリイっ、指噛んじゃうよっ・・・・」
顔を逸らし、逃れようとするリナ。
「オレの指なんか食いちぎっていい!・・・そのままじゃ舌を噛んじまう!」
「・・・・!」
目を開くリナ。
汗をびっしょりとかいて。
今にも叫び出したいくらいに、痛みは我慢できないものだったが。
「バカなこと言わないでっ・・・・・・!あんたの指、一本でもなくなったりしたらっ・・・・け、剣をまともに握れなくなるでしょおっ・・・・・」
冗談じゃない。
いくらなんでも、ガウリイの指をなんて、そんな。
だがガウリイは、何も言わずにぎゅっと抱きしめてきた。
頭まですっぽりと、ガウリイの胸に納まってしまう。
「オレの事はどうでもいいっ・・・!頼むから、喋るな・・・・!」
おかしいよ、ガウリイ。
怪我をしてるのはあたしなのに。
何だかあんたの方が辛そうだよ?
「あ・・・あんたが・・・・変なこ・・・言うから・・・・よっ」
「リナ・・・」
「・・・・ごほっ・・・」
リナの咽を何かが塞ごうとしている。
バカガウリイって、怒鳴りたいのに。
さらに咳き込む。
咳は痛みをさらに加速した。
リナは身体を折り曲げる。
堪え切れない苦し紛れの声が絞り出されるように、ガウリイの耳に届く。
小さな身体いっぱいに貯えられていたはずの力が、どんどんと抜けて行く。
この腕の中で。
 
「アメリアっっ!!早く来てくれえええっ!!」
 

・・・初めて聞いた。
取り乱したガウリイの声を耳にしながら。
リナの意識は薄れて行った。
 

「リ・・・ナ・・・・?」
どくん。
「おい・・・・・」
どくん。
「リナ・・・・・」
どくんどくんどくんっ。
「リナっっ!!」
ぐったりとした身体。
青白い頬。
おびただしい血。
名前を呼んでも開かない瞳。

「リナあああっっっ!!」
 
 

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