「傷」

「リナ、リナ、しっかりしろ!」

ぱしっと強く頬を叩かれ、痛みというよりはその衝撃で、あたしは目を覚ました。
目を開くと、そこには見なれたはずのガウリイの顔。
でも何だか、全然知らない人間にも見える。
「気がついたか、リナ。」
ほっとした声。やっぱりガウリイだ。
あたしは何故だか安心して、そのまま目を閉じようとした。
するとまた、頬を軽く叩かれる。
「おい、寝るな。目を覚ませ!」

なあによ。あたしは眠いんだから。放っといて。
そう言おうと、目を開けようとしたが、開かない。
ふわふわと、ほかほかと、眠りの海に落込もうとする。

「・・・?」
唇に、暖かい感触。
あり。
これって・・・・・・

次の瞬間、あたしはぱかっと目を覚ます。
にやりと笑ってこちらを見ている、ガウリイの顔。
「やっと起きたか。」
「!」
あたしは唇に手を当てる。
「ガガガガガウリイ!?いいいいいま、あたしに、ななななにを!?」
「効果覿面だったろ。」
「・・・・!」
盛大に呪文の一つでもぶちかましてやろうとして、ふと、あたしはガウリイの顔についた、幾筋かの赤い傷跡に気がついた。
まるで、ひっかかれたみたいな・・・・。
唇に当てた手をどかそうとして、その指先がわずかに赤く染まっているのに、はっとする。
これって、ひょっとして・・・・?

「ガウリイ・・・・その傷。もしかして、あたし?」
言われたガウリイは、今、気がついたかのように自分の頬に触り、ちょっと困った顔をした。
「オレのことより。ほら。」
そう言うと、あたしの左手を掴んでひっくり返して見せた。
甲の皮が剥け、血が滲んでいる。
「やだ・・・・。何これ。何で・・・・」
「ったく、こっちが聞きたいぜ。うなされてるみたいな声がしたから、部屋に入ってみればお前さん、うーうー言いながら、自分の手かきむしってて。」
「・・・・・。」
全く覚えがない。
え〜〜〜〜と・・・・?
頭を捻るあたし。

「・・・・ちょっと・・・・」
「ん?」
「あの・・・・ガウリイ?」
「何だ。」
「だから・・・その・・・・」
「何だよ?」
「手・・・・・・。撫でるの、やめてくんない?」
「え。あ・・・こりゃすまん。」
無意識だったのか。
あたしの左手を掴んだまま、ガウリイはその長い親指で、あたしの指の背を撫でていたのだ。ゆっくりと。繰り返し。
まるで、指の形を確かめるように。
何故だかあたしは息苦しくなって、思わず言ってしまったが。
ガウリイの手は、ぱっとあたしの手を離した。
途端に、傷がじんじん痛み出した。

空いた手を、枕の上のあたしの頭の脇に置き、屈むようにガウリイが覗き込んできた。
「大丈夫か。リナ。」
「うん。大丈夫・・・だと思う。」
「それで、心当たりは。」
「え?」
「何でこうなったか。思い当たることはないのかよ?」
「う〜〜〜〜ん。」
全くない。
「大分うなされてたからなあ。悪い夢でも見て・・・そのせいかな。」
「夢ねえ・・・・」
思い出せない。
そりゃあ時たま、悪夢も見るけど、大抵その内容は忘れてしまうことの方が多いのだ。目が覚めてから、夢のことで思い煩うこともあまりない。
だから、今回も、どんな夢を見たのかは思いだせなかった。
大体、頭があんまし働かない。
ふわふわ。
お布団があったかくて・・・・。

「ダメだ。わかんないや。・・・も、いーよ。だいじょぶ。」
「ホントに・・・・大丈夫か。」
低い声。
蝋燭1本しかついていない、暗い部屋。
ガウリイの顔を縁取る金髪が、蝋燭に映えて柔らかく光を放っている。
まるで、今の方が夢の中のようだ。
「うん。・・・・それ・・・・やっぱり、あたしのせいなんだ。」
あたしは手を伸ばし、ガウリイの頬の傷に触れた。
おそらくは、自分の手を掻きむしるあたしを見て、止めようとしたガウリイをあたしが無意識のまま引っ掻いてしまったんだろう。
「リカバリイでも唱えようか。」
冗談めかして言ったあたしに、ガウリイはふっと笑った。
「ばーか。いいって。」
そして、頬に触れていたあたしの手を取るとこう言った。
「眠るまで、手ぇ握っててやるから。寝ちまえ。」
あたしは、ぶはっと笑う。
「な、なによそれぇ。とことん、子供扱いする気ね。」
「あれ。オレは本気だけど。」
ふわふわ。
お布団が呼んでいる。
怒る気なんか、さらさら起きない。
「わかった。んじゃ好きにして。」
大きな手に包まれ、傷の痛みはいつしか遠のき、あたしは目を閉じた。

だから、それは見なかった。
眠ったあたしの顔を、怖いくらいに真剣な顔でガウリイが見ていたのを。





朝。
目を覚ますと、左手には包帯が巻かれていた。
あたしはベッドの上に起き上がり、頭をぽりぽりとかきながらそれを見つめる。やっぱ夢じゃなかったのか・・・。

いつもの服装に着替え、隣のガウリイの部屋をノックする。
答えの代わりに、イビキが聞こえた。
何だ。
まだ寝てるのか。

朝食を1人で取りながら、あたしはぼ〜〜〜っと、左手の包帯を眺めていた。





「いや、いや、いや・・・・!」
「リナ」
「嫌よ、離して!離して、お願い!」
「リナ」
「やだったら!!嫌よ、嫌あああああっ!!」

誰。
うるさい。
何を叫んでるの。
何を暴れてるの。
「嫌!!!やだ、やめて、やめて、やめて・・・・・!」

あたしだ。
あたしが騒いでる。
首を烈しく振り。
もがき。
叫んでいる。

「リナ」
誰かが呼んでいる。
誰の名前?
あたし?
「リナ・・・・・大丈夫だ、落ち着け。」
ふんわりと、頭を抱え込まれる。
もがこうとして、大きな何かに包まれているのに気がつく。
耳もとで、繰り返される名前。
「リナ」「リナ」と。
その途方もなく優しい声は、さざ波のように打ち寄せ、あたしは段々と落ち着きを取り戻す。
冷たい汗は、包み込んでいる暖かさにいつしか消えていき、あたしはほっとして体の力を抜いた。
目を開く。


部屋は暗く、カーテンの向こうから月の光が淡く差し込んでいた。
あたしは誰かの胸に顔を埋めていた。
その時、初めて気がついたのだ。
自分が泣いていたことに。
誰かのパジャマが、あたしの涙で濡れていた。
身じろぎすると、その人はそっと腕を解いた。
耳もとで囁いていた声が、低く響く。
「大丈夫か、リナ。」と。

あたしはガウリイの顔を見上げた。
彼はこちらを見て、心配そうな顔で覗き込んでくる。
「リナ・・・?」
わかった。
何であたし、こんな風になったのか。
でも・・・・。
ガウリイには、言えない・・・・。
彼の言った通り、自分でも忘れていたのだ。
忘れたつもりだったのだ。
でも、自分の心のどこかが、納得しきれていなかったのだろう。

途端に背筋が寒くなり、あたしは身震いする。
その時の、感触を思い出して。
ぞくりとなる。
ふと自分の両手の異様さに気がついた。

「何・・・・これ・・・・」
「ん?ああ・・・・。こうしとけば、もう引っ掻けないかと思って。」
左手だけでなく、両手が、包帯でぐるぐる巻きになっていた。
「外してやるよ。」
そう言うと、ガウリイは器用にくるくると包帯を解き始めた。
くるくる。
「・・・・。また、あたし・・・・引っ掻いてたの?」
ガウリイは答えなかった。
くるくる。
「何で・・・ここに、ガウリイがいるの・・・?」
くるくる。
彼は答えない。
くるくる。
くるくる。
包帯は、左手の傷跡の上を残して全て解かれた。

彼は見張っていたのだ。
あたしがまた、手を引っ掻き出さないかと思って。
引っ掻き出したので、手を包帯で塞いだ。
すると、今度はあたしが暴れ出したのだ。

「リナ」
耳もとで囁いていた声が、また響く。
ずっとなだめていたのは・・・この声だった。
「溜めてないで。吐いちまえよ。嫌なことは。」
「ガウリイ・・・・?」
「言えばすっきりするような事じゃないかも知れない。でも、1人で抱えてるよりは・・・・」
彼はどこまで、わかってるんだろう?
心の奥底まで覗かれそうで、あたしは、ガウリイの方を見れなかった。
忘れなくちゃいけないことだった。
忘れるしかないことだった。
でも、忘れようとすればするほど、鮮やかに、記憶が蘇ってくるようだ。
びくん。
突如沸き上がった光景に、あたしは思わず反応していた。

生きること。
自分が生きるため。
生き残るため。
誰かを犠牲にすることは、これからもあるのかも知れない。
勿論、望んだことではないのだが。
でも、犠牲にしたものの痛みや苦しみまで、忘れてもいいのだろうか?
この手の感触も。

「リナ・・・・。生きてる方が辛いって時も、あるよな。」
ぽつり、とガウリイが言った。
「え・・・?」と、問い返すあたし。
「相手を傷つけて・・・その相手が受けた傷よりも、深い傷を自分が負ってしまうこともあるよな・・・。」
「ガウリイ・・・?」
「それでも、日々は流れて行くし、自分は生きて行く。ふと、そんな自分に疲れちまうこともある。」
「・・・・・。」
「それでも。」
「?」
「それでも・・・・、生きてて良かった、と思う瞬間がある。」
彼は何を言わんとしているのだろう?
「人間て、ずるい生き物なのかもな。」
あたしは、彼の顔を見上げた。

彼の顔は、穏やかな笑顔だった。
どうしてそんな顔ができるのか、時々不思議に思う。
どんなに辛いことがあっても、彼はまた、自然とその笑顔を取り戻すのだ。
変わらない。
それは、実はとても難しいことなのではないかと、思った。

「ガウリイも・・・・そんなこと、考えるんだね。」
あたしは、くすりと笑ったのかも知れない。
「おかしいか。」
「ううん。・・・・おかしくは、ないよ。おかしくは・・・」

生きるために悩む。
生きるためにあがく。
それは誰でもが同じで、誰でもが通る道。

「おかしくなんか、ないよ。」
「リナ?」

痛いけれど、辛いかも知れないけど、避けては通れない道。
だから、思いきり悩んでいい。
忘れられないなら、忘れないまま。
どこかに、道を探しながら、行こう。

「もう大丈夫・・・。自分の手、もう、引っ掻いたりしないから。」
「ホントに?」
「心配なら、また手握ってて。」
「!」
彼の目は、一瞬大きく開かれたが、すぐにまた、穏やかな目に戻った。
「わかった。ここにいるから。だから、少し眠れ。」
「ん。」

同じように道を探る人間が、隣で眠ることに、何故だかあたしは安心して目を閉じた。
また明ける朝が。
それに続く日々が。
あたしを待っているけれど。
今はただ、この暖かさだけを抱きしめて。






















===============================おしまい♪
何だか悩み続けた後半です(笑)
そのままらぶらぶに持ち込むのもアリだとは思ったんですが。ただらぶらぶになるんじゃ、リナらしくないですよねえ。ははは。
らぶらぶへの道も遠かった(笑)

リナが手を掻きむしった理由は、NEXTクライマックスあたりに原因があります。あの時は、シルフィールが納めてくれましたし、事態が事態ですからのんびり悩んでいる暇はなかったでしょうが。結構思い出したら嫌な思いでじゃないかと。
死霊都市サイラーグで、リナが、操られた死者である子供を倒すシーンです。
では、読んで下さった方に、変わらぬ愛を込めて(はぁと)
そーらでした♪

この感想を掲示板に書いて下さる方はこちらから♪

メールで下さる方はこちらから♪