「君といる未来」



ひきいいいいいいぃいいいいいいいい・・・

眼前には、細かく振動している透明なガラス。
それは大きなカプセルの形をしていた。
一杯に満たされた液体に、ごぽごぽと泡が立っている。
その中心には、親指の先ほどの小さな小さな肉片。
容器の大きさが不釣り合いだ。

ガラスケースの前に立つのは、黒いマントを肩から垂らした小柄な少女。
背では栗色の髪がはねている。
聳やかしたショルダーガードでは、紅い宝石が魔法の照明を受けて輝く。
2,3メートル離れた柱の陰には、怯えた様子の男が二人。
天井は高いが、暗く、ひんやりとした部屋。
地下室である。
何かの実験プラントらしい。
ガラスケースから幾条ものケーブルが繋がれている。
部屋の入り口付近には、意識不明の白衣の男達が転がっていた。
ケースの前に立つ少女に倒されたのだろう。

「ホントにこれ、ザナッファーなの?」
リナはくるりと振り向いた。
がたがたと震えているのは魔導士教会から派遣された男二人。
片方は背が高く骨皮のように痩せていて、片方はリナよりさらに小さく顎が張っている。
「あ、ああ。そうなんだ。盗まれたクレアバイブルの写本には、その作り方が載っていたんだから間違いない。」
「精製の仕方といい、本に書かれていた通りの構造だ。」
「あっそ。でもどっからザナッファーの破片貰ってきたのかしらね。」
「ふ、フラグーンが破壊された跡から見つかったと聞いている。」
「ふ〜〜ん。・・・まあ、そんなことはどうでもいっか。」
「頼む、リナ殿!こやつが成長する前に早く・・・・!」
「そうだそうだ!今だ、リナ殿!」
「あのね。」

リナは右手の人さし指をちっちっと振る。

「その前に。報酬の確認をしたいわ。」
「そ、そんな、こんな時に・・・!」
「あのね。あたしはこれから、命がけ(・・かもしんない)の仕事をするのよ!?二足三文で片付けられたら死にきれないわ。」
「お、お前、よくもそんなに落ちついていられるな!」小男が指さし返す。
「悪かったわね、落ちついてて。悪いけどあたし、滅多に取り乱さないのよ。そんなの無駄だし、命取りになりかねないから。だから、報酬、きっちし払ってね!」
「わ・・・わかった、わかったから早く・・・・!」
「よし。」
リナはひとつウィンクを送る。
「あたし。高いけど。仕事はちゃんとやるわよ、安心して。」


背を向けたリナの背後で、協会の男達は部屋の外へ逃げ出す。
一人になったリナは、ぽきぽきと指の骨を鳴らした。
「さあてと。前の時はどうやったっけね・・・・」


あの時。
あいつがいたっけね。

リナはにやりと笑うと、口の中で詠唱を始めた。




サイラーグへと向う街道。
麦わら帽子を被った青年が牛車を操っていた。
いい天気。
爽やかな風と、暑いくらいの日射しを手綱を握る腕が受けている。
親方にこき使われるのは辛いけど。
こうして街道をのんびり行くのは好きだ。
後でごとごとと、荷車が轍の音を響かせている。

「あの〜〜〜〜。」

人の声がしたと思った。
青年は振り返った。
山と積んだ黄金色の麦の向こうから、頭らしきものが覗いていた。
青年は一瞬、もののけに化かされたかと思った。
麦も、その頭も、同じ色だったからである。
顔の見えないその頭は言った。
「サイラーグって、この先でしょうか?」





「ちっ。」
がしゃああああああああああああん!
ガラスケースが割れる。
得体の知れない液体が滝のように溢れる。

リナは素早く飛び退り、次の呪文を選ぼうとする。
「並みの呪文はきかないんだったわよね・・・。」
ケースの残骸の中で、むくりと手のひらくらいの塊が蠢く。
「そんで、成長がすっごく早いんだったわよね・・・。」
構えるリナに、それは突如飛び掛かって来た!

まるで伸びるかのように、その塊はさらに大きくなった。
リナは咄嗟に風の結界を張る。
見えない壁に阻まれ、塊はバウンドし、地面にぺたりと着地。

「こりゃあ、あれしかないかな・・・」
予想外の成長に、リナは次第に焦りを感じ始めた。
確かに並みの呪文はきかない。
だが町中で並み以上の呪文をぶっ飛ばすには、それなりの準備と根まわしがいる。
「しゃあない、一時撤退するか・・・」

懐から白木の針を取り出す。
塊を囲む魔法陣を作る。
びく、びくと動いていたそれが、急に動きをとめる。
「まあ時間稼ぎにくらいしかなんないけど。ないよりマシでしょ。」
不動結界を張ったあと、まずは翔風界(レイ・ウィング)を自らにかける。
天井を壊して埋めるしかない。
効力を微調整した破壊呪文を唱え始める。

ぎぎぎぎぎ・・・・・・っ!!
「なっ!」

塊であったそれに、目ができた。
次に口も。
それから手が。
鈎ツメが。
空気の押し込まれた風船のようにそれは立ち上がる。
悪い夢だと、リナは思った。

うぎぐぐぐぐぐぎぎぎぎぎぎぎっっ・・・
細かいノコギリのような歯を、怪物はこすり合わせて異様な音を出す。
「ザナッファー・・・・!」
すでに唱え終った呪文を解放する!

がらがらがらがらっ!!!!

轟音を立てて崩壊する廃虚のような建物。
小さな城ほどもあるそれが、もうもうと埃を巻き上げて沈んでいく。
空中には人影。
「ふう。これで少しは時間が稼げ・・・・」

甘かった。

っっっしゃああああああああっっっ!!
瓦礫の中から瓦礫の塊が。
いや、ザナッファーだ。
すでに崩れる前の建物ほどの大きさがある。
人型をしているところ見ると、プラントで倒れていた研究員あたりを取込んだか?

「しゃーないわね。どーしよっかな。」
結界の中でリナは、腕を組んだ。



町中では大騒ぎになっていた。
突如、町外れで大きな音がしたかと思うと、見たこともないような巨人が出現したからだ。
「あれは何だ!?」
「何故あんなところに!?」
「行ってみようぜ!」
「おお!」
走り出した群集の後から女性が一人、まろびでた。
「皆さん!行ってはいけません!あれは・・・・!!」
その正体を知る、ごく少ない者の一人、シルフィールだった。
追いかけながら、シルフィールは目を凝らした。
空中に人影・・・・
もしや!?


「ん?」
リナは眼下を見下ろした。
そこに見えたものに愕然となる。
「な、なんなのよっ!?」

わ〜〜〜〜〜〜っ。
蜘蛛の子を散らしたような、とはこのこと。
町の血気盛んな連中が、我も我もと押し寄せてきたのである。
「あっっちゃ〜〜〜〜。避難して貰おうと思ってるとこに、来るかなフツー!」
リナは頭を抱える。

「リナさんっ!?」
群集の隙き間から、シルフィールは空を見上げた。
「シルフィール。」
上を見るのに夢中になっていたシルフィールは、呼ばれたことにすぐにはきづかなかった。
「は、はい?」
慌てて、声のした方に視線を戻す。
「ちょっと頼みたいことがあるんだが・・・・」
シルフィールは手を口に当てた。


「どーしよ・・・。これじゃドラグスレイブは使えないわね。
残るはラグナブレードか・・・。
果たして今のあたしに、それができるかな・・・」
しばらく、その呪文を使っていなかったのだ。
しかも詠唱に時間がかかる。
今は、その余裕を作ってくれる誰かがいない。
だが、ふと弱気になった自分を叱りつけるように、リナは自分の頬をはたいた。
「しっかりしなさい、リナ=インバース。笑われるわよ。」
誰に、とは言えないが。
「ま。しょーがないか、やるっきゃないもんね。」
肩をすくめ、印を組もうとした。


しゅおおおおおおおううううううっっっ!!
ザナッファーが向きを変えた!
リナは呆然とする。
ひとつの風の結界が、ザナッファーに向って浮かび上がってきたのだ。

蒼い、蒼い閃光。
白熱した帯のような中心部。
空中に解き放たれた、形のない刃。
それはザナッファーに向けて、長い長い鎌首をもたげた。

ぎいいええぃやああぅうううぅっ!!
光の刃は、城ほどもある怪物を縦に両断。
その勢いの凄まじさは、瓦礫の山をも突き崩した。
綺麗に凪ぎ払われた地面。
そこに、ザナッファーが、いや、ザナッファーであった塊がぱささと舞い降りてきた。

リナは結界の中にぺたりと腰を落とす。
脱力した主人を、結界はやんわりと下に降ろした。
やんやの喝采を送る群集のその中心に。
さわさわと、結界を囲む人の円陣ができる。
しゅうっと空気の抜ける音がして、結界が解かれた。

ザナッファーの破片はまだ舞っていた。
まるで雪片のように風に乗り、人垣の上に。
地べたに座ったままのリナの髪の上に。
その中を、結界がまた1つ降りてくる。
中に人を乗せたまま。
それは手にした長剣を、腰の鞘に収めようとしていた。

リナの目の前で、結界が解かれる。
舞い上がる風に、髪が揺れる。
麦と同じ色の、長い髪が。
破片が舞う空と、同じ色の瞳。
長身の男は、リナに向って一歩を踏み出した。


「なあ、あのあんちゃん、どこのどいつだよ?」
「さあ。知らんなあ。」
「どっから現れたんだ?」
「さあ。知らんなあ。」
「あの嬢ちゃんと知り合いかなあ?」
「ああ。そりゃ間違いなさそうだ。」
「おいあんた、見てたぜ、あのあんちゃんに魔法かけて飛ばせただろ?」
人垣の一人が振り返って、シルフィールを見る。
彼女は目をこすり、にこりと笑い返した。
「ええ。そうです。」
その肩に、誰かの手が置かれた。


「ガウリイ・・・・?」
惚けたように、リナは目の前の男の名を呼ぶ。
「ああ。」
男は微笑み、手を差し伸べる。
「遅くなった。でも、帰ったから。」
「・・・・・」
何も言わない彼女の腕を取り、立たせてやる。
「しかし、驚いたなあ。サイラーグに来たら、お前さんが宙に浮かんでたから。」
ぴょこんと立ち上がったリナに、ガウリイはにやっと笑う。
「お前を探すのに手間はいらないな。騒ぎの大きいところに行けばいいんだから。」
「・・・何よ。それじゃ、あたしが騒ぎの原因みたいじゃない。」
ぶすっとリナが返す。
「え?・・・違うのか?」
「ちっが〜〜〜〜〜うっっ!!」

「おおっ。」
観衆が見守る中、小柄な少女は胸からスリッパを取り出し、やにわに自分よりずっと大きい男をはたき始める。
「あのねっ!あたしが騒ぎを起こしたんじゃないのっ!元はと言えば、ここまで事態をほっぽっといた魔導士協会に責任はあるのよっ!よりにもよってザナッファーを・・・」
「え。あれって・・・ザナッファーだったのか。」
「え・・・」(ジト汗)
「まさか。知らないでやっつけた、とか・・・・」
「いや、何か知らんがお前さんが戦ってたから。」
「あ・・・あのね・・・」
「まあまあ。いいじゃないか、結局うまく行ったんだから。」
「誤摩化されないわよ。報酬はあたしが全額貰いますからねっ!」
「ああっ、そりゃないだろ〜〜〜。倒したのはオレなんだしい・・・」
「やかまし。文句言うなら夕飯奢ってやんないわよ。」
「えっ♪実はオレ、腹ペコでさ♪やった♪」
「・・・一品だけよ・・・」
「ええええええええええっっっ・・・・(うるうる)」
「デザートが、ね。」
「やったあ〜〜♪リナ様神様仏様〜〜〜〜〜♪」
「あ〜〜〜〜もおっ、まとわりつかないでえっ!」
ぺしっ!

二人のやり取りを見ていた観衆の一人が一言。
「夫婦漫才だなや・・・・。」

「あれが、あんたの言ってた二人かい?」
シルフィールの肩を抱いた女が言った。
「ええ。」
シルフィールは微笑んだ。
「わたくしの心配など、余計なことでしたね。」


「な〜〜〜リナ〜〜〜〜、オレ、ずっと遠くから来て疲れてるんだ。
だからさあ・・・」
「ダ〜〜〜メ。デザートは一品だけって決めたでしょ!」
「しょんな〜〜〜。」
「それより。その剣、どうしたの?まるっきり光の剣じゃないっ。」
「ああ。実を言うと、これを取りに行ってたんだ。」
「え・・・そうなの・・・?」
「光の剣は、1本じゃなかったんだ。これを作ったヤツは誰だか知らないけど『表』の剣と『裏』の剣と、ふた振りあるんだ。っていうか、『表』の剣を真似て刀匠が作ったらしいんだけどね。人間が作ったものとしてはこっちが本物なんだ。」
「へ・・・・。」
「真打ちってことさ。まあ、さっきのオレみたいに真打ち登場っ!ってわけ♪」
「誰が真打ち登場よ、誰が!」
「でも、さ。」

剣の柄から手を離し、ガウリイは一年ぶりにリナの髪を撫でた。
「オレがいたら、って、一瞬思っただろ?」
「!」
目を見開いたリナの頬に、ガウリイは指を触れた。
続いて、唇を。
「ただいま、リナ。」

「ガウ・・・」
真っ赤になったリナの頬の、反対側にもキス。
耳もとで囁く。
「黙ってオレを行かせてくれて、ありがとうな。」
「・・・・!」
「もう、しないから。」
「あ・・・・。」
耳まで真っ赤になったリナは、身を離したガウリイを見上げる。
「当ったり前よ・・・・。そ・・・それにあたしは、別にあんたを待ってたわけじゃないしっ・・・」
「うん。」
「たっ・・・たまたま、ここであんたと会っただけで・・・」
「うん。」
「あたしはっ・・・・・言ったでしょ、あたしの道を進んで来ただけなんだから。」
「ああ。オレも、オレの道を歩いて来ただけさ。」
くしゃり。
懐かしい、1年前は当たり前だった感触。

「それがたまたま、お前の道と一緒になった、それだけのことだろ?」
「そっ・・・・」
決まり悪げにそっぽを向き、腕を組んで虚勢を張るリナ。
「そうよっ・・・それだけのことなんだからねっ。」
「わかってるよ。・・・でもさ、それって結構、凄いことだよな。」
「え・・・・」
見上げれば、青い瞳。
懐かしい、1年前は当たり前だった光景。

「だから何も怖くない。オレとお前の道は、必ずどこかでつながってるから。
ちょっとの間、離れたって。
必ず、また一緒になるから。
オレの帰るところは、必ずお前の側だから。」
顔が近付く。
手が、指が、胸が、すぐ近くに。
昨日の晩、リナが眺めていた月のような髪が。

ガウリイはゆっくりとリナを抱きしめる。
「ただいま、リナ。」
嬉しそうにその頭を胸に抱え、ガウリイは久しぶりの笑顔を顔に浮かべた。
ぴゅーぴゅーと囃し立てる観衆に手を振る。
二人をまるで祝福しているかのように。
破片が雪のごとく舞い落ちた。
柔らかに。
柔らかに。
回りながら。

「ちょっ・・・は、離しなさいよ、ガウリイっ!!
やめ・・・やめてってばああ・・・っ!!恥ずかしいでしょおっ!」


じたばたと暴れるリナを、群集の中から二人の男が信じられないものを見る目つきで見ていた。一人はのっぽのヤセ。もう一人はリナより小柄な男。
二人は口を揃えて言った。

「『あたしは滅多に取り乱さない』って言ってたの、誰・・・・?」































=======おしまい♪


リナなしのガウリイを書いていたら、ガウリイなしのリナが書きたくなっちゃいました。ということで突発なお話をお届けいたします。
光の剣うんぬんや、ザナッファーの設定は自分勝手に決めちゃいました(笑)。
思いつき優先なもので(笑)ただ、ガウリイにはやっぱり光の剣が似合うなと思って、裏の剣を作ってしまいました。こっちにはおそろし〜裏設定が。これはダークな話の種になるかも・・・。しかし、酒場のおばちゃんといい、濃いなあ、脇役が(笑)

では、ここまで読んで下さった方に、愛を込めて♪
やっぱりハッピーエンドが大好きなそーらがお送りしました(笑)

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