「なんでもない日」


気持ちのいい風が、吹いていた。
丘の上の、大きな木の下で。


「しっかし、珍しいわよね。ガウリイがご飯おごってくれるなんて。」
広げたマントの上に大の字に寝転びながら、リナはちらりと隣を見た。
「そおかあ?そんな、珍しいことだったかな。」
隣から、まのびした声が答える。
「うん。珍しさで言ったら、野生で生えてるニャラニャラを見つけるとか、ダイエットをするミスタータリムとか、道端に落ちてるコインをネコババするアメリアとかに、負けず劣らずってとこね。」
「お前なあ・・・。」

聞き慣れた、呆れたような声。

「どういう物の例えをしとるんだ。それにどっちかというと、リナがオレにメシをおごる方が、もっと珍しいと思うけどな。」
かちん。
「例えて言うなら、太陽が西から昇るとか、魚が空を飛ぶとか、リンゴの木に黄金のリンゴがなるとか、いや、もっと凄いぞ、え〜と、え〜と・・・・・」
むかっ!
「ガウリイこそなんなのよ、それわ!まるで天地がひっくり返らなきゃ、あたしがご飯をおごらないみたいじゃないっ!」
憤慨したリナが、起き上がってガウリイの方に身体を向けると、まだ寝転がったままのガウリイが、ぽん、と手を打った。
「それだ!」
「??なによ。」
「だから、それだよ!」
「だからって・・・・だから、なによ?」
「だから、天地がなんとかってやつ。うん、まさにオレが言おうとしてたことだ。うんうん。」
今度は腕を組んでうんうんと頷いている。

ガウリイ〜〜〜〜・・・
いい根性だあ・・・・。

ぷちっと来たリナは、蹴りを入れるか呪文で吹っ飛ばすか、しばし考え込んだ。

一瞬の沈黙。
その間も、風は緩やかに、絶え間なく、二人に向って吹いてくる。

リナはどちらも取り消した。
景色と、風と、気持ちよさに免じて。
「〜〜〜も、いいわ。なんか、やる気うせた。」
そう言うと、自分もまたどさりと横になった。

「やる気って、何だよ?まったく、口と手が早いんだから。」
かすかに笑う気配がして、上の方から頭の上に手が降りてきた。
わしゃわしゃと一撫ですると、また離れていく。

リナは頭を撫でられながら、ふと気がついた。
こんな風に、ゆっくりと一日を過ごすなんて、久しぶりだ。
何の事件も起きない。
誰かがいきなり依頼を持って食事中のテーブルに近付いてきたり、街道を歩いている時に盗賊が(これはちょっといい収入になることも多いが)襲い掛ってきたり。
人の都合を考えず、空間を渡るなどという非常識な出現をする魔族その他モロモロとか。
そういったものに、今日はひとつも出くわしていない。
今までがちょっと忙しかったのもあるのだが。
久しぶりに、リナはゆったりとした気分を味わっていた。

「でもなんで、急にご飯をおごってくれることになったの?」
問題の原点を思いだし、尋ねてみるリナ。
「ん?いや、別に、大した理由があったわけじゃないけど・・・。」
「・・・まさか、忘れたってんじゃ・・・ないでしょうね。」
リナのこめかみがぴくぴくとひきつる。
ガウリイは頬をぽりぽりとかき、苦笑い。
「いや、いくらなんでもそんな、1時間ちょい前のことを、覚えてないなんてことは・・・・。」
「あり得ない、とは言わないわ。あたしわっ。」
「・・・・・。」

額に汗をひとつぶはりつけて、ガウリイが苦笑いのままで固まる。
「それで、結局どーなのよ?」
「どうって?」
「あ〜〜〜〜〜っ、うざいっ!だぁからっ!何であたしに、ご飯をおごってくれたのって、きいてるのっ!」
「う〜〜〜〜ん。」
「誕生日・・・・・ってわけじゃないし、大物掴まえて賞金ががっぽり入った、てゆーわけでもないし、たまに戦闘中にどっちがおごるか賭けたりもしたけど、今回はそれもない。
て、ゆーことわよ?」
「ん?」

リナは再び起き上がり、ガウリイにびしっと人さし指を向ける。

「あんた!あたしに内緒でバイトしたでしょ!」
「はい?」
「だから。臨時収入ってやつが、あったんじゃないかって聞いてるの。どーなの、答えなさい。」
「いや・・・・別に?」
「隠したってムダよ!必ずハカせるからねっ!あたしが最近、仕事がなくて魔道の研究に必要な秘薬を買えなかったの、知ってるでしょっ?」
「えっと・・・・そうだったっけ・・・・?」
「そうだったの!ええい、キリキリ白状せい!んでその美味しいバイト先、教えて♪」

両手を胸の前で合わせ、目をキラキラさせているリナに、ガウリイは笑顔を向ける。

「いや、ただ、何となく。」
「・・・・・へ?」
「だから。なんとな〜〜〜〜く、おごりたくなった、それだけ。」
「それだけ?」
「うん。」
「・・・・・・ふうん・・・・。」
だが、リナはまだ納得が行かないという顔だ。

「なあ。オレ達が・・・一緒に旅するようになって、もうどれくらい経つ?」
頭上の木もれ陽を見上げながら、ガウリイがまるで独り言のように呟く。
思わずつられたリナは、同じように木もれ陽を見上げ、ガウリイの言葉を測ろうとした。
「ん〜〜〜〜、そおね。2年・・・いや、2年半・・ってとこかな。」
「そっか。」
ガウリイは目を閉じる。
「結構、経ってるもんだな、時間って。」
「・・・・ガウリイ?」
「ずっと、こんな時間が続くといいな。」
「・・・・え?」
「何が起きても、まあそれは勝手に起きるから、しゃあないんだけどよ。その後には、こんな風な時間が、待ってるといいな。」
「・・・・。」

ひときわ強い風が、ごうっと吹き上げる。
頭上の木の枝を揺らし、木もれ陽がさんざめく。

リナはくすりと笑った。
同じように目を閉じる。
「未来なんて、誰にもわかんないわよ。こんな風にゆっくりできるのは、今日が最後かもしんないし、逆にこれからうんざりするほどあるかもしれない。
でも、いいじゃない。」
「・・・いいって?何が?」
今度はガウリイが起き上がる。
傍らで目を閉じているリナの顔を、遠くから覗き込む。
「だから。」

リナはマントの上で両手を広げた。
まるで落ちてくるような木もれ陽を、受け止めようとしているかのように。

「たとえ、この先、こんな時間が取れなかったとしても。
あたしの中にも、ガウリイの中にも。
こんな時間があった、という事実は残るでしょ。
それはきっと、自分達が忘れていったとしても、きっと身体のどこかに残ってるわよ。・・・・だってね?」
目を閉じたまま、リナはにっこり微笑む。
「こんなにいいお天気で、風が吹いて、木もれ陽が綺麗で、気持ちいいから。」

ガウリイはゆっくりと、丘の上から視界を巡らす。
世界は今、二人を取り囲んで丸く広がっていた。

「・・・・ああ。・・・そうだな。
リナの言う通りだ。」
ガウリイは微笑み、またひとつ、リナの髪をくしゃくしゃにした。
そして横たわり、腕を組んで頭を乗せ、目に見えない木もれ陽を体で感じる。
「ねえ。」
今にも眠りそうに、ほわほわした声でリナが尋ねた。
「どうして・・・おごる気になったの?」
やはり眠りに落ちようとしていたガウリイが、普段よりずっと優しい声で答えた。
「今日が、何でもない日だったから、かもな。」



一緒にいる、一日が。
とても愛おしくなる時。
何も起きない、何でもない日だったけれど。

大事にしたい、そんな一日がある。

























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久々(?)にほのぼの♪
もともとあったお話の、タイトルだけ使って書き直しました。そちらはもっとシリアスちっくでした。いつか書くかも知れないですが(笑)
何でもない、たわいもない一日が、終わってみて初めて、ああ、なんか今日、いい日だったなと思うことはありませんか?
そんな一日を思いだして書いてみました。
では、皆さんにも、なんでもない、いい一日が訪れますように。
そーらがお送りしました。

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