「ぷれぜんと」



リナはすねていた。

テーブルの上にはからっぽのパフェグラス。
それもひとつふたつではない。
ガウリイを待つこと30分の間に、恐るべき量の糖分が彼女の体内に吸収されていた。
そして今、最後のひとつを平らげ、飾りのチェリーを口にくわえて枝をぷつっと引っ張ったところだ。
「まったく。来たら今度はレストランで思いっきり奢らせてやるんだから。」

「・・・まだ食う気かよ?」

リナの頭の上から、呆れたような声。
・・・・・・ガウリイ。
リナはあえてそちらを向いてやらない。


リナの背後で、着ていたコートを折り畳むと、ガウリイは手に持っていた包みをそれに隠した。無造作に見える動作でそれを奥の席に放り込み、リナの向かいの席に腰を降ろす。
「-------すまん。」
テーブルの上をこすらんばかりに、黄金の髪に覆われた頭が下げられた。リナはじっとそれを見る。
「遅くなっちまって。・・・それに、クリスマス、一緒にいてやれなくて。・・・・ホントにごめん。」
「・・・・・。」

確かに、リナはそれでスネていたのだが、こうもあっさりと謝られると毒気を抜かれる。結局、ため息を一つついて、こう言うしかないのだ。
「・・・もーいーよ・・・」
「そうか♪」
にぱっと、笑顔を浮かべてガウリイが顔を起こす。


今日のリナは、少し背伸びをしていた。
寒かったがちょっと我慢して、黒のふあふぁのフェイクファーのコートの下は、濃赤のスリップドレスだった。胸元と裾を飾るレースも、長めのストレッチブーツの色も、耳に付けた雪の結晶の形をしたイヤリングの色も黒。
白い肌が、それらを引き立てている。
うっすらと化粧までしていた。

ガウリイはすぐにそれに気がついたが、何も言わずにおいた。

対する今日のガウリイは、濃紺のスーツ姿。
わずかに青が入ったドレスシャツに、一見無地にも見えるが、よく見ると幾何学的模様の入ったグレイッシュブルーのネクタイ。
それに金髪が映えて、本来の容姿がさらに相まり、彼が店に入った瞬間から若い女性客の視線がちらちらと送られているのだが、本人は一向に気にした様子がない。
こうしたスーツ姿がさまになっているのが、リナはさらに許せない。
自分が余計に子供に思えるからだ。


ガウリイに、今年のクリスマスは一緒にいられない、と言われた時。
何故だか胸がちくりとして。
リナはそんな自分に呆れた。
だって、ガウリイは彼氏でも何でもないのだ。

リナとガウリイが出会ったのは、ひょんなきっかけから。
18才未満立入り禁止のクラブに入って、店の人間に見つかった時。
「オレがこの子の保護者だから。」
と言って助けてくれたのがガウリイだった。
以来、2年がたつが二人の関係はその時のまま。

リナは今まで、ガウリイをあまり男性として見たことがなかった。
振り返ればそこで穏やかに笑っていて、何を言っても受け止めてくれて、まるで空気のような存在だったのだ。
だから、何故胸がちくりとしたのか、自分でもわからなかった。
たぶん、クリスマスには御馳走すると言われていて、期待してたからだ、と自分で自分を納得させたのだ。



「それで、どーだった?」
顔の前で手を組み、こちらをじっと見つめるガウリイ。
「・・・何が?」
いまだ、少々憮然としたリナ。
「だから。せーせきひょー。」
「・・・・!あんたは!!久しぶりに会って言うことはそれ!?」
思わず席を立ちそうになるリナ。慌てて座り直す。
「だって、今日終業式だったんだろ?貰っただろーが。」
「そ、そりゃ貰ったけど・・・・」

この男。
一見ボケクラゲなのだが、何故だか数学だけは詳しいのだ。
妙に家族受けして、かてーきょーしとしてよくリナの家に来ては教えてくれたのだ。他の成績がもともと良かったため、今回の期末でリナはクラスでトップになった。よきかなよきかな。
以前、何故数学ができるのか聞いたことがあった。
いわく、「ん〜〜〜、何となく。」だそうだ。


「そっか。良かったな。」
ぐりぐりと頭を撫でられ、リナはぷん、と膨れる。
「もう。子供扱いはヤメてって、いつも言ってるでしょ?」
「お。悪い悪い。」全然悪怯れていない口調。
「今日は・・・何時までいられるの?」
ガウリイから視線を外して、わざとらしく水を飲むリナ。
まるで関心のない質問を装っている。
ガウリイはぽりぽりと頭を掻いて、
「すまん。少ししたらまた、行かなくちゃならないんだ。」
「そ・・・か。」
「ごめんな。」
「べ・・・別に。・・・また、出張なんだ。」
答えの代わりに、にっこりとガウリイは笑う。

彼は今まで、仕事のことを一言たりとも口にしたことはなかった。
リナも特に追求する気になれなくて、聞かずにおいた。
どこで何をしてるのか、たまに出張と言ってはしばらく留守にする。

「・・・・・」
「ごめんな。・・・初詣は、一緒に行かれると思うから。」
手を伸ばし、そっと俯くリナの頭を撫でるガウリイ。
わずかに顔を赤くし、そっぽを向くリナ。
「だから。子供扱いはヤメてって、言ったでしょ?」
「はいはい。」
ガウリイは手を引っ込め、くすりと笑った。
見ていて飽きない、リナの表情の変化に。

何をうろたえているんだろう?
そっぽを向くリナの目に、ガラスの向こうの町の風景が映る。
どこもかしこもクリスマス一色。
普段と変わらないのに、どこか楽しげな行き交う人々の様子。
どんよりとした天気を嫌が上にも忘れさせようと、これでもかとばかりに灯された電飾。
そのどこにも、今の自分の気持ちを表わしてくれるものはなかった。

諦めて自分の膝に目を落としたリナの前に、差し出された包み。
リナは顔をあげる。
一抱えもある銀色のバッグに入った、おおきな赤いリボンが添えられた包みの向こうで、にこにこと笑っているガウリイの顔が見えた。
「クリスマス、会えないから、今渡そうと思って。」
「え・・・・・?」
「プレゼント。」
「あ・・・・・。あ、ありがと・・・・」
手を伸ばし、受け取る。
がさがさ、と袋が音をたてる。


リナの脳裏には、今日の午前中のできごとが浮かんでいた。
終業式の前の、大掃除。
ぽかぽかと暖かい日射しが当たる、家庭科室の掃除をしながら、女の子が盛り上がっていた話題と言えば。
クリスマスにもらえるプレゼントのこと。
それも彼氏から。
実はホテルのディナーを予約して貰ってるなんて話に冷や汗をかいたり、すでにおねだり済みの子がいたりと、それはそれで楽しい話題だった。
彼氏がいる子も、いない子も。
頭に描くクリスマスの夜は。

揺れる蝋燭の灯のもと。
そっと差し出されるリボンのかけられた箱。
中には当然のごとく、輝く小さな贈り物。
指環。
指環を貰うということは、彼女たちにとって、大人扱いして貰うようで、憧れのひとつなのだろう。
19の誕生日にシルバーのリングをもらえると幸せになれる、なんて馬鹿馬鹿しい噂も、この時ばかりは皆信じてしまう。
プラチナでもいいけどね、などと無責任に笑いあった。


だがしかし。
目の前にあるのは、大きな包み。
自嘲気味の笑いがリナの口にのぼる。
バカね。
だから、ガウリイは彼氏でもなんでもないって、さっき自分でも考えたでしょ?何を期待してたの?
リボンに手をかける。
にこにことガウリイの顔が、開けろとうながしている。
結び目をほどき。
中に手を入れて取り出したものは。


・・・・・・・・・・なにこれ。

「可愛いだろ♪さっきおもちゃ屋の前を通ったら、目が逢っちゃってさ。思わず買っちまった。・・・どうした、気にいらないか?」
「・・・・・ははは・・・」

中身は。
ふさふさの。
全長80cmはあろうかという。
つぶらな瞳の。
・・・・巨大な犬のぬいぐるみ。

「な♪可愛いだろ?」
「は・・・ははは・・・そ、そうね・・・・」
いくぶんひきつった笑いを抑えつつ、何とかリナは平静を保つ。
「あ、ありがとね、ガウリイ。」
途端に、ガウリイの顔の笑みが濃くなった。
一瞬、その暖かさにリナが息を飲まれる。
真っ青な瞳。
その邪気のなさに。
「大事に・・・する。」
やっとそれだけ言うと、ぬいぐるみに顔を埋めた。
「おう♪オレだと思って、可愛がってくれ♪」

何バカなこと・・・そう言おうとしたリナ。
だが、ガウリイはちらっと時計を見ていた。
ずきん、と胸のどこかで何かが鳴った。
「すまん、そろそろ・・・」
「うん・・・わかった。」


雑踏の中。
腕も組まずに二人は歩く。
陽は厚い雲に覆われ、一向に差す気配がない。
まるで今のリナの心のように。
べったりと寄り添ったカップルが一組、リナたちとすれ違いざまにくすりと笑って行った。
最初、リナには笑われた理由がわからなかった。
だが次の瞬間、ショーウィンドウに映った自分達の姿を見て納得した。

一般市民より頭ひとつ分大きいガウリイ。
くわえて一般市民より頭ひとつ分小さいリナ。
かたやコートとスーツ姿。
かたやふわふわのもこもこ。
それがまた、ふさふさの大きい犬のぬいぐるみを大事そうに抱えている。

どう見ても、カップルと言うより保護者とその被保護者だ。



そうこうするうちに、駅に着いた。
「じゃ、ここで。気をつけて帰れよ。家まで送れなくてごめん。」
「ううん。」
言葉少なく答え、リナはたっと駆け出す。
一度だけ振り向くと、人込みの中、こちらに向かって無邪気に手を振るガウリイの姿が次第に囲まれていくのが見えた。








「はあ。」

その日、何度目かのため息をリナは吐く。
たった一人の部屋。
がらんどう。
電気はスタンドの灯だけ。

勉強机の椅子から、リナは振り返る。
誰もいない席に、ガウリイが座って数学を教える幻が見える。
今そこには、彼が自分の代わりに置いていったぬいぐるみ。
あの日、ガウリイからプレゼントされ、部屋に連れて帰ってからずっとそこに置きっぱなしの。
つやつやとした黒い目が、こちらを見返す。

「何が、オレだと思って可愛がってくれ、よ・・・・」
立ち上がり、それを取り上げ。
ぎゅうぎゅうと首を締めてやろうと思ったが。
やめた。
放り出すように、元に戻す。


窓を開ける。
外は真っ暗。
耳が痛いくらいに、空気が澄んでいる。
吐く息が白い煙に変わる。

いつもより、家の灯が多いような気がする。
どこからか、かすかにクリスマス・ソングが。
今日はイブ。
ツリーを飾り、プレゼントを交換しあい、いつもと違った御馳走を食べ。
それぞれにこの日ばかりはキリスト教徒になる日。
うちは、ケン◯ッキーのクリスマスバー◯ルで終わったな、とリナは笑う。

今頃、皆プレゼントを貰えたかな、と友だちのことを考える。
ぬいぐるみを貰ったのは、あたしぐらいだろうな。



ふいに、音楽が止んだ。

目をあげると。

真っ暗な空から。

音もなく白い何かが降ってきた。

「・・・・?」
灰?
いや違う。雪だ。

「わ・・・・」
惜しげも無く。
絶えまなく。
ふいに湧いてでたように。
当然の約束のように。
まるでさっきからずっと降っていたかのように。
切れ目なく雪が降り積む。

差し出した手に、冷たいひと粒のひとひらが淡い痛みを残して消えてゆく。

リナは、ひとひらの魔法を思い出す。
その日降った雪の最初のひとひらを手にした者は、願いがひとつ叶うという。
願い。


何であんな真っ黒なところから、真っ白なものが降ってくるのかな。
ここにいる者に対して分け隔てなく。
降りしきる雪。
まるで胃薬のように、むかつきを抑えてもやもやを消してくれるようで。
リナは自分の中の、素直な思いと向き合う。

逢いたいよ。
ガウリイ。

振り向き、手を伸ばし。
ほったらかされたぬいぐるみを抱き上げ。
腕に抱える。

逢いたいよ。
ガウリイ。

彼氏でもなんでもないけど。
保護者でもなんでもいいから。
今、ここに来て、笑って。

ぬいぐるみを抱き締める。
願いはたったひとつ。
自分が素直になれるように。



『愛してるよ、リナ。』


「・・・・・?」
目を閉じていたリナの耳に聞こえたものは。
「・・・ガウリイ?」
確かにガウリイの声。
だが辺りを見回しても、彼の姿は見あたらない。
ぎゅっとぬいぐるみを再び抱き締める。


『愛してるよ、リナ。』


「ガウリイ!」
間違いなく、彼の声だった。
だがその声の発生源は。
「・・・もしかして、これ・・・・?」
驚きとともに、リナは見つめる。
彼に貰ったぬいぐるみを。

まるで彼の髪のような、金色のふさふさとした和毛。
ちょっと眠そうな、とぼけた顔。
黒い目と、黒い鼻面。
「ガウリイ?」
抱き締めると声がまた呼び掛ける。
『愛してるよ、リナ。』
『愛してるよ、リナ。』
『愛してるよ、リナ。』

真っ赤になりながら。
何度も何度もぬいぐるみを抱き締める。
「ガウリイ、ガウリイ。」
『愛してるよ、リナ。』




ふさふさの犬の頭部に顔を埋めて。
まなじりに溶けた雪のような小さな水分を残して。
その晩、リナはぬいぐるみを抱きしめたまま、小さな子のように幸せそうな顔をして眠った。






















================================おしまい♪
ぐは。甘すぎ??
録音機能付きのぬいぐるみのおもちゃを見て、思い付いたお話です。
だから、書きたかったのはあのシーンだけ。
しかし。
よく考えてみると、おもちゃ屋で購入したあと、どんな顔してあのぬいぐるみにあんなハズカシーせりふを録音したんでしょうーね、がうりいは。
ぷくくくくく。
では、ひとときの幸せをあなたに♪
そーらがお送りしました♪

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