「ぷれぜんと」

ぬいぐるみには、『がうりい』と名前を付けた。
でもこれは、ガウリイにはナイショ。



クリスマス・イブの夜が空けてみれば、外は一面の銀世界だった。
どおりで静かな朝だなあ、と思ったわけだ。
雪が降った朝は、全ての音が吸い込まれたかのように、音が絶えた世界。

窓を開け、鼻につんとくるような空気を吸い込む。
深呼吸。

振り返れば、ベッドの枕の上に、ぬいぐるみ。
昨日のことは、夢じゃない。
昨日の素直なあたしは、夢じゃない。

ぷ。

突然、笑いがこみあげてきた。
あいつ、どんな顔してあんなセリフを吹き込んだんだろ。
一体、どんな場所で?
それを想像すると、笑い転げたくなるのだった。
早く来い来いお正月♪
初詣は一緒に行かれるって、彼は言った。
初詣でじっくり問い詰めてみよう。


その時だった。
外の景色に、何か動く物が見えたのは。
何故か気になってそちらに目を向けると、人影のような物が通りの角をまがって消えた。
・・・・・・・・・・?
新聞配達・・・じゃ、ないよね?
何だか、黒ずくめのかっこしてたけど。





そのことは、しばらくすると忘れてしまった。
あたしはもう学校は休みだし、ちょっと出かけることにした。
何しにって?
う〜〜〜ん。ほら、貰いっぱなしってのも、悪いしさ。
それに、あたしからプレゼントなんてしたことないし、照れくさいけど、
渡した時の彼の反応が見てみたい。
という訳で。
ガウリイにクリスマス・プレゼントを買いに行くのだ。

ところが。
町を歩いていたら、変なオジンに声をかけられた。
「ちょっとお嬢さん。ガウリイって人、知ってるよね。」
「・・・はあ?」
振り返ると、無茶苦茶うさんくさい、黒ずくめの男。
「今、どこにいるか、知らないか。」
「・・・・え・・・あの・・・?」
あたしが思いきり不審そーな顔をすると、男は畳み掛けるように言った。
「オジサンはガウリイさんの知り合いなんだよ。で、用事があって探してるんだけど、今、どこにいるのか知らないかなあ。」
「・・・・・」
あたしは、じ〜〜〜〜っと相手の顔を見る。
ぽん、と手を打つ。
「ああ。会社の?彼、貿易の仕事してるんだけど。」
「そう。会社関係さ。」
「じゃあ、オジサンも貿易関係?」
「うん。そうだ。」

・・・・・・・・・・・・・ウソつき。
あたしは、ガウリイがどこのどんな会社に勤めてるのなんかなんて、知らないわよ。

「う〜〜〜ん。今週は出張って言ってたけど?よくは知らないのよ。」
「お前さんの恋人だろう?」
「こ、恋人おお!?」
ちょ、ちょっと待ってよおお。
「クリスマス前に、プレゼント貰ってたろう。」
「ち、違・・・・」
あれ。このオジサン、何でそんなこと知ってるの。
「違うわよ。あたしは、ほら、妹みたなもんなの。だって、貰ったのだってぬいぐるみよ?」
この時、男の目がきらっと光ったような気がした。
「ぬいぐるみ?それは・・・可愛いねえ。どんなぬいぐるみ?」
「え・・・。それは・・・・」

あたしが答えてあげると、オジンはにっこり笑って、雑踏の中に消えた。
・・・・はて?





前にも言ったように、あたしはガウリイが、何をしているのか知らない。
収入があるのだから、何かしら仕事はしているらしいのだが、何故か彼は一言もそれについて触れたことがないのだ。
よく考えてみれば、あたし、ガウリイのことは全然知らないのよね。
どこに住んでるのかも。
家族のこととか、子供の頃の話とか、そういうの一切、してない。
・・・・・・あれ。何でだろ。
でも今まで、そういうことが必要だとは思わなかった。
そういうことを知ったからって、目の前のガウリイ自体に、変化があるわけじゃなし。
あたしにとって、それは重要なことじゃなかったんだ。
・・・・・・じゃあ、重要なことって?

・・・・・いかん、頭が混乱してきた。
一度、家に帰ろう・・・・・・。






自分の部屋に戻ってみると、思ってもみない状況になっていた。
「・・・・・なに、これ・・・」
部屋中が荒らされていた。
物という物はひっくりかえされ、引き出しは中身を全部出され、棚の上の物は全て床に落ちている。
家族は出掛けていて、家には誰もいなかった。
ちょっと身震いが出た。
「なんなの、なんのために・・・・」

しばらくして、落ち着くと座って部屋の片付けを始めた。
他に思い付かなかったのだ。
何がなくなったのかは、確認したいし。

・・・・・・・・あれれれれれ?
これって・・・・・・・これがなくなってるってことは、・・・
・・・・・・えええええ!?


さっきのオジンに、貰ったぬいぐるみはどんなのか、ときかれて、あたしは咄嗟にウサギのぬいぐるみ、と答えた。
そのウサギのぬいぐるみがない。
ということは、答えはひとつ。
・・・・・泥棒は、あのオジンだ。
しかも、この事件は、ガウリイ絡み。

咄嗟に嘘をついたのが、好判断だった。
何故そんなことをするのか、自分でもよくわからないうちにそうしていたのだ。何より、虫の好かないにおいがしたのだ。あの男から。

それにしても、どういうこと?
ガウリイからのプレゼントに、何があるの。
あんな怪しいオジンに付きまとわれる、ガウリイって、一体?



呆然として、あたしは犬のぬいぐるみを抱き寄せる。
ふかふかの毛に、顔を埋める。

ガウリイ。
なんで?
ガウリイ。
教えてよ。
ガウリイ。
今すぐ、ここに来て。

『愛してるよ、リナ。』

ははは。
涙が出そうだ。
彼はここにいないのに、彼の声だけが響いてる。
昨日はあんなに嬉しかったのに、今は。

「愛してるよ、リナ。」

やめてよ。
声だけじゃ、いや、今は、いや、本人に会いたい。
どうしても。

「ここを開けてくれないか。」

あれ。こんなの、吹き込んであったのかな。

顔を上げたあたしの目に、飛び込んで来たものは。

曇ったガラスの向こうで、こつんこつん、と叩いている手。
「開けてくれ、リナ。」
そして、紛れも無く、録音じゃない、生のガウリイの声。

「ガウリイ!?」
あたしは駆け寄り、窓を開ける。
ベランダから、腕を伸ばしているガウリイが見えた。
雪景色の中、彼の黄金色の髪が、やけに鮮やかに、輝いて見えた。





「ど、どーしたの、クリスマスには、帰れないんじゃなかったの。」
隣の部屋のサッシを開け、ベランダからガウリイを招き入れたあたしは、何故だか彼の顔がまともに見れなかった。
あれほど、すぐに会いたいと思ったのに。

「・・・ん?リナに会いたくなって、帰ってきちまった。」
低い声。
やっぱり、録音とはちょっと違う。
あ、ダメだ。思い出したら、顔が・・・・。
「と、とりあえず、あたしの部屋へ・・・って、あ。ダメだ。」
部屋が荒らされてるって、言おうと思った。
そしたら、目の前を、金色の何かが横切った。
ふと目をあげると、そこにガウリイの姿はなかった。
彼は、床に膝をついて荒い息を吐いていた。
「ガ、ガウリイ!?」
「ああ、大丈夫だ。」
彼は手を広げ、あたしを制止する。その手に、赤い何かがこびりついているのに気がついた。
「ちょっとガウリイ!・・・・これ、・・・・血?」




結局、客間に布団を敷いて、ガウリイを寝かせた。
往診の医者を呼ぼうとしたら、ガウリイに手を振って止められた。
仕方なく、あたしは救急箱を持って、今だけナース(笑)になる。
傷は、左脇腹と、右肩についていた。
何か鋭利なもので斬られたような。
血で染まったシャツを脱がせ、傷口を洗い、消毒薬をふりかけ、薬をしみ込ませたガーゼを載せて、サージカルテープで止める。その上から、伸縮性のある包帯でぐるぐる巻き。
途中、消毒とか、結構痛かったと思うんだけど、横になったガウリイは天井を向いたまま、ぴくりとも動かなかった。
あまりの静かさに、こいつ、寝てるんじゃあるまいな、と思ったくらいだ。
だが、透き通るように青い瞳は、何を考えているのかはわからなかったが、開いていることは確かだった。

「おしまい。」
あたしは、ばたん、と救急箱の蓋を閉じる。
夢から醒めたように、ガウリイが身じろぎし、こちらを振り返り、
「ありがとう。」と言った。

ちょっと。いつまで見つめてるつもり?

途端に心臓が跳ね上がる。
今まで、ガウリイと一緒にいて、こんな風に苦しくなったことはなかった。
でも今のガウリイの瞳は、何もかも貫いてしまいまそうで、恐い。
思わず、目を逸らしてしまった。

「・・・リナ。」
「・・・・うえ、は、はい?!」
声がひっくり返ってしまった。我ながら、情けない。
「こっちを向いてくれないか。」
「え・・・・・な、なんで。」
「お前の顔が見れないと寂しい。」
「い・・・・・うええ!?」
焦りまくったあたしが、ガウリイの方を見ると、彼はなんとおかしそうにこちらを見ているではないか。
「ガ、ガウリイ?」
「なんちゃって。」
ぺろ、と舌まで出した。
「あのねえええええええええ!!!!!」
「いて、いててて!!おいおい、オレはけが人だぞ!?」
「けが人ならけが人らしく、馬鹿な冗談こいてないで、おとなしく寝てなさい!!!!」
「・・・はいはい。」
そしてにやにやと笑うのだっった。
ああ。こんなヤツに、心臓どきどきさせられたなんて。
口が裂けても言うまい。

「ところで・・・。」
途端に、マジメな顔になった。
「変なヤツが訪ねてこなかったか?」
「・・・へ?」
「ああ。オレの知り合いだって言うヤツが。」
あれ。
「それなら、町中で会った人かな。ガウリイの会社関係の知り合いだって言ってた。」
「会社?」ガウリイが、眉を寄せる。
「うん。あたしが、カマかけたのよ。会社の知り合い?って。ガウリイは貿易関係の仕事だから、って言ったら、そうだって言ったのよ。ホントかどうか知らないけど。」

ガウリイは、一瞬、黙り込んだ。
そして、ぷっと吹き出した。

「ガウリイ?」
あたしが彼の方を覗き込むと、彼は突然腕を伸ばして、あたしの頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「ちょ、ちょっと!?」
「お前さんの頭の中は、くるくる回ってるんだなあ。オレはお前のそういうとこ好きだよ。」
あり。
今、なんつった???
「それはさておき。」
ちょっと。さておかないでほし〜よ〜なこと、今、言わなかった?
「やっぱり来たのか。それで、他にはどんな話をした?」
さっきの雰囲気はすぐに消えて、真剣そうな声だ。
あたしはすぐにわかった。
あれは、ガウリイの知り合いでもなんでもなく。
----------敵、なのだと。

「ん〜?プレゼント貰っただろう、って。よく知ってたわよ?ぬいぐるみだって。ただ、どんなぬいぐるみかは知らなかったみたいで、あたしにきいたの。」
ガウリイが急に起き上がった。
「で、なんて言ったんだ、リナ?」
けが人とは思えない力で、あたしの腕を締め付ける。
「え・・・?だってあたし、そいつのカンジが気に食わなかったから、嘘を教えたの。・・・ウサギのぬいぐるみだって。」
途端に、ガウリイの手から力が抜けた。
彼は大きなため息をつき、ついで、力なく横たわった。
「ガウリイ?」
心配になって、顔を見ると、青ざめて目を閉じている。
相当、堪えているようだ。
「あの・・・。あたし、何か食べる物、作ってこようか?」
普段なら、絶対に言わないセリフも、すらすらと口をついて出るから不思議。
ガウリイが、ふっと目を開けた。
頭を回し、こちらを見上げる。
「いらない。だから、ここにいてくれ。」
熱っぽい腕が、あたしを再び捕らえる。
あたしは腕よりも、その瞳に拘束され、動けない。
立ち上がりかけた腰をぺたんと降ろすと、彼は安心したように頷き、目を閉じた。




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