「ぷれぜんと」2


かち、こち、と時計の音。
静かな部屋に、響く音はそれだけ。
あたしは、ガウリイの寝息がしないか耳を澄ませる。
それも聞こえないので、ゆっくりと上下する胸に目を止め、安堵する。
眠る前、彼はあたしを掴まえた手を緩め、ぱたりと畳の上に落とした。
眠っているあいだ、それは幾度か、びくりと動く。
何かを探しているように。
何かを掴もうとしているように。
握っては開かれ、開いては握り。
指の関節が骨ばって、力が入っているのがわかる。
その様子が、何故か苦しそうに見えた。

それで、あたしは自分の手を差し入れたのだ。
あたしの手がするりと入った瞬間、彼の手はぎゅっと握り返してきた。
そのまま、ずっと離れない。
熱い手が、あたしの手を包み込んでいる。

どーしてそんな怪我したの。
どーしてそんな疲れているの。
どーしてあたしに、あんなぬいぐるみをくれたの。




がしゃん!!
突然、音はあたしの部屋でした。
びくっとガウリイが目を開き、あたしは慌てて立ち上がる。
「ちょっと、見てくる。」
部屋から足早に去るあたしを、ガウリイの声が追い掛ける。
「待て、リナ!一人で行くな!!」


あたしの部屋にいたものは。

「ウソはいけませんよ、お嬢さん。」
がうりいを手にして、窓のワクに座っている黒ずくめの男だった。
そうよ。
あたしが、『がうりい』と名前をつけた、犬のぬいぐるみを持って。
「ちょっと!それをどうするつもり!?返してよ!」
「ウソをついた罰です。これは戴いていきます。」

また雪が降ってきた。
黒ずくめの男の、コートの襟に雪が積もる。

「それをリナに返すんだな。」
背後で声がして、コートを纏ったガウリイが部屋に入ってきた。
「ガウリイ!?」
「それはリナにやったもんだ。お前みたいな、おっさんにやったんじゃない。似合わないから、さっさと返せ。」
ちょっと、大丈夫なの!?という言葉を飲み込む。
男はにやりと笑った。
どこか獣じみた顔で。
「手負いのお前に、何ができる。」
やば。知ってるのか。
・・・・じゃあ、ガウリイの傷は、こいつが?

「どこまでできるか、試してみようか。」
言うなり、ガウリイはコートのポケットに指を突っ込んだ。
小さな銀色の物を出し、それを右手の中指に嵌める。
それは指環だった。
彼はこぶしを作り、それを男に向ける。
「なんの真似だ。」
男が薄く笑う。
「お前の武器は、さっき壊したぞ。」
「違うな。あれは旧式だ。これが最新式。」
「でたらめ言うな。そんなに小さいわけがあるか。」
「それが、あるんだな。何なら、自分の体で試してみるか。」
ちょっとちょっと。あたしはおいてきぼり?
なんなの、この状況は。

すると、黒ずくめの男がさっと動き、あたしはいつのまにか、男に背後から抱きすくめられていた。
「な、なにすんのよ!?」
首筋に、ひたりと冷たいものが当てられる。
「このムスメの命、惜しくないのか。」
「・・・・・・。」


その時。
ガウリイは、あたしを見た。
奇麗な、ホントに奇麗な、青い瞳で。
永遠の刹那。
あたしは、かすかに頷いてみせた。


ガウリイが1歩、2歩と近付いてきた。
男が緊張する。
「と、止まれ!」
歩みは止まらない。
「止まれと言うのに!ムスメの命、惜しくないのかあ!?」
ぴたり、とガウリイが止まった。

あたしは、一気に屈み込んだ。



蒼い閃光、というものがあるなら、それに違いない。
ガウリイの指からほとばしり出た輝きは、屈んだあたしの頭上を通り、男を薙ぎ払った。

ぎしいやああああああああああ

人間とは思えない悲鳴を上げて、男は体を強ばらせた。
ついで、あたしをひょい、と再び抱きかかえると、そのまま窓から身を投じようとしたのだ。
ちょちょっと待てえええええ!?
うわきゃああ!!!

あ。
間一髪。
セ〜〜〜〜〜〜フ。

あたしは窓から落ちなかった。
つぶっていた目を開けると、そこは、ガウリイの腕の中だった。
正確には、窓のワクに手をかけて、半分ぶらさがる格好の、ガウリイの腕に抱かれ、彼の胸に顔を埋めていたのだ。
「ガ、ガウリイ・・・」
「・・・ふう。お前さんが軽くて助かったぜ。」
おちゃらけた口調で言う。
「な、何言ってんの。傷にさわるわ、早く上がろう。」
「すまん。もう、ちょっと、力が出ない。」
困ったような顔で、彼は微笑むとあたしをしっかりと抱きしめた。
「ちょ、ちょっとガウリイ!?」
「オレがクッションになるから、大丈夫だ。」
落ちる寸前、彼の声が耳の中で谺した。

ガウリイ!!






目の前にふりつむ雪。
しんしん。
しんしん。
奇麗だなあ。
それにあったかい。
雪があったかいなんて、新発見だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?

あたしは体を起こす。
その下には。
目を閉じて、ぐったりとしたガウリイ。
あたしの頭の中で、何かがスパークする。

「やだやだ、ガウリイ、死んじゃやだ!!あたし、まだ、聞いてないよ。
何であんなぬいぐるみくれたのか、聞いてないよ!!
あたし、あたし、会いたかった、会いたかったんだからね!!
・・・・聞いてるの、起きてよ、やだ、目を開けて。
ねえ、ガウリイ、・・・・・・ガウリイってば!!
・・・・・・・・好きだから。
大好きだから、死んじゃやだああ!!!」


「あっそ。オレも好きだけど?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おひ?

見ると、ぱかっと目を開いたガウリイが、こちらを見ていた。

うわ。
やっば〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!
なんで起きんのよ!?もう一回寝ろおおおおおおおおお!!!

思わず後ろでにこぶしを作ったあたしの、反対側の手を彼が取る。
寝転んだままで。
「ガ、ガウ・・・」
ぐいっと引き寄せられ、目の前に、ガウリイのアップ。
うひえ!?
「なんであんなぬいぐるみを渡したかって?・・・決まってるだろ?」
すぐそばで聞く彼の声は、やっぱり録音なんかと比べ物にならなかった。
それに、迫力あるこいつの顔。
心臓はばくばく言い始め、頬がアツくなる。
やだ、逃げ出したいよ・・・。
ガウリイの、蒼い蒼い瞳が、こちらをじっと見つめる。
吸い込まれそうになる。
「リナを愛してるから。例え、お前がオレのこと、保護者くらいにしか思ってなくても。オレの気持ちに、ウソはないから。」
・・・・・。
「ぬいぐるみ、お前がぎゅっと抱き締めるかどうか、賭けたんだ。
気がつかなければ、一生言わないつもりだった・・・・・」

ばき。

「いってええ!お前、けが人になんてことすんだよ!?って、さっきも言ったけど・・・・・・」
「あ、あんたがそんなこと言うからでしょ!」
握りしめたこぶしは、彼の頭に命中した。
「なんで。」
頭をさすりながら、彼はきょとん、とする。
「なんでも何もないでしょ!気付かなかったら、どうするつもりだったのよ!?」
「一生、お前の前には現れないつもりだった。」
「なんですってえええええ。よくもそんなことが・・・・!」
「な、何怒ってるんだよ?」
「怒って当たり前でしょ!
そんな大事なこと、なんで自分の口から言わないのよ。
あたし、会いたかったんだよ?ウソじゃないよ?
昨日の晩、あんたに会いたいって、本気で思ったんだから!
なのにあんたは、あたしが気付かなかったら、一生戻らないつもりだったの!?そんなの、卑怯よ、ずるいよ、ガウリイ!」

すっと、あたしの手を握った手が上がり、彼の口元に持っていかれた。
「な・・・」
彼は、あたしの手の甲にくちづけると、こう言った。
「ああ。そりゃ・・・卑怯だよな。
でも結局、オレは戻ってきちまった。なおさら、卑怯だ。
お前のいない生活なんて、もう想像すらできなかったんだから、お笑いだ。
だから、オレはお前を選んだ。」
貫く瞳。
貫かれるのは、あたしの瞳。
「仕事も何もかも、ほっぽりだしてきた。どうなっても知るもんか。
今、ここにいるためなら、オレは悪魔とだって取り引きしてやる。」

ガウリイがどんな仕事をしているのかは知らない。
どんな過去を持っているのかも、知らない。
それは重要なことじゃなかった。
重要なのは、大事なのは。

「後悔、しない?」
彼は引き寄せる。自分の胸に。
「しない。するわけがないだろ。今、この手に、リナを抱けるなら。」

「ガウリイ、ガウリイ」
あたしは、泣きじゃくっていたのかも知れない。
鼻がつまって、目から何かが溢れて、よく前が見えなかった。
自分の声も、どこかおかしいし。
こんなになるなんて、思わなかった。自分が。
大事なのは、ガウリイ。
彼を取り巻く何かじゃなくて彼自身。
振り返ればそこにいた瞳。
抱きとめてくれたこの腕。
貫かれそうで恐いけど、逸らせない視線。
すべてが、ガウリイだった。

「恐い思い、させちまったな。・・・・・これからは、オレがお前を守るから。絶対、守るから。」

この先、何が起こるかわからない。
下に落ちていたはずが、姿が見えない黒ずくめの正体は結局わからないし、何故ぬいぐるみを欲しがったのかもわからない。
それに、ガウリイが使った不思議な力も。
でも、そんなことはどうでもいい。

あたしは、弱くなると同時に、強さも手に入れた。
しっかりと大地を踏むための、力を。
うじうじと一人で思い悩むのでなく、真正面から相手にぶつかることを。

涙の止まった顔で、彼を見上げる。

「ガウリイ。・・・・ずっと、あたしのそばにいてね?」
彼は驚いたような顔をして、ついで、あたしの頭をくしゃくしゃとかきまぜた。
「りょーかい。お姫様。」


あたしは、起き上がり、顔を寄せ。
彼の頬にクリスマス・プレゼントを贈ったあたしを、少し離れたところから、「がうりい」の目が見ていた。





























============================END.

「ぷれぜんと」続編をお届けしました。
謎は解明されてないですが、よしとしました。だって書きたいのはらぶらぶだったから(笑)謎は謎のままのが、風情がありますし(おい)
相変わらず、自分の欲に忠実なそーらでした。
またマンガから、セリフを流用させて戴きました。というか、故意にどうしても、使いたかったもので(笑)答えは「そらりあむ」ば〜じょん1.0の表紙を見ていただければおわかりになるでしょう♪

では、皆様に、楽しいクリスマスが来ますように♪
そーらがお届けしました。
I wish you a happy Christmas!

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