「ぷれぜんと」ぱーと3

初詣に二人で行ったのは、つい1ヶ月前のこと。
それが、今は・・・・。





「お嬢さんを預からせて下さい。」

床の間のある和室で、ガウリイは座布団にも座らずにあたしの両親に頭を下げた。あたしはその背後で、きょとん。
初詣に言ってからしばらくして、1月もあとわずか、という頃だ。
「ガウリイ・・・?」
「お嬢さんが狙われたのは、オレの責任です。このまま放っておくと、どういう事態になるかわかりません。近いうちに何とかするつもりですが、その間・・・・」
ガウリイが言い淀む。
「2ヶ月、いえ、1ヶ月以内には何とかします。ただその間、必ずお嬢さんを守れる体勢でいたいんです。いつヤツらが襲ってくるとも限りません。
ですから・・・・・1ヶ月間、お嬢さんをオレに預からせて頂きたいんです。」
畳に額をこするように、ガウリイは頭を下げる。
長い金髪が、さらり、とその黒いスーツの肩からこぼれた。


「いいんじゃないの?」
沈黙を破ったのは、障子を開けて部屋に入って来た姉ちゃんだった。
姉ちゃんは、お盆に乗せてきたお茶をテーブルに静かに配ると、両親の隣に座った。
「必ずこの娘を守れると誓う?」
「ね、姉ちゃん・・・・!?」
「ガウリイさん。どうなの。」
ガウリイが頭を上げた。
真っ向から、姉ちゃんの目を見据えたようにあたしには思えた。
長い視線のぶつかり合いに終止符を打ったのは、意外や姉ちゃんだった。
姉ちゃんは、あたしも見たことの無いような驚きの表情を浮かべ・・・・次に、にっこりと笑ったのだ。
にっこりと。

は、はぢめて見た・・・・・・(汗)




そしてあろうことか、すんなり両親からのおーけーは出てしまって。
ぼーぜんとしたあたしは、荷造りのために部屋に戻る。
え〜〜〜〜と・・・・何がどーしてこーなったんだっけ・・・・?

「リナ」
明けっ放しの部屋の入り口から、ガウリイの声がした。
ぱたぱた、とスリッパの近付く音がする。
あれ・・・え〜〜〜と・・・・あれ・・・・。
なんであたし、こんなに緊張してるんだろ・・・。
「いきなりでゴメンな。お前さんにまだ、説明してなかったよな。」
気配が、すぐそばで、した。
な、なんか顔を見れないよ。
あたしが制服のかかったハンガーに手を伸ばすと、ガウリイが止めた。
「ごめん。学校は・・・しばらく休んでくれ。」
「え・・・・?」
「君のお姉さんに話した。明日、学校の方には届けを出すそうだ。」
急に胸がどきどきしだした。
「詳しいことは後で話す。ただ、ここにいるのは危ないんだ。オレが決着をつけるまで、リナには安全なところにいて欲しい。」
ぱっと、頭に黒ずくめの男のことが浮かぶ。
そうだ。
あいつは消えただけで、いなくなったわけじゃなかったんだ。
ぞくり。
ちょっとだけ、背中に冷たいものが這い上がった。
思わず身震いすると、頭に大きな手の感触。
「ガウリイ・・?」

見上げると、すぐそばにあの青い瞳。
「お前は、」
目がそらせない。
「必ず守るから。オレが。」






家を出ると、少し離れたところにガウリイの車が止めてあった。
ガウリイは車に近付くと、胸ポケットから小さなリモコンを取り出し、車に向けて何かのボタンを押した。
すると伏せてあったライトがまるで目のようにぱかっと開き、一、二度瞬いた。続いてエンジンのかかる音。
ガウリイはあたしから荷物を受け取るとそれをトランクに納め、助手席のドアを開ける。
うわ・・・・。

車は流線形のフォルムも美しい真っ黒なスポーツカーだったが、中はまるで宇宙船のコックピットのよう。
ぎしり、と音がして体が沈む皮張りのシート。
ステアリングを丸く囲むようなパネルには、なんだかあちこちインジケーターが光っている。
ばたん、とドアを閉める音がして、ガウリイが運転席に乗り込む。
キーを差し込み、左手がギアにかかる。
え・・と、これってオートマじゃなくてマニュアルって言うんだよね。

ドッドッドッドッ・・・
お腹に響く低いエンジン音。
サイドブレーキを外し、ゆっくりとステアを回し、ガウリイは車をスタートさせる。
「ね・・・・ねえ、ガウリイ?」
「なんだ?」
あたしが最初の質問を発したのは、夜の街を何ブロックか走ってからだった。
「それで結局、あたしはどこへ行くの・・・?」
安全なところ、とガウリイは言った。
一ヶ月、家から離れてそこで暮らすのだ。
まさかガウリイにも会えない場所なのかな・・・。
「あ、言ってなかったっけ。」
「言ってないわよ!今日は突然あんたが家に来て、いきなりあんな話を始めて、まだろくに説明もしてもらってないってのに!」
スリッパを穿いていたら、脱いで握り締めてるところだ。
「そっか。」
「で、どこなの・・・?」
おそるおそる聞いたあたしに、ガウリイは前方を見つめたまま、普通の口調でこう言った。
「オレのベッド。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?


いいいいいいいいま、ななななななな・・・・・なんつったあんた!?


ぴきぴきぴきっと硬直してるあたしに気がついたのか、ガウリイはこちらを振り返り、不思議そうな顔をした。
「どーかしたか、リナ。オレ・・・・なんか変なこと言ったか?」
「い、い、い、言ったに決まってるでしょおおおお!」
「何で・・・・・。あ〜〜〜〜。そっか。お前、なんか勘違いしてるだろ。」「か、勘違いって勘違いって勘違いって・・・・。」だらだらだら。
「ベッドってのは、」ステアを握ったまま、ガウリイはこちらをちらりと見て、おかしそうに笑った。
「セーフハウス、まあ、隠れ家の一つみたいなもんだと思ってくれ。仲間うちじゃそういう呼び方をするんだよ。・・・・焦ったか?」
「あ、あ、あ・・・」
「ぷ。」
前方から目を離さないまま、ガウリイは含み笑いをした。
左手が伸びてきて、真っ赤になって口をぱくぱくさせているあたしの頭をわしわしと撫でた。
そして、真っ赤なあたしをさらに赤面させるような事を、さらりと言った。
「お前さんはホントに可愛いな。」






かつんかつん。
無人かと思うような高層ビル。
エレベーターに乗って、止まった先は何と36階。
嘘でしょ・・・。
ガウリイはあたしの荷物を持ってすたすたと歩いて行く。
一つのドアの前に立ち止まり、鍵でなくカードをスライドさせてそれを開く。「うわ・・・」

夜の海。
ぽつりぽつりと漁り火のような、光。

目に入ったのは、海ではなくて、都会の夜空だった。
だだっぴろい部屋の正面が、すべて窓だったからだ。

あたしはしばらくぼ〜〜〜ぜんとそれを眺めていた。
背後で、どさりと荷物を下ろす音が聞こえ、ガウリイがネクタイを緩めながら脇をすり抜けて目の前にあったローソファに腰を下ろした。
「まあ、座れよ。遠慮すんな。他には誰もいないから。」

・・・・・・・え。

「ここってつまり・・・・ガウリイんち?」
「ああ、今のオレんち。」
はて?
「ここに・・・住むの、あたし?」
「そ。」
「誰と?」
「オレと。」
はいい?
汗がだらだらと背中を伝うのがわかった。
混乱する頭を何とか整理しようと試みる。
「え・・・っと、もう一度聞くけど。あたしは、一ヶ月、ここに住むのよね。で、誰と・・・・?」
「だから。オレ。お前さんは一ヶ月、ここにオレと二人で住むんだ。」
うえええええええええ!?
「ちょ、ちょっと待ってよそんなの、あたし聞いてないよ!」
「そりゃそーだろ。オレも言ってないと思うぞ。」

ちょっと待て。
ちょおおおおっと待て。
すっごく待て。

・・・・・・・・・。
だ、ダメだあああああああああ!
頭が働かないいいいいい!
完全にパニくってるわ、あたし。
どどどどどどどーしよう・・・・・・・?

頭まっしろになってるあたしに気付かず、ガウリイはソファから立ち上がると、広すぎるリビングの左手に行き、扉を順々に開けて説明している。
「こっちは洗面所。」
ばたん。かちゃり。
「こっちはトイレ。」
ばたん。かちゃり。
「こっちはフロ。」
ばたん。
ぱふぱふぱふ。ふかふかの毛足の長いカーペットの上を横断し、今度は右手に行く。
「こっちがオレの寝るとこ。」
ばたん。かちゃり。
「んでこっちがリナの部屋。キッチンはこの奥にあるから。」
と、リビングの右手に細長く続く廊下を指差す。
「疲れただろ?もう寝てもいいぞ。それとも、風呂入るか。腹減ってないか?」

・・・・・・・・あ、良かった・・・寝室は別なのね・・・ほっ。
って、そーーーじゃなあいいいいい!
「お〜〜〜〜〜い、リナ?」
誰かが肩を揺する。
いつのまにかガウリイが席を立って、すぐそばまで来ていた。
はっとしたあたしの顔を、ガウリイが高いところから覗き込む。
「大丈夫、か・・・?」
心配そうな、顔。
うっ。
ちょっと、そんな近くに来ないでよ。
あんたの顔は、最近心臓に悪いんだから。
「熱でもあるのかな・・・。」
そう言っておでこに手を当てようとしたので、あたしは慌てて言った。
「だ、だいじょうーぶよ、ちょっと、その、混乱して・・・」
「混乱?」
「だ、だってそーでしょ!何が何だか、あたし・・・」

わかっているような、全然わからないような。
何よりとまどっているのは、ガウリイ。
車に乗せてもらったのも初めてだし、家に来たのも初めてだし。
彼を取り巻く環境に初めて触れたのだ。
何だか、全然知らない人になったみたいで。
ああ、やっぱりあたし、ガウリイのこと何にも知らないんだなあ。
と思って。

暖かい手が、いきなり頬に触れた。
うわっ。
あたしのほっぺた、こんなに冷たくなってたのかなあ。
ガウリイの手が、すっごくあったかい。
熱いくらいだ。
彼は両手であたしの頬を挟むと、軽く持ち上げて自分に向けた。
な、なによ・・・・・。

「いきなりで悪かったな。リナ。もうちょっと早く、いろいろ説明してやれば良かったんだけど。」
その時。
あたしは気がついた。
ガウリイは、真剣だ。
あたしがこんなにぢたばたしてるのに比べて。
「お前に目を付けた以上、必ずあいつらはお前を利用しようとする。
しかも、オレは仕事をほっぽりだして来ちまった。味方もちょっとアテに
ならない。言ってみれば、孤立無援だ。
だから、お前を守れるのはオレしかいない。
嫌かも知れないけど、ひと月は我慢してくれ。
必ず、そのうちには何とかする。」
あたしは照れるのを忘れて、ガウリイの真剣な目に見入る。
「必ず、守る。」





案内された部屋に荷物を放り出し、着替えもせずにそこにあったベッドに潜り込んだ。
シーツは真新しく、素足にぱりぱりという感触がした。

眠れない・・・・・。
一体、何が始ったんだろう・・・・。

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