「ぷれぜんと」ぱーと3


とんとんとん・・・
かちゃかちゃ。

ああ、母ちゃんが朝ご飯を作ってる音だ。
そろそろ、焼き魚の匂いも漂ってくる頃。
姉ちゃんが叩き起こしに来るかも。
早く起きなくちゃ。
早く・・・・・・・・・・・・。



ここ、どこ・・・・・・・・・・・?

真っ白い部屋。
壁も、天井も、床も真っ白。
明るい・・・・・。
どこかから、陽の光が入ってくる。
頭を逸らして見ると、ベッドがつき当ててある壁の上の方に、小さな窓があった。どーでもいーけど天井高いな、この部屋・・・・・・。
あたしは昨日の服のまま起き上がり、ぼ〜〜〜〜とした頭で、窓を見上げる。
ことこと。
かちゃかちゃ。

あ。
朝ご飯の仕度している音かと思ったら。
小窓に、来客。
茶色い羽根の小さなお客。
爪の先ほどの嘴で、窓ガラスを叩いている。
あは・・・・・。
見守るうちに、その小鳥はどこかへ飛び立ってしまった。


そっか・・・・・。
あたし、今日からここに住むんだ。
ガウリイのうちで・・・・。




扉を開けると、リビングはやはり朝の光に真っ白に照らし出されていた。
昨晩、来た時とはイメージが全然違う。
ただこちらは、床に敷いてあるカーペットは濃紺で、ローソファも同系色だった。何となく、部屋の下半分が、暗い夜の海のようだ。
ソファの背もたれの向こうで、黄色い何かが動いた。
「あれ、起きたのか。」
頭が振り返った。
ガウリイだった。
昨日のスーツ姿のまま。
・・・・もしかして昨日の晩、ずっとここにいたの・・・・?

あたしは、ソファを周り込んだ。
ネクタイは緩みまくり、シャツの襟元が乱れている。
スーツの上着はしわくちゃだ。
「・・・・・・・。」
眠そうには見えないが、少し、疲れた感じがする。
あたしは口を開いた。

「・・・・・・・・・おはよ。」

ガウリイが、びっくりしたように目を開いた。
そのまま、じっとこっちを見ている。
・・・・・あたし、なんか変な事言ったかな・・・?
次いで、その顔が破顔した。
「ああ、おはよう、リナ。」
何でそんな、嬉しそうな顔すんのよ?
「さてと、どうする、朝飯でも食いにいくか。」
ガウリイが立ち上がった。
「え。ちょっと待ってよ。出かけるの?」
「悪い。何も用意してないんだ。」
「れーぞーこに卵くらいないの?」
「え・・・あるけど。」
「んじゃ、あたしが作るよ。朝から外食なんて何か勿体ないじゃん。」
「え・・・・。」
またガウリイが、じっとこちらを見ている。
なあんか、チョーシ狂うな・・・。
「その間、シャワーでも浴びて着替えてくれば。台所借りるからね。」
「あ・・・ああ・・・。」




あたしがテーブルに、温めたクロワッサンとコンソメスープ、ベーコンを添えたスクランブルドエッグ、野菜サラダなんぞを並べていると、ガウリイが頭をタオルで吹き吹き現れた。
昨日のスーツ姿とは打って変わって、襟に白い線の入った紺のVネックセーターにジーンズといういでたちだ。
「ホントはご飯に味噌汁、と行きたいとこだったけど、お米ないし。てきとーに作ったからね。」
ガウリイは何故か無言で、こっちをぽかん、と見ている。
だあから。
さっきから、なんなの一体。
「・・・・着替えたんだな。」
やっと言った言葉はそれだった。
ガウリイがシャワーを浴びているあいだ、あたしは荷物を引っ掻き回して着替えていた。
何だかちぐはぐな物しか入ってなくてちょっと笑ってしまった。
昨日はあたし、よっぽど慌ててたんだなあ。
とりあえず、ちょっと寒かったので白いモヘアのタートルセーターに、グレーのミニ、厚手の黒のタイツ。
料理しながら気がついた。
白は失敗だったかなあ。

それきりガウリイは黙ってしまい、席についた。
水の入ったグラスを置いて、あたしも席につく。
「いただきます。」
きちんと手を合わせていただきますを言うあたしを見ていたガウリイは、自分も真似をして「いただきます。」と言った。
しばらく無言の食事が続く。

ぼそり、とガウリイが言った。
「なんか、いいな・・・・。」
・・・・へ?

「何?」
聞き返したあたしに、ガウリイは顔を上げて照れくさそうに笑った。
「いや、何でもない何でもない。リナって意外に料理上手いんだなあ、と思ってさ。」
「・・・・こんなので料理が上手かどうかなんて、わかんないわよ。」
「そおいうもんかあ?」
「だって卵かきまぜて、野菜切っただけだもん。」
「だってオレ、お前さんの手料理なんか初めて食ったぜ。結構付き合いも長いのに、さ。」
「そーだっけ。なら、もうちょっとちゃんとしたもん作ってあげるわよ。」
「ホントか?やりぃ♪」
子供のように喜ぶガウリイを見て、何だかこっちが恥ずかしくなってきた。




食事を終えて、あたし達は買物に出ることにした。
一人で行こうと思ったらガウリイが絶対ダメって言うから。
まあ、荷物持ちがいた方が助かるけどさ。
車で郊外の大型スーパーに入った。

「そこの奇麗なお嬢さん♪試食して行っておくれよ♪」
「試食?はいはい♪ん、ガウリイ。」
「オレも?」
「どーお、お味は?」
「う〜〜〜ん、ちょおっとしつこいかなあ?」
「そおかい?夕飯にはぴったりだと思うけどねえ。」
「あ、なるほど、夕飯にね。ん〜〜〜どーしようかなあ?」
「今買ってくれた人には、オマケでこれを一つつけちゃうよ♪」
「ふうん。・・・こっちのはなに?」
「これは油で揚げたヤツさ。」
「こっちも美味しそーね。」
「そーだろそーだろ♪」
「んねっ。こっち買ったらこのオマケもつく?」
「う〜ん、どーしようかねえ。よおし、お客さんにだけサービスしちゃう♪」
「やったあ♪んじゃ、こっちのとこれと二つ買ったら、オマケはいくつつくの?」
「え・・・」
「だああって、こっち買ってもこっち買ってもオマケがつくんでしょ♪」
「・・・いや〜〜〜。お客さんには負けた!んじゃ二つつけちゃおう。」
「やりっ♪ありがとね、おばちゃん♪」
「上手いもん作って、彼氏に精力つけてやんな♪」
「や、やっだぁ〜〜〜〜!おばちゃんたら!!」ばきぃ!

横でガウリイが、ぼ〜〜〜〜っと立っていた。

「なあリナ・・・。なんでいちいち値切るんだ?」
「へ?」
「お前に渡したその財布、額は知らんが結構入ってるぞ。」
「何言ってるかな。いくらお金があっても、値切って買ってこそなんぼのもんでしょーが!」
「お前・・・・ホントに日本人か・・・・。」
「悪かったわね。」
いいものを、正当な値段で購入する。
それのどこが悪い。
うん。

カートにがさがさとたくさんビニールのスーパーの袋を入れて、がらがらと駐車場に向かっていた時だ。
ぽかぽかとお日様が当たって、1月とは思えない暖かさだった。
ふと、陽が陰った気がした。
振り返ると、辺りに油断なく視線を配っているガウリイの横顔が目に入った。

あたし、もしかして一人ではしゃいでたのかなあ?
だって、ガウリイと出かけること自体、少なかったし。
いつも家で家庭教師まがいのことして貰ってたり。
たまに外で映画見たりお茶飲んだりはあっても。
こんな風にゆっくりと買物に出かけたことはなかった。
だからだろうか?
買物はすごく楽しかったのだ。

「・・・・ガウリイ?」
あたしが声をかけると、一瞬ガウリイはびくりと体を震わせた。
だが見下ろして来た顔は、いつもの優しい顔。
「なんだ?」
「ん、ん〜〜〜ん、何でもない。」
「??変なヤツだなあ。」
ガウリイは、緊張を解いていなかったのだ。




そして数日が過ぎた。
そろそろ、最初に買った野菜なんかが無くなって来た頃。
あたしは、ふと夜中に目を覚ました。
まさか、と思ってたことを、確認したいという気持ちがあったせいかも知れない。
パジャマの上からカーディガンを羽織って、そっと扉を開く。
真っ暗なリビングには、音もなくテレビだけがついていた。
足音を忍ばせ、ソファに近付く。
「トイレか?」
ソファから声がかかった。
・・・・やっぱり。

「やっぱり毎晩、ここで起きてたのね。ずっと。」
「・・・・・。」
返事は返ってこなかった。
初めてあたしがここへ来てからというもの、ガウリイはずっと夜をここで過ごしていたのだ。
それに気がついたのは、部屋を掃除しようとして、ガウリイの寝室が使われた形跡が全く無かったからだった。
「そんなんじゃ、体がもたないよ、ガウリイ。ちゃんと寝なきゃ。」
「・・・・それなりに寝てるよ。」
「昼間に、ちょっとうたた寝するくらいでしょ?そんなんじゃ・・・」
「・・・・」

あたしはぱふぱふと歩いて、ソファに寝そべっているガウリイの、足元の近くに座った。
慌ててガウリイが起き上がる。
「おいリナ、そんなカッコじゃ風邪引くって・・・」
「あたしの事より。」
びしっと、ガウリイの胸を指差す。
「自分の事も少しは考えなさい。一ヶ月、って言ったでしょガウリイ。
こんな生活してたら、一ヶ月も持たないわよ。」
「・・・・・」
黙っているところを見ると、ガウリイ自身もその事を考えていたらしい。
「わかっては、いるんだが・・・・」
味方をアテにはできない、そうガウリイは言っていた。
仕事を放り出したからって。
そもそも、ガウリイの仕事ってなんなの?
味方って?

「ガウリイ。」
あたしは、ガウリイが着ていたタンガリーのシャツの襟元をぐいっと引っ張った。
「そろそろ、全部を話してくれてもいいんじゃない?」
「・・・・リナ。」
「あの黒ずくめの男はなんなの?どうしてあいつは、ガウリイのくれたぬいぐるみを欲しがったの?あの時、ガウリイの指輪から出た、青い光は何だったの?あたし、まだ何にも聞いてないよ、ガウリイ!」
「・・・・」

ガウリイは、黙ってしまった。
何を躊躇するの?

「オレがお前を守る・・・・・それだけじゃ、ダメか。」
「話す気はないってわけ・・・・?」
「・・・時期が来たら。」
「時期っていつ!」
「・・・・・今は言えない。オレを信じてくれ、としか。」
「・・・・!」
ずるいよ。
ずるい。
そんな言い方されたら、それ以上何も言えなくなるじゃない・・・。

あたしがよっぽど、変な顔をしていたんだろう。
ガウリイは、ふと人さし指を曲げて、あたしの頬に触れた。
「・・・・そんな顔すんなって、リナ。大丈夫だ。必ず、守る。
お前だけは、必ず守るから。あとちょっとの間だけ、我慢してくれ。」
・・・・わかんないよ、ガウリイ。
何が何だか、わかんない。
あたしにとってガウリイは。
ガウリイにとってのあたしは、何?

頬に触れた手を、頭に持ってくるといつものようにわしわしと撫でる。
「早く寝ろ、リナ。風邪引く前に。」
「・・・・・」

あたしは黙って引き下がるしかなかった。





また数日が何事もなく過ぎた。
足りなくなった物を買いに行こうとすると、必ずガウリイがついてきた。
夜はやっぱり、あまり寝ていないらしい。
さすがのガウリイも、かなり体力神経ともにすり減らしているようだ。
あたしは何となく歯がみする思いで、それでも何もできないでいた。

ふと、今回買物に訪れた別のスーパーの一角が目に入った。
赤やらピンクやら派手なポップ。
でっかいハートが目に入って、ようやくあたしは何のコーナーか気がついた。そっか。
もうそんな季節なのか・・・・。

その時、ひとつのささやかな計画が、あたしの胸の中で生まれた。





次の朝。
あたしが起きて着替えたのを確認するかのように、ガウリイがソファで目を閉じていた。
やっぱ、かなり疲れてるんだろうな・・・。
普通の人だったら、とっくに倒れてる。

あたしは、ぱふぱふとガウリイに近付き、つんつん、とその頬を突ついてみた。
「ん・・・」
むず痒そうな顔をして、でもわずかに場所を逸らしただけでまた眠ってしまった。
う〜〜〜ん、面白い・・・・
おっと、こんな場合じゃなかった。
よし、今のうち今のうち・・・・・。

忍び足でリビングを出たあたしに、ガウリイは気付かなかった。





「あ、姉ちゃん?」
『リナ!?あんた電話なんかしてきていいの!?』
「え・・・。マズかった?」
『当たり前でしょ!すぐ切りなさい!』
電話の向こうの姉の声は、切迫していた。
あたしは久しぶりの解放感に、少し注意力が散漫になっていたかも知れない。
「き、切る前にちょっと、その、あのね・・・」
『早く言って!』
「りょ、りょーりのことなんだけど・・・・」
『はあ!?』





電話をかけ、すぐそばのコンビニでちょっとした買物を済ませたあたしは、急ぎ足で部屋へ戻った。
ほんの5分くらいの間だから、ガウリイはまだ寝てるに違いない。
そっと戻れば大丈夫・・・・。

でも、その考えは甘かった。



「ガウリ・・・・」
エレベーターで36階についたあたしを待っていたのは、ドアの前で腕組みをして立っているガウリイ。
あたしは慌てて包みを後に隠す。

「どこへ行ってた。」
「て、てへ・・・ちょっとその、散歩にね・・・」
言い終わらないうちに、ガウリイがつかつかと歩み寄り、そして・・・

ぱしいぃぃっっっ!


一瞬、何が起きたかわからなかった。
ただ、目の前がスパークして、星が見えた。
ちかちかする目をまばたくと、頬がじんじんと熱くなってきた。
思わず手で押さえる。
目を開けると、手を上げたままのガウリイが目に入った。

え・・・・。
もしかしてあたし、ガウリイにぶたれたの?

「一人で外へ行くなって言ったはずだ!」
むか。
「ほんのちょっと出ただけよ!5分もしないで帰ってきたでしょ!」
「5分もあれば十分だ!いいかリナ、あいつらを甘くみるんじゃない!
いつどこでお前を襲ってくるかわからないんだ。
その時、後悔したって遅いんだぞ!」
「あいつらあいつらって、一体なんなの!?正体も何も教えてくれないで、ただ気をつけろって言われたってわかんないわよ!」
「とにかくこんなことは二度とするな!」
「何よ、ガウリイのばか!勝手に決めないで!」
「リナ!」
「放して!!」
あたしは持ってた包みで払い除けるようにガウリイをはたくと、急いで背後のエレベーターに駆け込んだ。
『閉』のボタンを、叩き付けるように押す。
「リナ!!」
閉まるドアの向こうに、ガウリイの声が吸い込まれて行った。




エレベーターの壁が、冷たくて気持ち良かった。
寄り掛かりながら、あたしはぼ〜〜っと考えていた。

これからどーしよ・・・・。
家には、帰れないよね・・・。
でも他に、行くとこないし・・・。
今さらガウリイのとこにも帰れないし・・・。
ガウリイだって、きっと呆れてる。
気まぐれにあげたぬいぐるみのせいで、可哀想な女の子が狙われることになって、責任感じてるんだわ。
だからあんなに一生懸命。
彼、いい人だから。

これ以上、迷惑かけるのも悪いよね・・・。
でも、あいつらとやらに掴まっちゃったら、それこそ迷惑かなあ・・・。
どーしよ・・・・・・・。

ぐちゃぐちゃと考えている間に、エレベーターは1階で止まった。
ともかく、降りなきゃ・・・・。



エレベーターからぼんやりと出たあたしを出迎えたのは・・・・?









後半へ続く!

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