「レプリカントは電気鼠の夢を見るか」


リナがトイレから出てきた時だ。
目の前に、ガウリイがぬっと立っていた。
それは夜中のできごとだったので、リナの悲鳴は宿中に響き渡った。






「はーーはーーぜーーぜーーー。」
「リナさん、落ち着いて下さいよ。」
「こ、これが、落ち着いて、られるか、って、の。」
宿中の人間を叩き起こしてしまい、ことごとくお小言を頂いて、平謝りで何とかその場を納め、一息つく三人プラス一人。
「しかし、何でガウリイのダンナが夜中に、その、なんだ、女性用トイレの前に立ってたんだ?」
ごほん、とせき払いをして話を進めようとするゼル。
ここは、リナとアメリアの部屋。

「・・・・・」
無言で、ドアの方を振り返るのはゼルガディス、アメリア、リナの三人。
振り返られたのは、ガウリイ。
まるでマネキン人形のように、ぬぼ〜〜〜っと立っている。
「おい、ガウリイ。原因を聞いているんだが。」
立ち上がり、ガウリイの肩に手を置くゼルガディス。
だが無反応。
「もしかして、ガウリイさん・・・・」
深刻そうな顔をして、アメリアは手を口にあてる。
「ホントは女の人だったんじゃ・・・・」
「んなわけないだろ。」戻ったゼルに頭を小突かれ。
「もとい、夢遊病か何かでは?」
岩男のげんこつをくらっても、小さいコブひとつで済むアメリアはやはり、巨大ドワーフことフィル殿下の娘である。
「夢遊病か・・・。ぼ〜〜〜っとしてるしな。」
「ガウリイのぼ〜〜〜っは今に始ったことじゃないと思うけど。」
「う・・・そこはそれ・・・・」否定してやらんのか。
「とにかく、ダンナは部屋へ連れて帰る。お前らはもう寝ろ。」
「は〜〜〜い♪」
「頼むわ、ゼル。」
思いっきり疲れた顔のリナは、すでにベッドに潜りこんでいる。
ちらり、とガウリイの顔を見るが、やはりその目は焦点があっていなかった。




「これは絶対変です・・・。」
「そうだな。」
「う〜〜〜ん。」
「ガウリイさんが食事をしないなど・・・・」
じ〜〜〜〜〜〜。
三人の視線が注がれる中。
朝食の席で。
ガウリイはテーブルについてはいたが、目前に並べられた料理にはひと皿も手をつけていなかった。

「何があったかは知りませんが、何かショックでもあってそれでおかしくなったんじゃあ・・・・」
「ショック?」
「ええ。きっかけです。」
「ふむ。・・・おいリナ、お前、何か心当たりはないのか。」
「ちょっと。何であたしなのよ。」
「そりゃあ・・・」
「ええ。そりゃあ・・・」意味ありげな二人の視線を受け。
リナが途端に真っ赤になる。
「どういう意味よ!」
「いえ、深い意味はないんですけど、何となく。」
殺気を感じたのか、手をぱたぱたと振ってごまかすアメリア。
「しかし、こうなったからには何か原因があるはずだ。」
再び視線がガウリイに注がれる。

どすん。

「い?」
「う?」
「え?」

驚きの余り、口をぱかっと開いた三人の目の前には。
突然椅子ごと、床に倒れたガウリイ。
見守るうちに、椅子に座ったままの状態で体を揺すりだした。
腰をひねり。
足首をひねり。
肩をひねりまくり。
見ているだけで、顔が「?」になりそうな状況である。
「これは・・・一体・・・」
「何がどうしちゃったわけ?」
「なんか・・・どこかで見た金魚運動みたい・・・」
なんでそんなことを知ってるアメリア。
すでに食堂中の注目を浴びているというのに、そんなにノンキでいいのか。

「ガウリイ!」
「ガウリイさん!」
「おいダンナ、しっかりしろ!」
遠慮なくその頬をぱんぱんと叩くゼルガディス。
無表情のまま、目を見開いたままで叩かれつづけるガウリイ。
頬が真っ赤に腫れるが、一向に気にする様子はない。
「一体、どうしちゃったのよ・・・」
眉間にしわを寄せ。
よろ、とリナがガウリイに近付く。
「こんなの、変だよ・・・?」
跪く。

それを陰ながら見つめるアメリア。
「やっぱりリナさん、ガウリイさんが心配なんですう。」
「それはいいが、何故隣のテーブルの下から観察せねばならんのだ。」

「目を覚ましてよ・・・」
ぴたりと動きが止まったガウリイ。
だが依然として、椅子に座ったままの状態で床に寝転んでいる。
リナはそっと、その胸に顔を埋め・・・・・・

雷撃破!(ディグ・ボルト!)
びりびりびりっ!!
炸弾陣!(ディル・ブランド!)
どがしゃああっ!!

「ちょ、ちょっと待って下さい!リナさん!!」

風魔咆裂弾!!(ボム・ディ・ウイン!!)
びょおおおおおおっ!!

「おわ!落ち着け、リナ!!・・・・っって、もう、遅いか・・」
ゼルガディスが、キレたリナを羽交い締めにした時にはすでに。
ガウリイは風にすっとばされ、影も形もなかった。
慌てて探しに行ったアメリアは、300メートル先の養鶏場に突っ込んだガウリイを発見。驚いた鶏が、いつもより卵を多く産んだとか産まなかったとか。




「取り乱す気もわからんでもないが、もちっと場所を考えろ。」
「と、取り乱すって・・・!あ、あたしは、ムカついてきたから、ちょっと、その、荒療治をって・・ね・・・」
へへへ、と頭をかくリナを、許してない二人の視線がさいなむ。
「えっと・・・。その、ごめんてば。」
「謝るならガウリイさんにして下さい。ガウリイさんは、何もしてないんですから。」
当の本人は、まだぼ〜〜〜っと、運ばれてきたままの状態で椅子に座っている。まあ、頭に鶏の羽根やらいろいろついて、多少ぼろっちくはなっているが。
「しかし・・・。こりゃ、ちょっと問題だな。」
「何がですか。」
腕を組んだゼルに、無邪気に問い掛けるアメリア。
「あれだけリナの強烈な呪文をくらっておいて、まだあの状態とは。
何かの病気としか考えられない。」
「なにかってなんです?」
「そりゃ・・・男がかかる病気って言ったら・・・」
何故かゼルが顔を赤らめる。
「リナ、お前、こころあた・・・・・」
ばぐううううっ!!!
「・・・りがあるわけないか・・・。悪かった・・・。」

床にのめりこみながらゼルが謝った。
リナは肩で息。
「ったく、何を言い出すかと思ったら・・・」
「なんですか?」きょとん、とアメリア。
「なっ・・・なんでもないわよ。」

そんなやりとりを目の前にしていても、ガウリイには全く反応がない。
もしや・・・?
ゼルの頭に別の考えがよぎる。
「アメリア。とんかち。」
「はい。ハンマーですね?」
「ちょっとちょっと。なんの話よ?」
アメリアが懐から小型のハンマーを取り出し、ゼルに渡す。
「はい先生、メス。」
「うむ。」
「なんなのよなんなのよ、あんたたちぃ!」

ゼルはハンマーを手にするとガウリイの膝に。
ぽこん。
かっくん。
反射で足がかくんと上がる。
それを真剣な面持ちで見つめるゼル。
「ううむ。これは・・・。」

ばぐうううっ!!
「まぢめにやれええっ!!」
「ば、ばか、殴るなっ!俺はまぢめだっ!」
「それのどこがまぢめなのよぉっ!!いったんさい!」
「いでででででっ!」

殴られた頭を撫でつつ、ゼルが説明する。
「これはレプリカントだ。」
「れ・・・・?」
「レプリ・・・?なにそれ。」
「人間そっくりに作られた、自動人形みたいなもんだ。」
「ほえ〜〜〜〜。」
「な・・・なんでわかるのよ?」
「さっきの見ただろう?」
「あれ?あんたが膝叩いて、ガウリイの足がぴょこんって上がったの。遊んでたのと違うの?」
「ちが〜〜〜う!あれはな、小腱反射を見てたんだっ!」
「しょ・・・・なに?」
「人間の反射行動の一つで、膝の下を叩かれると足がかっくんって上がるんだ。その反射の鈍さから言うと、こいつは人間じゃなくレプリカントだってわかる。」
「ホントお?」
リナ、思いっきり不審そ〜〜〜な目。
「ただガウリイが鈍いだけじゃ・・・?」
「何を言ってるんです、リナさん。ガウリイさんは運動神経だけは人並み外れていいんですよ?」
ゼルの味方をしようとアメリアの鼻息が荒い。
「そりゃ、そうだけど・・・。でもこれ、ホントにレプリカントってやつ・・・?」

同じ顔。
同じ姿。
しゃべりこそしないが、息もしているし、身体も温かい。

「でも、これがレプリカントってやつだとして。一体、誰がこんなことを・・・?」
三人が三人とも、レプリカントを見つめる。
突然、レプリカントが動き出した。

がったん。
ごろごろ。
かくかく。
さっきと同じように、椅子ごと倒れてじたばたしだしたのだ。
ふとリナは、その右手に意味があるような気がした。
「ゼルっ・・・」
「なんだ?」
指差した先に。
ガウリイの右手が、床を軽く叩いていた。
ぱたぱた。

「なに・・・?」
ぱたぱた。
ぱたぱた。
次に、人さし指を残して他の指が畳まれた。
長い指が、すうっと床を撫でる。
「これ・・・!」
指は、文字を描いていたのだ。






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