「おーさむ」 

宿の一室。
リナは天井を見つめていた。
何故だか胸がどきどきして、眠れなかったのだ。


耳を澄ませる。

隣の部屋からは、物音一つ聞こえなかった。
よく寝てるのかな。
ガウリイは。

はふ。
ため息をひとつ。
むっくりと起き上がる。


「ふっふっふっふっふ〜〜〜〜♪」
抑えようとしても抑えきれない笑いが浮かんでしまう。
「盗賊さん♪待っててねえ♪」
いそいそと着替える。
その間も、隣に耳を澄ませている。
過保護な保護者殿は、最近、夜の外出をことごとく邪魔してくれたのだ。
おかげでストレスの溜まること溜まること。
ついでに路銀も心もとないし。
ここらでストレス解消と経済的困難解決に向けて、れっつご〜〜〜!!



そろそろっと。
自分の部屋のドアを閉め、隣の部屋のドアに耳をつける。
なんも聞こえない。
「しめしめ。」
夜中に泥棒に入った小悪党のようなセリフを吐き、リナちんは階段へ。
ところが。

「あり。今の・・・・ガウリイ?」
後にしてきたガウリイの部屋から、かすかに声が聞こえたような気がしたのだ。そのまま待っても、誰も出てくるわけではないので、別にほっといて行っても良かった。事実、一度は振り返ったリナも、再び踵を返して階段を降りようとしたのだ。・・・・だが。

「う〜〜〜〜。何となく気になる。気になっただけだから。」
小声で、誰に言い訳してるのか。
ドアに聞き耳をたてる。

「〜〜〜〜〜〜〜。」
苦しんでいるような、うわ言のような声。
「ガウリイ!?」



ドアは空いていた。
不用心な、とリナは腹が立ったが、まさか賊でも、と気を引き締める。
だが、部屋にはガウリイしかいなかった。

ベッドに近付く。
「ガウリイ?」
返事はない。

よく見ると、ガウリイは防具を付けたまま、倒れ込むようにベッドに突っ伏していた。剣も腰に帯びたままだ。
「ガウリイ!」
駆け寄り、辺りを見回すが、誰かが押し行ったり争った形跡もなかった。
うつぶせに寝ているガウリイの口から、苦しそうな息が漏れている。
「・・・・?」
リナはしゃがみ、ガウリイの顔を覗き込む。
彼は眉間にシワを寄せ、額に汗をかいていた。
「う・・・・・・」
ぎりっと、歯を食いしばっている。
「どっか痛いの?ねえ、ガウリイってば。」
揺すろうとして、気がついたリナは、汗ばんだ額に手を当てる。
慌てて手袋を脱ぎ、もう一度当ててみる。

熱かった。

「熱出してぶっ倒れたって、わけ?」
情けない、という風にリナは首を降る。
何かあったかと心配したのに。そお言えば夕食の席で、いつもよりメニューの制覇率が低かったなあ、と遅ればせながら思い出す。
「・・・・・。」

「と、とにかく。このままじゃ熱が上がってくばかりだわ。何とかしなきゃ。」
背中を覆う、滝のような髪をよけ、ショルダーガードとブレストプレートにつながる止め具に手をかける。
かちり、とそれは何とか外すことに成功し、ショルダーガードは取ってやれたが。うつぶせになったままのガウリイからブレストプレートまで取ってやるのは無理だ。
「ガウリイ、起きてよ・・・」
軽く揺すってみたが、起きる気配はない。
「ど〜〜しろっていうのよ、これ・・・」
ぽん、と手をつく。
「そっか。転がしゃいいんだ♪あたしって、あったまいい〜〜〜♪」
右腕を体にぴったりと寄せ、そちら側を下にして。
よいしょ。
転がすことには成功した。
かなり重かったが。

防具類を外し、一息つくリナ。
ふっと笑う。
「熱出してまで、盗賊いぢめを邪魔されるとは思ってもみなかったわ。」



「寒い・・・」
あおむけになったガウリイが、うわ言を言った。
「え・・・え?あ、そっかそうだよね・・・・」
毛布を探すが、それはガウリイの下になっていた。
引っ張ってもびくともしない。
仕方なくリナは自分の部屋に戻り、ありったけの布団を腕に抱えて戻ってきた。うんしょ、うんしょ、と足からブーツを脱がせてやり、文句を言う。
「なん、で、あたし、が、こんなこと、しなくちゃ、いけない、の。」
重労働を終え、リナは毛布をガウリイの上にかけてやった。
胸元までちゃんとかけてやろうと思ったら、足が出てしまったのでつい、笑ってしまった。
「でかいといろいろと大変ねえ。」
結局、毛布を二段構えにし、足下と別々に胸を覆ってやった。

「う・・・・」
やはり、うなされているらしい。
汗がこめかみを流れ落ちて行く。




ぱしゃん。
リナはたらいにタオルをつけ、固く絞る。
何度替えたかわからない。
ガウリイは苦しそうにうわごとを繰り返し、時たま激しく身を震わせていた。やっぱり、お医者さん連れてきたほーがいいかな・・・。
リナが席を立とうとした時だった。
「寒い・・・・・」
聞く方も思わず肩をすくめてしまうような、暗い声だった。
「・・・・・ガウリイ?」
寝返りを打ち、胎児のように丸くなり、顔の前でぎゅっとこぶしを握りしめている。「寒い寒い寒い・・・・・・・。」

「って言われたって、もう、なんもかけるものないわよぉ・・」
心細げに辺りを見回すリナ。
普段の彼女を知る者が見れば、それは何とも違和感のある様子だったろう。
リナは自分の部屋に取って返し、自分のマントを持ってきた。
それをかける。
次に見付けたのはテーブルクロス。
それから自分の部屋のカーテンまで外して持ってきた。
まもなくガウリイの上は、こんもりとした小山のようになった。
肩で息をつくリナ。

「寒い・・・・・・」

だが、うわ言は止まらなかった。
「ど・・・しよ・・・・・。」
リナは思考停止。
呆然と、苦しむガウリイを見るだけ。
戦いで傷つくのは何度も見た。その度にリカバリイや、アメリアやシルフィールにもっと高度な呪文をかけてもらって回復したので、特に心配したことはなかった。殺しても死なない、と、いつも笑っていたのだ。
なのに。
今、眼前にいるガウリイは。
あまりに弱々しくて。
まるで普通の人間のようだった。

普通?

当たり前だ。
彼だって、ただの人間に過ぎないのだ。

そう思った瞬間、リナの背筋を冷たい汗が流れた。


いつか、この人がいなくなるかも知れない。
いつも当たり前のように、振り向けばそこにあったものが、ある日突然なくなってしまう日が。
来るかも知れないのだ。



リナは、そっとベッドの脇に跪く。

「・・・・・」
声に出さず、苦しむ姿。
震える頭に、手を触れる。
「ガウリイ・・・・・?」
返事はない。
「ガウリイ」
目は開かない。
「ガウリイ!」
ふざけたりしない。
「ガウリイってば!!」
いつものように、ぱかっと目を開いて、にっかり笑った顔で、
『すまん、脅かしたか?』
と笑ってはくれないのだ。


やっぱり魔法医を呼んでこよう。
寝てようが、叩き起こしてでも。

決意を秘めて立ち上がろうとしたリナの手首を、何かがぐいっと引っ張った。「・・・・・?」

それは、ガウリイの手だった。




「・・・ガウリイ?」
勢いにつられ、よろめくリナ。
「・・・・・・リ・・・・・ナ・・・・・・」
「!」
名前を呼ばれ、急いで顔を覗き込む。
「ガウリイ?気がついたの?」
だがそれもうわ言だった。
「・・・・・。」
何とも言えない表情で、掴まれた手首を見つめるリナ。
「・・・・寒い・・・・・」
凍えたような冷たい声で囁くと、指が食い込むくらいにぎゅっと握りしめてくる。
「・・・・。」
「・・・・・誰も・・・・・・」
「な、なに?なんか言った?」
せきこむリナ。
「・・・・・・・・・誰も・・・・・・・・」
はっきりとはしない言葉が、苦しそうにまろび出る。
「・・・・・・。」
青い顔を、リナは見つめる。
「なんの、夢を、見てるのよ・・・・・・・。」



ぐい。
「きゃ・・・・!」
驚くような強い力でぐっと引っ張られ、リナは気付くとガウリイの腕の中にいた。「な・・・・!」
顔が急速に赤くなっていくのが、自分でもわかる。
思わずスリッパを取り出してはたこうと思ったが、がっちりとした腕が身動きすら許してくれない。
リナの頭を抱いたまま、ガウリイはうわ言を繰り返す。
「誰も・・・・・・・・誰もいない・・・・・・。」
リナを抱きしめたまま、その体は震えていた。

「バカね・・・・・。」
ガウリイの胸で、リナが呟く。
「あたしがいるでしょ。ここに。」


マントは、床に落ちていた。
テーブルクロスも、カーテンも。
ずれた毛布をめくって頭を抱かれたまま、リナは足からそっとベッドに入る。まるで待っていたかのように、ガウリイは大事そうにリナを抱え直した。
その体の熱に、驚くリナ。
「リナ、リナ、リナ・・・・・・・・。」
「ここにいるわよ。ったく、クラゲなんだから。」
真っ赤になりながらも、リナはしっかりとガウリイの背中に腕を回す。
「しょーがないから、いてあげる。でも、今晩だけだからね。」
「ん・・・・。」

聞こえたのか、夢で頷いたのか。
こくりと頷くと、ガウリイは全身の力を抜いた。
長い安堵のため息を吐いて、ぶるっと一度大きく震えると、今度は安らかな寝息を立てながらガウリイは眠った。

規則正しい呼吸と、鼓動を確かめながら、いつしか安心したリナも眠ってしまった・・・・・・。



ガウリイがどんな夢を見ていたのか。
後になっても、彼は決して口にしなかった。



















==============================おしまい♪
さて。朝、目が覚めたあと、どーなったんでしょーね(笑)
もう一本、お話があるので、よろしかったらそちらもどうぞ♪
今回は2本でセットです(笑)ゆえにタイトルは「おーさむ」と「こさむ」
何だかなあ(笑)
では、大変お待たせしました。
オネツなそーらがお送りしました♪

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