「手ごたえのない愛」

手ごたえのない愛と知って。
それでも。






「とんだ跳ねっ返りだなあ。」
オレの隣でルークは酒を飲み干す。
賑やかな店内。
陽気な酒で浮かれる人々で、席は満杯だ。
交わされる挨拶。
何度も繰り替えされる乾杯の音頭。
かちん、と鳴るグラスとグラス。
ただオレとルークの座るカウンターだけが、そんな喧噪から少し離れて、一息つける場所となっている。
目の前にはずらりと並んだ各地の名産らしい酒のボトル。
カウンターの向かいには、黙ってグラスをきこきこ言わせながら磨く老人。

「お前さんも物好きだぜ。あんなにお転婆で破天荒なヤツ、一緒に旅をしてたら体がいくつあっても足りん。」
その日。
朝からリナに炸弾陣をかまされたルークはご機嫌斜めだった。
グラスに注がれた琥珀色の液体を眺め、それがまるでリナであるかのようにしかめっ面で睨んでいる。
オレは老人におかわりを頼む。
ぴくりと眉を上げた老人は、それでも何も言わずにおかわりを注ぐ。

「何を好き好んであんなヤツと旅をしてるんだ?俺だったら、こう、もっとふるい尽きたくなるような美女、例えば俺のミリーナのような、そーいう相手をパートナーに選ぶがな。」
「・・・・・。」
「言いたくはないが、あんたは男の俺から見てもモテそーな面してやがる。それこそ、よりどりみどりだろう。それをよりによって、あんなちんくしゃでガキで胸なしの、無鉄砲で自分勝手で悪名高いし計算高い、リナみてーなヤツを選ぶんだ。」
オレは喉で酒を楽しむ。
酒は楽しむものであって、愚痴をこぼすためじゃない。
「言っておくが。選んだのはオレじゃないぜ。」
大体、オレとリナの事を、他人にいちいち説明すること自体、不本意だ。
ましてやルークのような男に。
だがルークは諦めずに食い下がってくる。
こいつの酒はしつこいな。
「それならなおさらだ。嫌なら、いつでもコンビ解消はできるだろう。しないってことは、あんたが好きであいつと旅をしてるってこった。俺にはどうも納得がいかんがな。」

きゃははは、と高い声が谺する。
オレは思わず振り向きそうになる。
それがリナの声であるはずはないと、わかっていても。

わずかに首を逸らし、後を振り返ったオレの目に映るのはやはり他の女。
リナであるわけがない。
彼女は今頃、ぐっすり眠っているだろう。

「俺のミリーナはなあ。美人なだけじゃない。頭もいいし、冷静だし、的確な判断も下せるし。口にこそ出さないが、優しくて思いやりがあるし。世界で一番、最高の女性だ。俺はミリーナ以外の連れは考えられない。だから、一緒に旅をしている。・・・お前はどうなんだよ。」
激しやすい男は、酒に酔うのも早い。
最初の一杯でもう顔を赤らめている。
安上がりな男だぜ、全く。
「あのなあ。オレは、酒を飲みに来たんであって、お前と議論しに来たんじゃないの。あんまりごちゃごちゃ言うなら帰れよ。」
そう言うと、オレはまた空のグラスを老人に差し出す。
なみなみと、縁きりに注がれる。

琥珀色の液体は、ルークと同じで誰かさんを思い出させる。

いつも目の下で、ふわりとなびいて前へと進んで行く髪。
まるで本人のごとく、好き勝手な方向に飛び跳ねて行く髪。
撫でると絹のような手触りで、水のようにさらさらと流れる髪。
指を差し入れて、かきあげて、あおむかせたくなる髪。

いかん。酔ったかな。


「なあ。何で一緒にいるんだよ。」
わずかに掠れたルークの声。
目の前に浮かんだリナの幻影が出した質問のようで、オレはどきりとする。
「まさか・・・・愛してるとかってんじゃ、ないよな。」
「・・・愛?」
「俺とミリーナのようにだよ。」
ルークも相当回ってきたようだ。
「俺ははっきり言ってミリーナを愛している。そりゃ、今すぐに俺の愛を受け入れてくれないのはわかってるさ。でも俺は必ず俺の愛をミリーナにわかって貰うつもりだ。それが何年かかろうと。俺には大した問題じゃない。ミリーナとずっと一緒にいられるなら・・・・」
「・・・・・。」
「それと同じで・・・お前がもしかして、あいつが好きで一緒にいるっていうんなら・・・・まあ、話はわからんでもないが、という事だ。」
「・・・・・。好きとか愛とか、一緒に旅をする理由はそれしかないって言うのか?」オレは呆れた声を出していたかも知れない。
「違うのか?」
「・・・・。」
「利害の一致とか。仕事上の理由とか。それ以外の理由で男と女が一緒に旅をすることもあるだろうさ。だが、長くは続かん。そこに愛がなければな。」
自前の恋愛論をぶち、再びグラスを呷るルーク。
ごくり、と咽がなる。
「少なくとも、俺にはお前の旅の理由がわからん。お前と来たら、過保護なだけじゃなく、まるで命をかけて愛した女を守っているみたいだ。ところが、そういう素振りは全く見せない。行動は熱いくせに、口を開けばのほほん、のほほん、と。悪いが俺からすれば、じれったいにもほどがある。いつか問いただしてやろうと思っとったんだ。」
余計な御世話だ。
まるで暇を持て余した中年のおばはんのごとき粘着力、とリナなら言うだろう。
リナ。
リナ・・・。眠れ。ぐっすり。

「しっかしあいつはどーいう育ち方をしたんだ。仮にももう、18にはなるんだろ?ガキじゃなくて、女性として扱われていい年頃だ。それが呪文バカと言うか、色気も素っ気もありゃしない。今日だって俺たちに荷物持たせてさっさか先に歩いて行きやがって宿屋に着いた途端におねんねだ。何考えてるんだか、全く。」
ルークは顔を寄せてくる。
酒臭い息を吐いて、顔を真っ赤にして。
まるで世界の一大事について話しているように。
「あんな女、やめとけよ。お前がいくら命をかけて好きになっても。手ごたえのない恋など、お前さんみたいないい大人がするもんじゃないぜ。」

リナ。
リナ。
眠れ。



オレは立ち上がる。
空のグラスがことりと転がる。
老人は目を丸くする。
酒場が静かになる。
抜きはなった剣は研ぎすまされた刃を華やかな明かりに輝かせ。
硬直した男の喉元に留まる。

「それ以上よた話をする気なら。遠慮なく切って落とす。その首。」

がちゃん。
老人がカウンターの中で、磨いていたグラスを取り落とした。
自分でも冷たく無感動だと思う、耳障りに響く声。
「お前はリナの表面しか知らない。まだ日が浅いから許してやらんでもないが。それ以上リナをおとしめるなら、表で相手になろう。」

がたがた、と客達が席を動かして道を作る。
オレが指差した外への扉に向かって。
カウンターから一筋の道を。

「お、おい・・・」
いっぺんに酔いが覚めたらしいルークは、額に大粒の汗を浮かべる。
だが切っ先は動かさない。
息を吐いて、オレは話し出す。
「オレがリナと旅をする理由は、ただひとつ。
オレの居場所はあいつのそばしかないからだ。
あいつの居場所は、他にもあるのかも知れないが。
あいつが他を選ぶまでは、オレはあいつと旅を続ける。
そこに愛とやらがあろうがなかろうが、そんなことは関係ない。
オレはリナを守りつづけるし、そのためには命など惜しいと思ったことはない。リナを失うのはオレにとって自分の命を失うことより意味が深いんだ。」
「・・・。」ルークはあっけに取られている。
「オレが手ごたえのない恋をしてるだと?」
ふとオレは、冷たいせせら笑いを浮かべている自分に気がつく。
リナといた時には、全く湧かなかった感傷。
オレがのほほんとしていられるのは、オレの仕業でなく。
リナのお陰だという事を、この男は知らないんだ。

凍り付いた酒場で、オレはゆっくりと刃を降ろし、ルークに近付く。
男達の息を飲む気配が伝わる。
先ほど嬌声を上げていた女は、ぶるぶるとテーブルの陰で震えている。
眉毛をぎゅっと寄せて固まっているルークの、耳もとに囁いてやる。
「今日の昼間。何でリナが先に歩いてたか教えてやろうか。」

ぴくり、と眉が動いた。

「オレ達は付け狙われていた。正体はわからんが、かなりの団体さんだ。
気配を殺すのに慣れている連中。
しかも魔力を使う匂いがする。
だからリナは、オレ達の先頭に立って神経を尖らせてたんだ。
オレ達は荷物があって素早く対応できないかも知れない。
魔導士が身に纏う、無意識レベルの防御結界てヤツを薄く薄く伸ばして、オレ達一行の上からヴェールのようにかけてたんだ。それを、この街への入り口に辿り着くまで維持し続けた。」

かくん、とルークの顎が外れる。

「それがどれだけ体力を食うかわかるか?」
「・・・・な、何で言わなかったんだ・・・・」
ようやく絞り出すような声でルークが問い掛けの言葉を発する。

「言えるかよ。言えば、お前の大事なミリーナが、自分も協力すると言い出すだろう?だがお前さんも知ってる通り、ミリーナは消耗が激しかった。あれ以上無理をさせる訳にはいかない。」
「お前・・・お前・・・知ってて、何もしなかったのか。」
「知ってたさ。だがオレに何ができる?呪文を唱えるなんてオレにはできやしない。オレにできるのは、なるべく早く移動して、街に着くこと。少しでも、一分でも早く、リナを楽にしてやることだった。」
「だ・・・だから、あいつは・・・・」

オレの身内に沸き上がるこの感傷は。
まるで目の前の獲物を虐るのを楽しんでいる補食動物のそれだ。

「だから。リナは宿に着いた途端、持てる力を使い切って寝ちまったのさ。体力を回復するには、食って寝るしかないからな。」
「・・・・・。」


枕の上にそっと降ろした。
疲れた顔で眠るリナの。
髪を撫でてからオレは出て来たんだ。
宿屋から離れないで酒を飲める、宿の酒場に。


「な・・・・なんで、言わないんだよ・・・」
今やルークの顔は真顔だ。
酒がすっかり抜けたらしい。
「リナが人一倍照れ屋で突っ張り屋なのは、まだお前さんにはわからなかったらしいな。」
「・・・・・。」
「そういう事だ。わざわざお前さんに教えてやる義理はないが。
ぐっすり眠ってるリナに怒鳴り込むことだけは、止めとこうと思ってな。」
「・・・・ガウリイ・・・」

その時。ルークは初めてオレの名前を呼んだ。
『おい』とか、『お前』とかじゃなく。

「・・・・お前みたいなヤツは初めてだ・・・・。何でお前ほどの男が・・・・おっと、怒るなよ。なるほど、何となくわかってきたぜ。」
ルークも立ち上がる。
ざわっと酒場に緊張が走る。
オレはまだ、抜き身の剣を下げたまま。
だが、ルークはぺこりと頭を下げた。
「すまん!どうやら余計な事を言い過ぎたみたいだ。許してくれ。」
「・・・・。」
「いや、お前さん普段あんまり物を言わないからさ。一度突っ込んでみたかったんだ。不必要に怒らせちまったみたいで、その、悪かったな。」
かっと頬を赤くして、そっぽを向いて謝るその仕種は。
誰かに似ていた。

オレはふと思い当たる。
もしかして、こいつとあいつは。
似てるのかもな。
似ていて、だから、気になるんだろう。
似てるから、目につくんだろう。

オレはふっと笑っていた。
剣を鞘に納め、代金をカウンターに置こうとした。その手をルークが止めた。
「今晩は、俺の奢りだ。」
「・・・・そうか。」
オレ達は、しばし見交わす。
その視線の先に、相手の男ではなく、己の連れを見ていたのかも知れない。
「おやすみ。」とルークは言った。
「おやすみ。」とオレは言った。
片手を上げ、オレは酒場を出る。
外付けの階段を登り、冷えた夜気に息を吐く。

リナは、ちゃんと眠っているだろうか。




「ガウリイ?」
階段で思わぬ人物と鉢合わせする。
パジャマの上からマントを羽織ったリナが、階段の上から見下ろしていた。
「リ、リナ?そんなとこで何してんだ。」
オレは一足飛びに駆け寄る。
「お前・・・ちゃんと休んでなきゃダメだろ?明日だって早いんだから。」
リナは一瞬目を丸くした。

「ガウリイ・・・知ってたの?」
その言葉に含まれた意味に気付かない振り。
「ん?何の事だ?」
「んもう。このクラゲ。」
オレは階段を昇りきり、リナの隣に立つ。

あるかないかの風が吹き、リナが顔をしかめた。
「お酒臭い〜〜〜。飲んでたんだ。」
「あ?ああ、まあな。ところでリナは、何でこんな時間に起きたんだ?」
「え?あ、ああ、その、何となく。」
てへっとリナが笑う。
「お前まさか、こんな夜中にまた盗賊いぢめとか・・・」
頭を掻いてた手を止め、ぱたぱたと振るリナ。
「ま、まさか!あは、あはははは。それなら、もっとフル装備で出てくるって。」
そう言えば、いつのまにかパジャマに着替えて、その上からマントをひっかけただけだもんな。食堂にメシを食いに来た・・・てんでもなさそうだ。じゃ、何でだ?
「あのさ・・・。あの・・・あたし、宿に着いた途端、食堂で寝ちゃったよね。誰が・・・部屋まで運んでくれたのかと思って。」
話題を逸らそうとしているようにも思えたが、オレはそのまま答えた。
「ああ、そりゃオレだけど。」
「そ、そう・・・。」
くるりと半回転し、後ろで手を組んで、わざとらしく星空なんぞ眺める振りをしている。もしかしなくても、その顔は赤いんだろう。

「ガウリイ・・・さ。」
「ん?」
オレはリナの少し後ろに立つ。
空は、真っ暗でつかみどころのない闇に覆われていた。
何故だかリナの小さな背中が吸い込まれて行きそうで、オレはすっと一歩を踏み出そうとした。
「怪我・・・大丈夫なの?お酒飲んだりして。」
言われるまで気付かなかった。
リナが気付いていたことを。
「お前・・・知ってたのか?」
リナは振り向かない。
「な〜〜んかおかし〜〜なとは思ったんだけど。あんた、何にも言わないし。へーきな顔でずんずんついてくるし、さ。宿に着いたら、確かめようと思ったのよ。だけどあたし、情けないけどお茶飲んだら眠くなっちゃって、さ。」
振り向かない。
「だから、あたし・・・」
オレは次の言葉を待つ。


ルークの言葉が蘇る。
・・・手ごたえのない恋?愛?
そんなものはこの世にありはしない。
少なくとも、オレがリナに対して持つこの感情には。


くるりと彼女が振り向いた。
「痛まないんなら、いーのよ。別に。」
ちょっと怒った顔だった。
黙ってたことを怒ってるのか。
オレがはっきり言わないのを怒ってるのか。
お前だって、ちゃんと口にしないくせに。
だからオレは。


手を伸ばし、彼女の髪を撫でる。
水のような髪を。
ともすれば乱暴に抱き寄せたくなる頭を。
ただくしゃくしゃと。
わしわしと。
撫でつづける。
彼女が真っ赤な顔で止めるまでは。
「だいじょーぶだよ、リナ。お前が心配することはこれっぽっちもないさ。」
だから、パジャマで外へ出てくるなよ。

眠れ。
リナ。

例え手ごたえのない恋だと人に言われようと。

オレは、この感情を手放す気はないから。






















=================================おしまい♪
DEENの「手ごたえのない愛」よりタイトルを拝借しました。
小松未歩さんの曲ですね♪相変わらず、この人の歌詞はいいっす♪
この歌詞はもろにガウリナのガウリイさいどと言った感じで、くらくらしました(笑)最後の『時間は優しく傷を癒すけど必要ならここにいるから/涙を拭って自分でカタをつけて』というフレーズが特に♪小松未歩さんの2ndアルバムでもう一曲、タイトルを使わせて貰おうと思ってるのがあります。
ではでは♪
いつも暖かい目で見守って下さる皆様に、そーらより愛を込めて♪

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