「てのひらのうた」
むす〜んでひ〜らい〜て♪

 

       ………オレの手は、汚れている。




「ほらガウリイ、とっとと掘りなさいよ!これこれ、これがおいしーの!」
リナが足下の小さな深緑の葉を指し示していた。
「今晩のオカズにしましょ♪」
「へいへい。」

その辺に落ちてた木切れを拾い、ざくざくとガウリイが掘り始める。
間もなく地下に眠るおイモが出てきた。

「すって天ぷらにすると美味しいんだけどね。」
その横で、のんきにレシピを考えているのはリナ。
肉体労働はガウリイがするもの、と決めてかかっているようだ。
「なんだか手みたいな形のイモだな。」
収穫物をまじまじと眺めるガウリイ。
「よっし。決めた。蒸し焼きにしよ。
あたしが竈を作るから、ガウリイそれ洗ってきて。
ついでに手をよーく洗ってきなさいよ。」
「ん。でもなんで?」
「そのおイモはね、美味しいけどかぶれるの。
皮がどっか剥けててそこに触れちゃうと・・・」
「触れちゃうと、どうなるんだ?」
ガウリイは急いで自分の手を眺める。
「痒くなるのよ。」
「なんだ。」
「なんだ、じゃないわよ。痒くて眠れなくなるわよ。」
「そんなに凄いのか。」
「うん。」
「しっかし、お前さんホントに生活力あるよな。」
へへへ、とリナは鼻を掻く。
「どうせなら、美味しいもの食べなきゃね。」
「うん、それはオレも賛成♪・・・てな訳で、洗ってきまーす♪」
「行ってらっしゃ〜〜〜〜い♪」
聞きようによっては、新婚さんの朝の会話と言えないこともない。



リナが石を集めて即席の竈を作り、火打ち石で火を起こし、そだをくべてすっかり用意が整っても、ガウリイは帰ってこなかった。
「な〜〜〜〜〜にやってんだか、あのクラゲはあ。」
腰に手をあてて、川の方を見遣る。
口では呆れているが、視線を外そうとしない。
「メインのオカズが来なきゃ、ハナシになんないでしょーが!」

一分。
また一分。
微かに聞こえる川の水音に耳を澄ませていたリナは、ため息をつく。

立ち上がった。
「まったく。火が消えちゃっても知んないわよ。」






岸辺に行くと、薄暗くなってきた背景に溶けるようにして、ガウリイのしゃがみこんだ背中が見えてきた。
心配して損した、と安堵のため息をつくと、リナは急いで駆け寄る。
火が消えてたら、こいつにもう一度付けさせる!と勢い込んでいた。

ガウリイは、ひどく熱心に手を洗っていた。
「リナ?」
足音に気付いて、振り返る。

「なにやってんのよ!何時間手を洗えば気が済むわけ!?」
腰に手を当てて怒ったリナは、内心の気持ちを吹き飛ばすように言った。
ちょっとでも心配になったなんて、絶対に教えてやんない、と。
「ああ、悪い。」
水から手を引き抜くガウリイ。
手甲を外していて素手だったが、なんとなく手が黒っぽいように見えた。

「ちょっと、どうせならちゃんと洗いなさい。まだ汚れてるじゃない。」
リナに指差されて、ガウリイはびくっと自分の手を顧みた。
「え・・・・・ああ、そうだな。」
生返事が返ってきて、リナは眉を寄せた。
なにか、様子が変だ。
「・・・・ガウリイ?」
「ん?」
返事を返すだけで、またしゃがみこんで、執拗とさえ見えるほど懸命に手を擦っている。
「・・・・・なんか、あったの?」
ごしごし。
返事なし。
「・・・ガウリイ?」
ごしごし。
「ガウリイ!」

辺りがどんどん暗くなる。
逢魔が時。昼と夜の境目。
魔と、光の合わせ目。
「ガウリイ!!」

ハッと、ガウリイが手を洗うのを止める。
リナが目に見えてほっとする。
「す、すまん。ぼーーっとしてたみたいだ。」
かりかりと、頭を掻いてガウリイはようやく立ち上がった。
濡れた手から、ぽたぽたと水が垂れている。

リナはざわついた背中を思いだした。
・・・・・何だったんだろ?今の感じ。
自分に問いかけたが、つかみどころがなかった。
くるりと背を向けると、ガウリイがちゃんと後から付いてくるのがわかった。





       †††††††††







時間がかかったけど、おイモはちゃんと蒸し焼きにできた。
火は消えてなかったし。
二人は夕食を美味しく食べることができた。
たき火の番はガウリイが先にすると言うので、有難くリナは先に休むことにした。



ふと、何かの気配を感じてリナは目を覚ました。
あまり寝つけなくて、やっとウトウトしたところだったのに。
不安定な眠りから覚めてみると、たき火のそばにガウリイの姿がなかった。
 
どきん。
リナの心臓が、不安な音を打つ。

辺りを見回してもいない。さっきと同じ、微かに川音がするだけ。
…………………まさか。
リナは飛び起きて川岸へと走る。

どきん。どきん。
脈打つ胸は、ちくちくと痛むトゲのようだった。
何でもないことなのかも知れないのに、心臓は嘘をつかない。
まるで悪夢の中を走っているようだった。
足下の小さな石までがリナに悪意を持っているようで、何度かつまづく。
 

「……………っ…………」
川岸には誰もいなかった。
急に走ったせいで痛む脇腹を押さえ、リナは不安な音を打ち続ける心臓を叱る。
落ち着いて。
とにかく、落ち着かなきゃ。

岸辺にさっきのガウリイの姿がフラッシュバックして見える。
ごしごしと、何度も手を洗っていた。
普通じゃなかった。
………もっと早く気付いてれば。
悔やんでも遅すぎた。

辺りを探しても、ガウリイは見つからず。
結局、リナはとぼとぼと来た道を戻った。
つまづいた時にどこかぶつけたのか、体が痛かった。



たき火のそばに、見慣れた人影があった。
「……リナ?」
ガウリイだった。
安堵のあまり、リナはへたりこみそうになる。
「どうした!?」
駆け寄ってくるガウリイの顔を見て、ようやく実感する。
良かった、いつもの彼だ、と自分に言い聞かせた。

「悪い、オレがちょっと離れたばっかりに・・・探したのか?」
膝に手をあてて肩で息をついていたリナを気づかい、ガウリイが腕を差し出す。
「大丈夫か?」

ぱしんっ!

リナはその腕を払い除ける。ガウリイが驚いた。
「大丈夫か?は、あたしのセリフよ!一体どこへ行ってたのよ!」
「……………………」
リナの剣幕に、最初びっくりして口もきけなかったガウリイだが、すぐに立ち直って微笑した。
「すまん。心配かけたな。実は・・・・」








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