「変化」
月とドレスとキス


ばっしゃーーーん。
「きゃーーーっ。人がいたあっ。ごめんなさいーーーー!」

………………おひ。

町中を歩いていたリナの上から、水か降ってきた。雨ではない。
偶然通りかかった宿屋の2階から水を捨てた少女がいたのだ。
「・・・・・」
「お、おい、リナ、ちょっと待て!いきなり呪文唱える気か?やめいって!」
「・・・ガウリイ、あたしがそんな風に見えて?」
「うん。」
目一杯肯定したガウリイに飛び蹴りをくらわしたところで、宿屋から先だっての娘が走り出てきた。
「ごめんなさい!お願いです、うちに泊まって!もちろん、お代は頂きませんから!」
服を乾かす呪文を唱えようとしていたリナはとたんに止め、にっこりと娘に向き直った。
「ありがとう。そうさせていただきますですわ♪」

 



・・・しかし。

着替えたリナは鏡の前で困っていた。
娘がどうしても着替えを用意するというので待っていたら、どこから見てもふつうの村娘のようなかあいらしいドレスが届いたのだ。

しかも胸元が広く空いていたりする。
半分、肩が出てるかもしんない。

シャーリングになった胸元は、リボンで中心に寄せられていた。
ふんわりとしたパフスリーブ。
袖口には同じリボンの小さいのがついている。
ウエストはきゅっと帯で占められ、もちろん下にはコルセットを着せられた。むちゃくちゃ窮屈だが、そのおかげでムネがちょっと強調されてるかも♪
と、リナは鏡を見ながら思った。
ヒダのたくさんついたスカート。
・・・でも何故リナが困っているかと言うと、


「おーーい、リナ、支度できたかあ?」
扉の外で、ガウリイが呼んでいたからである。
「できたんなら夕飯食いに行こうぜ」
何も、待ってなくたっていいのに。

そう思いながらもう一度ちらりと鏡を見る。
・・・おかしく、ないかな。
いつものバンダナもイヤリングもはずした。髪もとかした。
でももし笑われたら・・・・

きいい。

「リナ?」

ドアが開いて、リナが出てきた。
一瞬、ガウリイが絶句する。

「・・・リナ、か?」
「何よ、なんか文句ある?」
照れかくしの、ぶすっとした声でリナが答える。
そっぽを向いていたが、その首筋がほんのり朱に染まっていた。
「リナ・・・お前」
「?」
「そのムネ、どうしたんだ?」

ずごがばどべきしっ!

「まったくこのクラゲ男はあ!デリカシーつーもんがないのかね、デリカシーつーもんが。
仮にも乙女がおめかししたんだから、他にゆうことあるでしょ、ゆうこと!」
ぶつぶつ言いながら前を行くリナを、後ろからガウリイが痛む頭を撫でつつ、苦笑しながらついて行く。

ゆうこと言ったら、照れるだろうが。

言ってみようか、綺麗だって。





食堂に着くと、宿屋の娘がテーブルを用意して待っていた。
「本当にごめんなさい。どうぞ、ゆっくりしていってね。」

ふと、二人を見る娘の顔に不満の表情が浮かぶ。
「・・・ダメじゃないですか。男性がリードしなきゃ。せっかく女性が着飾っているんですから、ちゃんとエスコートして下さいな。」
「や、あたしは別に・・・」
「あー、そうか。はいはい。ほれ、リナ。」
「ほれってなによ、ほれって。」
「だから、オレの腕取れって。」
ええええええええ?

かくして、リナとガウリイは結婚式の入場よろしく、食堂に腕を組んで入ったのだった。
「おお、こりゃあお似合いだわ。」
「ほんにハンサムな花婿さんだべ。」
「ムスメはちいとばかり発育が悪そうだがな。」
「そいうのがけっこ、大胆だったりしてな、ほれ、夜が・・・」
二人が通ったテーブルの他の客がこそこそと何か下品に言い合っていた。
緊張しているリナの耳に入らなかったのは幸いである。

「どうぞ。お嬢さま。」
テ−ブルに着くと、ガウリイがリナのために椅子をひいた。
「あ、ありがと。」
こんなことをされたことがないリナはすっかり上がっている。
ひいてもらった椅子に、ぎくしゃくと腰をかける。
リナが座ると、ガウリイは椅子を少し押して調節してやった。
それから自分の席に着く。
やおら、テーブルに肘をついて、リナを見つめる。

ばくばくばく。

理解不能な心臓の異常行動にとまどうリナ。

だって、なんだかいつもと違う。
たくさんのアミュレットやショルダーガードや、いつも気付かないところであたしを守っていたものが何もない。
ドレスを着ていたが、なんとなく裸になった気がしていた。

ガウリイまでおかしい。
あたしは、こんなガウリイは知らなかった。
女性をちゃんとエスコートできる人だったんだ。
しかも、あの目だ。
あの綺麗な水晶のような瞳で見られると、心まで裸にされる。
思わず知らず俯いて、綺麗な鎖骨を浮き上がらせたことをリナは知らなかった。そのリナをガウリイが殺しそうな目で見ていることも。

「おい、リナ」

ガウリイの一言で緊張が解けた。
「何食う?おすすめはニョキニョキのグリルソテーだそうだが、とりあえず、何人分頼む?」
・・・やっぱこいつ、デリカシ−無いわ。
がっくり来た反面、ほっとしてリナは明るく答えた。
「あんたの分、プラス3人前ね」





食後のコーヒーを飲んでいた時である。
宿屋の娘が頼みがあると言ってガウリイを引きずって行ってしまい、あとにはリナが1人で残された。

「あーあ、コルセットやっぱきついわ。2人前しか食べれなかったあ。」
お腹を撫でながらリナがぶつぶつ言っていると、1人の男が近付いてきた。

「よう、ねえちゃん。いい晩だな。」
見るからに悪人づらだが、そのムサい顔に精一杯の笑顔を浮かべている。
なおさら見苦しい。
「何の用?」
「いやあ、きれいなねえちゃんだと思ってさ。お連れさんもいないようだし、ちょっとオレとお話でもしねえかい。」
「どんな話?」
「今そこに旅の行商人が来てるんだ。何だか綺麗な服や宝石いっぱい持ってたぜ。道ばたで店広げてるんだと。よかったらちょっと見に行ってみねえか。
あんたが気にいったのあったら、一つくらい買ってやってもいいぜ。」

下心がオオカミのしっぽに化けてお尻から出ているのが見えそうな話だった。だがリナはこう答えた。
「いいわよ。別に。行ってあげてもいいわ。」




しばらくして、ガウリイが頭をかきながら戻ってきた。
「まさかあんなこと頼まれるとはなあ。
おーい、リナ、待たせたな・・・・?」
テーブルにいるはずのリナがいない。
しびれを切らして部屋へ戻ったかな?
それとも、まさかヤキモチ焼いてたりして。まさかな。

「そこにいた娘さんなら、さっき人相の悪そうな男と出てったよ。」
きょろきょろしてたガウリイに、さっき下世話なひそひそ話をしていた客が教えた。「何っ?」
「何だか、外に行商人がいるとか言ってたなあ。男が1つくらい買ってやるって娘さんに言い寄ってたぞ」
この言葉が終わるが早いか、ガウリイの姿は食堂から消えた。

 


「げへへへへへ。」
「なーによ、やっぱそういうこと?」

ひとけのない、町の外れでリナはのどに短剣をつきつけられていた。
「金目のものなら無いわよ。みんな宿屋に置いてきたわ。」
「そりゃ残念だな。しょうがない。お前さんを人質に取って、連れのにいちゃんに払ってもらおうか。」
「連れがいるの、知ってたの?」
「ああ、傭兵あがりだな、ありゃあ。でっかい剣を差してたもんなあ。だから連れの男がいなくなるのを待ってたのさ。」
「ふーーん。」
「ありゃ、あんたのコレかい?」男は親指を立てて見せた。
「ち、違うわよ。」
「ほほお。・・・もしかして、あんた処女か。」
「ちょ、何を言ってんのよ?」

赤くなったリナに男が上から下から舐め回すような視線をやる。
「悪くはない。」
「・・・なんの話よ」
「ちいとムネが育っとらんが、まあいいだろう。」
「だから、なんの話だってば。」
「こういうことよ!」

 

「きゃーーーーーーーーっ」

リナの悲鳴。

「リナあああああっ!」
ガウリイが声を頼りに走る。
「今行く!!」



ガウリイがやっとリナの元に辿り着くと、信じられない光景が広がっていた。

一見、村娘の格好をした小柄な少女が、大の男をあしげにしている。
「このリナ・インバースに手をかけようたあ、いい根性だあ!」
げしげし。
すでに何発か呪文を喰らったらしく、男の髪の毛はぶすぶす煙をはいていた。
「リナ!」
ここでガウリイがいたのに気がつき、リナは蹴りを入れるのをやめた。
「ちょっと、来るのが遅いわよ。来るなら来るで、早く来てよね。」
勝手な言い種である。

「すまん。」
素直に謝られて、リナはちょっとびっくりした。
「ひええええええええええ」
このスキに、と意識を取り戻した男が逃げていった。
「あ、こら、ちょっと待てえ!」
「リナ!」
追い掛けようとしたリナの腕を、ガウリイが捉える。
「怪我は?」
「べ、別に・・・大丈夫よ。」
そう答えたリナの顔を、ガウリイがじっと覗き込む。

視線に耐えられなくなって、リナは目をそらした。
両腕を掴まれていて、身動きできなかった。
「・・・リナ。」
「何よ?」
「どうしてあんなヤツについていったりしたんだ。」
あ、ガウリイの声、怒ってる。
「あいつの魂胆くらい、見抜けただろ?」
「金目当てだったってこと?」

ふう、とガウリイがため息をつく気配がした。
「そうじゃなくて。」

「別に、大丈夫よ。あんな男の一人や二人、どうにでもなるわ。」
「そりゃそうかも知れないけど、じゃあ何でついていったんだよ?答えになってない。」
こういう時のガウリイをごまかすことはとても難しい。
「気分転換よ。こういう悪いのシメて、逆に金品頂いちゃおうかなーって。」

ぽかん。


「いったああ。なにすんのよ?」
突然頭を叩かれて、リナは文句を言った。
「お前なあ、気分転換とやらのために、夜、変な男についていくな。何があるかわかんないだろ?いちおう、お前は女の子なんだから。」
「いちおう、ってなによ、あたしは前から女の子よ。」
「ふつうの女の子はこんなことしない。」
「あら、あんたふつうの女の子とやらを知ってるの?」
「話をまぜっ返すな。」
苛立たし気な声を聞いて、リナはようやくガウリイの顔を見た。
暗くて、よくはわからなかった。
ただ蒼い瞳だけが、こちらを向いてわずかな月の光を反射して光っている。

そよ、と夜風が吹く。
月に薄雲がかかる。
ガウリイの目、なんだかあたしのこと殺しそう。
なんて、変なこと考えている。

「何よ、あんただって、さっきの女の子に呼ばれたらホイホイついていっちゃったじゃない。」
「・・・やっぱ、気にしてたのか。」
「べ、別に気にしてなんか・・・」
「あのな、棚の上のもの取ってくれって頼まれただけだぜ?」
「・・・ホント?」
「ウソついてどーする。」
「・・・だって。」
「・・・それより、」ガウリイがふたたびため息をつく。
「もし呪文が使えなかったらどうする。猿ぐつわでもかまされたら、力ある言葉ってのは唱えられないんだろ?」
「そんなヘマはしないわ。」
「・・・わからないぜ。他にも口をふさぐ手はある。」

やっぱりガウリイの目は、あたしを絞め殺しそう。
・・・胸が苦しい。

「別に無事だったからいいじゃない。」
「今度は絶対するな。」
「何よ、ガウリイのくせにあたしに命令する気?」
 


 わかってない。
 わかってくれない。この残酷な娘は。
 オレが何を心配してたかわからないのか。
「リナ。」
「放してよ!」
 
 どうすればわかる。
 どうすれば伝わる?

「オレの心配は余計ってわけか?」もがくリナ。怒っている。
「心配してくれって頼んでないわ。あたしは一人でも大丈夫なのよ!
だから、放して!」
 
 ・・・・・怖い。
 ガウリイが。
 腕を掴んで放さない強い力が。
 容赦ない視線が。
 かなうことなら、呪文でも何でも使って今すぐこの場から逃げ出したい!
 でも、呪文?
 だめだ、頭に浮かばない。
 
 

 嫌がっている。
 拒絶している。
 怯えている。
 リナが・・・オレに?

 「リナ!」
 「嫌!」
 
それ以上の拒絶の言葉が聞きたくなくて、ガウリイはリナを引き寄せた。

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