「黒鳥」


墨のように闇がわだかまる、静寂に満たされた部屋。
きぃ、とかすかな音が谺し、一条の光が差す。
わずかに開いた扉の向こうから燭台の明かり。
捧げ持つ人物は扉を完全に開き、部屋の中に入ってくる。
後ろ手に扉を閉め、鍵をかける。

こつこつと足音。
ぴたりと止まる。
寝台の上には半身を起こした小さな影。
燭台の蝋燭はゆらめいて、その姿をほのかに浮かび上がらせる。

何も映してはいない瞳。
ただ前方を凝視する。
燭台を机の上に置く。
すきま風さえ入らない部屋の中で、蝋燭の明かりはじっと固まる。

手を伸ばし、指先で冷たい頬に触れる。
ガウリイは名前を呼ぶ。
「リナ」と。

だが返ってきた反応は、ぴくりと動いた唇のかすかな震え。



上腕を掴み、引き寄せる。
胸の中に収めても、もがきもしない。
くだけるように身体を預け、すがりついてくる。

待っていたかのように開いた唇に飛び込む。
だがどんなに優しくしようと粗暴にしようと、目は閉じられ、その唇はただ黙って受け入れているだけ。細い腕は首にからみつき、力の抜けきった身体は自ら寝台に倒れ込もうとする。

「リナ」
唇を離し、身体を引き剥がし、両腕を掴んで激しく揺らしても、その口は何も言わない。彼の名前さえ呼ばない。抵抗もしない。濁った瞳だけが、こちらを見返している。

「くそ!!」
リナの身体を寝台に横たえ、その枕元に正拳を叩き込む。
「どうしてこんなことに・・・・!!」

悲痛な呻きが、食いしばった歯の隙間から洩れでた。




+++++++++++++++++++++++++++

「実験です。障壁を取り除いてみませんか。」
突然現れた魔族が、にこやかに言った。

「はあ?」
問い返したのは、オレ。

「ですから。いつまで保護者気取りでいるつもりです?
リナさんはすっかりあなたのそばで安心していますよ?」

指差す先に、ガウリイの部屋でしこたま飲み、そのまま机につっぷして眠っている少女の姿。

「何のことだ。」

ゼロスの視線を浴びながら、気にすることなくリナをそっと抱き上げ、ベッドに運ぶ。柔らかな布団の上に降ろされ、幸せそうに呟くリナ。
上掛けを引き上げる。
ちょこんとした、大きな寝台の上の小さなリナ。
布団の海に溺れそうだ。

「あなたの気持ちを、リナさんに言ったことはないのですか。」
薄目を開けた神官が軽やかに問い掛ける。
「なんのことだ、って言ったろ?オレの気持ちも何も、オレはこいつの保護者だぜ。」
「いいでしょう。あなたがリナさんを守りたいと思っているのは確かです。」
「なにがいいんだ。」
「でも、壊してみたいと思ったことは、ないのですか?」
「・・・・」
「沈黙は、肯定と受け取らせて戴きますが。」
「勝手に解釈するな。お前に言うことは何もないから黙ってるまでだ。」
「ほう?では、そんなことはこれっぽっちも考えたことは、ない、と。」
「保護者だって、言ったろうが。保護者が壊してどーする。」
「保護者じゃなくなればいいんですよ。」
「オレは一生こいつの保護者していくつもりなんだ。横から茶々入れんといてくれ。」
「一生?」
「うるさいな。」
「ずっとこうして、リナさんの無邪気な寝顔しか見ないつもりですか?
いつか、誰かの腕に攫われていっても?」

その声に、確かな響き。
自信があるとでも言うような。

「そんときは、そんときだ。」
「そうなったらあなたはリナさんとお別れですよ?血がつながってるでもない、
ただの自称保護者を、リナさんの未来の相手が許すと思いますか?
いいえ。そこであなたとリナさんはお別れです。
あなたは、リナさんの頭を撫で、『幸せにな。』と言うだけで、その前を去らねばなりません。たとえ同じ町で暮らしても、あなたはもう、自分に向けられたその安心しきった顔すら拝めないのです。その顔は、リナさんの愛する男性のもの。あなたには、もう、ない。」

「よくしゃべる魔族だな。魔族ってのは、そんなに皆おしゃべりが好きなのか。」
「誤摩化さないで下さい。僕を誤摩化せても、自分の気持ちは誤摩化せませんよ。」
「ほう?」
「はっきり告げたらどうです?女性として愛していると。」
「いつからお前は仕切り婆になった?」
「どうなんです。その身体、壊れるくらいに抱きしめたいと思ったことはないのですか。」
杖の指し示す先。
寝台。

オレは見る。
安らいだリナの顔を。
これを守るためなら、オレはどうだっていい。


「ともかく、お前にどうこう言われる筋合いはない。とっとと消えないと・・・」
「消えないと、どうするんです?」
「そうだな。この宿には生まれたばかりの赤ん坊がいてね。
赤ん坊ってのは、生まれたばかりだと、ただ生きたいという欲求しかない。
お前さんの好きな生命の賛歌とやらを声高に歌ってくれるだろうよ。」
「ははは。あなたもなかなか交渉上手になりましたね。」
「冗談はともかく。どうする。」
「こうします。」

懐から出した何かを、空に向かって振りまいたように見えた。
咄嗟に構えるが、それは目には見えず、空中で霧散したようだ。
「では、実験開始。どうぞがんばって下さい。」

声のする方に目をやると、すでに神官の姿はなかった。




「??一体、何のつもりだ。」

頭をかき、立ちつくすオレ。

「?」
空気に、微量の匂い。
花の香のような、麝香の香のような。
吸い込んだ途端、オレは意識を失った。




++++++++++++++++++++++++++++++++++

覚えているのは、リナのあらがう細い白い腕。
爪をたて、深く食い込んでも、痛みは感じない。
泣き叫ぶ、上気した顔。
群れ飛ぶ、汗の玉。
ただ激しい餓えと、それを満たすことしか頭になかった。
喰らいつくす。
虐る。
嗜る。
終りのない夜が、細く長い悲鳴に引き裂かれていく。
少女を解放したのは、窓の向こうが白々と明けていく頃だった。





++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

オレはがばっと跳ね起きる。
夢だったのか。
嫌な夢だった。
あの声が、あの腕の感触が、からみつくようにまだ全身に残っている。

「!」

伸ばした腕に、触れた柔らかな感触。
冷たい予感に満たされて、オレは憑かれたようにゆっくりと振り向き、見下ろす。
「リナ・・・・?」
ぐったりと横たわる、白い背中。
その腕に、手首に、痛々しい痣のあと。
ところどころを染めている、一夜の刻印。
はっと自分の腕を見る。
何条にもわたる、赤い筋。
胸にも、背中にもかすかなひりつく痛みが残っていた。

オレは自分の頭をわしづかみにする。
まさか。
まさか。
まさか。
まさか、そんなことが。


「ぐああああああ!」






目を覚ましても、リナの意識はどこかを彷徨ったままだった。
一日中、ベッドから起きようとせず、ただ黙って前方を眺めているだけ。
食事を持っていっても、その匂いで目が輝いたりしない。
スープを流し込んでも、咀嚼せずにただ咽に流れ込む。
名前を呼んでも何も反応しない。
ただ触れると、倒れ込むように身体を預けてくる。
何も見ていない。
何も感じていない。
ただ一体の、人形のように。


日増しにやせ細る小さな身体をそっと抱きしめ、オレは呟くことしかできない。
「リナ、リナ、リナ・・・・・」と。
だから、壊したくなかった。





+++++++++++++++++++++++++++++++++++

白い空間にあぐらをかいて浮かぶ神官。
顎に手をあて、考えていた。
「やはり人間の行動はまだまだわかりませんねえ。僕も修行が足りないようです。」

頭をかしげる。

「何故でしょう。僕の見たところ、リナさんは少なくともガウリイさんを男性として意識していました。ガウリイさんは言うまでもなく。
ああなったところで、別段驚く二人ではないと思っていましたが。
たかが行動ひとつで、あれほどリナさんが変わってしまうとは思いませんでしたねえ。正直、リナさんは本気でガウリイさんを信じていた、ということでしょうか。
ならば、そうさせたのは、ガウリイさん。
・・・・・やはりあの人は侮れません。
二人をつついて、くっつかせて、そこから新たなちょっかいを出して、嫉妬や心配を生み出そうと思ったんですが。
どうやら、実験は失敗したようです。」

観察者は、目前の光景に目をやった。

「面白くないですね。あれじゃ、リナさんじゃありませんよ。」
細目を開けて、魔族は立ち上がる。
杖をひとふり。
「やり直し。」



+++++++++++++++++++++++++++++++

「ちょっとガウリイ、こんなとこで何してんのよ!?」
耳もとでがみがみ言う声に目を覚まされ、ガウリイは床から飛び起きる。
「え、え?」
「だから、なあんであんたがあたしの部屋の床で寝てんのよ!?」

リナはベッドの上で、パジャマを着たままカンカンに怒っている。
ガウリイはしばし、ぼ〜〜〜〜〜〜っとそれを眺める。
目をやると、机の上にはグラスが二つと空の酒ビンがごろごろ。

「何言ってるんだ、お前がオレの部屋で寝ちゃったんだろ!?」
「・・・・え?」
リナの動きが止まる。
頭に人さし指をあて、考える。
ぱっと顔を起こし、ちゃはっと笑う。
「そ〜〜〜〜だった。いやあ、ごめんごめん。」
「まったく。」
「いやん、怒んないで。ごめんてば、ガウリイ。」
「ぶりっこがオレに通用するかよ。」
「あ。そっか。つい、いつものクセで。」
「あのなあ。」
「ともかく、おはよ、ガウリイ。」

ガウリイは眩しそうにリナを仰ぎ見る。
「ああ、おはよ、リナ。」



































====================おわし。

うきゃ。びっくりした人、ごめんなさい。
「水面の鳥」ダークサイドをお届けしました(笑)故にタイトルは黒鳥。
オディールガウリイ(爆)33回(?)のグランフェッテを踊るのよ!!
あ。ゼロス様にカミソリれたー送らないで下さいね(爆笑)
全部そーらの責任です。
「すてっぷ」リナさいどで、「ガウリイがそんなにまでして守りたかったのは何だったんだろう」の答えがこれです。
では、おどかしてごめんなさいです。でもまたやります。ダーク(笑)


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