「スパニッシュフライ」


「………ぐ。」

食事中にリナは、突然スプーンを取り落とし、胸を抑えて呻く。
「リナ!?」
「来ないで、ガウリイ」
「一体・・・・・」
リナが今まで食べていたスープの皿を取り、匂いをかぐ。
あるかなきかの、かすかな、痕跡のような異物の匂い。

「毒、か!?リナ、今すぐ毒消しの呪文を唱えろ!」
「や・・・・・ちが・・・・・・」
「違う?だって、そんなに苦しんで・・・・・」
「いいから、放っといて・・・・」
胸を抑えたまま、リナはよろよろと階段へ向かう。
ガウリイは取るものもとりあえずその後を追う。

「リナ!」
「来ないでって、言ったでしょ、ガウリイ!お願いだから。」
「一体なんなんだ!説明ぐらいしてくれてもいいだろ!?」
階段で追いすがる。
腕を掴もうとして振り払われた。
「お願い、放っといて!大丈夫だから!」
言うなりリナは、おぼつかない足下で何とか部屋へ駆け込んだ。
ガウリイはドアの前で呆然と立ち尽くす。

部屋の中で、がたがたと音がした。
続いて、人間が転げ回るような音。
「リナ!!」
構わずドアを蹴破る。
この状況をほっておけるか!!



部屋のまん中で、リナが丸くなって床に転がっていた。
「リナ!おい、リナ!」
「さ、触らないで・・・・・」
「そんなことを言ってる場合じゃないだろ!どうすればいい。
医者か、白ナントカを使うヤツを探せばいいのか!?」
「どっちもハズレよ。これは、誰にも治せないの。効果がすぎるまで・・・」
「効果?効果って一体!?」
ガウリイはリナを抱き起こす。

頬は上気し、呼吸は短く浅い。額にじっとりと汗をかき、苦しそうに眉をぎゅっと寄せている。だが目が、何かを訴えていた。
「苦しいのか。」
「ちょっと、ね。でも、命に別状があるってんじゃ、ないから。
心配、しないで。」
「心配するに決まってるだろ?こんなに苦しんでんのに。」
「じゃ、ちょっと離れてくんない?」
「なんで。オレがいたら嫌なのか。」
「そうじゃないんだけど・・・・」
「わけがわからん。わかるように説明してくれ。」
「・・・・・」

「スパニッシュ・フライよ。」
「すぱ・・・・なんだ、それ。」
「・・・・・あんまし言いたくないんだけど。」
「言ってくれ。」
「媚薬よ。」
「び?」
「催淫剤。女の子にんなこと言わせないでよ。」
「さ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、お前!!!」
「静かに。」
「これが静かにしてられるか!
何でそんなもんがスープに入ってるんだよ!?」
「知らないわよ。そこまでは。でもとにかく、そういうヤツなの。
はっきり言って、速攻性の麻薬みたいなヤツで、禁制の品よ。どこで手に入れたかはわからないけど、あたしも、聞いたことしかなかったから、最初はわかんなかった。」
「・・・・・・でも、それでどうしてこんなに苦しむんだ?」
リナは目を閉じる。
「誰かに抱かれるまで、悶え苦しむって、無茶苦茶お下劣な薬なのよ。」

うげ。

「・・・リナ。」
「情けない声出さないでよ。
わかったら・・・ちょっと放っといて。
明日の朝には落ち着いてるから。」
「しかし・・・苦しんでるお前を放っとけない。」
「あんたがここにいると、あたしがさらに苦しいって、言っても?」
ガウリイが驚いて、目を大きく開く。
「どういうことだ。」
「・・・つまり。誰かに抱かれるまで、って言ったでしょ。
そこに男がいれば、ヤバいでしょーが。」
「う・・・・・そ、そっか・・・・・・」
「わかったらお願い。」
リナの目は、ひたりとガウリイを見据える。
「こんなとこ、ガウリイに見られたくない。」
「・・・・・」
ガウリイは黙り込む。


「でも、一人で苦しむより、二人のが少しは楽かも知れないぞ?」
「なんの根拠があって、そう、言うのよ。」
「根拠なんかない。ただ、お前が苦しんでるってわかってて、オレがのんびりしてられると思うか?
苦しんでるとこオレに見られたくないって気持ちもわかるけど、オレは、お前がどんなになったって、変わるような人間じゃないつもりだぞ。」
「・・・・・どうしても?」
「ただこうやって抱きしめるくらいしか、できないけどな。
それでも、そばにいてやりたい。」
「・・・・・わかった。」
食いしばった歯の隙間から、絞り出すようにリナが答える。

リナの体はがたがたと震え出した。
ガウリイはリナを抱き上げ、ベッドに連れて行く。
毛布でリナをくるみ、その上からきつく抱きしめる。
リナは指先が白くなるくらい、ガウリイの服の襟を掴んでいる。
荒くなる呼吸。
苦しげにそれは続く。
ガウリイにできるのは、自分で言った通り、ただ抱きしめるだけ。
代われるものなら代わってやりたい。

「はぐ・・・・」
ひときわ大きく体を震わせ、リナは自分の唇を噛み締めた。
衝動が、リナを襲う。
こんなの、ウソだ。
何もかも捨てて、今すぐガウリイにしがみつきたい。
首に手を回し、キスを求め、自ら全てを脱ぎ捨てて、この身体に高まった熱を、ガウリイに冷ましてほしい。その胸で、その体で。
狂おしいほど求めあって、ひとつになりたい。
頭が溶けそうになる。
首を振る。
こんなのは自分じゃない。
ガウリイに抱いてと懇願してしまいそうな、こんな自分は自分じゃない。
万が一の可能性で、口からその言葉が漏れてしまうのを恐れて、リナは唇を噛みつづける。ぎりぎりと音がして、唇から何かが流れた。

ぎゅっと戒めていたガウリイの腕が、そっと体から離れた。
「?」
ガウリイは手をリナの顎に当てる。
「まさか、ガウリイ?」
彼の表情は読めない。
ただ射すくめるような青い瞳の輝きに、吸い込まれそうになる。
哀れに思って、抱いてくれるの?
でもそれって、すごく残酷なことなんだよ?
でも薬が蔓延したこの体は、絶対拒否しないだろう。
おそらく。

だがガウリイの指は、リナの唇から流れる細い血のすじを拭き取っていた。
「自分を傷つけるなよ・・・・」
囁くような言葉をひとつ残し、ガウリイの唇が近付く。
やだ。
ガウリイ、お願い。
いや。
い・・・・や・・・・・・
唇を合わせたまま、口の中でガウリイが言った。
「噛むなら、オレの唇を噛んでろ。・・・・・・リナ、すまん。」
何故ガウリイが謝ったのか、一瞬わからなかった。
だが、次に襲ってきた痛みで、リナは理解した。
ガウリイのこぶしがみぞおちに入り、リナの意識は霞みの向こうへと消えていった。




汗で額にはりついた前髪を、そっとかきわけてやる。
リナはまだ苦しそうな顔をしていたが、呼吸はだいぶ楽になっていた。
そっと、この世で一番大事なかけがえのないものを、ベッドに降ろす。
毛布をかけ直し、片ひじをついて寝顔を見つめる。
もう片方の手で、頭を撫でる。
「ごめんな。リナ。こんな手段しかなくて、さ。」
こんなに苦しませて、あげくの果てに思い付いたのがこれか。
ガウリイは苦笑する。
抱いてやれば、良かったのかも知れない。
だが、薬で抱くのは嫌だった。
苦しそうだったから抱いたなんて、薬の効果が切れたあとのリナを考えてみろ。
女の子として、可哀想すぎるだろ?
だが決心は、リナがあまりに苦しむので一瞬ぐらつきそうだった。
だからリナを気絶させたのかも知れない。

冷たい唇に、そっと触れる。
痛々しい、傷口を舐める。

リナが目を覚まさないよう、軽くふれるだけ。
頭を、撫でる。
繰り返し。
ふつふつと、怒りが沸き上がる。
リナをこんな目に合わせた誰かに。
だが相手がわからないのでは勝負にならないし、怒りのもって行き場がない。
ガウリイはただこぶしを握りしめた。



「あ〜〜〜あ、やっぱりダメですか。」

この一声を聞いて、ガウリイがはじけるように立ち上がった。
焼き付くすような視線のその先に、にっこりと笑った魔族が一体。
名前を呼ぶのも今は厭わしい。
「言っておきますけど、今回は僕の仕業じゃありませんよ。」
「・・・それを信用しろというのか?」
「別に。信じていただかなくても結構ですが、せっかく種あかしに参上したのに。」
「・・・・・」
「あれ。反応がありませんねえ。あなたにとっても重要なお話なんですが。」
「・・・・・なんだと。」
「今ならリナさんは抵抗しませんよ。何故抱いてあげなかったんです?」
「・・・・・貴様・・・・」
「相変わらず、リナさんのこととなると人が変わりますねえ。
いいでしょう。教えてさしあげます。
あの薬は、摂取した人間が一番愛しいと思った人間に抱かれない限り、苦しむんです。別名はなんていうと思います?『告白熱』と言うんですよ。
もしその人間が、心から愛しいと思う人間がいなかったら、
効果は起きないんですよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ふっと、置き土産を置いて消え去る神官。
最後のセリフを、苦々しげに噛み締めるガウリイ。

高まった怒りの感情を抑えようと、リナの顔を振り返る。


眉根を寄せた苦しそうな顔に、そっと告げる。
オレは、今のゼロスのセリフは、聞かなかったことにする。
ベッドに近付き、腕を伸ばし、リナの小さな頭を丸ごと胸に抱きかかえる。
いつかお前の口から聞けるまで、ちゃんと待つから。
薬なんかなくたって、いつかきっと。

腕の中で、リナはいつしか安らかな寝息を立て始めた。




























==============================おしまい。

ダーク(笑)
二人が迎えるその瞬間を探るひとつのお話です。
少なくとも、何かの力を借りた時ではなさそうですね。さてさて?
薬をしかけた犯人は、いずれ別のお話で出てくるかと思います。今回、ちょっと状況が鬼畜でごめんなさいです(笑)この薬はちょっと設定が違いますが、あるマンガに出てきた薬です。これがわかる人はちょっと通かも(笑)

ではそーらがお送りしました♪読んで下さった方に感謝を込めて♪

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