「手を伸ばして。」
手とか目に弱いそーら。

 
 今日、学校で友だちとケンカした。
 でも明日には笑っておはようを言えるだろう。
 
 昨日、家で弟が熱を出した。
 でも今日はもう下がって、ベッドの上でゲームをしていた。
 
 一昨日、近所で交通事故があった。
 でも車同志が出合い頭にちょっとぶつかっただけで、双方ともケガはなかった。

 あたしの心配ごとといえば、明日の小テストと、体育のマラソンと、今度はいつお気に入りのバンドがTVに出るかということ。
 いきなり世界の行く末を展望したり、絶望して宗教に入ったり、悟りをひらいて無我の境地に落ち入ったりしない。
 
 ごく平凡な日々。
 ごく平凡な人々。 
 ごく平凡なあたし。

 でも、あたしはこの平凡てやつが好き。平凡でいるのは難しい。人と極端に違ったことをしちゃいけないし、常に流行に敏感で、TV番組は必ずチェックして、ウワサ話も切らしちゃいけない。変だと思う世の中の決まりにも、疑問を持っちゃいけないし、女の子の間に伝わるウソみたいな伝説も信じなくちゃいけない。たとえば、19才の誕生日までにシルバーのリングをもらえれば幸せになれる、とか。
 
 でも平凡な日々は、悪夢にうなされることもない。
 正体がわからない何かに、執拗に追いかけ回されることもない。
 食事や寝るところの、心配もいらない。
 夜、交代で眠ることもない。

 明日はマラソンか。やだなあ。男子と一緒だ。また、隣の席のいやなヤツが、お前のムネは走っても揺れないとか言うんだろな。
 
 ああ、誰か、ここに突然やってきて、別の世界に連れていってくれないかな。マラソンのない世界。

 でもやっぱりいいや。平凡が一番。他の世界になんて行きたくない。
ここがあたしのいるところだし、他の世界にだって、もっと深刻な苦労やモンダイがあるわよ。

 そんなことをつらつら考えながら、あたしは眠りに落ちた。

----------------------------


 「おはよ。」
 「あ、おはよ。・・・昨日は、ごめえん。」
 「なによお、今さらあ。照れるからヤメて。昨日のTV見た?」
 「うん、見た見た♪」
 昨日ケンカした友だち。やっぱり今日には元通り。
 そしていつもの会話。いつものメンバー。学校への近道。

 突然、風が吹いた。

 目の前の、何もないところから急に、裂け目みたいなのができた。

 あたしたちは立ち止まった。

 何が起こったか、わからなかった。

 裂け目から、人の手みたいなのが出てきた。

 その手を見た途端、あたしはハっとした。

 「リナ!!」



 ・・・・・・え?

 次の瞬間、裂け目から手に続いて腕、肩、そして男の人の顔が出てきた。

「リナ!!!」

 名状しがたき、この叫び。
 抵抗できない、引力。

 男の人は、長い金髪をたなびかせて、必死に裂け目のこちら側に出てこようとしていた。何か強い力が、彼を元の場所に引き戻そうとしているよう。----------元の場所?こちら側?
 あの裂け目はなに?

 「リナっ!!」

 あの人は誰?

 ・・・どうして、呼ばれているのがあたしだと思うんだろう?
 .....どうして、呼ばれているのがあたしだと分かるんだろう?
 ・・・どうして胸がこんなに痛むんだろう?

 「リナ!!!!!」

 懸命に、彼はあたしに向かって手を差し伸べる。
 大きな手を目一杯広げ、少しでもこちらに届くように肩がちぎれそうなくらい腕を伸ばしている。苦しそうだ。目で、この手を取れと言っている。

 でも。

 あたしは平凡が好き。この平凡な世界が好き。平凡な毎日が好き。たとえ、努力しなくちゃいられない世界でも。この世界を捨てて、あの手を取れというの?きっと、あの裂け目の向こうは、別の世界なんだろうな。ここよりもっと、ひどい世界かも知れない。それなのに?


 リナ!!!!!!

 ああ。

 あたしの足は、あたしも気付かないうちに前へと出ていた。
男の人に向かって。一歩、また一歩と。
 友だちは動かない。口をあんぐりと開けて、あたしを見ている。信じられないという顔をしている。他のクラスメートも同じ。この人たちはこの世界の人間。あたしもそうなのに。でも。

 抗したがい、彼の、手と目と声があたしを呼ぶ。

 あたしは、彼の手を目掛けて走った。彼の目に安堵の表情が浮かぶ。
そして、焦燥。急げ、と。
 躊躇する間もなく、彼の手を取る。大きくて、暖かくて、何だか懐かしい手だった。

 ああ。あたしは平凡が好き。好きだったのに。

-------------------------------





 「リナさん!
 「リナ!
 「リナ

 あたしはぽっかりと目を開けた。らしい。
皆があたしを取り囲んでいた。

 知ってる顔ばかりだった。

 心配そうなアメリア。
ホっとした顔のゼルガディス。
・・・そして。

 あたしはガウリイの腕の中にいた。
右手にしっかり、ガウリイの手を掴んで。

 「・・・心配しましたよ、リナさん。洞くつに入った途端に倒れたんですんから。最初は何が起こったのか、全然わからなくて。リナさんは目を覚まさないし、ゼルガディスさんにも原因がわからないし、あたし、あたし・・・」
 アメリアは、そのでっかい目に涙を溜めている。
「どうやら、入り口にワナが仕掛けてあったらしい。自然石を使った魔法陣で、踏むと活性化して意識だけ別の世界に飛ばしてしまうってシロモノだ。この洞くつにはここらへんの昔の豪族の墓地があって、盗掘除けに仕掛けたらしい。」

「・・・ただのドロボ−除けにしては、手間がかかってんのね。」
 さっきから止まらない心臓の早い動悸を隠そうとして、つとめて平静そうな声を出す。

「で、どうやって元に戻してくれたの?」
「ガウリイさんですよ。
わたしたち、急いで村まで戻って事情を知ってる祈梼師さんを連れてきたんです。
そしたら、本人をよく知ってる人間が自分の意識を飛ばして、迎えに行くしかないって言われて。」
「で、ガウリイのダンナが行くって譲らないもんだから。」
ゼルがアメリアの後を引き取る。
「結構、ヤバかったんだぜ。この方法。
下手すりゃ、ダンナも戻れないトコだったんだからな。」
 
 ちらり、とガウリイの顔を見上げる。
 ん?という顔をしていた。
 いつもの、トボけた表情。
 
 「もし意識が飛んだ先の世界が気に入って、リナの意識が戻りたがらなかったらアウトだったんだ。」ゼルがさらに暴露する。
 その時ガウリイが、ゼルに目をやったみたいだった。
 途端にゼルが肩をすくめて、何故かそれ以上何も言わずに向こうへ行ってしまった。
 

 「・・・リナ、お前、向こうでのこと覚えてるのか?」
 ガウリイが、頭上でぼそっと言った。
 「・・・・ううん。全然。」
 「・・・そうか。」
 言外の含みを込めた間(ま)に、あたしが気付かないとでも思ってるの、このクラゲ頭は。
 「何よ?」
 「・・・いや。ふっと考えちまっただけだ。」
 「だから、何よ?」
 「いや、お前をこっちへ戻しちまって、良かったのかな、と。」
 「・・・何で?」
 知らずに声がキツイ調子になる。
 フザけたことを言ったら、ただじゃおかないから。
 「ちらっとしか見なかったけど、向こうの世界のお前、な、」
 「うん?」
 「なんだか、今よりリラックスした顔してた。」

 そう話すガウリイの顔は見えない。横を向いていた。顔を隠す、艶やかな黄金の髪が邪魔をしている。
 「・・・・・」言葉に窮した。

 「もしかしたら・・・」
 でも、あたしはその先をガウリイに言わせたくなかった。
 「なあに陰気くさいこと言ってんのよ?」
 「・・・・・」
 ガウリイはまだこちらを見ない。
 「あたしはここにいるわよ、ガウリイ。あたしの世界はここだし、あたしの仲間はあんたたちだけ。あたしがあたしの世界に還るのは、当たり前でしょ!」
 声に力を込める。彼を、振り向かせるように。
「それともあたしがここにいるのが不満なわけ?」スネてみせる。
 やっと、ガウリイがこちらを向いた。

 その顔を見た時、何だか、ずきんと胸が痛んだ。

 あたし、何だかすごく長いあいだこの人と離れていた気がする。


 考えてみると、あたしはまだガウリイの腕の中にいたんだった。右手は、ガウリイの左手をぎゅうっと握りしめている。今気がついたかのようにはっとして、あわてて手を引っ込めようとした。
 ガウリイの左手が、それを許さなかった。
 大きな手であたしの手を包み込む。
 
 目と目があった。

 「お前が還ってきてよかったよ。」

 手と目と、声。

 この三つがあたしをこの世界に引き戻したことを、ガウリイはまだ知らない。
「・・・ありがと。ガウリイ。」

 彼は会心の笑みを顔いっぱいに広げた。



































−−−−−−−−−−−−−−−−−−END

最初読んだ人はあれ?と思って下さいましたか?
今回はちょっとシカケました。それから、ワナのあたり、ちょっと適当です(爆)最後のリナのモノローグには、ちょっとPSY'S入ってますね。手と目と声の三点にヒジョーに弱いそーらです(笑)ゼルガディスがあっちへ行っちゃったあと、二人が世界作ってます(笑)アメリアは当然気をきかせてゼルの方へ行っちゃったと思って下さい♪ 
当分らぶらぶモードが抜けないそーらです。ここまで読んで下さった方、ありがとうございました♪ガウリイさいども書いてみました(8/24 午後6時) 

ガウリイさいどへ行く。