「別れ」


前書き:これはそーらがハッピーエンドが読みたいがために、勝手に想像したエンディングの一つです。いや、もっと違うエンディングがあるはず、とご自分の想像をお持ちの方は読まない方がいいかも(;^-^)かなり独断と偏見はいってます(汗)
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 その日、セイルーンは国を挙げての祝典におおわらわだった。

 第二王位敬承者であり、直系の姫であるアメリアの誕生祝賀パーティーが開かれることになっていたからだ。招待客がぞくぞくと詰めかけ、城には食料を山と積んだ重そうな荷馬車が列をなした。
 当人の姫はといえば、毎年のこととは言え少々うざったい気持ちもあった。なぜなら城出僻のあるこの姫に対し、この時期は異例とも思える厳重な警備が付くからだ。表向きは要人である姫の警護ということになっていたが、どう見ても城から出さないための措置だった。
 だが今年はいつもと違った。
各国の大使だの商人だの普段は顔を見たこともないお偉いさんに囲まれて退屈なだけのパーティーに、リナ達が来ていたからだ。
 その上、リナは強引にゼルガディスを引っ張ってきてくれていた。
メンバーはいつもの、リナ、ガウリイ、ゼル、シルフィールだった。


 リナがアメリアの執務室を訪れた時、アメリアは決して驚きはしなかった。パーティーと言えばリナは聞き逃さないだろうし、当然ガウリイさんも付いてくる。だがゼルガディスが来たことには心底驚いた。
 行方不明の彼を、どうやってリナが捜し出してきたのかはわからない。
ゼルガディスも少なからず驚いていたようだ。
だがリナはアメリアにウィンクし、こう言った。
「久しぶりでしょ。なんか皆に会いたくなったのよ。」

訳もなく、その時アメリアは不安を覚えた。





 パーティーは盛大なものだった。
 
 アメリアがうんざりしたのには、彼女が年頃とあって各国が選りすぐりの王子または有力な家の息子やらを送りつけてきたことだった。
 彼らは一応はお祝に来てくれたのであってむげに追い返すこともできず、いちいち対応しなければならないのがどうにも我慢ならなかった。これも外交のうち、とお側付きに嗜められるが、早くその場を辞して楽な服に着替え、リナ達と食べ歩きたい気持ちの方が強かった。
 なにより、パーティーが終わればまたすぐにいなくなるであろうゼルガディスのそばにいたかったのだ。


その頃、主会場となっている城の大広間では一般の客も混じって盛況となっていた。
 「なあ、リナ。」
「ふぁ?」
大きな肉の固まりを口にくわえたまま、リナがゼルガディスに返事をする。「なんで俺をこんなところに連れてきた?」
「ふぁんでって・・・・」
もぐもぐと肉を咀嚼し、一気にワインで流し入れる。
「だってあんたも来たかったでしょ。」
ゼルガディスがむきになって反論しようとする。
「すとっぷ。わかってるって。」

 片手をあげ、てのひらをゼルに向ける。
「あんたの中でちゃんとした結論が出るまで来ないつもりだったんでしょ?わかってるわよ。」
「・・・・・だったらなんで、連れてきたんだ。」ゼルは否定しなかった。
「んーーー。」少しだけ、ほんの少しだけリナは言い淀んだ。
「会いたかったから。・・・・じゃ、いけない?」
悪戯っぽい笑顔でリナは振り向く。ゼルガディスはどきりとした。
何故だかその笑顔が一瞬寂しそうに見えたからだ。
「リナ・・・?」

 問い詰めようとした時、大皿を抱えてガウリイがその場に戻ってきた。
ゼルは咽まで出かかった質問を慌てて飲み込んだ。
「おいリナ、また違う料理が出たみたいだぞ♪」
「なんですって。それを見のがす手はないわね。行くわよガウリイ、準備はいい?」「おう!」あっと言う間に二人は見えなくなった。
ゼルガディスは一人黙って立ち尽くしていた。
 そこにシルフィールが知り合いに挨拶を終えて戻ってきた。
「あら?リナさん達はどうしたんですか?」
「ああ。また違う料理が出たとか言って走っていったぞ。」
「まあ。うふふ。」おかしそうに口に手をあてて笑うシルフィール。
 この女性に、前からきいてみたいことがあったのをゼルガディスは思い出した。

 「なあ、あんたはガウリイのダンナが好きだったよな。」
唐突な質問を浴びせられてシルフィールは息を飲んだ。だがすぐに笑顔を返した。「どうしたんですか、ゼルガディスさん。なにかあったんですか?」
「いや、そうじゃない。・・・あんたの気持ちは、ガウリイ本人以外は皆気付いてた。だが最近あんたは姿を見せない。まあいろいろとやることはあるんだろうが、何故なのかとふと思ってな。」
「・・・ご存じだったんですか。」
目を伏せ、髪をかきあげる。
長い睫だな、とゼルは思った。

「確かに私はガウリイ様が好きです。いつもご一緒したいと思ってます。」
「ならすればいい。誰も文句は言わないと思うがな。リナだって。」
「ええ。リナさんは言いません。・・・だから、余計に一緒に行かれないんです。」
「・・・・・?」
「リナさんは、ああ見えても人の気持ちを考える人です。ですから、私のガウリイ様への気持ちを知っていながら一緒に来てもいいと言うでしょう。
・・・返って辛いんですよ。
私達の邪魔をしないで、付いてこないで、って言われた方がどんなに楽か・・・・」
静かに語るシルフィールをゼルは黙って見つめていた。
「そうすれば私は、リナさんを憎むことだってできる。
そうして気持ちを切り替えて、ガウリイさんのことだけを考えていられる。
恋に、自分勝手でいられるんです。
・・・でもリナさんはそんなことは言いません。
たぶん私に焼きもちみたいなのも焼いてるとは思うんですが、そういう自分は二の次にしちゃう人なんですよ。」
 シルフィールは微笑んだ。少し哀しそうに。
でもとても静かで美しい微笑みだった。

「だから私、少し距離を置いて考えてみることにしたんです。
本当に自分がガウリイ様のことを好きなのか、ガウリイ様を必要としているのか。
・・・答えは簡単に出ちゃったんですけどね。」
「どう出たんだ?」
「笑っちゃいますよ。」
「・・・いや、笑ったりはしない。」
ゼルにも、この女性の気持ちは痛いほどわかるから。

シルフィールは悪戯っぽく笑った。
「私って馬鹿ですよね。私は自分のことしか考えてなくて、ガウリイ様の気持ちは全然考えてなかったんですよ。」こつん、と自分の頭を小突く。
「少なくとも、ガウリイ様は私を必要だとは考えていません。・・・リナさんほどには。」
「・・・はっきりきいたのか?」
「聞かなくてもわかります。」ゼルはその顔を見て後悔した。
「わかります。見てれば。ふふふ。私って、ホントに・・・・」
 ゼルはシルフィールが泣くと思って身構えた。
だが彼女は泣きはしなかった。
「だからいいんです。こんな風にたまに会えれば。それに、」
と、言い淀む。
「それに・・・・私、リナさんも好きですから。」
 嘘のない言葉だった。

 


 シルフィールに外の空気を吸ってくると言ってその場を逃れたゼルガディスは、大広間から抜け出して城の中庭に出た。
 そこで毒づいた。
 自分の好奇心のためにまた関係のない人間を傷つけた。俺って男はどこまで自分勝手な奴なんだ。
 ため息をついて、点在する彫刻の一つに腰かける。
罪悪感を横にやるようで後ろめたかったが、少し考えたいことがあった。シルフィールの、悪戯っぽく寂しそうな笑顔を見てリナの態度を思い出したからだ。

 あの笑顔は、どこか似ていた。
性格はまるっきり違う二人なのに。
どこに共通点があるというのだろう?

 かたや食い気しかないように見える女。
かたや、恋する男性に自ら別れを告げようとした女。

・・・・・・・・?


 思い倦ねていると、背後から声が掛かった。
「ゼルガディスさん?」振り向くと、正装したアメリアだった。
「やっぱりゼルガディスさん。どうしたんですか?」
 裾を持ち上げ小走りに駆け寄ってくる。ああ、走りずらかろう。いつもはもっと軽装だから。まるで彼女の本質のように。
 だが今日のアメリアは豪奢なドレスを着込んでいた。それはそのまま今の彼女の立場を表わしていた。
 いちいちこんなことを考えてしまう、俺も馬鹿だな。
 鬱々とするゼルに気付かないのか、アメリアは嬉しそうにゼルガディスを見上げる。
「退屈ですか。こんなところで、パーティー抜け出してきたんですね?」
「まあな」
「リナさん達は?」きょろきょろと辺りを見回す。
「まだ食ってるよ。お前、城が破産しないうちに逃げ出した方がいいかもな。」
言ってから後悔した。
 これではまるで、今すぐに城を出ろと勧めたようなものだ。
 そんなゼルの焦りを見てとったアメリアはすぐに笑った。
「嫌ですよ。まだいろいろやらなきゃいけないこともありますし。
わたしこれでも結構忙しいんですから。」

 その目は、こう語っていた。あなたとの約束は忘れていません、と。
いつか迎えに来てくれると約束してくれたことを。
あなたがその約束をした以上、わたしも無理にはついて行きません、と。
 すまない。心の中でゼルは謝る。口にすれば簡単だが、言わなくても彼女にはわかるだろう。アメリアは他に気掛かりがあるようだった。

 「ゼルガディスさん・・・・」
「なんだ?」
「リナさん、どうやってあなたを捜し出したんでしょう。実を言うと、このパーティーの前に父さんがあなたを捜索するよう、家来に命じていたのを知ってるんです。・・・でも彼らは手掛かりすら見つけることができませんでした。その人数を聞くと、ちょっと凄いですよ。
 なのにリナさんは魔法でも使ったみたいにあなたを捜し出してきてくれた・・・一体どうして?」
「・・・魔法というのは当たりだ。」
「え?」
「リナはどうも高名な占い師を雇ったらしい。何でもよく当たると評判のヤツで、だがなかなか依頼を引き受けないと言う。」
「それってまさか×××って人じゃ・・・・」
「その通りだ。どこでそれを?」
「わたしも聞いたことがあります。依頼を受けないのは、法外な値段が付くからだとか。・・・・・リナさん、じゃあ・・・・・」
二人は顔を見合わせた。

「なんでそんなことをしてまで、俺達を集めたんだ?」






 夜が更け、パーティーはまだ続いていた。
リナはしこたま酔っていた。はんぱな酒量ではない。
だがまだ顔は普通だった。
 ガウリイは首を傾げた。
いつものあいつならとっくに酔いつぶれて寝てるだろうに。

 だがガウリイの予想通り、リナはいきなり倒れてその場で眠りこんでしまった。周囲の心配を手で追い払い、ガウリイはリナをかつぎあげる。
 広間を出ようとすると、小間使の一人が荷物を持ってきて割り当てられた部屋の行き方を教えてくれた。
何時間も前に、ゼルやシルフィールの姿は広間から消えていた。


 それぞれ部屋に戻ったかもしれないなと思いながら、長い廊下を歩いていると向こうからフィリオネルがやってきた。どたどたと足音も高く走ってくるフィルにガウリイは口に人さし指をあててから、腕に抱いたリナを指差した。
「お、おお。すまんすまん。」フィルも小声で謝る。
「リナ殿に久しぶりに会えると思ってきたんじゃが、なにせ仕事がのう。」
「アメリアも忙しいんだろうな。姿が見えなかったぜ。」
「なに、こっちじゃなかったのか。
昼間から侍女どもが捜しておったが・・・・」
 そこで鬚面の大男は意外に柔和な顔を見せた。
「ああ、いやまあ、野暮なことは言うもんじゃないのお。
 ・・・ところで部屋はもらえたか?おお、そうか。よしよし。可能な限り、ゆるりと滞在されよ。」それは城の倉庫が可能な限りってわけか?
「どうもお世話になります。」
ぺこりとガウリイが頭を下げる。
「リナ殿は酔っぱらっておるのかの?」
「はあ、まあ。」
「いやいや保護者も大変ですな。」
 役、というところを強調する。やはりこの親父、食えない。
「階段に気をつけて行かれよ。」
 手を振ると、今度は忍び足で遠ざかっていった。



 部屋はこぢんまりとして居心地がよさそうだった。隣り合わせの二室を与えられ、右の部屋にリナを運びこむ。
 着替えさせるかどうか迷ったが、命が惜しかったのでやめた。
襟元だけゆるめてやり、上掛けを胸までていねいに引き上げる。

「今日のお前は、なんか変だな。」
寝顔に問い掛けても、答えは返ってこなかった。





 夜中にふとガウリイは目を覚ました。
突如としてもの凄い不安が押し寄せてきた。

 リナ。リナは?

 剣をつかむ余裕もなく部屋を飛び出し、隣に急ぐ。

 まさか。



 だが予感は的中した。
 寝る前にもう一度見に行った時は、ぐっすりと眠っていたリナの姿がベッドの上になかった。小間使いが渡してくれたマントもショルダーガードもなかった。窓が開け放たれカーテンが風になぶられて激しく揺れている。
 急いで窓へ向かったが、地上にも空にも人影は見付からない。
手掛かりを求めて振り向くと、鏡台の上にイヤリングが置きっぱなしになっていた。お気に入りを忘れていくなんて、と不審に思い持ち上げてみると、その下に小さく折り畳まれた紙があった。


 『これを読んだ人へ。
 私、リナ=インバースは思うところあって出奔いたします。
 捜さないで下さい。
 それから』

 ガウリイの目が止まった。

 『このイヤリングを自称保護者に渡して下さい。』

 最後にサインがしてあった。



 ガウリイはその手紙を握りつぶした。






 あくる日、アメリアとゼル、シルフィール、フィリオネル王子はアメリアの執務室で顔を合わせた。
 机の上には、くしゃくしゃになった手紙が置かれていた。
「・・・リナさん」
「やっぱりあいつ、どこか変だと思ったんだ!くそっ!」
ゼルは机に拳を振り降ろす。
「あの時俺が気が付いてやれば・・・・・・!」
「ゼルガディスさん一人の責任じゃありません。リナさんの態度が何となくおかしいなと思ったのは私もなんですから。」
アメリアがそっとゼルの背中に手をあてる。

 「リナさん・・・・どこへ・・・」
思いつめた様子でシルフィールが言う。
「さあ・・・・。わからん。たぶん見つけるのは俺より難しいだろうな。」
「どうしましょう・・・・・」

 「・・・・・・ところで、ガウリイ殿は?」
思い出したようにフィルがきいた。
「それが今朝から姿が見えないんだ。」
「この手紙はどこにあったんですか?」
「俺の部屋の前だ。・・・朝方、戻ってみると扉の下に挟んであった。俺の部屋はダンナの部屋の近くだったから・・・・・」
 言いにくそうにゼルが告白する。
 4人は黙り込んでしまった。

 「リナさん・・・・ガウリイさん・・・・・どうして・・・・・・」
シルフィールの問いが、空しく谺した。





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