「別れ」

  


 セイルーンを遠く離れた山の中腹で、リナは翔封界の呪文を解いた。
「ま、ここまで来ればいっか。」

 


 酔いつぶれたのは演技だった。
 お酒は少ししか飲まなかった。あとはお酒そっくりのブドウジュースだったのだ。酔いつぶれてどうせ夜中には起きないだろう、とガウリイに思わせておきたかったためだ。
 大広間で眠ったふりをすると、ガウリイはあたしを他の誰かに任せないで部屋まで運んでくれた。
お布団もかけて、ぽんぽん叩いてくれた。
 十分だ。
 ガウリイが自分が寝付く前に見にきたあと、そっと起き上がり物音を立てないように注意して支度を整え手紙をしたためた。
 鏡台に手紙を置こうとしてなにか押さえるものを探したが、ふと気がついて耳につけたいつものイヤリングを外した。改めて手紙に一文を書き加え折り畳んだ手紙の上に、二つ揃えて置いた。

 窓を開け放ち、最後に部屋を振り返る。
 その視線はともすれば隣の部屋を隔てている壁の方向に彷徨いがちだったが、それも一瞬のことできっぱりと前を向き飛び立った。

 あれからもう何時間たったか。
すでに陽は天空の中央高く輝いていた。




 今頃、あの手紙見つかったかな。

 なんとはなしに、耳に手をやる。飛んでいる間すーすーして寒かった。
イヤリング、ガウリイ受け取ったかな。

 こんなに長い間一緒にいた仲間に、ちょっと素っ気無い挨拶だったかな。
 リナは反芻する。
 今生の別れだったのに。
 ま、いいか。
 
 ぐだぐだ書いたとこで事態が変わる訳でもなし、素っ気無いことにはかわりないし。せめてお気に入りのイヤリングを置いてくるのが、リナとしては精一杯だったのだ。
 目の端に盛り上がってきた透明な水を、ぐいと拭って歩き出す。

 お気に入りをいっぱい置いて来ちゃった。
アメリア、ゼル、シルフィール。
最後に会えたから、まあいいやね。
 ・・・・・・ガウリイ。


 
 「いいわよ。」わざと大声を出した。
 「お気に入りなんて、また作ればいいのよ。
イヤリングなんてどこにでもあるわ。」

 どこにもない、たった一つのものもあったんだけど。



 その声を聞き付けたのか辺りの木がざわついたかと思うと、木陰からむさ苦しい男どもが飛び出してきた。
 ばらばらの装備、お世辞にも綺麗好きとは思えない人相風体。
「ねえちゃん、金目のもの出しな。」
 言わずと知れた山賊の類い。

 リナは高らかに笑い声を挙げた。
「あんたたちい、い〜〜いとこに出てきてくれたわ!待ってたのよ!!」
「はあ?なに言ってんだ、このねーちゃん。いやおちびちゃん。
パニックで頭おかしくなっちまったかな。」

 予想外の反応に、とまどう山賊。
ああ、あんたたちって、いいわ。いい味出してる♪
 さあ、もう一声!

 「なんでもいーから金目のもんを奪え!」
 お頭らしい男の号令で、ワッと男たちが飛び掛かってくる。
呪文を詠唱しながら、ふとリナは思った。
なんだか、初めてガウリイに会った時みたいだな。
 急いで首を振る。
 過去、過去。あたしはリナ=インバースよ!
過去に生きる女じゃないわ!
 
「ファイアーボー・・・・・・・」


「ちょっと待ったあ!」

 
 いいところで合いの手が入り、ぱしゅんと光球が消える。
ああんもう、誰?いいとこなのに。
 またカッコつけの優男が出てきて、「貴様らに名乗る名前はない!」なんて言うんじゃないでしょうね。やめてほしーわ。

 「ぐわあああっ!」
「おごわっ!」
男達の輪が、外側から崩されていく。
 けっこうやるじゃん。ま、顔だけは拝んでやろうか。
ぶさいくだったら一緒に吹っ飛ばして・・・・・

 「だ、誰だ、お前は!」
お約束の言葉を発し、頭目が剣を構える。

 「貴様らに、名乗る名前はない!」

 リナは頭を抱えていた。ああもう、だからやめれってば。
今、そーいうのちょっと辛いのよね。何だか声も似てるし。

・・・・・っって、え?


 「とっとと尻尾を巻いて逃げ帰るんだな。そうすれば命だけは助けてやる。」
長身の男は剣を構えて、余裕のポーズを取る。

 「しゃらくせえ!やっちまええええええ!」

 一分と立たないうちに、足腰が立つものはいなくなった。
 男はリナに背中を向けたまま、剣を一度振り払うと腰の鞘に収めた。
 そしてゆっくりと振り返る。


 「リナ。」

 リナは首を振る。
「ウソ。違う。だって来れるわけないじゃない。あたしは夜中から飛び通しだったんだから。歩いてここまで来れるわけがないし、場所がわかるわけないじゃない。何かの間違いよ。・・・あんた、魔族かなんか?」
「・・・・・」
「その姿であたしを困らせようってんでしょ!そうなんでしょ!」
 男はゆっくりと近付いてくる。その顔は寸分違わずよくできていた。
でもよく見ると、違うところもある。
 
 ほっとしたような、切ないような気持ち。
それを振り払おうと、言葉を続ける。
「手抜きね!あんた!ガウリイはそんなに髪の毛短くないわ!あたしより長いのよ!調べが足りないようね。あんた、一体誰?」
「自称リナの保護者さ。今でも。」
 ガウリイはにっこりと笑う。魔族ではなかった。
 本物のガウリイだった。


 「だって・・・・」

 まだ信じられないという顔で、リナは後ずさる。
「どうやって追いついたかってんだろ?まったくエライことしてくれたな。おかげで全財産パアだぜ。」
 リナがいつだったか、あんたも少しは持ってなさいと押しつけた、革の袋が空っぽで振られていた。
 見るとアーマーもない。リストバンドも、手甲も。ベルトと剣帯に下げた剣以外は全くの無装備だった。
「この剣だってさっきそこで拾ったんだ。どっかの間抜けな山賊が落としたのかな。」
「・・・そうじゃなくて・・・・どうやってここがわかったの?」
 声がかすれるのを止められなかった。

 「・・・・」
ガウリイはリナが自分で結論を出すのを待った。
リナは思い当たってはっとした。
「・・・占い師ね!」
「大当たり。お前の居場所を占ってくれた上に、転送までしてくれたぜ。」
「お金。お金はどーしたの?あんたの全財産なんて何の役にも立たないわよ!ゼルの居所を占ってもらうために、あたしがいくら使ったと思ってんの!」
「ああ、足りないって言われたよ。」
「そおーーーでしょーーー!だから、どーやって!?」

 ガウリイは自分の髪に手をやった。
「似合うか?」

 「いーまーは、あんたの髪型の話じゃないでしょ、このクラゲ!!!」
「これと引き換えだったんだ。」
「え。」
「あの占い師のじーちゃん、実はハゲてたんだ。フードで隠してたんだけどはらっと落ちちゃったところを俺が見ちゃってさ。黙ってることと、この髪でかつらを作るのが条件で占ってくれたんだよ。」

 あっけにとられて、リナはガウリイのばっさりと切られた短い髪を見つめた。「もったいない・・・・」口をついて出たのはそれだけだった。
「あ?まあ、髪はすぐ伸びるし。」
「綺麗だったのに・・・」
「お前ほどじゃないさ。」
「・・・・・」
「さて、と。」
いつもの世間話でもするようにガウリイが言った。
「そろそろ聞かせてくれないか?」
「・・・・・」
「ホントにさよならするつもりだったのか?あんな紙切れ一枚で。」
「・・・・・」

「お前がいないのに気が付いた、その時の俺の気持ちがわかるか?」
「・・・あんたこそ、あたしが出て行った時の気持ちがわかるの?」
突然リナが爆発した。


 「あたし、ハンパな気持ちでこんなことしたんじゃないのよ!
わかる?一大決心だったの!なのに、なのになのになのに、なんで来るのよ!なんであたしの気持ちを無駄にするようなことをするの!!!」
 リナは下を向いたまま叫んだ。顔は見えない。
ガウリイがやや厳しい声で言う。
「そりゃ、無駄な気持ちだったからだろ?」
「ガウリイ・・・・・!」
「なんで俺を置いていったんだよ。」言葉が責めていた。瞳が。
「・・・・・・・わからない?」
「ああ、わからないね。」
「クラゲ!」
「ペチャパイ!」
「ああもう。ガウリイなんだから。」
 仕方がないという風に肩をすくめ、リナはガウリイに背を向けた。
「いっぺんしか言わないからよく聞いて。あんたの頭で理解できるよーにわかりやすーく説明するから。」
「ああ、そうしてくれ。」
「あたしは、」
 背中を向けたまま、リナは空を振り仰いでいた。

 抜けるような青空だった。
ガウリイの瞳を覗き込んでるみたいで、慌ててリナは下を向いた。

「自分の正体とやらがわかっちゃったみたいなの。」
「・・・正体?」
「うん。まあ、詳しくは言わないけどね。
まあ、まともな人間じゃないことは確かよ。」
「・・・・・」
「そんでね。人間が持つには大きすぎる魔力も持っちゃってるらしいの。」
「・・・・・」
「ほら、あんたがフィブリゾに捕まったあの事件の時。
なんとなくわかっちゃったんだけどね。」
「・・・・・」
「だからさ。このまま皆と一緒にいると、ほら、何かとやばいじゃない?あたしの魔力欲しさにいろんな連中が追っ掛けてきてるのよ。
人間、非人間を問わずにね。
 いつか、あたしはそんな連中が仕掛けた簡単な罠で、必要以上の魔力を使っちゃうかもしんない。例えば、誰かを人質にするとかね。
 だからそうなる前に、そういう弱点は極力排除した方が賢いってもんじゃない?そのうち連中の思惑にはまって、あたしが世界を滅ぼしちゃう前にさ。
だから・・・・・」
 そう。すでに一度使っているのだ。
「だから?俺達が邪魔になったのか?」
 その小さな肩は、懸命に震えを堪えていた。
「そうね。そうとも言うわ。弱点じゃ、邪魔なだけだしね。」
「弱点か。」
「そうよ。」
「このオオウソツキ。」

「なんですってええええ?」

 怒りあらわにリナが振り返ると、そこにはいつもの優しい瞳があって、リナはたまらずまた背中を向けた。
「なんの根拠があってそんなこと言うのよ?」
「理屈じゃないね。リナが嘘をついてるかどうかは、耳を見てればわかる。」
「み、耳?」リナが途端に動揺する。
「気がつかなかったのか。お前、嘘を言うと耳が真っ赤になるんだぜ?」
「う、うそっっ!」
慌てて耳を触ったリナは、まんまとガウリイの策に引っ掛かったことに気がついた。
「耳なんて、ウソね!」
「ああ、ウソさ。」
「騙したわね!」
「お前こそ。」
「よくもへーぜんと!」
「お前こそ。お前には負けるよ。」
「ガウリイのバカ!」
「もっと言えよ。」
「バカ!」
「もっと。」

 「ばかばかばかばかばかばかばかばかばかばか・・・・・・・・・・」
「もっと。」

 「・・・・・・・・・・・・・・」
「もうおしまいか?」
「・・・」

 「バカはお前さんだよ。」
 


 息を切らし、涙をぼろぼろと流すリナを、ガウリイは優しく抱きとめる。
「そんなに辛いのに、何で我慢するんだ?
泣きたい時は泣かないと体に悪いぞ。」
「だって、泣きたくなかったんだもん。皆に会って、顔を見ながらお別れを言うなんてできなかったんだもん!」
「バカだな。」
「バカだよ。」
「バカでもいい。リナなら。」
「・・・・・」
 
 リナを腕に抱えながら、ガウリイが話しだした。
「なんでお前がそんなに心配するのか、俺にはわからんな。
 ・・・お前の話は仮定ばかりだ。
いつか、とか、そのうち、とか、かもしんない、とか。
お前、自分でもはっきりわかってないんじゃないのか?
 そんな起こるかもしれない未来について、今からうじうじ考えるなんてお前らしくないよ。」
「・・・・・見たのよ。」
「何を?」
「あの占い師のとこで、あたしの未来を。」
「・・・お前、もしかして最初からそれが目的で、あの占い師のとこへ行ったのか?」リナは答えなかった。
「世界を滅ぼすのよ、あたし。」
 闇より暗い低い声だった。

ぶははははは。

 突然ガウリイがリナを抱えたままで笑い出した。
「お前ってホント、頭いいのか悪いのかわからんな!」
「な、なによ!」
「あのじーさんが占った未来がそうだったからって、その未来を変える努力をお前がしたら、そんな未来はありえないんだろ?
 お前の努力一つで変わっちまうなら、随分とお粗末な未来だな。
・・・・・つまり、未来なんていーかげんなのさ。
例えば朝ご飯に魚を食べるか肉を食べるかで、全然違う未来ができちまうんだよ。そんなことも知らなかったのか?」

 「・・・・・あんたホントにガウリイ?」
「正真正銘。なんなら、中身もお見せしましょうか?」
「・・・その話、ホント?」
おどけて襟元を広げるガウリイを無視する。

 「うん。だってあのじーさんに聞いたから。」
「なんですってえええ!
あのじーさん、あたしには何にも言わなかったわよ!」
「あれ。俺がちょっと撫でてやったら素直に吐いたぞ。」
 ホントに撫でただけか?
「そんな・・・・」
こてん、とリナがガウリイの胸の中で脱力する。
「そんなアホな。」

 「な?だから言ったろ?バカはお前さんの方だって。」
「でも、さっき言ったあたしの正体はホントなのよ。」
「正体ってなんだよ。リナはリナじゃないか。」
 こんなこともわからないのか、とガウリイはリナの額にくちづける。
唖然としたリナがぽかんとしている間に、頬に頬をすり寄せる。
「そんな誰かが言ったバカバカしい言葉に惑わされてよろよろしてるようじゃ、やっぱりまだお前は放っとけないな。」
やっと出たリナの声は涙ぐんでいるようだった。
「なによ、まだ保護者するつもり?」
「そうだな。ちょっと目を閉じてくれるか?」
 どきん、と心臓が跳ね上がった。リナは顔が真っ赤になるのを感じた。
自分でも驚いたことに、素直に目をつぶる。

 少しの間沈黙があったがふいにリナは、冷たいものを耳に感じた。
「・・・・・?」

 目を開けるとガウリイが微笑みながら、リナの顔をじっと見ていた。
「うん、やっぱり似合うよ、そのイヤリング。お気に入りだったんだろ?」
耳に手をやると、いつもの感触。
「・・・ありがと。持っててくれたんだ。・・・これ一つあればその髪の毛切らないで済んだのに。」
「ああ。気がつかなかった。・・・だって自称保護者に渡してくれって書いてあったし。だからまず、俺がお前に返さなきゃ、と思って。」
「え?」
「これで晴れて保護者役ご免だからな。」
「・・・え?」
「だから、その手紙。保護者にって書いてあったし。
保護者じゃなきゃ、それ受け取れなかっただろ。」
「それで、保護者辞めちゃうの。」
「保護者じゃなくたって、お前を守れるさ。」
「守る?あたしを?・・・あたしのが強いかもしんないよ?」
「それでもいい。それでも守りたい。お前を。今のリナを。お前が決して闇に染まらないように。」

 ガウリイの真青の瞳が、リナの魂の奥底まで覗こうとする。
「いいか、覚えとけよ。お前は闇には染まらない。忘れるな。」

 「ガウリ・・・・」
「それでも俺を置いていきたきゃ置いていけ。地の果てまでだって追いかけてやる。なんせ俺はあのサイラーグの爆発の中、お前を連れ戻した張本人だからな。」
「・・・て、記憶あるの?」
「え?俺なんか言ったか?」
「こ、こひつわ・・・・・」
 思わず手を挙げたリナを抱き寄せて、その小憎らしい口を塞いでやる。

 「!」

 リナの体が強ばる。唇を離してガウリイが言う。
「どうだ、悔しかったらなんとか言ってみろよ。」
「・・・!あんたあたしをからかってるわね!」
「悪いか。少しくらい復讐してもいいだろ。」
「ふ、復讐って・・・・」
「俺の気持ち考えたか?ってきいただろ?
まだこんなもんじゃ許さないからな。」
「ええええええ?」
 真っ赤になって硬直しているリナを笑いながら抱き締め、ガウリイは一人ごちる。
 

 『たとえお前が世界を滅ぼす原因だとしても、俺はお前を諦めない。
世界と引き換えにしたってお前を選んでやる。
それが罪なら罪と呼べばいい。
俺は世界よりリナを選ぶ。』
 

 奇しくも、あの時あの場所で、リナが言ったセリフと変わらないことを
ガウリイはまだ知らなかった。




































===================END
はい、甘甘です。何となくテレビで「海まで5分」を見ていたら、いってつがプロポーズるシーンで、つっぱってる次女をなだめながら説得するとこが思わずガウリナに見えてしまって・・・(爆)
「一人で強くなるって決心したのに、もう一人じゃいられないじゃない!」と言って泣くとこがどーにも・・・(笑)
何故かそのセリフは入らずじまいで終わっちゃいましたが。
占い師のじーさんが、未来は不確定だとガウリイにホントに言ったかどうかは謎です。ガウリイの作り話かも知れません。
相変わらず原作読んでないので食い違うとこはかなりあると思います(汗)
でも書いてて幸せだったからまあいいか(笑)
なんか言い訳が長くなっちゃいましたが、ここまで読んで下さってありがとうございました。


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