「あなたは誰も愛していないのね」
夜明け前。
薄暗い部屋の中。1つベッドに収まりながら、そう告げたのはもう顔も忘れてしまった女。
それがいつのことだったのかもう覚えてすらいない。
印象的だったのは、緩くウェーブのかかった黒髪と、血のように赤い唇。そして酒場で歌っていた細い、高い声。
燻らせていた煙草を灰皿に押しつけて、冷ややかに彼女を振り返ると一言いいはなった。
「そうかもな」
暗い闇の中。まだ見果てぬ出口を模索していた頃。
彼の視線にひるんだ様子もなく、彼女が微笑した。
「誰もいないの?」
白いシーツを身体に巻き付けたまま。
「誰がいるってんだ?」
つれないコトバを吐く男に。今度こそ苦笑して、彼女はベッドに潜り込んだ。
「寝るわ」
「ああ」
出口はまだ果てしなく遠く見る影もなし。
END
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