「Sweet Sweet Kiss」


「ったく、なぁんで今日は日曜日だっていうのに、あたしがこんなにイライラしなくちゃいけないのよ」
 あたしは、自分の部屋で、おっきなチョコレートケーキをぱくつきながら、ぐちった。
 原因はわかってる。でも、みとめたくない。
 それもこれも、ガウリイのせいだ。
 あたしは、やつあたり気味に、ハートの形をしたケーキをフォークで突き刺す。
「ガウリイのばか……」

 あたしのイライラの原因。
 それは今日の昼間のことだった。
 ガウリイは、あたしの知らない女の人と、楽しそうに歩いていた。
 長い黒髪をした、あたしよりずっと大人の女性だった。
 ガウリイと、すごく……お似合いだった。
「やっぱし、あーゆー大人の女性のほうがいいのかな……?」
 あたしは、思わず泣き出したくなっている自分に気がついた。
「な、なんであたしが泣かなきゃいけないのよ!」
 あたしはヤケになって、ケーキをぱくつく。
「このケーキ、ガウリイと一緒に食べたかったなぁ……」
 そう、このケーキは、今日のために、バレンタインのプレゼントとして、あたしが作ったものだった。
 でも、もういらないと思う。あの女の人からもらってるはずだから。

 ぴんぽーん。

 ドアのチャイムが鳴ったような気がする。
 こんな時間に誰だろ?

 姉ちゃんの声が、あたしを呼ぶ。
「リナぁ!ガウリイさんが来てくれたわよ」

 えぇ!?ガウリイが?

 あたしはあわててケーキの残りを口に入れた。

 ぱたぱたと、スリッパの音が近づいてくる。
 こんこん。ドアをノックするとともに、姉ちゃんの声がした。
「リナ。お出迎えくらいしてやりなさいよね」

 うっ。ここで開けなきゃ姉ちゃんにどつかれる。
 あたしはしぶしぶドアを開けた。

 昼間とは違う服装をしたガウリイが、そこにいた。
 あのときはスーツなんて着てたけど、いまは、白いタートルネックのセーターに、スリムジーンズという、ふつーの格好をしている。

「なにしに来たのよ」
 あたしは、機嫌の悪さが全面にでたような声で言った。
「なにしにって、リナが今日の夜に来てくれって言ったんだろ?」
「別に来なくてもよかったのに」
「そういうわけにもいかないだろ。リナとの約束だからな」
「あらあら、お熱いわね。じゃ、わたしはこれで」
 姉ちゃんはそういうと、
「リナ、ガウリイさんとケンカなんてしちゃダメよ」
と、一言言い残して、みょーに楽しげに階下に降りていった。

 あたしはしばし、不吉な予感を感じながら姉ちゃんの後ろ姿を見ていた。
「いいかげんに中に入れてくれないか?廊下も結構寒いんだぜ」
 ガウリイの声が頭の上からする。
「で、何しに来たのよ。家庭教師は明日でしょう?」
 あたしは、ガウリイを部屋の中に入れてやった。
「あのなぁ、おまえさんが、月曜日は用事ができたから、日曜の夜に来てくれって言いだしたんだろ……」
 ガウリイがあきれたように言った。そういえば、ちょうどバレンタインデーだったから、日曜に来てって言ったような……。
 昼間の出来事のせいで、すっかり忘れてたわ……。
「そりゃ、遅くなったことはあやまるけど、そこまで怒ることないだろ」
 ガウリイは、いつもの定位置、あたしの横に座る。
「怒ってなんてないわよ。」
「そうかぁ?なんか、ピリピリしてるぞ」
 と、机の上のチョコレートケーキの残りに気づき、不思議そうに首を傾げる。
「リナ、これって、一人で食ってたのか?」
「そうよ」
「オレにはくれないのか?」
 あるわけないじゃない。あたしが食べちゃったんだから。
「あの女性から、もうもらったんじゃないの?」
「あのひと?誰のことだよ?」
 ガウリイは、わけの分からないといった表情をする。
「こころあたりなら、あるはずよ。今日のお昼に、黒髪の女の人と一緒に、楽しそうに歩いてたでしょ」
 あたしは、できる限りそっけない言い方をした。でないと、涙が出てきそうだったから。
「シルフィールのことか?」
 ガウリイは、しばらく考え込んだあと、小さく尋ねてきた。
 やっぱり、ガウリイの……。
「あなたの恋人の名前までは知らないわよ」
「恋人って……。シルフィールとはそういう関係じゃないぜ。
 彼女とは、ただの知り合いさ。彼女の親父さんには、昔世話になったんだ。その縁で彼女ともある程度仲良くしてるっていうだけだよ」
「ウソ……」
「ウソじゃないよ。今日だって、買い物につき合わされてただけだし。
 それに、オレがつき合ってるのは、リナだけだからな」
 かぁぁぁぁっ!
 あたしは、その言葉に耳まで赤くなるのがわかった。
「じゃ、じゃぁ、その女性からはチョコレートは……?」 
「もらったよ。ギリなら」
「その女性からしてみれば、本命かもしれないじゃない」
「かもな……。でも、オレにしてみれば、リナから以外のチョコレートは全部ギリだよ」
 ガウリイは、あたしの顔を見ながら、サラリと言う。
「で、リナからはくれないのか?人をわざわざ呼びつけておいて」

 うっ……。
 あたしは言葉につまった。自分で勝手にやきもち焼いて、ガウリイへのプレゼントを食べてしまった。
「リナ……?」
「食べちゃった……。ガウリイがその女の人とつき合ってるんだと思って……」
「で、それがこの残りカス」
「うん」
 ガウリイはふぅっとため息をついた。でも、なにか思いついたように蒼い瞳を輝かせる。
「てことは、さっきまで食ってたってことだよな」
「う、うん。」
 あたしは思わず後ろに下がる。
「じゃ、こっちからもらうことにするよ」
 へ……?

 ぐいっとガウリイの腕に引き寄せられ、あっというまに唇が重ねられていた。
「!!?」
 ガウリイの舌が、あたしの口の中で蠢く。
 うきゃぁぁぁぁっ!?
 あたしは声にならない叫びをあげ、もがいてみせたけど、彼の力に敵うわけがない。
 だんだん体中から力が抜けてゆくのがわかる。
「ん……」
「直接食わしてくれなかったからな。味だけでも楽しませてくれよ」
 ガウリイはそういうと、もう一度唇を重ねてくる。
 体の奥からとろけてゆきそうなほどに甘い、甘いキス……。
 あたしは、ガウリイの広い背中に、腕を回した。

 どれくらいの時間が経ったんだろう。
 あたしは、自分の体すら、支えることができなくなっていた。
 彼の胸にもたれかかるように身をゆだねた。

「今日はこれで我慢してやるよ」
 ガウリイの声が耳元で聞こえる。
 あたしは、なんか妙にくやしくなり、憎まれ口をたたいた。
「ホワイトデーは覚悟してなさいよ。倍にして返してもらうんだからね」
「ああ。十倍にして返してやるよ」
 ガウリイは笑いながら言うと、もう一度あたしにキスをした。

END

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