「聖なるチョコレートの日に・・・」

 
ガウリイとリナは街中を歩いていた。
2月上旬の寒い時期とあって、忙しげに足を動かし通り過ぎてゆく人々は何かしらの防寒具を身につけ、寒さ対策に余念が無いようだ。
そして2人も例に漏れず。
リナは今年流行の真っ白いダッフルコートを着込み、
ガウリイは濃紺のロングコートをすらっと着こなしている。
午後から雪が降るという天気予報のせいか、人の数はあまり多くなくていつもよりは歩きやすい。
「あれ?」
リナは異様な光景を目にして立ち止まった。
「ん、どーした?」
ガウリイも連られてリナの視線の先を追う。
人が少ない今日のような日に。
そこには、人の山ができていた。
 
「きゃあ、これ可愛い♪」
「安いわねぇ〜〜」
「いくつ買うの?」
「えええ!?まだ並んでるわけぇ〜〜!?」
 
わいわい、がやがや。
女の子のみがその異様な熱気に包まれ、ひとつの店に集まっている。
その光景をみて、リナは女の直感にぴ〜〜〜んとくるものを感じる。
すなわち・・・・・
バーゲン。
 
「うわぁ、すげえな。あそこだけ違う世界・・・・」
まるっきり他人事のようにのんびりと眺めているガウリイのコートを、リナはきゅっとひっぱった。
ガウリイのコートに、リナのコートの白い繊維がへばりつく。
「?」
ガウリイは軽く首を傾げてリナを見下ろした。
「ねぇ・・・・・・ガウリイ」
「なっ・・・・・何だ?」
リナの口から漏れる、低い声。
ガウリイは背筋を冷たい汗が流れるのを感じた。
「とっつげきぃぃぃぃ!」
「おいっ、リナっ・・・うわあああ〜〜!!」
一体何処からそんな力が出るんだと思うほどの怪力でリナはガウリイを引きずり、楯にして、その一種いよ〜な世界へ突入した。
 
ぎゅうぎゅう。
「ちょっと、押さないでよ!」
「荷物が邪魔なんですけど・・・」
「うるわいわね!先に並んでたのはこっちよ!」
「お客さま〜〜。列は2列でお願いしますぅぅ〜〜〜(泣)」
おお、可哀相に。
店員の注意も聞かず、自分たちの世界に浸りこみ、チョコレートを抱える女たち。
バレンタインディを明日に控えたこのときに、この店はチョコレートの大安売りをしていた。
それも尋常じゃないほどの値引きで。
当然、どこからか嗅ぎ付けた女たちでいっぱいになる。
どささあっ!
突然、チョコレートの並んでいた棚が倒れる。
「きゃああっ!」
女たちは素早くその場から離れた。
犯人だと思われたくないからであろう。
「お客さまぁぁ〜〜!」
今日、臨時に雇われた店員の悲鳴は、澄んだ青空に抜けていったらしい。
合掌。
 
「おぉぉい、リナぁぁ〜どこだ〜〜?」
冬だというのに、コートを脱ぎたくなるような暑い店内で、ガウリイとリナははぐれてしまっていた。
「・・・・・ったく、リナの奴、ちょこまかと・・・・・」
他人より頭ひとつぶん高いガウリイを見つけるのは簡単なのだが、
小柄なリナを見つけるのは至難の業だ。
とりあえず、ゆっくりと店内を見回すガウリイ。
どんっ!
「ちょっと、邪魔よ!真ん中で立ち止まらないでちょうだい!」
チョコレートをそれこそ山ほど抱え、ぶつかってきたおばさんがガウリイのことをぎっと睨む。
「すみません、人を探していたもので」
そつなく謝るガウリイの顔を見て、おばさんの態度が豹変した。
「あらぁあ?ごめんなさいねぇ〜〜(はあと)」
ほほほ、と手を口にあて笑うおばさん。
もちろん、化粧は濃い(爆)。
「いえ、こちらこそすみませんでした〜〜〜」
逃げるが勝ち、とガウリイは軽やかな身のこなしでその場を去っていった。
「ふう。あーゆーひとに絡まれると後が恐いんだよな〜〜」
やけにしみじみと言う。
何か経験でもあるのか、ガウリイ(笑)。
 
「あ、ガウリイ」
そこでかかるリナの声。
「リナっ!?」
ガウリイがまわりを見回すと、壁側のショーケースのところにたたずむリナの姿。
「どこ行ったのかと思ったぞ」
人の流れに逆らわないよう、ゆっくりとリナの方へ移動するガウリイ。
やっとリナの目の前に出る。
「・・・・・・ねぇ、ガウリイ。チョコレート、嫌いじゃなかったよね?」
「え?」
板チョコを手にしたリナの質問に一瞬ガウリイの心臓がジャンプする。
リナがチョコレートをくれるのかもしれない。
いや、くれるんだ。
「・・・ああ、別に。嫌いじゃあないけど」
微妙に視線をそらしての返事。
リナはガウリイの心境などまったく介していないようだ。
「じゃ、ピーナッツ入りでいいよね。
・・・すみません。これ5コください」
手にした板チョコをすぐ側にあった棚に戻し。
ショーケースを挟んで向かい合っていた店員にリナは告げる。
その指す先には、ショーケースのなかの、ピーナッツ入り一口チョコレート12個入りセット。
 
何だ、手作りじゃないのか・・・・・・。
 
ガウリイは期待に膨らんだ胸が急速にしぼんだ気がした。
 
結局、リナはチョコレートをきれいにラッピングしてもらい、店を出た。
「あれ、5コしか買わないのか?」
「うん」
ピンクの綺麗な包装紙に包まれたチョコレートの入った袋を大事そうに抱き締め、
満足気に返事をするリナ。
そこで会話は途切れた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
聞きたいことがあるが、ガウリイはその質問を口にするのが恐かった。
恋人同士とはいえ、キスを一回しただけのリナに拒絶されるのが。
だが、思い切って口を開く。
「なあ、そのチョコレート、オレにくれるのか?」
「え・・・・・このチョコレート?
あげないわよ、もちろん」
 
ずきんっ
 
心のどこかで、ガウリイは悲鳴をあげる。
『あげないわよ』
一体、誰にあげるというのか・・・・・。
 
(この『チョコレート』はね)
心のなかで付け足しリナはあからさまにショックを受けたらしいガウリイを
少し後悔したように見つめる。
 
言い過ぎたかもしれない。
でも、それは罰なのだ。
仕事にかまけてちょっとしか一緒にいられないガウリイへの。
 
その後、リナとガウリイは自分の家に辿り着く。
「う〜〜暖まった♪」
冷えきった体を風呂で暖め、上機嫌なリナ。
みんな部屋でそれぞれのことをしているのかリナの家のキッチンには誰もいない。
しめしめ。
リナはほくそ笑んで、ガウリイと別れてからこっそり買ったココアパウダーと板チョコを取り出したのだった。
 
2月14日。
バレンタインディ、当日。
朝早くにガウリイの住んでいるマンションの部屋に客が来ていた。
昨晩、リナのことが気になりほとんど寝ていなかったガウリイは、
寝呆け眼にパジャマ姿のままでリナを招き入れる。
 
何をしにきたんだろう?
そんな思いが強い。
 
 
 
パジャマから着替えたガウリイは、リナにコーヒーを出し、リナの目の前に座る。
「・・・・・・」
普段なら促す間もなくしゃべりはじめるリナが、今日は静かだった。
ガウリイも何となく言い出しづらい雰囲気を察し、黙ってリナを見ている。
ふと、気づいた。
チョコレートの匂いがする。
これから、誰かに渡しにいくのか・・・・。
考えただけで、その誰かに対する憎しみが湧いてくる。
どす黒い気持ちを押さえられない。
できれば、今はリナと顔を合わせたくなかった。
「ごめんね。朝早くにきて。迷惑だったでしょ」
ようやく口を開くリナ。
「いや・・・。大切な用事だったんだろ?」
やや投げ遣りにガウリイ。
『大切な用事』の一言にリナが赤面したのにすら気づかない。
「たっ・・・大したことじゃないんだけど・・・・・・。
ほら、今日、バレンタインディでしょ?
チョコレートなんてお菓子屋さんの陰謀だし、日本にしかそんなことないんだけど、やっぱり、一応ってゆーか・・・・。
ともかく、チョコレートなわけよ」
照れ隠しにしゃべり倒すリナ。内容がしっちゃかめっちゃかである。
「・・・あ、ああ・・・・・・」
リナの勢いに負けて、やや後ろに引きながら、ガウリイが相槌を打つ。
「でね・・・・で・・・・・・。
・・・・ええと・・・・・その・・・・・・チョコレート・・・・」
「え。」
ごにょごにょ、と言ったその単語をしっかり聞き取ったガウリイが虚を突かれたような顔をした。
「だからっ!チョコレートよ、チョコレート!受け取んなさいっ!」
言葉とともに、見覚えのあるピンクの包みが投げられる。
「・・・おっと」
ガウリイはそれを上手くキャッチした。
そして、自分の手の中のものを、じっとみつめる。
それは、昨日リナが買っていたチョコレートだった。
5つのうちのひとつなんだろう。
「・・・・早く開けなさいよっ」
怒った口調。
 
なんだよ、くれないんじゃなかったのか?
 
じっと固まったガウリイは、わけが解らなくなっていたが、取りあえずリナの言うとおりに、包装紙をはがし始めた。
包装紙を外し、その箱に手をかける。
その一部始終をじっと見つめながら、リナはこれ以上ないほど緊張していた。
ガウリイは気づくだろうか。
自分の仕掛けたものに。
 
そして、箱が外れる。
なかには、並べられた12コのトリュフ。
「あれ?」
確かリナが買ったのは12コ入りのピーナッツ・チョコ。
でも、これは・・・・・。
「作るの、大変だったんだから!有り難くいただきなさい!!」
恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしながら、リナ。
「・・・・あ・・・ありがと・・・・な」
自分で自分を憎んでいたと言うわけか・・・?
ガウリイは強ばっていた身体の力が抜けて行く気がした。
 
そう、すべてが仕掛けだったのだ。
チョコを買わなかったのも、あげないと言ったのも。
例え様もない愛しさが胸に広がる。
 
「・・・・食べてみなさいよ」
「・・・・・・」
ガウリイは無言のまま、ひとつ、トリュフを口に運ぶ。
 
ぱくり。
 
口に入れた瞬間、とろけるチョコレート。
広がるブランディの香り。
「・・・うまい」
 
もうひとつ。
 
ぱくっ。
 
「・・・ほんと?」
「ああ。なんつーか・・・・・・。
ともかく、おいしーぞ、これ」
「ほんとに?じゃ、あたしも」
リナの手がと3つめのトリュフにのびる。
「だめ。これはオレのだ」
ガウリイはさっと箱ごと自分の背後に隠す。
「いーじゃない。1コぐらい」
「だめだ」
 
ぱく、ぱく。
押し問答の間にも、どんどんトリュフはガウリイの口のなかに消えていく。
そして最後の一個は。
「ぶ〜〜ぶ〜〜」
結局諦めたのか、ガウリイの目の前でブーイングしてたいリナの口に押し込まれた。
「ふぐっ!?」
そして近付いてくる、ガウリイの顔。
リナとガウリイの唇が重なった。
 
深い、キスだった。
ガウリイはリナの口のなかに侵入し、チョコレートとブランディの味と香りを味わう。
それに対して驚きと戸惑いを隠せないリナは、抵抗するということすら忘れている。
「ん・・・」
そして、トリュフが溶けたあと、ようやく唇が離された。
「な、うまいだろ?」
「・・・・・・」
言いたいことはたくさんあるが、どの言葉も尻込みして出てこない。
ただ、唇が離れたとき、安心と同時に淋しさを感じた。
「・・・・リナ」
ガウリイが微笑みを浮かべ、リナの頭にぽんっと手を乗せた。
「ほんっとーに可愛い」
 
ぼんっ!
 
リナの顔から火が吹き出る。
「キスぐらいでそんななに戸惑ってるよーじゃ先は遠いわな、うん」
「先ってなによ!先って!」
「聞きたいか?」
「・・・・・う〜〜〜」
唸り始めたリナを、ガウリイは本当に愛しいと思う。
「まぁ、待つさ。お前さんがいいと思う日まで」
 
 
えんど♪
 
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うっひゃあ、らぶらぶモード(爆)
はじめはは簡単だと思ったのに。
ただ単に、中身を入れ替えたチョコレートをガウリイに渡すリナ。
それだけのはずなのにぃ〜〜。
いよーに疲れました、はい。
駄文で申し訳ありません。
スノウでした♪
 

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