『 GRAY な関係?!』 


 ある日。
雨の午後。
いつもの宿屋で。
二人の喧嘩は始まった ―――
 
「もう我慢できないわっ!なんなのよっ!あんたは一体?!人が黙っていれば、気にしている事を
ズケズケズケズケと何度も何度もっ!!」
椅子から勢いよく立ち上がったリナは、ビシッとガウリイを指差して言った。
同年代の女の子よりやや小ぶりだというそのムネを張って、頭から湯気が出るかと思うくらいの
勢いで怒っている。
いつもならあとの二人。
ゼルガディスとアメリア、どちらが止めるのだが、今日はこの二人にも止める事が出来なかった。
なぜなら、いつもはリナが怒るのを温厚に受け止めているガウリイが、切れそうなくらい
するどい気で「怒っている」からである。

「いい加減にしろ!!大体元を正せば、絶対にお前が悪いだろっ?!なんでこう、毎回毎回
同じ事を言われないとわからないんだっ!!」
珍しい。
はっきり言って、これは初めてではないだろうか?
アメリアは意外に思った。
いや・・・・いつかこうなるんじゃあないかとは思ってたけど・・・・・。
けど、「ガウリイさんに限って」と考えていたのは否定しない。
それほどまでに、リナの行動にガウリイは寛大だったから。
だから、彼は3年間もリナと共に旅が出来たのだろう。

「なんですってぇぇ!!ガウリイ!あんたねぇ、あたしはあんたの「兄弟」でも「娘」でも、
ましてや「恋人」でもないのよっ!!なんであたしの行動をいちいちあんたにとやかく言われなきゃ
なんないワケっ?!」
こころなしか「恋人」というフレーズのとこで頬が赤くなったのは、まぁ、乙女心って奴である。
ガウリイはリナの事を「物扱い」した事は一度も無かったが、リナにしてみれば、まるで自分が
ガウリイの所有物として扱われている気がしているのだ。
「保護者」と言う名目と名のもとに。
自分にとって、保護者など要らないと感じる年になってくるに連れて。
リナのその「言葉」への反発は年々強くなっている。
「・・・た、確かにリナは俺の「娘」でも「兄弟」でもないが、「仲間」だろ?!
一緒にいる限り、仲間の間違いは指摘して正すべきだろうがっ!」
ガウリイにしては、正論で・・・・・。
あきれるくらい的を得ている。
・・・・が、激怒して頭の中が真っ白な今のリナに、所詮なにを言っても同じである。
「ああ、そうっ!そういう事!んなら、いくら注意してもどうにもならないあんたのくらげ頭に
長い間我慢してきたあたしは、どうなるわけ?!これはもう、「指摘」とか「正す」とかの域じゃ
ないと思うけどっ!」
ふんっ、っと顔を背けてリナはガウリイに怒鳴った。
ガウリイが、いつものようにリナの文句と悪態に苦笑しているうちは、こんな嫌味も軽く流れた
ことだったが、今日は何と言っても二人とも臨戦態勢である。
ほんの些細な事が、絶対的な亀裂となった。
「だからさっきから言っているだろうっ?!どうしよも無い事にいちいち腹を立てるなよ!
いつも黙って聞いている俺の事を考えた事あるのか?!」
なんか、「俺の事考えた事あるのか」というセリフが妙に強調されていた。
「なによ?!今更昔の事まで堀かえすの!ああ、わかったわよっ!ガウリイはいつもそんな
事考えてあたしの話を「我慢して」聞いてたんだっ!だったら、もう無理しなくていいわっ!
ここからは、別れて旅をしましょっ!そうだ、それがいいわ。あたしだってこんな事まで言われて
これからも我慢なんて出来ないもの!たった今から、あんたとあたしは仲間でも何でもないわ!
他人よっ、他人っ!!」
きっぱりと言い放つリナ。
 
「おい!ちょ、ちょっと待てっ、リナっ!」
今まで黙って彼らのやり取りを見ていたゼルガディスも、さすがに尋常じゃない険悪ムードを察し
て止めに入る。
もう、二人とも売り言葉に買い言葉。
完全に頭が熱くなっていることは、はたから見ていても良く分かる。
「少し冷静になってみろっ!お前、完全に自分を見失ってるぞ?!」
なんとかこの場を穏便にすまそうと、必死でリナを諌めるゼル。
しかし、そんなゼルの考えを知ってか知らずか、ガウリイがリナにたたみかける。
 
「ああ、わかったよ!お前がそんな事言うんだったら、俺は今日限りリナとは他人だっ!
もう、お前の前には姿も見せんっ!勝手にしろっ!」
「ガウリイっ!!」
ゼルの非難の声は、彼に届いていない。

ガタンっ。
 
ガウリイはそう言い放って、座っていた椅子を乱暴に押しのけ立ち上がる。
「ガウリイさんっ!」
同時にアメリアも慌てて立ち上がり、いつもとは少しだけ違う「リナの保護者」を止めた。
「待って下さい、ガウリイさんっ!いいんですか?!こんな些細な事で、別れてしまって?!
きっと、リナさんは・・・・いえ、リナさん絶対に謝ったりしないと思いますけど、ここで
ガウリイさんまで腹を立ててしまったら、別れてしまったら、もう二度と会えませんよっ!」
アメリアの声に構わず、どんどん扉の方へ歩いていくガウリイ。
「ガウリイさんっ!!!」

かちゃ・・・。
 
ガウリイがドアのノブに手を掛ける。
横顔からも、彼が今までに無いくらい、いや、見た事が無いほど怒っているのがわかる。
軽く俯いて、静かにノブを回す。
顔は上げない。
「じゃあな」
一言、この一言だけ残して、ガウリイは部屋を後にした。
 
「ゼルガディスさんっ!」
助けを求める様に、アメリアは後ろのゼルガディスに振り向いた。
一度、リナの顔を見てゼルガディスは溜め息をついた。
リナの方も、今なにを言っても無駄なようだから、とりあえずガウリイを追うのが先だろう。
即座にそう判断した彼は、早足で部屋からでて、ガウリイを追いかけた。
去り際に、ゼルはアメリアの耳元で囁く。
「・・・・リナを頼んだ」
アメリアもその言葉に軽く頷くと、再びリナへと視線を走らせた。
 

< ガウリイ >
 
部屋を出てすぐ、ガウリイは長いコンパスでずんずんと廊下を歩いていた。
彼自身、こんな事になってしまって少しも後悔していない、なんて事は無い。
はっきり言って、さっきの自分が自分じゃなかったみたいに、思う。
どうしていきなりあんな風にリナへ向かっていってしまったのか?
いつもなら聞き流せた事が、今日はなんだか胸につかえた。
自分で自分が分からない。理解に苦しむ。

歩きながら、彼が向かった先は酒場だった。
こういう時は、古今東西飲むに限る。
シラフでいても、いい事なんか何にも無いし・・・・・。
なにより、もう、自分には目的も無いのだ。
「・・・ま、自分から捨てたみたいなもんだけどな」
俺は誰にともなく、呟いた。
『馬鹿ねぇ、ガウリイ。自業自得よ、それって!』
苦笑しながら、いつも側で自分の事をくらげくらげと連呼していた少女はいない。
それも・・・・・自分から捨てたことだった。

今まで歩いてきた人生の中で、一番困る質問は「あんたらどういう関係だ?」だろう。
事実、もっとな質問で、答えも簡単なはずだった。
いつもの様に、『俺はリナの保護者だ』。
この一言ですむと。
だが、この「保護者」と言う言葉を使って、今日のようなもどかしさと、戸惑いを感じたのは
初めてだった。
 
ガタンっ・・・・。
 
急に隣の席に人の気配がしたので、ガウリイは席を移ろうと立ち上がりかけた。
・・・・・今、一人で考えたい事があったから。
「待てよ、旦那」
グラスを持ってどけようとした途端、聞きなれた声がガウリイを引き止めた。
振り向くと、そこには銀髪のキメラの男。
彼はガウリイの腕を掴む。
「まぁ、座れよ。ガウリイ」
ふぅ〜っと、一つ溜め息を吐いてガウリイはもとの場所に座り直した。
ゼルガディスはカウンターの親父に自分の酒を頼むと、テーブルに肘をつき、ガウリイへ
意地の悪い視線を送る。
「ま・・・なんだな、ガウリイ。今日はえらくとばしたもんだなH」
いってニヤリと笑う。
その笑みに別段困ることもなく、「ああ・・・」と答えるガウリイ。
――― しばらく、お互いになにを話すでもなくグラスを傾ける時が過ぎた。

「・・・で、これからどうするんだ、旦那は?」
最初に話を切り出したのは、やはりゼルガディスだった。
「ん?・・・そうだな、もう特にする事もないし、またふらっと旅でもするさ」
何杯目か数えるのも馬鹿らしいくらいの量を既に飲んでいるガウリイは、薄く笑みを浮かべ、
ただ一点を見詰めていた。
「元々は傭兵だったんだし、あいつに会うまでそうやって生きてきたから、大丈夫さ。
たった三年間でも、俺達、これで良かったんだ・・・・きっと」
「ホントにそう思っているのか?」
「ああ」
同じくかなりのアルコールが入っていると思われるゼルガディスは、いぶかしげにガウリイを見る。
彼の様子からは、とても後悔してないとは思えない。
それどころか、後悔の色が濃いくらいだ。
いつも、のほほんとはしているが、ガウリイも別の意味で生気に溢れた人間だったから。
なのに、今はまるで魂を抜かれたみたいだ。
生きていても、喋っていても、なんだか「はき」が無い。
恐らく、ガウリイはもう取り返しのつかないことをしてしまったと、諦めているのだろう。
ゼルはそう悟った。
こうなってしまったら、リナ本人か、無理にでも外部から刺激を加えないとこいつは話し
も聞かないだろう。
だったら、どうすればガウリイの心に入り込んで困らせる事が出来るか?
剣の腕も超一流なら、見かけによらず「心」も強い彼を揺さぶるには、どうすればいいか?
答えは簡単。
彼の唯一の弱点を突けば良い。
考え様によってこれは、ゼルならではの―――ゼルガディスにしか出来ない手だったかもしれない。
「そうか・・・・また、旅に出るのか」
「・・・そうだな」
相変わらずの、感情が表われてない返答。
ここに来てからずっとこの調子だ。
はぁ〜・・・・・。
深く溜め息を吐いて、ゼルガディスは覚悟を決めた。
(やっぱり、この手しかないか・・・・)

「ゼルはどうするんだ、これから?」
「・・・俺か?そうだな、俺はこれからもあいつと旅をしようかと思っている」
ぴくっ、っとガウリイのこめかみが震える。
「・・・そうか」
態度は平静を装っているが、内心の動揺を隠せないガウリイの声。
心なしか、高くなっている。
「じゃあ、アメリアにもよろしく言っておいてくれ。リナの事、頼むって・・・・」
「いや、アメリアはそろそろセイルーンに帰るそうだ」
「帰る?!」
「なんでも、こうやって旅に出ている間にもアメリアの公務は溜まっているんだそうだ。
だから、一度それを片づけるため城へ上がると言っていた」
「だが、すぐに帰って来るんだろう?」
「ん?まあ、量にもよるらしいが一年くらいはかかるって言っていたな」
余裕の表情で持っていたグラスを傾ける、ゼルガディス。
しかし、内心冷や汗物である。
ここまで言えば、大体察してくれるだろう。いくらガウリイでも。
自分がいなくなれば、リナとゼルガディスを二人きりにすることになると―――
ゼルガディスは『仲間』ではあるが、『保護者』ではない。
つまりはどんな関係にでもなれるのだ ―――― ガウリイと違って。
「・・・じゃあ、俺はどちらにしてもお邪魔だな」
グラスを見つめては手の中で遊び、ひどく自嘲気味の微笑みを浮かべる。
ガウリイには、ゼルガディスの意図がわかったみたいだ。
バレたかバレていないか。
どちらにしてもゼルガディスは挑発に乗ってこないガウリイにもう一押し
することにした。
「なあ、ガウリイ」
「なんだ?」
すぅ・・・っと一息吸うゼルガディス。
「俺がもらってもいいのか?」

ぶっっ。
 
おもいっきし、口からお酒を吹くガウリイ。
カウンターの親父が嫌な顔してるぞ?
酔っているのかなんなのか ―――
そこら辺律義に拭いているガウリイに再度、同じ事を尋ねる。
「いいのか?」
極力真剣な声で。
隙を見せずに ――――
ここに来て、初めて答えに窮している。
思わず内心苦笑するゼルガディス。
ほんと・・・・リナに関しては慎重に行動するよな、旦那は。
「リナが・・・・好きなのか?」
意外に頼りない声。
「だとしたら?」
更にツッこんでみた。

タンっ・・・・・。

ガウリイは手で遊んでいた空のグラスをゆっくりとテーブルに戻す。
この二人以外、もう誰もいなくなってしまった酒場は不気味なくらい静か
だった。
「さあ・・・?どうしようかな」
言って横目でゼルを見るガウリイの視線には、一瞬。
極薄くだが、殺気があった―――気がした。
背筋に寒いものを感じるゼルガディス。
「・・・・・・」
「もし、俺が本気だったら・・・旦那は黙って譲るのか」
「ん?」
気が濃くなる。
「もし・・・・本気だったら・・・・」
「だったら?」
「条件が、ある」
言って、がたんと立ち上がったガウリイは、自分の椅子に立て掛けてあった剣を取ると
指で表を示した。
にやっと口の端で笑う彼の顔は、ゼルが今まで見た事も無いような笑みだった。
いつもの暖かい、日だまりのような優しさではなく、際限ない冷たさ。
触ると・・・捕まると逃れられない。
そんな気を発している。
「わかった」
しかし、ガウリイの言っている事は理解していた。
ゼルガディスも自分の剣を取ると、そのまま酒場の外へ出る。
(旦那も・・・・意外に古風なやりかたが好きだよな・・・・)
ゼルガディス自身の身の危険を肌で感じながらも、それでもゼルはこの自称
『リナの保護者』をあきれずにはいられなかった。
 

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