『 GRAY な関係?!』


満月の夜。
二人の男が闇夜に舞う。
 
「くっ・・・!!」
うめき声が草原に響いた。
突然、一陣の風が吹き交わる剣の音を消す。

さざざぁあああああぁぁぁぁ・・・・・・・・
 
なびく金髪と、揺れる銀の髪。
そこに堅い金属音。

「・・・・・」
汗ひとつかかずに金髪の剣士は剣を振るう。
始終無言で、ここには無い何かを見つめているかのように・・・・・。
瞳は、目の前にいる男を見てはいなかった。
それでいて、憎悪の矛先はゼルガディスへと向けられている。
先ほどから押されて、防戦一方なのは、銀髪の男。ゼルガディスの方である。
喧嘩を売ったのは確かに自分からであるのは、認める。
しかし、同時に自身の身の危険も、もう少し考慮するべきだった。
深く後悔する、ゼル。
全く・・・・たいがい、俺もやきがまわったかな?
ガウリイの繰り出す容赦ない剣戟を、なんとか受け止めながら、彼は苦笑した。
本気の彼と前から手合わせしてみたい、とは思っていたが・・・・まさかここまでとは思いもよらなかった。

いつもガウリイは、本気で戦ってなどいない。
それがたとえ、魔族を相手にしていようと。
自分に危害を加えようとしているものですら・・・・・・
100%の力を出してはいないのだ。
おそらく、彼は恐れている。
剣に、血に、そして、殺戮に酔ってしまう自分を。
楽しんで戦っている自分を見つけることを。
そんな自分を認めてしまう事を ――
 
がっ!!
 
二人の剣が、刃の根元で激しくぶつかる。
キシキシと嫌な音を立てて刃がきしむ。
ガウリイとゼルの顔は、目と鼻の先にあった。
「・・・・さすがだな、ガウリイ。これほどの腕、持っているのになぜ隠す?」
にやりと意地悪く微笑むゼルガディス。
ゼルは徹底的に彼が日ごろ隠している、人に知られたくない部分を暴くつもりでいた。
本当の実力。
本当の頭脳。
本当の気持ち。
本当の・・・・・「ガウリイ」を。

いつも見ているガウリイもまた、「彼」の一部。
だが、見せていない「彼」もあるはずだ。
自分はその一端を既に先ほどから身を持って味わっている。
これが、本当の「実力」だ。

かーーーんっ!
 
軽い音を立てて、ゼルの剣が飛んだ。
刃の四分の一が、折れて離れたところの地面に刺さる。
ザクッっと、鈍い音。
「まだやるのか?」
静かな、抑揚の全く無い声。
つかつかとゼルに近寄って来て、ガウリイは冷たい瞳を向ける。
そして、次に自分の剣の切っ先を容赦無くゼルガディスへ。
これは相手を確実に仕留める為の行動。
いつもの「のほほ〜ん」とした、比較的甘い考えを持つ「保護者」のガウリイではなく。
一人の傭兵として。
一人の人間として。
生きていく為の、不可欠な手段。
そして、戦い方。
この時ゼルはガウリイの「頭脳」も見た気がした。
いつもはリナにおんぶにだっこのガウリイが、自分で、自分の意志で戦う事を望んだ。
それは、彼にとっての大事なものの為。
失いたくない物の為。
だが、この戦いはそれを「渡さない」為に始まった事を、当のガウリイは気づいていない。
どんな時も、ガウリイが少女の側にいる限り、彼を「本気」にさせているのは、リナだけだ。
 
「いつもそうだったな・・・・・」

ふっ、と笑い、目を伏せる銀の髪の男。
無意識のうちに口に出していた。
先程、ガウリイに刀身を折られてしまって、どうする事も出来ないゼルは、ぺたんと
その場に腰を下ろす。
いつになったらわかるのだろう、この男は。
いつになったら気づくのだろう、自分の気持ちに。
・・・・いや、あながちもう気が付いてはいるが、誤魔化し続けているのか?
ゼルガディスの疑問が消える事は、無い。
それこそ、きちんと答えが形になるまでは―――

「お前、どうしてこんな事しているのか、わかっているのか?」
問い掛けるゼルに、感情が見えない青い瞳が、少し緩んだ。
「さぁ・・・・何でだったかなぁ・・・・」
また、誤魔化すつもりか?
不意に可笑しくなる。
なぜか、ガウリイは「リナ」の事になるとこういう反応を示す。
ついさっき。
酒場で見せた殺気と、刺さるような視線が嘘のようだ。
あの時も、今も。
そして、これからも。
ガウリイはあの少女に関しては、二つの顔を上手に使い分けるのだろう。
一つは、「保護者」としての彼。
一つは、「男」としての彼。
久しく見せていない、二つ目の「彼」が顔を見せたのは、ゼルの挑発に乗った時。
そして、きっと二つ目の「彼」に「独占欲」も同居しているのだ。
だからこそ、仮にも「仲間」と剣を交えるという事態になったのだから・・・・・・。

少なくとも、これ以上は俺には無理だな・・・。
そう判断したゼルガディスは、腰を上げて立ち上がる。
剣の切っ先を向けていたガウリイは、既に自分の鞘に刃を収めていた。
「やれやれ、とんだ恥をかいちまったな」
パンパンっとお尻の汚れを払う様にして、愚痴るゼルガディス。
(ま・・・無駄ではなかったがな。)
密かに、心の中で付け足す。

「そうでもなかったぜ、ゼル。俺の記憶でもゼルの腕は5本の指に入る」
ココに来てから初めて見せたガウリイの笑顔は、酷く皮肉なものだった。
それに続けて付け足す言葉もまた、自嘲気味で。
「・・・・・だが、リナを護るには、役不足だな」

 
「あんた以上はそうそういないよ」
すぐさま切り返すゼル。
よっと、自分の体を起こして、折れてしまった愛刀を拾いあげる。
やれやれ、っと頭を掻いて柄を撫でた。
「じゃあ、聞くがな、ガウリイ。お前、一体どんな奴なら認めるんだ?」
「・・・・認めるって?何を・・・」
「また誤魔化すのか?いいか、もしかしてリナが自分でお前と別れて旅する事を望んだら、その時
はどうするつもりなんだ?まさか、それでも『保護者だから』ってくっついて歩くつもりか?」
「・・・そっ、それは・・・・・」
先ほどの気迫に満ちたガウリイはどこへやら。
打って変わって、弱気になる。
そんな彼が、ゼルは可笑しかった。
(・・・もう少しからかってみるか・・・・・)
悪戯心が起きる。
「それだけじゃあ無い。可能性はもう一つある」
「もう一つ?」
「ああ」
「・・・・なんだ、それ」
「それはな、どんなにお前が俺をリナの保護者と認めなくても、どんなに心配しても、リナが俺と
一緒に行きたいと――― 旅を続けたいと一言いっただけで、お前はどうする事も出来ないんだよ」
にやりと、笑ってやるゼルガディス。
確かに、リナ本人がそう望めば、ガウリイにはもうどうする事も出来ないだろう。
彼女の意志は、彼女の気持ち。
リナの決めた事を、喧嘩別れした第三者がどうこういっても始まらない。
それは、リナに出会った時点でわかっていた事だ。
ガウリイは、『他人』だと。
・・・わかっては・・・いた・・・・・。
 
―――― が・・・・・・。
 
彼女の意見を尊重してやりたい自分と、リナを手放したくない子供のような自分が葛藤する。
ついさっき喧嘩して、もう他人だと宣言したばかりなのに、またあの少女の事で悩んで・・・・。
ガウリイは、自分が離れたらリナがどうなるかまでは考えていなかった。
ただ、自分が味わった気持ちをもう二度と味わいたくなくて。
日々、綺麗に成長していくリナの側にいるのが辛くて。
そこから逃げたい一心で、いつもは買わない彼女の喧嘩を、わざと買った。
 
「もう、遅い」
ぽつりと呟いたのはガウリイ。
「遅い?」
オウム返しにゼル。
「そうだ、もう遅い。リナはもう俺を受け入れないだろうし。保護者は・・・・・」
 
「当然、失格よね」
 
『!!』
唐突に挟まれた言葉。
その声の主をすぐさま判断したのは、ゼルガディス。
「リナ?!」
きょろきょろとあたりを見回す男二人。
だが、いくら捜しても、彼女は見つからない。
「リナ?どこだ」
「どこみてんの、ここよ」
 
少女の声に反応してその方向へ顔を向けると、宿屋の二階から見下ろしている者が一人。
「あんた達ねぇ・・・・こんな夜中に、そんなところで、一体何やってんの?」
あきれた声で言う、リナ。
「お前、いつからそこに・・・・」
ガウリイは声が上ずっている。
今更、自分がゼルにいった事を思い出した。
赤面もので恥ずかしい。
日ごろ、そういう事を言いなれている男なら、何てことないだろうが、ガウリイ君。
ことリナには一度もそういう素振りすら見せた事がない。
だから、尚の事、赤面した。
そんな彼の心中知ってか知らずか・・・・・・。
リナは窓のフレームに片肘立て、頬杖ついて二人の間抜けな男を見下ろす。
「最初っからよ。ガウリイと口論して、イライラしてたからお空に向かってファイヤーボール
でも打とうと思ってたら、あんた達二人がここに抜き身の剣ぶら下げてやってきたってワケ」
ふぅぅぅ・・・・・っと溜め息つくリナ。
月明かりが彼女を照らしているにも関わらず、少女は自身が輝いているようだった。
いつもの彼女と何ら変わりない、雰囲気。
照らされていても・・・・自分が照らしていると思っていても。
所詮、自分もリナに照らされていたのだと。
ガウリイは感じた。

「じゃあ、俺達の会話も・・・?」
「うん。剣戟から、会話から、やり取りまで、ぜ〜んぶ聞いてた」
リナは、つらっとした顔であっさり言う。
「お〜ま〜え〜〜〜〜っ!!悪趣味だぞ!盗み聞きなんて」
ゼルは言う。
が、当のリナは逆に額に青筋立てて笑っている。
・・・・け、結構恐い。
「んっんっんっんっ〜〜?どっちが悪趣味なのかなぁ?ゼルぅぅ?心にもない事いってガウリイ
いじめてそんなに楽しかった?」
顔では笑っているが、声が完全に怒っている。
ひくっ!
思わず顔を引き攣らせるゼルガディス。
(アメリア〜〜〜っ!どうなっているんだぁぁぁ!これはぁぁ!!)
心で叫んだところで、アメリアは一向に現れない。
いない人物に怒りをぶつけたところで、しょうがないが、せめて攻撃呪文が飛んでこない事を
祈った。
「大体、あんたがあたしに惚れているなんてこと、あるわけないでしょ?!!
こんな会話、とてもじゃないけどアメリアには聞かせられなかったわよっ!」
げっ!!
ゼルはリナのこの発言で、冷や汗かいた。
今更ながら、アメリアの事忘れてた。
あの正義漢の彼女の事だ。
後で「あれはリナとガウリイの為にやった事」なんて言っても信用するわけがない。
そんなの正義じゃありません!!とか言って、朝まで追求されるに決まっているし・・・・。
多いに焦るゼルガディスに、心優しい(?)リナは忠告する。
「大丈夫よ、ゼル。アメリアはあたしのスリーピングで眠っているから。
だけど、この貸しは高くつくわよ」
んっふっふっ、と意地悪く微笑む少女。
ゼルは安心すると同時に、リナが悪魔に見えた。(笑)
(・・・・おいおい、アメリア・・・・説得するほうが眠らされてどうするんだよ・・・・)
心中溜め息をつくが、いたしかたない。
なにせ、相手はあの「リナ」なのだし・・・・・。
(俺ですら手におえないないもんな・・・・・)
苦笑して、ゼルはあのまっすぐな少女を思った。
 
「ガウリイもガウリイね。ホント世話の焼ける・・・。
あんたねぇー、あたしは、ガウリイの事一度だって『保護者』としてみた事なんかないわよ」
「え?!」
驚いて、思わず宿屋の壁へ近づいていくガウリイ。
 
―――― 月の夜。
見上げる姿は、さながらロミオとジュリエット。
パジャマ姿のジュリエットは、ま・・・・いないだろうけど。
「だから、ガウリイはあたしと旅をしている間、ず〜〜っと『保護者』だって言ってきたけど、
あたしはそんな事一度だって本気で考えた事ないって、そう言ってるの!」
「・・・・・・」
「いい、ガウリイ?あんたは「自称」保護者であって、本当の保護者じゃないのよ。
さっきも言ったけど、ガウリイはあたしの兄弟でも親でも、ましてや恋人でもないでしょう?」
窓から体を乗り出し、ちょっとあきれた様子で説明するリナ。
「ああ・・・そうだ・・・」
だから、自分はリナのそばにいる資格も、理由もないと思っていた。
だから・・・・・喧嘩になった。
ガウリイにとって、一番痛いところをつかれたから。
「じゃあ、俺は・・・・俺は一体リナにとってなんだったんだ?」
「そんなこと・・・・ホントにわかんないの?」
「ああ、わからん。明日から、お前とは離れて旅するんだ。それぐらい・・・・教えてくれ」
口に出すだけで、胸が痛い。
明日から、リナと別れて生きていく事が。
「・・・・・・」
「リナっ!」
せかすガウリイ。
やがて、ゆっくりと紡がれる、言葉。
「・・・・・旅の連れよ」
「へっ?」
「・・・だからぁ!「旅の連れ」だってばっ!!」
二階から、下の金髪に向かって怒鳴りつける。
「・・・どういうことだぁ?」
わからん、さっぱり。と、ガウリイ。
も〜〜〜っ!っと頭をくしゃくしゃ混ぜて、少女は再び叫ぶ。
「あああああっ!!この脳みそミジンコの剣術バカっ!!
いったでしょ!さっきあたしが!保護者と旅してた覚えはないって。
だとしたら、あたしが今まで旅して信頼して、背中を預けてきたのは誰だって言うのっ!!」
「!」
ココまで来てガウリイは、やっとリナの言わんとしている事が理解できた。
つまり、リナはこう言いたいのだ。
自分が信頼してきたのは『保護者』としてのガウリイではなく、『旅の連れ』つまり、一人の
男としての『ガウリイ』だったと―――
その意味を理解したこの場の三人。
ゼルガディスは特に胸をなで下ろした。
(どうやら、丸く収まりそうだな・・・・・)
ゼルとて、このまま目の前の二人が喧嘩別れしてしまうのは、見たくなかった。
例え、自分には関係ない事でも、なんだか気になって仕方がなかったのだ。
今までのゼルガディスでは絶対にありえない事。
これも、あの滅茶苦茶な少女から自分が得たものなのだろう。
一人、そんなことを思い、軽く微笑んでお邪魔虫は消える事にする。
あとは、この二人の問題だ。

「じゃあ、俺は・・・・どうやってお前と旅をすればいいんだ」
「どうやってって?」
「だから、保護者としてではなく・・・その、・・・」
リナはなんとなく、ガウリイの言いたい事がわかっていた。
・・・そりゃあ、保護者としてではなく、一人の「男」としてじゃあ・・・・ね・・・。
これから、二人は変わらなくてはならない。
ゆっくり、自然に―――
だが、リナにはもう決めている事がある。
「今まで通りよ、ガウリイ」
「え?」
驚いて顔を上げるガウリイ。
それから、苦虫つぶしたような顔で言う。
「お前・・それは、いくらなんでも・・・ムリだぞ・・・」
「なんで?だって、あたしは今までも、これからも同じよ?」
「そりゃあ、お前はそうかもしんないけど、俺はそうはいかんだろ。大体、リナ。
俺はお前を――――」

「ストップっっ!!」

(その続きが聞きたいかも知れない・・・・)
一瞬そんな衝動にかられた。リナ。
だけど、今は。
今はまだ、いい。

「ガウリイ。その続きは、また今度ね。あたし、もう眠いし、睡眠不足は美容の敵だし。
ガウリイも早く寝たほうがいいわ。明日は早いから」
それだけ言うと、窓をそそくさと閉めようとするリナ。
そんなあまりにもガウリイの人権無視した展開に、さすがの彼も叫んだ。
「おいっ!リナ!!ちょ、ちょっと待てよっ!」
なおも言い募るが、効果なし。
いよいよ窓が閉まってしまう瞬間。
少女は言う。
「その続き・・・・・・いつかまで取っといて、ガウリイ・・・」
 
パタン。
 
窓は静かに閉まる。
そして、残されたものは窓下の脱力した金髪剣士だけだった。

「やれやれ・・・・」
溜め息と安堵。
残された彼が一言、呟く言葉。
それは、文句でもなく、愛の言葉でもない。
苦笑と共にこぼれる呟き。
それは、
 
「また、ふりだしか・・・・・・・」 だった。
 
 
 
END
 
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