『ねこ』


   
 
 
ぽかぽかと気持ちのいいお天気。
抜けるような青空の下、今日もあたしはガウリイと二人、肩を並べて歩いている。
おなかもいっぱいの、とある昼下がり。
とりあえず、今のところは誰かに狙われたりもしてないし。
のんびり気分で、そろそろ欠伸の一つも出る頃だ。
そう、いつもなら。
 
はっきり言って、今日のあたしは機嫌が悪い。
 
そして。
「あの〜」
・・・さらに悪くなる予感。
 
 
 
またか。
心の中でため息をつきつつ、仕方なく声のほうに顔を向けた。
なんかもう、返事をするのもめんどくさい。
我ながら、なげやりな態度だってわかってはいるけど、愛想振りまく気にもなんないし。
ところがそれを気にした様子もなく、相手は話し始めた。
 
「猫、見ませんでした?茶トラの子猫なんですけど」
「見てませんけど。あの・・・」
「そうですか。引き止めちゃってすいませんでした」
「あ、あのぉ・・・」
 
本日何度目のやり取りだろう。
出会う人みんなが口をそろえてこう言うのだ。
猫を見かけませんでしたか、と。
しかも、知らないと言った途端に去っていくところまで同じなのである。
こちらがその『猫』とやらについて尋ねる間もなく、そそくさと。
 
コレがあたしの不機嫌な理由だったりする。
 
も、いったいなんなのよ!?
悪人ならともかく、まさか善良な一般市民を張り倒して訊くわけにもいかないし。
てなワケで、あたしのイライラはますます募るのであった。
 
 
 
そんなあたしを見かねたガウリイの提案で、脇道に入ってしばらく経つ。
少し遠回りにはなるのが気に入らなかったけど、この状況よりはマシだろーがと説得されたのだ。
もしかしたら野盗が出てきてストレス発散ができるかもしんない♪なんて考えたワケじゃ断じてないのよ。
ホントだってばぁ。
 
さっきまでと違って、歩いてるのはあたしたちだけ。
おかげで、うんざりしていた質問攻めにあうこともなく、イライラも少し治まってきた。
 
「ね、ガウリイ」
「ん〜?」
「さっきの、なんだったんだろーね」
「ああ、それなんだけどさ・・・」
あれ?ガウリイってば、なんか知ってんの!?
てっきり「さあな」って返事が、いつもみたく返ってくると思ってたのに。
「もしかして、こいつのことじゃないか?」
差し出された腕の中には、いつのまにやら一匹の子猫が納まっていた。
ピンクのリボンを首輪代わりにしてるところを見ると、どうやら飼い猫みたいだけど。
くりくりおめめが、なかなかにらぶりー♪・・・ってそうじゃない!
「どしたの、それ・・・」
「さっきからオレ達の後ついてきてたんだが・・・気づかなかったか?」
あっさり言われたけど、全然知らなかったぞ。
あたしとしたことが、周りを気にできないくらいイラついてたんだろーか。
うーん、それはちょっぴし反省かもしんない。
 
と、前方から人の気配。
今度は若いにーちゃん。
うーん、あんましガラはよくないなー。
「おい、お前ら」
ほら、やっぱし。
あたしの目は確かだ。
初対面の相手に向かって「おい」だの「お前」だの言うのはろくなヤツじゃないに決まってる!
「猫、見なかったか?」
・・・でもって、またそれかい!?
 
「アレのこと?」
いつもなら絶対無視してやるんだけどさ。
みんなが探してる『猫』について気にならないって言ったらウソだし、ね。
で、あたしが指し示してやった先を見たにーちゃん、あっさり顔色を変えたのだ。
ありゃま、ビンゴ〜♪
「大人しくそいつをよこしたほうが身のためだぜ」
・・・人が親切に教えてやったってゆーのにその態度か?
性根腐りきっとるな、こいつわ。
こーゆーヤツは、ちょっとぐらい痛い目に遭ってもらってもいーわよねぇ。
んっふっふ♪
「リナぁ、ほどほどにしとけよ〜」
よぉし。
保護者殿のOKも出たことだし、あたしの精神安定に協力してもらいましょうか。
 
数分後。
今までの鬱憤を晴らし終え、気分すっきりのあたしはにこやかに問いかけた。
「で、このコがどうだってゆーのよ」
「・・・これじゃ答えは聞き出せんと思うぞ・・・」
ジト目のガウリイに言われるまでもなく、目の前にはあっけなく伸びたぼろぼろ姿のにーちゃん。
ちょっとばかし威力をセーブし損ねた攻撃魔法3つ叩き込んだだけなのに。
ほんと、最近の男ってヤワなんだからっ!
ぶんぶんぶん。
軽く揺さぶってみると、懐からぱらりと紙が落ちた。
 
拾い上げると、何かのビラのようだ。
ええっと、なになに・・・。
『茶トラで、生後四ヶ月ほどのメスの子猫。名前はシェリといいます。
ピンクのリボンが目印です。探してくださった方にはお礼として金貨10枚を・・・』
・・・は?
たかが猫一匹に金貨10枚!?
何考えてんのよ、この飼い主はっ!
でも。
届け先は次の街だし、探すも何もその子猫はガウリイがすでに抱えてるわけだし。
こりはひょっとしなくてもカモネギってヤツ!?
やっぱ、こーゆーのは日ごろの行いがモノを言うのよねー!
待っててね〜、あたしの金貨10枚♪
 
「どうしたんだ、リナ」
紙をふるふると握り締めるあたしに、恐る恐る声をかけるガウリイ。
べつに、ただ幸せに浸ってただけなんですけど。
そうは答えずに。
「ガウリイ!」
呼んだ途端、ビクつく様はけっこう面白いかもしんない♪
「そのコ、絶対放しちゃダメよ!!」
そこで怯えたような表情になるのは何故?
・・・また変な想像してるな、こいつは。
「飼い主のトコに連れてくだけだってば」
「なーんだ、オレはてっきり・・・」
「てっきり、何?」
「・・・いや、なんでもない」
あたしの視線に含まれた何かを感じて、ガウリイは口をつぐんだ。
ふんだ、クラゲの考えることなんて聞かなくったってわかるわよっ!
どーせ、ろくなこと考えてなかったんでしょーが。
 
とりあえず金貨・・・もとい、猫のことをガウリイに説明する。
「声かけてきた人はみんな、この礼金目当てだったてことね。
競争相手は一人でも少ないほうがいいに決まってるもの、訊いたってそんな美味しい情報わざわざ教えてくれるわけないわよねー。あー、これでスッキリしたぁ!」
「ま、たしかに額が額だからなぁ。あの反応も当然か。・・・にしても、お前さん、もう金貨は自分のモノって顔だな」
呆れた顔でガウリイは言うけど。
だって、そうなんだもん。そーゆー顔になるのは当たり前でしょ!?
「そ、誰がなんと言ってもあたしのモンよ!だから、このコ連れて次の街まで行くの。
ちょうど通り道だし、問題ないでしょ。何か質問は?」
「いや、特には。
ええっと、シェリだっけ。ちゃんと家まで送り届けてやるからな。安心していいぞ」
あたしへの返事もそこそこに、ガウリイは抱きかかえた子猫に微笑む。
「にゃあ」と一声返したシェリの頭を、いつもあたしにするようにぐりぐりと撫でる。
何故だか、あたしの胸はちくんと痛んだ。
 
 
 
その後は不思議なくらい何事もなく過ぎた。
誰に邪魔されることもなく、街までの距離は順調に縮まってきている。
金貨10枚は、もう目の前。
当然、あたしはルンルン気分♪・・・かと思いきや、どうしても浮かれる気分にはなれなかった。
 
もやもやした気持ちを抱えたまま、あたしは黙々と歩いている。
ガウリイも声かけてこないし。
・・・あれ、そーいや、後ろ、やたら静かだな。
気になって、様子を伺おうと何気なーく視線を向ければ。
うわ。目が合っちゃった。
「どうした、リナ?」
「ううん、何でも・・・」
あからさまに目を逸らして、ごにょごにょと口ごもる。
「えらく今日はおとなしいじゃないか。もしかして気分でも悪いか?」
そんなあたしを不思議に思ったのか、急に心配そうに尋ねてきたくせに。
「あ、それとも腹減ったのか?」
一変、妙に納得顔で言ってくる。
ったく、このクラゲはっ!
頼むから、体調不良と空腹を並べて訊かないでほしいもんである。
「別になんでもないわよ」
言いながらも、声が刺々しいのが自分でもわかった。
そう、なんでもないはずなのに・・・。
 
ただ、思い当たることがないわけじゃない。
何度目かの休憩中。
ガウリイがねこじゃらし代わりの雑草を片手にシェリと遊んでいた時のこと。
あーあ、まるで子供みたい。
いつも保護者してる彼の、らしくない様子が妙におかしくて、微笑ましくて。
あたしはしばらくそのやり取りを眺めていたのだ。
そして、ふいに気づいた。
必死になって追いかけるシェリを愛しそうに見つめる、その眼差しに。
 
ぎゅっと心臓をつかまれたような。
そんな感覚だった。
どーしてこんな気持ちになるのよ・・・。
どこかで冷静な自分がささやく。
何をそんなに動揺してるの?
ガウリイがあたしじゃない別の誰かを見てただけじゃない。
しかも人間ならいざ知らず、たかが猫でしょーが?
 
そんなことはわかってる。
けど、それでも、不安定になる心は拭えない。
あの視線の先にいるのが、たとえ誰であったとしても。
 
この気持ちは、いったい何?
 
 
 
夕刻。
たどり着いた先は、いかにもってぐらい立派なお屋敷だった。
ま、この程度のことにあれだけの礼金出すんだもん、当然か。
門の前まで来て、立ち止まる。
「どーした?入んないのか?」
「・・・ガウリイ、行って貰ってきてよ。あたしはここで待ってるから」
ふいに口をついて出た言葉だった。
「なんで?」
返された、当然の彼の疑問に。
答えられなかった。
シェリと一緒にいるガウリイをこれ以上見ていたくない、だなんて。
 
「別に深い意味なんてないわよ」
それ以外の台詞なんて思いつかなくて。
そんなごまかし、効くはずないのに。
あたしが報酬を目の前にして躊躇するなんて、ありえない。
自分でもおかしいもん。
それでガウリイが納得するわけがない。
 
ぷいっと横を向いたあたしに、なだめるようにかけられる彼の声。
「そんなこと言ってると、オレが礼金貰っちまうぞ」
「別にそれでもいいわよ。そのコ連れてきたのはガウリイなんだし」
あたしの、らしくない答えに一瞬きょとんとしたものの、すぐにガウリイはいつもの柔らかな笑みをたたえ。
「・・・そっか。じゃ、すぐ戻ってくるから」
もっと追求されるかと思いきや。
それ以上は訊かず、優しくあたしの頭を撫でた。
 
 
 
屋敷に向かう彼を見送り、あたしは少し離れたところにあった切り株に腰を下ろした。
見上げれば、藍色に染まりつつある空。
誰かさんより濃いその色に、何故かほっとする。
と同時に、どこか寂しさを感じる自分に驚いた。
 
今日のあたし、どうかしてる。
なんでこんなに心がざわめくの?
 
さっき。
正直、あたしはガウリイを取られたくないって思った。
猫相手にムキになったなんて、認めたくはないけれど。自分に嘘はつけない。
どうして、あの時あたしはそんな風に思ったんだろう?
 
ガウリイはあたしの自称保護者であって、恋人じゃない。
あいつだって、あたしをそんな対象になんて考えたことないだろーし。
だから、誰に関心を向けようが、あたしがとやかく言うスジではないのだ。
見た目だけは非の打ち所がないくらい良いくせに、そーゆーコトには全然興味ない素振りだったから気にもしていなかったけど。
でも、いつか。
猫にではなく、女の人にあんな眼差しを向けるガウリイを知ってしまったら?
 
その時、あたしが彼に感じるのは。
やがて保護者を卒業して、あたしから離れていくことへの寂しさだけなのか。
それとも・・・。
 
 
 
「待たせたな」
その声にハッとして顔を上げる。
駆け寄ってきた彼が一人なのを確認し、あたしはどこか安堵したのだが。
逆にガウリイは、あたしの顔を見た途端、顔を強張らせた。
「大丈夫か?気分悪くなったのか?」
なんでガウリイが急にそんなこと言い出したのかわからなかったけど、その真剣さに圧倒される。
「別になんともないけど・・・どーしたの?」
「どうしたも何も。お前、今すごく辛そうな顔してたから。本当になんともないんだな?」
へっ?あたし、そんな顔してた?
・・・全然気がつかなかった。
「うん、へーき」
「そっか。ならいーけど」
やっと安心した顔になるガウリイ。
 
「ほら」
そして、徐に小さな袋を差し出す。
今回の報酬だった。
「さっき言ったでしょ、これはガウリイのものだって」
返そうとするあたしに、にっこりと有無を言わさぬ力で押し付けるガウリイ。
「オレはリナにやりたいんだ。それなら文句ないだろ?」
「でも・・・」
 
どこまでも素直になれないあたし。
それをよく知っているガウリイだから。
「んじゃ、これで飲みにでも行くか?」
間違いなく、あたしの扱い方も上手い。
「いいの!?いつもはまだ早いって連れてってくんないくせに」
「今日は特別。懐も温かいし、な」
「やた〜♪」
上手く転がされてるってわかってるけど。
ゲンキンだなって自分でも思うけど。
嬉しーんだもん、いーじゃない!
 
 
 
「拗ねてるうちの猫にも機嫌直してもらわないとな」
 
歩き出してしばらくして。
あたしの後ろからした、聞き取れないくらいの声に。
「?」
思わず振り返る。
 
「今、なんか言った?」
「いや、何も」
優しく笑って。
ぐちゃぐちゃぐちゃ。
はぐらかすように、髪を混ぜかえすガウリイ。
「もぉ、やめてってば!」
「いいじゃないか。減るもんじゃなし」
「減らないけど痛むでしょーが!!」
「けち〜」
「ケチじゃないのっ!」
 
いつものやり取りが、今日は堪らなく楽しかった。
さっきまでのモヤモヤが嘘のように吹っ飛ぶ。
あの不安が拭えたわけじゃないけれど。
今は何も考えず、この瞬間に浸っていたかった。
 
あたしが浮かれてるのはお酒のせいだって、ガウリイは思ってるかもしんない。
ほんとはね、違うんだよ。こうやってガウリイと一緒にいるからなんだから。
そう心の中で呟きながら。
うやむやにする気はないけれど、それでもまだ言葉にはできない想いを抱えて。
ずっとこのまま、ガウリイの傍にいたい・・・そう強く願う自分がいた。
 
 
 
あの時。
あたしの心を揺さぶったあの眼差しが。
実はあたし自身に向けられていたことを知ったのは、もう少し後のことだった。
 
 
 
 
 
おしまい。
 
 
 















 
  〜あとがき〜
 
初めまして、えりぴと申します。
自分の書いたものを人様に読んでいただくのは初めてなので、どきどきしてる小心者です(笑)
 
これは、うちの猫と遊んでる時に思いついたお話でした。
頭撫ぜて、ガウリイがリナの頭撫ぜる時もこんな感じかな〜なんて思って。
ちなみに猫の名前は、ほとんどまんまです。
茶トラっていうのも一緒ですが、彼女とは十年近くのお付き合いになります。
いいな、シェリっち。ガウリイに抱っこされて〜(笑)
 
リナに向ける優しい眼差しを、ガウリイが彼女以外に見せることは絶対無いと思うんですが、相手が小動物だったら話は別かな、と。
そんなことを思いながら書きました。
あんな熱い視線に気づかないなんて、相変わらず鈍ちんですね、リナちゃん♪
 
それでは最後に。
そーら様、5周年おめでとうございます。これからも素敵なお話、読ませていただくのを楽しみにしてます。
そしてここまで読んでくださった皆様。
拙い文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。
 



えりぴさん、ありがとうv
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