「ぷれぜんと☆すきゃんだる? 」





ハッとしたように顔をあげる。

「ガウリイ・・・ダークの時の記憶、覚えてるの?」

先ほどの狂気じみた瞳は消えて・・・かわりにあるのは・・・涙か・・?

「俺だって全部忘れたわけじゃない・・・たぶん分裂した体が元に戻った際に記憶も戻ったんだと思う」

リナは静かに俺の言葉を聞いていた。

そして黙って自分の服を直しはじめる。

そう聞いて、一つ一つのボタンを直し始める。

「リナ・・・?」

「あの時の記憶がもし、あるなら・・・あたしの気持ち、分かってくれるわよね?ダークガウリイとライトガウリイとあたしの気持ち、同じよ?」

リナはボタンをつけ終わると、くるり、と後ろを向いて、何事もなかったようにドアに向かう。

「さ、てと。あたし、隣の部屋片付けてくるから」

声が少し、震えている。

袖から覗いたシルバーブレスレットが部屋の明かりに照らされにぶく光る。

「リナっ!!」

バタンッ


リナはすばやくドアを開けて、出て行ってしまった。

ばすっと、枕に頭を降ろすと同時に、深い、ため息が出た。

『ダークガウリイとライトガウリイとあたしの気持ち、同じよ?』

さっきのリナのつぶやきがもう一度、頭の中でリプレイされる。

「同じ気持ち、か・・・」

つぶやいたその言葉が、聞こえていたのか、腕に巻きついていたシャドゥがピクり、と動いた。

痛いくらいにきつかった腕のしめつけはいつのまにかゆるんでいて。

でもそのシャドゥの顔はもうあのおだやかな寝顔ではなくて。

だむっ

リナとシャドゥが寝るはずだった部屋のほうで、誰かが強く、壁を殴った音。

「うっ・・・うっ・・・」

リナだ。

めったに泣く事なんてないアイツが泣いている。

今すぐに駆け込んでいって、その肩を、細い身体を抱きしめてやりたいと思った。

――それほどまでに弱弱しい、リナの声。

でも、今俺がそんなことをしても、拒否されるかますますリナを泣かせてしまうだけだろう。

俺には、ただ隣の部屋に耳を澄ませ、リナを思うことしかできなかった。



リナが出て行ってから、どのくらい時間が経っただろうか。

いつのまにか俺は眠っていた。

リナの泣き声もいつのまにか止んでいた。

リナも泣きつかれて眠ってしまったのだろうか?

俺はふと、自分の右手が妙に軽くなっていることに気付く。

目をやると、シャドゥは俺から離れるように、ベッドの端にうずくまっていた。

「・・・シャドゥ?」

「・・・・」

上半身を起こし、そっと手を伸ばし、まるまって身体を硬くするシャドゥの肩に手をおいた。

ビクッ

身体を震わせるシャドゥ。

「起きているか?」

しかし、反応はない。

「もう少し、寝るか?」

再び声をかける。

身体を揺さぶってみる。

「シャドゥ、おい、シャドゥ」

ばっ だむっ

いきなりシャドゥがはね起き、ベッドから飛び降りた。

「シャドゥ?」

「―――――っ・・・」

何か言おうとしたのか。

でもそのままドアに走る。

「シャドゥ、どこへ・・・?」

「・・・・・・・・・・っ」

俺のほうを見ようともしない。

「シャドウ!」

俺は、ベッドから跳ね起きた。

シャドゥの肩のつかみ、ベッドにそのまま引き倒した。

じたばたもがくシャドゥの身体を押さえつける。

「は、離してくださいっ、私は・・・」

「聞いてたんだろ?俺と、リナの会話・・・」

「・・・・・・」

やっぱりな・・・

「・・・邪魔なんだと思ったんです。リナさんにとって・・・」

「シャドゥ・・・」

邪魔だと思った?

「分かっていたんです。でも同時に、私もリナさんを邪魔だと思ってました・・・リナさんはああやって、自分を主張することができます。でも、私にはできないんです・・・心の中で、どんなに思っていても」

俺は、答えることが、できなくなった。

「・・・っ」

激しく、強く、感情を露わにするリナ。

反面、静かで、弱い、自分をさらけ出すことができない部分もあって―――

出て行きそうになった『シャドゥ』を引き戻したのは、不吉な予感――『リナ』が、『リナ』でなくなってしまう気がしたから。

まるで、リナの本当の姿を現したようなシャドゥを。

だとしたら、リナは――――

「私、そんなこと思っている自分が嫌。でも、自分の思いには正直にならなくちゃいけないんですよね・・・私も、ガウリイさんのことが好き、だなんて・・・」

最後のほうは涙声で、よく聞き取れなかった。

でも、『好き』という偽りのない、純粋なリナの気持ちは、俺にしっかりと届いた。

おそらく、『シャドゥ』にとって、最大限に自分を主張したのだろうから。

きつく、絞めていた腕の力を、緩める。

そのかわり、ふわり、と優しく、包み込むように、小さな背中をその手の中に収めた。

「もう・・・お前さんは『シャドゥ』なんかじゃない・・・『リナ』だ。あっちのリナだって分身なんだ。片方だけじゃ、俺の本当に好きな『リナ』じゃないんだ・・・『リナ』は今だけ、二人でいっしょ、一つなんだってな。」

悲しみ、辛さ。

全部が交じり合っていたようなリナの表情が和らぎ、俺は内心ほっとした。

そして、思う。


――――あの時の俺の気持ちは、今の、リナと同じ・・・リナの言うとおりだった。・・・それに、好きな奴を、求めてやまないところも、な。

「リナ、あっちの部屋、行くか?」

それから話をつけなきゃな。

「俺が、元に戻す方法を探してやる。恩返し、だな。」

コクリ。

リナがうなずく。

うなずいたリナの頬には、もう涙は光っていなかった。







『リナ、部屋に入れてくれないか?話があるんだ』

『ガウリイ?悪いけど、無理。シャドゥといっしょにいて。』

『リナ?』

『シャドゥと、いっしょにいて。あたしはいいから』

『リナ?!おい、』

『・・・・・・・・・』

話を聞いてくれようともしなかった。


正直言って、俺はリナとすんなり仲直りができるなんて思っちゃいなかった。

リナはあの通りいじっぱりで強情だし、それに・・・問題が問題だからな。


食事の時も、リナは俺となるべく顔を合わせようとしなかった。

無言で食事を食べても、うまさは感じられない。

なんとなく、いや、確実に二人は顔色が悪くなっている。

リナとリナ。

二人とも、依然としてして箸は進まず、残してしまうこともしばしば。

話しかけても、あいまいにうなずき、心ここにあらずって感じだ。

なんとかその場をとりつくろうとしても、俺の頭じゃどうしようもなかった。


そのまま一週間が経った。


ここのところ、いくら大きい部屋が空いていても、リナは迷わず自分ひとりだけのの部屋をとる。

その分だけ旅費はかさばるが、リナはまったく気にしてない。

むしろ、そうなることを強く希望していた。

俺だけシャドゥといっしょに寝るのはどうかと思ったし、やっぱり三人別々の部屋をとることのなってしまう。


すれちがいが続いた。

食事の時に、リナのそっくりな顔が目立ち、好奇の目で見られたのと、堅苦しさが充満する空気に疲れたのとで、俺は早めに布団に入った。

憂鬱な気分をかかえ、思うのは二人のリナのことばかり。

リナはちゃんと寝られているのだろうか?

気になって、壁に耳をすましてみても、聞こえてくるのは寝息だけ。

ちょっと、安心したかもしれない。

ここんとこ、まんじりともせずに、朝を迎えることがほとんどだ。

幾度が寝返りをうち、うとうととしかけた。

今日こそはちゃんと寝て、リナに話をつけたい。

寝る前に願うのはそれだけ。

だが・・・

そこでいつも自問自答を繰り返し、結局、眠れなくなってしまう。

リナがいつのまにか俺の心のすべてを占領していた。

『アイツのすべてが愛おしい』

こんなフレーズ、ポピュラーすぎて笑っちまうだろ?

でも・・・本当なんだ。

リナが愛しくてたまらない。

たかだか一週間、気持ちのふれあいがないだけで。

こんなにも切ないのは。

横にお前がいると分かっていながらも、なにもできない俺がここにいるから。

「リナ・・・!」

つぶやいただけの小さな叫びは、お前に届くとよかったのにな。



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