「災難」


 それが始まったのは、いつもと変わらぬ朝の事。


「………何であんたがそこに座るのよ」
「別にお前さんと食べる為じゃないさ。ここしか空いてないんだから仕方ないだろう」


 宿の1階にある食堂で顔を会わせたリナとガウリイが、いきなり激しい火花を飛び散らし始めたのだ。
 食事中だった他の客達も、二人のいるテーブルから流れてくる険悪なオーラにそそくさと脱出を謀り始める。

 お互いむっとした顔で静かに朝食を取る二人。その様子を物陰から眺めたアメリアとゼルガディスは唖然としていた。
 仲の良いほどケンカする、とは言うもののこの二人がこうまで険悪なムードになるのは珍しい。いつもならガウリイが折れるか、リナがスリッパでどついてうやむやにするか。そのどちらかで片が付くのだ。
 近付きたくないのは山々であったがただこうして見ているわけにもいかず、渋々二人はテーブルに近付いた。

「どうしたんですか?二人とも」
「何」
「何だ」
 同時に殺気さえこもった眼差しを向けられたアメリアが凍り付く。
「おいおい、アメリアが何したって言うんだ?お前達がケンカするのは勝手だが、とばっちりはご免だぞ」
 何とか取りなそうとするゼルガディスだったが、やはりそれは無駄な努力でしかなかった。
「あら、とばっちりだなんて。大体こんなアホくらげとケンカなんてするわけないじゃない」

 にっこりと可愛らしく微笑むリナ。しかし目はまったく笑っていない。

「そうだぞゼル。それに、ケンカって言うのは対等の相手とするものだろ?こんなお子さま相手に本気で喧嘩すると思うか?」

 これまた表面上は極上(?)の笑顔を浮かべたガウリイ。しかしざくざくと突き刺さるのは絶対零度の凍気。

「ほほ〜〜う……それでケンカを売ってないと?やっぱりあんたはお子さま以下ってことねぇ。やっぱくらげ頭じゃその程度の知能しかないか」
「年だけは一人前にくっているが、全然育ってない誰かよりはマシさ。少なくとも俺は年相応に見てもらえるからな」

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

「はははははははははははははははははは」




 火花を飛び散らせながら、声だけは朗らかに笑い合うリナ達に、ゼルガディスもアメリアもその場から退避するほかに術はなかった。


 ……険悪な状態は、夕食まで時間が経っても続いていた。


「どうする?」
「どうするって……あのままじゃ危なくて旅なんて出来ませんよ〜〜」
 涙目のアメリアに、ゼルガディスも頭を抱えた。
「大体、今回のケンカの原因は何なんだ?」
「それが……リナさん話してくれないんです。何とか聞き出そうとはしたんですが……」
「そうか……」
「ガウリイさんの方はどうなんですか?何か言っていませんでした?」
 縋り付くようなアメリアに、ゼルガディスは深い溜め息で答えるしかなかった。
「それ以前の問題だ。あんな近付いただけで切れそうなガウリイは初めて見る。とてもじゃないが、話など出来る状況にない」
「そうなんですか………」

 二人は揃って溜め息をついた。

「……こうなったら、いっそアタックする相手を変えてみるか」
「と言うと……私がガウリイさんに話を聞くんですか?」
「あぁ。俺はリナに話を聞いてみる」
「大丈夫でしょうか……」
 不安そうなアメリアを何とか安心させようと微笑みかける。
「いくらガウリイが腹を立てていても、いきなりアメリアに斬りつけたりはしないだろう。それぐらいの理性は残っているからな。むしろこの方があいつらだって話しやすいかもしれん」
「そうですね。……私達の平穏な生活のためにも」
「よし。後で落ち合おう」
「分かりました!」

 さて、どんな結果になるか……
 とにかくも悲壮な決意の元に、ゼルガディスはリナの元へ、アメリアはガウリイの元へ向かったのであった。



     ◆◇◆◇◆◇◆



  こんこん

「誰だ?」
『アメリアです。……ガウリイさん、ちょっといいですか?』
「アメリアか、何か用か?」

 ドアを開けて顔を出したガウリイは、いつもと変わらないように見えた。

「少し、お話ししてもいいですか?」
「構わんが……」
「じゃ、お邪魔しますね」


「単刀直入に聞きます。
 ケンカの原因は一体何なんですか?」

 部屋に入るなり指を差してのストレートな質問に、ガウリイは苦笑を浮かべた。
「いきなりだな」
「当たり前です。命がかかっていますから」
 アメリアの返事に、思わず乾いた笑い声を漏らす。
「……荒れてるのか?」
「当たり前のこと聞かないでください」
「それは悪かったな」
 疲れたように椅子に腰掛けるガウリイに、アメリアは首を傾げた。
「大体、こんなにケンカが長引くなんて珍しいじゃないですか」
「まぁ、たいがい俺が折れるからな。
 でも、これだけは譲れない」
 普段あれだけリナの意志を優先させているだけに、アメリアにとってこのガウリイの態度は意外なものに思えた。
「……話して下さい。何が原因なんですか?」
 顔を覗き込むアメリアに、ガウリイは困ったように窓の外を見た。その横顔がアメリアには一瞬引きつったように見えたのは気のせいだったのか。
 やがてガウリイは溜め息と一緒にぽつりと漏らした。

「……リナの髪」
「は?」
「だから、リナの髪」


 ……リナさんの髪?大体何でリナさんの髪がケンカの原因になるんですか?それより何より、髪ってあの髪……ですよね。頭に生えてる……


「あのーー……それが何で?」
「リナの髪ってさ、ふわふわしてて触り心地良いだろ?」
「そうですよね。いつも大事そうに手入れしてますし」
「触ってみたくなるだろ?」
「はい!」

 うきうきし始めたアメリアに、我が意を得たりとガウリイは笑みを浮かべた。

「でもいつもたらしてるだけだろ?リナは」
「そうですね。結ったら可愛いと思いますけど♪」
「そうそう!」
「ポニーテールとかも良いですけど、二つに分けてお下げにするとか……」
「ぽにーてーるって後ろで結うやつか?」
「はいそうです。それが何か?」
「それをさ、頭の横でやったらどうかな」
「あ、それも可愛いかもしれませんね」
「だろ?」
「それじゃ、こういうのは……」


(以後、延々と話は弾み……)


 ……はっいけないいけない。私としたことが肝心の原因を聞き出すの、忘れてました〜〜……

「あの、それとケンカとどんな関係があるんですか?」
「ん?あぁそれか。まあそんなわけで俺はリナに言ったんだ。『リナの髪を結ってみたい』って」
「で?」
「そしたらあいつ、なんて言ったと思う?」
「………なんて言ったんですか?」

 嫌な予感を感じつつも、アメリアはその疑問をぶつけてみた。

「リナの奴、こう言ったんだ。『くらげのガウリイに髪が結えるわけないでしょ』って。ひどいと思わないか?」
「あの……まさかそれだけ?」
「それだけって言うけどな。ほら、アメリアの所であったパーティー、あの時ってリナ髪を結ってるだろ?」
「そりゃ、まぁ……」
「あれって、全部リナが自分でやってるわけじゃないだろ?」
「それは……一応プロがいますし……」
「他人には平気で許すのに、何で俺だとダメなんだ?」
「それはその………つまり、結局の所、リナさんの髪を結いたいって言ったのにダメって言われたのがケンカの理由だったんですか?」
「あぁ」


 …………………
 アメリアは座ったまま立ちくらみを起こしていた。



     ◆◇◆◇◆◇◆



「いないのか……ん?」

 アメリアと別れたゼルガディスはリナのいる部屋に向かったが、ノックをしても返事がない。ふと廊下の窓から外を見ると、どこかに出かけて行くリナの姿を見えた。
 ちらりとしか見えなかったが、かなり不機嫌な顔をしている。
 機嫌の悪いリナに近付くのは、空腹の熊から餌を取り上げるより危険だがこの際仕方がない。
 重い溜め息をつきながら、ゼルガディスはリナの後を追った。



「こんな所にいたのか」
「……何よ」

 一軒の酒場で見つけたリナは、ぼんやりとカクテルの入ったグラスを眺めていた。

「まさか、あんたまであの過保護保護者と同じ事言うつもりじゃないでしょうね」
「そこまで命知らずじゃない」
「ほぉ……そういう事言うわけ」
 据わった目で睨み付けられ、ゼルガディスは肩を竦めた。
「ま、たまには良いだろ。お前だって息抜きぐらいしたいだろうし」
「へぇ、話が分かるじゃない」
 ちょっと機嫌が良くなったのか、リナは一気にグラスを飲み干した。
「ゼルは飲まないの?」
「適当に飲むさ」
「会計は別だかんね。後おつまみも」
「分かってる」

 ことりとリナの前にまたグラスが置かれる。
 そのまま二人とも暫く無言でいた。

「今回は長いな」
「ケンカ?」
「あぁ」
「………あいつに言われて来たの?」
「いや」
「………そ」

 リナの前に置かれたカクテルの色は、目の覚めるようなスカイブルー。
 その色が連想させる相手を思い浮かべ、ゼルガディスは内心で苦笑した。

 この不器用なカップルは、いつになったら進展するのやら。

「ねぇ、ゼル」
「ん?」
「やっぱさ、男の人って胸がおっきいほうがいいのかな」

  ぶっ☆

「な…何を突然」
「別に……」

 紫になった顔を誤魔化すように咳払いをすると、ゼルガディスは隣のリナを見た。
 いつもの気の強さがなりをひそめると、そこにいるのはどこか儚げな少女でしかない。

「まぁ……人それぞれじゃないのか?」
「ゼルは?」
「お、オレが?」
「うん」
 物憂げな表情で見上げるリナに、ゼルガディスは慌てて目をそらした。
「………別に、大きさなんて………
 大体何でそんな話になるんだ?まさかそれがあのケンカの原因なのか?」
「違うよ。
 ………けどさ」

 ぐいっとまたリナは一息にカクテルを飲み干す。

「さっき、楽しそうにアメリアと話しててさ……」
「おい?」
「どーせあたしは胸無いわよ。守銭奴でトラブルメーカーでいっつも厄介事ばっかり引き寄せてるお子さまよ」

 いつの間にかリナが飲んでいるのはカクテルからゼルのウイスキーに変わっている。
 しかもそれをストレートで。
 それに気がついたゼルガディスは一気に青ざめた。

「おいこら!何こんなのを一気飲みしてるんだ!」
 慌てて取り上げたゼルガディスのマントを思いきりリナが引っ張った。
「何すんのよ」
「飲み過ぎだ。大体こんな強い酒をがばがば飲む奴があるか!後で苦しい思いをするのはお前だぞ」

 付け足すならば、一緒にいたのにこれ以上酔わせると彼女の“自称保護者”に後でどんな目にあわされるか。ゼルガディスにとっては、酔って暴れるリナよりもそっちがはるかに恐ろしかった。

「いいの!今日はうるさい保護者がいないんだから!んな事言ってないであんたもじゃんじゃん飲みなさいよ〜」
 そう言いながらゼルのグラスにどこからか取り出したワインを注ぎ込む。
「ほら〜」
「もう止せ!」
「なによぉ……あたしの注いだ酒は飲めないって言うのぉ?」
 腕にしがみつかれ、酔って潤んだ瞳がゼルガディスを見上げる。
「絡むな!」
「いーからいーから。ほーーれどんどん飲めぇー♪」

 いきなりけらけらと笑いながらリナはばんばんとゼルガディスの肩を叩き始めた。

「嫌な事なんてぱーーっと飲んで忘れちゃいましょーー」
「お、姉ちゃん威勢がいいな」
「なぁに?一緒に飲む?」
 けらけらと笑いだしたリナに、周囲で飲んでいた男達が集まって来る。
「どうした。やな事でもあったか?」
「うるさいのがいるの〜。いっつもじぶんはおとなですってかおしてさ。ひとのことこどもあつかいするしぃ……」
「そりゃ非道いな。こんな素敵なレディに」
「うふふ〜、おに〜さんってばおじょ〜ず〜〜♪」

 くすくすと笑うリナの肩に男が腕を伸ばす。が、彼女の肩を抱き寄せる前にその腕は誰かに掴まれた。
「ん?何だ。邪魔するな」
「悪いことは言わん。命が惜しければこいつには手を出すな」
 しかし。やはりと言うべきか、その忠告は無視された。
 ゼルガディスは腹をくくった。ここで逃げ出そうものなら、確実に朝日は拝めなくなる。
「帰るぞ」
「あによぉ……かえるならひとりでかえれば。あたしまだのむ〜〜」
「ダメだ」
 リナを引っ張って立たせようとすると、集まってきた男達が一斉に色めき立った。
「おい兄ちゃん。帰るなら一人で帰りな」
「そういうわけにもいかないんでな。オレも命が惜しい」
「はぁ?何言ってるんだこいつ」
「お前等もな。明日も生きていたかったらこいつには手を出すな」


「じゃ、そういうことで」


「は?」
 脇から伸びた手がひょいとリナを抱え上げる。
「お前……」
「悪かったな、手間かけさせて」
 リナを軽々と抱え上げてガウリイはにっっっっっこりと笑みを浮かべた。その笑みを見た男達が凍り付く。
 完全にアルコールがまわったらしく、くたんとなったリナを抱えたままガウリイは財布をゼルに渡した。
「これで支払いしといてくれるか?」
「あ……あぁ」

 その場に居合わせた人間全員を凍り付かせたまま、ガウリイは悠々と酒場を出て行った。
 宿に戻ったゼルガディスのその後は………定かではない。



     ◆◇◆◇◆◇◆



 そして、翌朝。

「頭いたい〜〜〜」
「限度を無視して飲むからだろ」
「うぅ……きもちわるい〜〜」

 しっかり二日酔いにかかり頭を抱えるリナを、かいがいしく世話するガウリイの姿がそこにあった。

「何か食べられるか?」
「いい……それよりお水ちょーだい……」
「水か?ちょっと待ってろ」


「なぁアメリア」
「何でしょうゼルガディスさん」
 夕べの険悪さはどこへやら。らぶらぶ状態の二人に、アメリアもゼルガディスも困惑するばかりだった。
「どうなったんだ?」
「………さぁ……私にも………」


「お前さん、酒に弱いくせに。無茶な飲みかたするからだぞ」
「……誰のせいよ」
「俺のせいか?」
「当たり前で………〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ」
 思わず跳ね起きたリナだったが、途端に襲ってくる頭痛にまたベッドに突っ伏す。
 ガウリイは苦笑を浮かべながら、濡らしたタオルをリナの頭にのせてやった。
「なぁ」
「何」
「そんなに嫌か?俺に髪を触らせるの」

「………だって、恥ずかしいもん」

 枕に顔を伏せたまま、ぽつりとリナが呟く。

「今まで……父ちゃんだけだもん……あたしの髪結った男の人……」
「アメリアの所でしてもらったのは?」
「あの人達はプロだもん。仕事だから……けど……」

 恨めしそうに見上げる瞳。真っ赤になった顔を隠すようにして呟いた声は、ガウリイだからやっと聞き取れるほど小さかった。

「好きな人に結ってもらうなんて………恥ずかしいよぉ………」


 むろんこのセリフに、ガウリイが崩れたのは言うまでもない。



     ◆◇◆◇◆◇◆



「ゼルガディスさん」
「アメリア……」
「今回の私達の気苦労って……」
「頼むアメリア。それ以上言うな……」

 隣の部屋では、リナを着せ替え人形にしてガウリイが楽しんでいる。

「ねぇ、ゼルガディスさん」
「………何だ」
「今度……ガウリイさんに後ろから何か薬でもかけてやりましょうか……」
「アメリア………」

  ぽん。

「俺にもやらせろよ」
「もちろんです」





「リナ〜〜♪次はこれな♪」
「ねぇまだやるの?」
「当たり前だろ。今日一日は俺の好きにして良いって言ったのはリナだし」
「それはそうだけど……」
「可愛いぞリナvv
「………ばか」

























======================めでたしめでたし♪



 
 
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