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「ガウリイ……あんたいったいこれ、どーするのよ」
「どーする言われてもなあ」
心底困ったように頬をかくガウリイ。
ガウリイ坊ちゃまにふさわしい花嫁を見つける。
そう息巻いたマイアさんの行動は早かった。
実際、どこでどう集めたのかは知らないが、その日の夜から、ガウリイの部屋には大量の女性のデータが届き始めたのだ。
世間一般では、こういうのを「お見合いシャシン」とかいうらしい。
やけに立派な表紙を開けると、その女性の名前と簡単なデータが書いてある。そして隣にはその女性と思しき肖像画。
もっとも、いくらその女性に似せてあるとはいえ、絵は絵に過ぎないのだから、その人の姿をどれほど真実に近く写してあるかは疑わしい。
まあ、それを差し引いても、マイアさんの薦める女性たちが、そろいもそろって美しい人だ、というのは理解できた。
なんとなくその辺にあった一冊を手にとり、開いてみる。
どこかの地主の娘さんで、やや鼻が高すぎるきらいがあるが、やはり美人だった。
……なんか面白くない気分になって、あたしはそれを閉じる。
そしてベッドの上に腰掛けているガウリイにもう一度問うた。
「ねえ、ガウリイ。ほんとにこれ、どーすんのよ」
そう。いくらマイアさんが躍起になっているとはいえ、ものには限度っていうものがあるんではないだろうか?
ただでさえ狭い宿屋の部屋には、その「お見合いシャシン」が渦高く詰まれている。
その量のハンパじゃないこと。
ベッド以外にガウリイの居場所などありゃしない。小柄なあたしだって、ここまでかきわけてくるのがやっとだったんだから。
「だから、どーしよーもないだろ?」
ほんの少し前にも、新しいデータを運ばれてきたばかりだった。
きっとマイアさん、ガウリイが反応を示さないのは、気に入った女性がいないからだと思っているのだろう。
違う。全然違う。絶対違う。
もともと、この男、ケッコンなどに興味はないのだ。
その証拠に、ガウリイ、この膨大な「お見合い写真」開いてすらいない。
まったく、下手な鉄砲数打ちゃ当たる、じゃないんだから……。
そのうち、もう1個部屋を取らなくちゃいけなくなるんじゃないだろーか?
はぁ。
あたしは、大きく息を吐き出した。
「あんたがきっぱりとした反応示さないのが悪いんでしょーが。
第一なんで結婚は考えているなんてこと言ったのよ」
「そりゃあ、オレだって男だぜ。
一応、この年になって、一度くらい考えたことがないっていったらうそになるだろーが。
それに、まさかマイアがあんな反応を示すだなんて思わなかったし」
実をいうと、あんたが一度でも「結婚」を考えたことがあるっていう時点であたしはかなり驚いたのだけど。
いつものほほんとして、何にも考えてなさそうなのに……。
「予想はつかなかったの?
乳母ってことは、それなりに付き合いは長かったんでしょう? 性格くらい把握していたんじゃないの?」
「……忘れてた」
ガウリイらしいわ。
「それにしても、何度も繰り返すようだけど、どうするのよ。
このままほっとくわけにもいかないでしょう? 逃げる?」
ガウリイはゆっくりと首を振った。
「それはできない。オレを育ててくれた人だからな」
「わかってるわよ。あんたが妙に律儀だってことくらい。言ってみただけ。
第一、これをどーにかしない限り、宿引き払うにも引き払えないだろうし」
「それもそうだな」
「で、話は振り出しに戻るわけよ。どーするのかって」
もともと、ここには滞在予定だったとはいえ、ものには限度っつーもんがある。
依頼を受けたわけでもあるまいし、いつまでもひとつの街にじっとしていられるほど余裕の旅、というわけでもないのだから。
「きっぱり結婚なんて今はする気ない! って断ったら?
それが一番だと思うんだけど」
ちらり、とガウリイはあたしを意味ありげに見る。
それは一瞬のことで、すぐに頭をかきかき、
「そうはいってもなあ、けっきょく、泣き落とされるのがオチだと思うんだよなあ」
たしかにそれはあるかもしれない。
老若問わず、女性には優しいガウリイのことだ。
しかも相手は、子どものころに世話になった乳母。
「でも、あんたにお見合いする気はないんでしょ?」
「あたりまえだろ。マイアが昔から、オレが嫁さんもらうまでは死ねないとか言っていたのは覚えてるけど、だからといって、マイアにそこまで世話になるつもりはない」
きっぱり答える。
どーせガウリイのことだ。ぼんやりとした子どもだったんだろう。それこそ将来を心配したくなるような。そして、よくいう。手のかかる子どもほどかわいい……。
「お茶濁しに、ひとりくらい会ってみたら?」
「そんなことしてみろ。
マイアのことだ。
きっと喜んで結婚式の話を進めるぞ」
「たしかにね」
一晩明けただけで、これだ。
ガウリイが、会いたいなんて言い出したらどうなることやら。
3日後には、この街で結婚式、な気がする。
いったい、マイアさん、どーやってこれだけの人のデータを集めていたんだろう。
呆れを通り越して感心してしまう。
ガウリイが気に入った人が出てくるまで、また新しい人を見つけつづけるのだろうか? もしそうだったら、すごいこんぢょーだわ。
「……そういえば」
あたしは、ふとあることに思いついた。
「マイアさん、何も言わなかったね。あんたが光の剣持ってないこと……」
そう。あたしがこの男と一緒に旅をする大きなきっかけになったのが、伝承にも有名な光の剣だった。
その光の剣は、魔族に関するゴタゴタで失われてしまっている……。
「マイアは知らないからな」
光の剣の名前を持ち出したせいか、ガウリイはどこか遠い目をした。
「何を?」
「オレが光の剣を持って家を飛び出したってことをさ。
今でも光の剣はオレの実家にあると思ってるんだよ、彼女は。
彼女が仕事を辞めたのは、オレが実家を出るかなり前だから」
あたしは、どういういきさつで、ガウリイが家宝の剣を持って旅していたのかは知らない。
知る必要もないことだと思うから。
だから、あたしはそれ以上は突っ込まずに、別のことを聞いた。
「そっか……。後悔してない?」
「何をだ?」
「あたしに関わらなかったら、光の剣は失われなかったわけでしょ?」
ガウリイは柔らかく笑んで、あたしの頭をくしゃりと撫でる。
「してないさ。
それに代わりに伝説級の剣も見つけてもらったしな」
仕上げとばかりに、ぽんぽん、とあたしの頭を軽く叩く。
「ま、マイアの件も、今日一日反応を示さなかったら、向こうが痺れを切らして何かの手を打ってくるさ」
……だといいんだけど。
さすがというか、なんというか。
ガウリイの読みは完全に当たっていた。
マイアさんが業を煮やして次の手を打ってくるっていう。
「坊ちゃま!」
黄色い声を上げながら、周りのメーワク省みず、足音荒くこちらに向かってくる人影。
……当然のごとく、ガウリイの乳母マイアさんである。
宿屋の食堂。
朝食を終えたあたしとガウリイは、のんびりと食後の香茶を飲みながら、今日一日の予定を練っていたところだった。
昨日は、というと、次から次へとくるお見合いシャシンをさばくのに疲れ果てて宿から出ることができなかった。
さすがにネタが尽きたのか、夕食が終わったころから、新しいものが届けられることはなくなったのだけど。いやあ、あれ以上届けられたらほんとにガウリイ寝る場所なかったわ。
「ガウリイ坊ちゃま!」
「んあ?」
明らかに焦れているマイアさんに、のんびりとした返事を返すガウリイ。
どーでもいいけど、その「坊ちゃま」っていうのはやめてほしい。
ガウリイがどう思っているかは知らないが、聞いているこっちが恥ずかしい。
ほら、食堂の人たちもこっちを注目しているし。まあ、必ずしも「坊ちゃま」だけが原因じゃないにしろ。
「おはよう。マイア」
思い切り雰囲気とは場違いな挨拶をする。
「おはようじゃありません、坊ちゃま。
どうして昨日、マイアがあれだけの坊ちゃまの花嫁候補者のデータをお送りしたというのに、色よい返事をひとつも返してくれないのですか?」
「そうはいわれてもなあ」
「名だたる名家のご令嬢たちでございますのに、坊ちゃまのお眼鏡にはかなわなかったのですか?」
「いや、そーいうわけじゃないんだが……」
あたしは、香茶をすすりながら、その様子を見ていた。
完全蚊帳の外のあたしだが、だからといっていまさら他人のフリをするわけにもいかない。
あたしとガウリイが、ついさっきまですさまじい朝食バトルをやっていたのを、この食堂にいるひと、ほぼ全員が知っているだろうから。
うーみゅ。どうしようか?
はっきり言ってしまうが、マイアさん、得意なタイプじゃないのである。
いや、苦手っていうより、あまり好きじゃないっていう方が正しいかもしれない。
あたしを完璧に無視しまくったその態度!
言っちゃあなんだが、ガウリイと出会って約3年、こいつを食わしてきたのはあたしなんだぞ!
そうじゃなかったら、この常識と記憶力に欠けた男のこと、今ごろ路頭に迷っているに決まっている。
「あんな肖像画では、どこまで本当かわからない、ということですね」
マイアさんは、勝手に一人合点して話を進めている。
ガウリイが時折言葉をはさむのだが、そんなもの、自分の世界に入ってしまったマイアさんに聞こえるわけもなく……。
「わかりました」
マイアさんは、何かひとつの大きな決心をしたようだ。
「ガウリイ坊ちゃまのためなら、このマイア、一肌脱ぎましょう」
……いや、脱がなくていいってば。
まったく、何をする気なのやら。
「明日、ガウリイ坊ちゃまの花嫁候補を集めます。
そのなかから、今度こそは決めてください!」
そして嵐のように去っていくマイアさん。
「ねえ、ガウリイ」
「なんだ?」
「明日何が起こると思う?」
「……あまり考えたくないな」
苦笑するガウリイ。
あたしとガウリイは、少なくとも平穏であろう、今日一日を楽しむことにした。
別名。現実逃避、とも言う。
「リナ、気を悪くするなよ」
ガウリイがいきなりそんなことを言ったのは、宿屋へと続く道を歩いている途中だった。
日はだいぶ傾いていて、彼のきれいな金髪もやや赤く染まって見える。
「何が?」
「マイアのことさ。
リナのことを完全に無視しているだろ?」
わかってたんだ。いや、あれだけ露骨にされちゃ、ボケガウリイにもわかるだろうけど。
「ああ。それね」
「リナのことを無視するのはやめろって、一応マイアには言ったんだがな」
「いいわよ別に。変な誤解されるよりも」
「そうか? 誤解されたほうがマシだと思うけどなあ」
「どうして?」
「だって、マイア、お前さんのことなど歯牙にもかけてないって感じじゃないか。
そっちの方がイヤじゃないか?」
たしかに……。
マイアさんが、あたしのことをガウリイの恋人かなんかと勘違いしてくれれば、まあ、それはそれで腹は立ったのだろうが、ここまでむなしい気分にはならなかったはずだ。
あんたみたいなちびなんて、ガウリイとはつりあわない。
ガウリイが相手にするわけがない。
マイアさんのあたしに対する態度は、そう宣言したも同じ。
わかってる。
そんなの一番、自分がわかってるんだから。
ふとあたしらしくもなく、落ち込んだ気分になっていると、ふわり、と頭を撫でられる。
それからいつもより強く頭をくしゃくしゃにされて、あたしは立ち止まってガウリイを見上げた。
「ちょっと、何すんのよ! 髪が痛むって言っているでしょ!」
「いつものリナだ」
にかっとガウリイが笑う。
……な、何よ。
その笑顔の威力に、何もいえなくなるあたし。
「ほら、さっさと宿屋いくぞ。
マイアの件はオレがなんとかするからさ。
まあ、多少不愉快だとは思うが、我慢してくれ」
そう言うと、さっさと先を歩き始める。
「ちょっと。待ちなさいよ」
夕方でよかった、とあたしは思う。
顔がちょっぴり赤くなっていることもきっとばれないだろうから……。
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