『ワイン馬車』



リナとガウリイは工芸で有名な町へ来ていた。
この町までの護衛の仕事が終わり、泊まった宿屋の食堂で昼食を取っていたとき、窓の外をワイン色に塗られた荷馬車が何台か通りすぎていった。

ウェイトレスが言った。
「あら、ワイン馬車だわ。今年も新しいワインの季節になったわね。」
リナが答える。
「今の紋章はゼフィール・シティ醸造組合の馬車だわね。」
「あら、お客さんよくご存知ですね。あそこのゼフィール酒造の『里の紅梅』が美味しいんですよね。」
「あら、お姐さん結構通ね。私はあそこの『ゼフィーリアの地酒』のが好きなんだけど。」
「それって、地元でしか手に入らないってヤツじゃありません?
お客さん、もしかしてゼフィーリアの方ですか?」
「実はそうなのよ。なんかワイン馬車を見たらワインが飲みたくなってきたわねえ。」

なおもワイン談義を続ける二人にガウリイが茶々を入れる。
「ワイン馬車って、なんだ?」
リナとウェイトレスは固まった。

いち早く硬直が解けたリナは説明を始める。
「ゼフィーリアがワインの産地だってことは知ってるわね?
ゼフィーリアから各地へ出荷するときに、宣伝用にわざわざワイン色に塗った馬車を使うわけ。あんたも見たことくらいあるでしょう?」
「そう言われると見たことあるような気がしてきたぞ。」
「あのハデな色の馬車を見てもなんとも思わないなんて・・・・・。
もしかして宣伝の効果があまりないんじゃないかしら。」
思わず心配するリナにやっと硬直が解けたウェイトレスが答える。
「そんなことありませんよ。有名ですよ、ワイン馬車って。よく子供が後ついていって迷子になるし。」
「やっぱりこいつの頭が特別ボケてるのかしら。」
「おい・・・・・。」

食事を終え、部屋でくつろいでいるガウリイの所へリナか来た。
「あたし、ちょっと出かけるから。夕食までには戻るわ。」
「どこ行くんだ?」
「ワイン馬車って、帰りに空で帰るのもったいないから、近所の商店街の人が一緒に買い出しに来ていることが多いのよ。
あのワイン馬車に多分近所の人が乗っていると思うから、尋ねてみるわ。
うまく行けば実家の近況とか聞けるだろうし。」
「この町、宿が何軒もあるぞ。どこだかわからないんじゃないか?
一つ一つ尋ねて歩くのか?なんなら俺も手伝うぞ。」
「ガウリイにしては鋭いわね。でも、こういう大きな町では、大体定宿が決まっているのよ。さっきウェイトレスさんに聞いたからわかってるわ。」
「ふーん、そういうもんか。」
「そーゆーもんよ。じゃあ、後でね。・・・・・・って、何でついて来んのよ。」
「いや、ヒマだからオレも行っちゃいけないか?」
「いいわけないでしょ!!もし知り合いがいて、実家の方に男連れだったなんて報告されたらどう思われるか・・・・。」
「噂で伝わってるんじゃないか?」
「そうだとしても、噂と実物を見るのとじゃ、全然違うのよ!!」
実際、ゼフィーリアにも『リナ・インバースに男がいる』という噂は伝わっていたが、『眼から怪光線を発してドラゴンを焼き殺した』とか『額のほくろから触覚が伸びてハエなどを捕食する』とかという噂と同列に扱われていた。

「とにかくついて来ないでね!」
と言い残して、リナは行ってしまった。
「いーじゃねーか別に、男連れだって・・・・・。」
なんとなく面白くないガウリイは、そっと後をつけることにした。

リナは15分ほど歩いたところにある、リナたちの泊まっているのよりちょっと格上の旅館へ入っていった。
そこでは、ちょうどお目当ての買い出し部隊が食事していたらしかった。
なぜわかったかと言うと、リナが入っていくと、そのうちの一人が声をあげ、リナに飛びついて抱きしめたからだった。
おまけにリナもすごく嬉しそうに抱き返し、あまつさえ、頬にキスまでしてやったのだった。
とてもその後を見る勇気がなく、ガウリイはふらふらと宿へ帰った。

・・・・・つもりだったが、ぼけーっと歩いていたせいで気づかないうちに遠回りしていたらしく、宿にたどり着いたときには日が暮れかけていて、隣の部屋のリナはもう帰ってきていた。

背の高い男だった。顔は良く見えなかったが、リナよりは大分年上のようだった。
しかし、ガウリイだって、リナから見れば大分年上である。
あの男とはどういう関係なのだろう。ただのご近所さんと言う風では、どう見てもなかった。

そう言えばそろそろ夕食の時間である。
とりあえず夕食に誘おうと、ガウリイはリナの部屋の戸を叩いた。


ドアを開けたリナはいつもの旅装でなく、レースの襟のついた淡い小花模様のワンピースを着ていた。おまけに薄化粧までしていた。
「どうしたんだ?その服・・・・・。」
「てへ。買ってもらっちゃった。似合う?」
「馬子にも衣装。」
「そう言うと思ったわ。ま、入って。」
リナはガウリイを招き入れる。
「ねえ、イヤリング、どっちが似合う?」
と鏡の前で2組のイヤリングを当ててみる。
「差がわからん。」
「当てずっぽうでもどっちとか言うもんよ、こーゆーときは。
もしかしてあんた、機嫌悪いの?置いてったから?」

ガウリイはリナの前に立って、低い声で言った。
「オレはほっぺにキスなんて、してもらったことないぞ。」
リナは一瞬呆気に取られたが、しばらくして真っ赤になった。
「ややややだ、なにアンタ見てたの!?」
「やることなくて散歩してたら偶然見えた。」
もちろん嘘だが、動転しているリナは気がつかなかった。
「や、やあねえ、キスくらい、したこと、あるでしょ?」
と照れまくって言う。
「ほっぺにはしてもらったことない。」
「そ、そうだっけ?でも、逆なら怒るのわかるけど・・・・。」
「逆なら相手をぶん殴ってやるけどな。」
「変なヤツねえ、あんたって。」
「おまえに言われたくない。」
くすくす笑って、リナはガウリイの髪の毛を引っ張って屈ませ、ほおに口付けをした。
してから化粧していたことに気がついて、ちょっと恥ずかしくなって俯いた。
ガウリイは俯いてしまったリナの顎に手を掛けて上向かせ、今度は唇にキスをした。



「ちょ、ちょっと、どこ触ってんのよ。」
「いいじゃないか、ちょっとくらい。」
「ちょっとじゃないでしょ!!それに、あたし食事の約束してんのよ!」
「あいつとか?黙って行かせてやるとでも?」
「ちょっと待った!あんた何か誤解してるんじゃ・・・・・・。
うわああああああっ!!!ちょっと、何すんのよ!!止めてってばこら!!!」
「やめてやんない。」
「うわーーーーっ!!!!たーーすけてーーーーええええ!!!!」

そのとき、物凄い音を立てて部屋の戸が蹴破られた。
そこに立っていたのは買い出し部隊の例の男だった。
「き、きさまーーーーーーっ!!!
ウチの娘に何をするうううううううううっっっっ!!!(四倍角)」


「と、父ちゃん・・・・。そう言えば、迎えに来るって言ってたっけ・・・。」
呆然とつぶやくベッドの上のリナ。
「父ちゃん・・・?娘・・・・・って・・・・・。」
こちらも呆然とつぶやくリナの上のガウリイ(ほっぺにキスマーク付き)。

「ええい、さっさとそこ(リナの上)からどかんかーーーーーっっ!!(四倍角)」
抜打ち0.1秒。
ガウリイは辛うじて躱した。
「ちょっと待ったあああ!!!」
丸腰の彼は、さっきのリナと同じセリフを言いながら、部屋中を逃げ回る。
もちろん剣を振り回すリナの父ちゃんも、さっきのガウリイと同じで待ってはくれなかった。

リナはおもむろに服を整えてベッドから降りる。
ドアの蔭から覗いていた靴屋と薬種問屋がそっと室内に入ってきた。
今回の買い出し部隊のメンバーで、リナの父と合わせて『ゼフィール・シティ本町通り商店街組合のちゃんばらトリオ』と言われている。
「いやいや、さすがリナちゃんの彼氏だけあって大した身のこなしだねえ。」
「うんうん、なかなかの遣い手と見た。」
勝手に評論を始めた。

「ちょっと、部屋の中で暴れないでよ。ちょっとじゃれてただけなんだから。」
「おまえはこいつとベッドの上でちょっとじゃれるような間柄なのかっっ!!!」
「うん。」
父ちゃんは絶句した。
実は押し倒されたのなんて初めてだったが、そんなことを言ったら父ちゃんはガウリイを強姦魔として役所に突き出してしまうだろう。
リナの父だけあってやることは過激である。

一瞬の隙をついて、ガウリイは父ちゃんを取り押さえ、剣を取り上げた。
利き手を捻りあげられて、じたばたする父ちゃん。
「きさまー!!これが未来の父親に対する所業か!!!」
「未来の息子に切りつけてきたのはそっちでしょう。」
「誰が息子じゃ!!!オレは認めんぞ!!」
「今自分で未来の父親って言ったくせに・・・・・。」
「言っとらーーーーん!!!!!」
というようなやりとりの間に、リナはガウリイから抜き身の剣を受取って父ちゃんの腰から鞘を取って納めた。
それを見てから、ガウリイは父ちゃんの手を離す。
「大体、娘が欲しけりゃ、まずうちに挨拶に来るのが礼儀だろうが!!
こんな礼儀知らずに娘はやれん!!」
びしっとガウリイを指差して鼻息も荒くまくし立てる。
「そのうちに伺おうと思ってましたが・・・・。」
「そのうちとはなんじゃ!!そんな了見のヤツに娘をやれるか!!!」
そこへ、それまで傍観していた靴屋と薬種問屋が声を掛けた。

「そーゆーことは後にして、早くメシ食いに行こうぜ。腹減っちまったよ。」
「そうそう、あんたのおごりときまったことだし。」
「え?父ちゃんのおごりなの?」
「そう。実は、リナちゃんが帰った後に、リナちゃんの紹介したい連れって彼氏かどうか賭けをしたんだ。むろんヤツは彼氏じゃない方に賭けたワケだ。」
嬉しそうにいう靴屋。
「親に損をさせるとは、なんと親不孝な娘だ!!」
紅涙を絞る父ちゃん。
「先に言っといてくれれば、口裏を合わせてあげたのに。」
「そりゃ、サギだよ。リナちゃん。」

「あ、ちょっと、ガウリイ」
ちゃんばらトリオの後から部屋を出ようとした彼を、リナが呼びとめる。
「なんだ?」
髪を引っ張って屈ませ、頬と唇の口紅を拭いてやり、自分もお化粧を直して部屋を出た。蹴飛ばしてやりたくなるような仲のよさだった。



宿での乱闘騒ぎが嘘のように、夕食は和やかに終わった。
父ちゃんはブツブツと、「うちに挨拶に来なけりゃ認めん」とか「ルナにあることないこといいつけてやる」とか文句をたれていたが、ガウリイが近いうちに絶対挨拶に行くからと約束し、概ね友好的に別れることが出来た。

「お父さんに悪かったなあ。あんな高い店でおごりだなんて。」
呼び方がすっかり『お父さん』になっている。
「あたし半分払わされたわよ。おまえの方が稼ぎいいだろうとか言われて。」
「そうなのか?」
半分出さないと、ルナ姉ちゃんにあることないこと言いつけると脅されたのである。
しかし、蹴破ったドアの修理代は出させたので、おあいこではある。
「ちょっと、なんであんたまでこっちの部屋に入ってくるのよ。
あんたの部屋はあっちでしょ。」
「いいじゃないか。お父さんのお許しも貰ったし。」
「実家まで挨拶に来ないと認めないって言われたんでしょ。」
「挨拶に行けば許してくれるってことだろ?」
「自分の都合のいいように解釈してるわね。・・・・・・ちょっと、やめてよ。」
「どうして?」
「・・・・・・・・・せっかくのワンピースが皺になるじゃない。」


ガウリイは、ワンピースをハンガーに掛け、丁寧に皺を伸ばして、クローゼットにしまった。


終わり。










(コメント:うるばばさん、四倍角って書いてあったとこ、ちゃんと四倍角にしましたよ。四倍角の字ごと(笑))


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