「見えない未来(あした)、気づかない現在(いま)」


 

「助かったわ、アメリア・・・。でも、なんであなたがここに?」
村長の家に招かれ、ついたテーブルであたしはアメリアと向かい合っていた。

彼女とは、サイラーグの一件以来のしばらくぶりの再会。
きらきらした大きな瞳に、肩までの黒髪。
セイルーンの巫女頭でもある彼女は、白いゆるやかな服をまとっている。
背丈や顔だちはそれほど変わらないが、相変わらずの熱血漢ぶりだった。

「何言ってるのよ、リナっ!ここは我が国の領土よ?
アンデッドが出て困ってると聞けば、わたしが出向かないわけないじゃないっ!」
「・・・いや・・・聞きたいのはソコじゃなくて・・・。
なんでわざわざ王女のあなたが、ってことなんだけど・・・。」
「国民の危機に立ち上がるのが王族の務めっ!
国王であるおじいさまは、病に臥せったままだし。
父さんは政務で忙しいから、当然わたしの出番というわけなのよっ!」
「あ・・・ああそう・・・。」

アメリアはそう言うが、おそらく真実は。
かなりごーいんに城を出てきたんじゃないかな〜〜〜、と推察される。
そもそも、あたしが街の魔道士協会で受けた依頼はこんなものじゃなかった。
出るのは精々スケルトンが数体とゾンビくらい。
あたしとガウリイなら、楽勝の仕事のはずだったのだ。


「ま、細かいことはいいっこなし!わたしが来て、良かったでしょ?」
ウィンクするアメリアに、あたしは頷いた。
「そう思ってるわよ、アメリア。あなたがいなかったら、今頃・・・。」
もしあそこで、アメリアが現れなかったら。
ガウリイは・・・・。
その可能性を考えると、今でも背筋が寒くなる。
あたしは急いで首を振り、笑顔を作った。
「ホントにホント、ほんっっとーーーーに助かったわ。
アメリア、偉いっ!!アメリア、凄いっっ!!憎いねこのっ、いよっ、大統領!!!!」
「・・・ほめられてる気がしないんだけど・・・」
「心外ね。こんなに手放しでほめてるのに。」

あの時。
アメリアの放った浄化呪文で、村のアンデッドモンスターは一掃されていた。
おまけにアメリアはひとりではなかった。
治癒呪文の使える聖職者と兵隊を連れてきてくれたのだ。
おかげで、傷ついた村人の治療や、崩れた瓦礫の片付けまで任せることができた。
そんなわけで、あたし達がこうしてひと休みできるというわけだ。
ガウリイは、アメリアがかけてくれたリザレクションで傷から回復し、今は別室で休んでいる。
・・・感謝してないわけがない。
 
「・・・それにしても・・・。何でこんなことになったのかしら。」
まだ幼さの残る顔を深刻そうにしかめて、アメリアが呟く。
あたしもずっと同じことを考えていた。
何の原因もなしに、アンデッドモンスターやレッサーデーモンが大量発生するとは考えられないからだ。
「今まで、特に何も問題がなかった場所なのよ。
街からそんなに離れてないし、染め物でそこそこ潤ってる地域だし・・・。」
「そう・・・。」
「とりあえず、兵を数名、周辺の探索に当たらせたわ。
明るくなれば何かわかるかもねっ。それまで、少し休みましょ。」
「そうね・・・。」
さっきから、何かが頭の片隅に引っ掛かってる。
そんな気がしてしょうがなかったあたしは、ただ生返事を繰り返していた。
 
とんとんっ
 
テーブルを指で叩く音がして、あたしはようやく我に返った。
正面に座ったアメリアが、いぶかしげな顔でこちらを見ていた。
「聞こえなかったの?リナ。」
「・・・・えっ!?」
どうやら、ぼんやりしている間にアメリアが何か言ったらしい。
「ごっ、ごめん、何?」
「だから。」
アメリアは一転してにこやかな顔になり、こうのたまった。
「休んできなさいって言ったのよ。・・・ガウリイさんの部屋で。」
「・・・へっ・・・ふえっ!?!?

我ながら、ミョーな声が出たもんだと思う。
「なっ・・な・・・何っ・・・」
ぱくぱくと口を開けたり閉じたりしていると、アメリアは呆れたように答えた。
「何って。ガウリイさんの様子、見てあげなくていいの?心配でしょ?
傷は治ったけど、結構やばかったんだから。
今夜はついててあげたほうがいいわよ?」
「あ・・・・・・・あっ、あ〜〜・・
そっ、そーね・・・!や、ガウリイなら大丈夫よ、大丈夫。」

・・・こんな時に何を想像しとるか、あたし。

動揺を隠そうとして激しく手をぱたぱたと振ると、アメリアは眉をしかめた。
立ち上がると、急にぐいっと顔を近付けてきた。
「・・・あのね。リナ。忘れてるの?
前にもあったでしょ、こんなこと。」
「・・・え?」
まぢかで見る大きな瞳が意外にも真剣な光を放っていて、あたしはどきりとする。
思っていたよりも大人びた表情で、アメリアはあたしに告げた。
「今度は立場が逆になったわね。
・・・あの時のガウリイさんの気持ち、少しはわかってもいいんじゃない?」
それだけ言うと、アメリアはくるっと背中を向け、扉から外へ出て行った。
「・・あ・・・」
あたしは一人、動けないまま。
息を飲んでいた。
 
 








 
とんとんっ・・・
 
小さくノックをしてから、そうっと扉を開く。
鍵はかかっていない。
部屋の中は静かだった。

揺らめくランプを持って、窓際に置かれたベッドに近付く。
カーテンは閉まっていて、他に明かりはない。
ランプの光の輪の中に、毛布をかけられて眠っているガウリイの長い体が入る。
起きないのはたぶん、完全な治癒のために眠りの魔法をかけられているからだろう。
アメリアの術者としての腕は確かだ。
「・・・・・。」
しばらくの間、あたしはガウリイの寝顔を見ながら立ちつくしていた。
 

アメリアが言った、『以前にもあったこんなこと』。
それは、ある魔獣と戦った時のことだ。
あたしはちょっとばかり無茶をして、自分も倒れてしまった。
気付いたのは治療が終わった後で、知る由もなかったのだが。
どうやら見た目にかなり酷かったらしい。

『降りよう、この仕事。』

意識を取り戻したあたしに、ガウリイが初めて発した言葉がこれだった。
 
目の前で相手が倒れるのは、何も今回が初めてではない。
あたし達は幾度も、そうやって危ない場面をくぐり抜けてきた。
恐れていたら、前には進めない。
自分から動くことができずに、見て見ぬ振りをするだけの。
何もしないまま仲間を見殺しにするような。
そんなやつにはなりたくない。

・・・そんなことを、いつかガウリイに言った気がする。


ランプをサイドテーブルに起き、ベッド脇の椅子に腰をおとす。
弱い光が、寝顔を青白く、はかないものに見せていた。
眠っているのではなく、他の状態に見える気がして。
目が探す。
深く息を吸い、吐き出して上下している、毛布の形を。

「・・・・・言うは易しって、言うけど。
・・・・・ホントね・・・・・。」
 
今、自分で味わっている、この、他にはない感情を。
あたしはかつてガウリイに、何度味わわせたのだろう。
・・・こんなことなら。
自分が傷つく方が百倍も、いや、数に例えることができないくらい。
ずっとましだ。
 
ぽふっ・・・
 
毛布の端に、あたしは顔を伏せる。
「・・・ごめん・・・・」
アメリアの言う通りだ。
自分の番になって初めて、ガウリイの気持ちがわかった。



 
「何が、ごめん、なんだ・・・?」


ばびょっっ!!!
「!」
突然、背中に氷をつっこまれたようにあたしは飛び起きた。
頭を撫でるお馴染みの仕種と、声に続いて。
目の前に、びっくりしたガウリイの顔があった。
「お・・お・・・お・・・」
「お・・・?
おお、今、起きたんだが・・・。ええと・・・ここはどこだ?」
「そ・・そ・・そ・・・」
「村長の家か。そっか、怪我して運んでもらったんだっけ。
・・・で、何がごめんなんだ?」
「・・・・!」

いつ起きたのかわからない。
きょとんとした顔で、ガウリイがこちらを見ていた。
「何か、謝られるようなことされたか、オレ・・・?
いや、いつもなら山程思いつくんだが・・・・・」
横になったまま、腕組みをして考え込む姿勢を取る。
「ダメだ、思いつかん。
・・・・はっ!?
いつのまにか真っ暗になってるってことは・・・まさか!
夕メシ、オレの分まで食い尽くしたとかっ!?」
辺りを見回して、青ざめる。

ぐぁしぃっっ!!!!

泡を食ったり赤くなったりと忙しかったあたしは、思わずガウリイの襟首につかみかかる。
だぁあっ!!心配なのは夕飯だけかっっ!!!
そのてーどなの、あんたわっっ!!!
死ぬか生きるかの瀬戸際だったってのに、まずはそれ!?!?
そう叫ぶと、ガウリイはぽんと手を叩いた。
「おおっ・・・そーいや、アメリアがいたよーな・・・」
いたわよ!!!助けてもらったでしょ!!!危ないとこだったのよ!!!
「そーかあ・・・・。
いやー、おかげで助かった。これで無事に夕メシも食えるってことだな♪」
「あ・・・・・・・あんたね・・・っ・・・」

あまりの呑気さに、聞いていたら腹が立ってきて。
考え込んでたことや、気になってることとか、何もかもがごっちゃになって。
声がにじみそうになって。
・・・あたしは。

「こんのっ・・・・!」
 
こちょこちょこちょこちょ!!!
 
わっ!や、やめろ、リナっ!」
「人の気も知らないでっ!このこのっ!
「だっ!ダメだって!こらっっ!うひゃっ!!
「このこのこのこのこの・・・!」
 
止めようとするガウリイの腕をかいくぐって、毛布の上からくすぐりまくった。
目を閉じて、何がなんだかわからないくらい暴れていたら。
気がつくと、自分が毛布の中にくるまれていた。

「どうどう。」
ぽんぽん、と誰かの手が肩の辺りを叩いている。
少しくぐもった声が、なだめるように降ってきた。
「落ち着けって。リナ。わかったから。・・・な?」
「・・・・」
毛布の中は、何も見えない。
暗がりの中であたしは、身動きできないほどやわらかいものに囲まれていた。
ふんわりと全身が暖かくなる。
・・・それでわかった。
自分がどれだけ、冷えきっていたか。

「ごめんなんて言うなよな。・・・お前さんが謝ることじゃ、ないぞ。」
ガウリイの言葉が、耳のすぐ傍から聞こえた。

彼がどこまでわかって言っているのか、わからない。
けれど、声が聞けて。
触れることができて。
確かにそこにいることを、じかに確認できて。
ようやく、あたしは安心することができたのかも知れない。
「・・・・うん・・・・」
自分でも意外なことに、あたしはその柔らかな檻に体を預けた。
「良かった・・・・」

出てきた言葉は、素直な気持ちだった。
あの青ざめた顔は、今でも拭えないほど鮮やかに浮かぶけれど。
・・・・・ここに。ガウリイがいる。
そう感じられることが、今のあたしには必要なことだったのだ。

毛布に包まれていながら。
あたしは、ガウリイに包まれているような気がした。






 
どれだけそうしていただろう。
張り詰めていたものが、一気にほどけたせいだろうか。
自分の置かれた今の状況に気付くのに、随分と時間がかかってしまった。
「どわぁあっ!?」
我ながら、乙女が出す声でも言葉でもない。
駄菓子菓子。
こ・・・こんなところをアメリアにでも見られたら・・・・っ。
ガ・・・ガウリイと、あたしが・・・・・。
ベッドの上で毛布ごしに、だ・・だき・・・・・・・
どぁああっっっ!!!!
文字にしたらすっごくやばい気がしてきたっっ!!!

ゆっ!・・・う食がまだだったわよね!!!あっ、あたし、村長さんに頼んで何か・・・」
ところが、毛布のやつときたら一向に出口を見せてくれない。
必死にもがいて、ようやく抜け出すと。
頭の上でガウリイがぽつりと何かを言った。
「・・・え?」
よく聞こえなくて、あたしは聞き返す。
ガウリイが同じ言葉を繰り返した。
「しっかし、何で真っ暗にしてたんだ?」
「・・・・・え・・?」
「油の匂いはするんだが・・・ランプが消えちまってるぞ。
ちょっと火をつけてくれないか?リナ。」

ガウリイが辺りを見回していた。
テーブルから投げかけられた黄色い光が、その姿を不安定な影に変えて壁に写し出していた。
 
 
 
 
 
 


 




つづく












二回目です♪
前回も書きましたが、アメリアは原作仕様になってます。
魔獣の辺りの話が出るためでした♪でもどっちの姫も好きです♪

しかしリナが毛布にくるまってるとことか、二人で毛布をかぶるとか、毛布でくるんでだっこするとか、そんなシチュが好物です・・。毛布萌えって言うんだろーか(笑)

ガウリイが失明する展開が書きたかったので、この辺りは書けたのですが・・・。
まだ敵の正体とか考えてません(爆笑)おいおいですよね(笑)
書きたいと思ったところから書く!!・・・これが原動力です(笑)理屈は後でいいのさ〜!(おい)

では、ここまで読んで下さったお客さまに、愛を込めて♪

心配になって、息が切れるほど走って駆けつけたのに。
相手があっけらか〜〜んとして、全然深刻そーな事態じゃなかった。
そんな経験はありますか?

二人目の脱走兵を育てているそーらがお送りしました♪次女はおとなしかったのに・・・

ホント、笑ってる場合じゃないのよ、キクぴん・・・・(笑)


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