「見えない未来(あした)、気づかない現在(いま)」



診察は深更まで及び、一同がテーブルについたのは明け方に近かった。
アメリアが、珍しく疲れた声を出す。
「わからないわ・・・・体の傷は全部治ったはずなのに・・・。」
あたしは立ったままだった。
「じゃあ・・・やっぱり・・・。
見えてないの・・・ガウリイ・・・。」
「ええ・・・。」

アメリアが目をやると、後ろに立っていた他の治療士が頷いた。
「健康に問題はなく、目にも傷などは見受けられませんでした。
しかし・・・視力がまったくと言っていいほどありません。」
「・・・・・・」
「生まれつき目が見えない者や、何かの原因で視力を失った患者も診てきましたが・・・現在の医学や魔法術では治せない場合も多いのです・・・。」
「・・・・・・。」
部屋を、重い空気が押し包む。
数時間前は、襲撃から一段落してほっとしたというのに。
思ってもみない事態があたし達を待ち受けていた。

明かりがついているのに、真っ暗だと言ったガウリイ。
治療士が目の前で振った指の数も。
当然といえば当然だが、あたしの顔も。
全く見えない様子だった。

一同の目が、別室のドアへと自然に向く。
そこではガウリイが、安静のため術をかけられて眠っているはずだった。

今まで村人を見舞い続け、ようやく戻ってきた村長もこの場にいた。
黙って話を聞いていたが、治療士の言葉に深く頷いた。
「わかります・・・。
この土地は昔から水が清く、近くには目の病を治すといわれた泉まであります。
時折、目の不自由な方々が訪れてくるんですよ。」
その言葉に、はっとしたあたし達に向かって、村長は急いで首を振った。
「ああ、その、それはあくまでも言い伝えでして・・・・。
実際に効果があるかと言われると・・・その・・・。
みなさん、がっかりされて帰るので・・・・。」
がっくりとうなだれる村長。
「わたしも心苦しいのです・・・。
ただ・・・中にはまれに、そのまま住みつく方もいらっしゃいます。
そういう方も村では歓迎しているのですよ。
人手が足りないし、目が見えなくてもできる仕事が、この村にはありますから。」
「・・・・・・・」
あたしは自分でも気づかないうちに、ぎゅっと拳を握っていた。

静かになってしまった場に気づいたか、アメリアががたんと席を立った。
あたしに向かって、畳み掛けるように言う。
「まだわからないわよ、リナ!!
ガウリイさんの目が、完全に見えなくなったと決まったわけじゃないし!
一時的なもので、いずれ回復する場合もあるんだからっ!!
セイルーン・シティに連れて帰って、他の者に見せることだって・・・」
「・・・・・。わかってるわよ、アメリア。」
あたしはふっと微笑み、拳の力を抜いた。
落ち込んで声も出ないのだと思っていたのだろう。
アメリアが驚いた顔をする。
だが、言われるまでもない。
まだ全ての望みを失ったわけではない。
・・いや、たとえ全ての望みを失ったとしても、あたしは。

「しばらく会わないうちに、あたしのことを忘れたの?アメリア。
もともと諦めの悪いタイプだってこと。知ってるでしょ?
そう簡単に諦めたり、すぐに嘆いたりしないわよ。」
解いた拳を開いて、手のひらを見つめる。
「・・・それに。
死んでたかも知れないガウリイが、ちゃんと生きて、喋ってるんだから。
少なくとも、一番悪い状況は脱してるのよ。
・・・でも、ありがと。心配してくれて。」
アメリアに向かってにこりと笑いかけると、あたしは村長に向き直った。
「・・・あたしが気になったのは、村長さんの言葉なの。
目を治す泉があって、そのまま住み着いた人もいるって。
・・・実はこの村に着いてから、ずっと何かが引っ掛かってたのよ。
そのことを思い出して、ようやく気づいたわ。
この村では、家の中にみんなこの布を飾ってるわね?」
「・・・・!」

一同の目が、あたしが指差した壁に向けられる。
そこに掛かっていたのは、何の変哲もない一枚の布だった。
特徴のある模様も何もない
ただ一つの特徴は、真っ赤に染められているということ。
崩れた建物の中でも、あたしは見ていたのだ。
「共通して飾ってるこの布に、何か意味があるんじゃないですか?」
村長はまばたきし、大きく頷いた。
「おお・・・あれですか。
実はわしの祖父の代のことなんですが。
この地に、高名な法師さまがご来臨されましてな。
泉のことをお聞きになって、効果を研究したいと言われまして。
立派な庵まで建てられて、しばらく滞在なさったそうです。
その間、村ではさまざまな病気や怪我を負った者が出まして。
医者にも見放されたその者達を、法師さまはその見事な手腕で癒して下さいました。
その功績を称え、今でもこうして各家に赤い布を飾ってお祀りしておるのです。」
あたしとアメリアは、急いで目配せを交わした。
「その法師って・・・?」
「ええ。己の身も顧みず、他者を癒す慈愛に満ちあふれた伝説のあの方。
常に赤い衣を纏われていたという、あの赤法師さまです。」
「・・・・・!」

 
赤法師レゾ。
強大な魔力と術を操り、各地を放浪して様々な奇跡を起こした。
ただ一つ、彼にできなかったことは。
自分の目を癒すこと。
今でも彼は各地で神格化されている。
その研究がとんでもなく間違った方向に進んでいたことは、ごく一部の人間しか知らない。
思い悩んだ彼は、とうとう思いつめて伝説の魔王の中の魔王、シャブラニグドゥの力を借りるまでに至ってしまった。

その彼が、この地にいた。
もしかしたら、この突然のモンスターの大量発生は・・。

村長が思い出したように付け加えた。
「そういえば、その庵。
何年も前に崖崩れで一度埋まってしまったのですが。
聞くところによると、最近また同じ場所で崖崩れがあったとか・・・。」
「!」
アメリアが目を輝かせた。 
「リナ!」
あたしも大きく頷く。
今回の件、レゾに無関係とは思えない。
その場所に、何か手がかりがあるはず。
「・・・力を貸してもらえる?」
そう尋ねると、彼女は大きく頷いた。
「当たり前でしょ!っていうか、それはわたしのセリフよっ!ここはセイルーン領内ですからねっ!」
「ありがと。・・・とりあえず、今夜は休んで。みんな疲れてるわ。
明日の朝、明るくなったら。
現地を見に行きましょ。」
「了解よ!」
アメリアの弾んだ声を聞きながら、あたしもまた気持ちが高揚するのを押さえられなかった。

・・・自らの目を治すことに、貪欲だった赤法師。
目の病に関しては、誰よりも詳しかったはずだ。
その住まいを探したら、何か手がかりが見つかるかも知れない。

ガウリイの目を治す、手がかりが。
 
 




























〜〜〜〜〜〜〜〜〜つづく。



短くてごめんなさい(笑)この先の展開でちょっと迷っているので、ここまでにしました♪
葵月さん、ちはるさん、いつもありがとうございます♪
がんばって続き書きますね〜♪



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