「見えない未来(あした)、気づかない現在(いま)」


あたしは扉の前で、深呼吸する。
それから、わざと勢い良く扉を開けた。

「おっまたせ〜〜っ!朝ご飯よ朝ご飯〜っ!」
部屋に入ると、窓とカーテンが開けられ、真っ白な光で満たされていた。
両手にお盆を持っているので、ちと行儀が悪いが足でばたんと扉を閉める。
「結局夕飯食べられなかったでしょ。お腹空きすぎもい〜ところよねっ!」
体を起こしてベッドに座っているガウリイの、膝の上にぽんとお盆を乗せる。
「スープとパンもらってきたわ。一緒に食べよっ。」
「おう。」
こっちを見て、にこりとガウリイが笑う。
そのどこにも、いつもと違うところはなかった。

あたしは何も言わず、毛布の上に置かれたガウリイの手をあおむかせてパンを乗せる。
椅子に腰を下ろし、二人でパンをちぎる。
「あ〜〜、おなかすいた〜〜〜っ!」
食べながら言うと、ガウリイがぷっと吹き出す。
「・・・今食べてるじゃないか。」
「食べてても!噛み合ってないのよっ!
お腹の空いていくスピードと、お腹が満たされてくスピードがっ!」
「喋ってる間も食べてればそんなことには・・・。
ま、気持ちはわかるがな。」
「でっしょ〜〜〜っ!?!?」
いつもと変わらない会話を交わし、食事を続ける。
パンは柔らかかったが、何故か飲み込むのに苦労した。
前もって考えていた話を切り出す。

「そういえば、アメリアが言ってたんだけどね。
今回のケリがついたら、あたし達をセイルーン・シティに連れてくって。
王都まで行けば、もっと腕のいい魔法医もいるらしーわよ。」
この言葉に、ガウリイが食べる手を止める。
どきりとするあたし。
だがガウリイが返した言葉は、いつものようにトボけた内容だった。
「まほーい・・ってなんだっけ。
ああ、あれか!山に向かって叫ぶと同じ言葉で返ってくるっていう・・」
「それはやまびこ!
ヤッッホーじゃなくて魔法医!!!
あんたね・・・何度かお世話になったことあるっしょ!?」
「そうだっけ。」
きょとんとするガウリイに、あたしは自分の膝をぺしぺし叩いて反論する。
「あるある!ありまくり!
あのひどい戦いの時だって、翌日にはあんたがケロっとしてられたのも魔法医のおかげなんだよっ!?」
「おおっ・・・そりゃすごいな。で、どこにいるんだっけ。」
ガウリイはいつもと変わっていなかった。
こんな時でもしんみりしないのは、いいことなんだろうけど。
「でも・・・昨日の医者も、魔法なんとかなんだろ。」
あたしはびくりと跳ねる心臓を押さえる。
「まあね〜。でも、アメリアがもっとすごいの知ってるって。
それに、魔法医がいるのはセイルーンだけじゃないしね。
あたしの故郷にも、結構有名な医者がいたわよ。」
「そっか。」
それ以上追求せず、ガウリイはパンを頬張った。
「・・・・」

あたしはごほんと咳払いし、スプーンに手を伸ばす。
「それより・・・口を開けて。」
「へ?・・・なんで?」
「なんでって・・・」
まじまじと見つめられ、あたしは何となく顔を赤くした。
今のガウリイは、全く物が見えていない。
闇の中にいるも同然のはずだ。
けれど野生の勘は健在で、こうしていても声と気配だけであたしに顔を向けてくる。
「ス・・・スープよ、スープ。食べさせてあげるから、口を開けて。」
「えええええっ!!」
半分になったパンを握りしめ、ガウリイが大袈裟に震え上がる。
「リ・・・リナがっ!?」
「そ、そうよっ・・・って、何、その反応・・・?」
「だ・・だってお前さんが・・・そんなに優しいことを言うなんて・・・
・・・はっ!?わかったぞ!なんか怪しい薬でも開発したんだろ!
でもってオレを実験台に・・・・!」
おバカっっっ!!!!!
こんな時に何バカ言ってんのよ、このおバカはっっ!!!
あんた・・・よっぽどあたしに頭をはたかれたいみたいね・・・!」
拳をぷるぷる言わせながら振り上げると、ガウリイは慌てて頭をかばう。
「じょっ、冗談だ、冗談!!
おとなしく口を開けるので、煮るなり焼くなり・・・」
この通り、と顔の前で両手をすり合わせる。
「ほほぉ〜〜っ。いい度胸だ・・・!」

ガウリイが口を開ける。
湯気を立てる熱いスープを、そのまま放り込んでやろうかと思ったが。
やめた。
本当に熱そうだ。
ふう、ふうと口で吹いて、静かに流し込む。
「うまい。」
ガウリイが笑う。
「当たり前でしょ。」
ガウリイには見えていないのに、あたしはついそっぽを向いた。
「誰にも手折られない孤高の花!
この天才美少女魔道士リナ=インバースが、有り難くもおん自らの手で食べさせたもうスープなんだから。
うまくて当たり前。」
「そこまで言うか。それに・・・作ったのは村の人だろ。」
「それ言わない。
でも、村がこんなにめちゃくちゃになっちゃったのに、お礼だって一生懸命作ってくれたんだからね。
こぼしたらもったいないし、残したら許さないわよ。
わかったら、あ〜んして。」
「はいはい。」

顔を赤らめたまま、あたしは作業を続ける。
・・・こんなとこ・・・かつての仲間達に見られでもしたら、絶対に指さして笑われるにきまっとる。
アツアツの新婚さんか、おまいら。と。
こんな時なのに、その想像は止められなかった。
心のどこかで、何かが怖がっているからかも知れない。
 
出会った時、ガウリイは旅の傭兵だった。
今でも剣士だ。
その腕は、あたしが見てきた中でも超がつくほどの一流。
魔獣やデーモン、暗殺者と互角に戦えるのは彼の腕があってのことなのだ。
・・・だが。
いくらその腕が神クラスでも。
目が見えないということは、それを遥かに上回るハンデなのだ。

・・・・彼から剣を取り上げたら。
もうお前さんと一緒にはいられない。
そう、言われそうな気がして。
 
「・・・リナ?」
ガウリイに呼ばれ、あたしは我に返った。
急いで首を振る。
「ごめん、今回の事件のことで考えてたのよ。」
「何かわかったのか?」
「ううん、とりたててまだ何も。
だから、今日はあたしも周辺の探索につきあおうと思って。」
何気なく言ったつもりだったが、ガウリイは顔をしかめた。
「大丈夫、なのか?」
「何が?ちょっとその辺を探ってくるだけよ。
アメリアも、セイルーンの兵隊さん達も一緒だし、夕方には帰るから。」
スープを掬おうとした手を、ガウリイがつかんだ。
「・・・リナ・・・」
そう言ったきり、ガウリイはそれ以上何も言わなかった。
何かを言おうとして我慢したみたいに、視線を落とす。

嘘をつく胸のどこかが、ずきりと痛んだ。
でも、本当の事を言えばこいつは絶対ついてくる。
それだけは避けなければ。

あたしはわざと、呆れた声を出す。
「んっとに心配性なんだからっ!
いい?相手はアンデッド、一緒に行くのは白魔法の達人ばっかりよ?
脳ミソふるーつポンチのあんたにゃ説明してもわかんないでしょーけど!
敵さんの天敵をぞろぞろ連れて歩くんだから、だいじょーぶなのよ。
・・・大体、そーやって出かけるたびに心配されてたりしたら・・・」
見えないと思うけれど。
ガウリイに向かって、精一杯のウィンクを送る。
「おちおち、おトイレにも行けないわよ。・・・って何言わせんのよ?」
「・・・・・。」

ふ、とガウリイの顔がほころぶ。
ようやくあたしは安心して、つかんで離さないガウリイの手を左手でぽんと叩く。

「だぁいじょーぶよ、夕飯までには帰ってくるから!
・・・そしたらまた、一緒に食べましょ。」
「・・・・・」
ガウリイは微かに頷き、一度、ぎゅっと握ってからあたしの手を離した。
「気をつけて行けよ。」
「わかってるわ。」
 






















つづく




あとがきに、何を書こうか。
すぐに思い付けない現状です。
今、自分たちにできることをやる。
そればかりです。
買いだめしない、節電する、義援金や支援物資などできる支援を行う。
この三つを続けたいと思います。








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