「見えない未来(あした)、気づかない現在(いま)」



湿気を含んだ土が醸し出す、生臭い匂いが辺りに立ち篭めている。
辿り着いたドームの中で、あたしとアメリアは呆然と立ちつくしていた。
「・・・・これは・・・」
アメリアの声は、かすれていた。
「どう見ても研究施設・・って感じじゃ、ないわね・・。」
 
レゾがこの村に滞在していた間に建てたという庵。
当然そこで、己の目を治すための研究を続けていただろうとあたし達は考えていた。

だから想像していたのは、ぎっしりと器材が詰め込まれた部屋だった。
無数のガラス瓶に繋がれたコードやチューブ、黴臭い書物で隙間なく埋め尽くされた本棚。
薬草や土や、その他、得体の知れない物が入った樽。
 
だが見つけたこの場所は、およそかけ離れたものだった。

何の飾り気もない円形の天井は、高さもそれほどない。
テーブルや椅子の類いもなく、あるのは中央に置かれた石盤と、それを取り巻く水晶の小さな群柱だった。
石盤は二つに折れ、上半分は下に落ちて崩れている。
水晶もほとんどは割れてしまっていて、無事だったのは数本だけだった。
おそらくこれで、アンデッドを操っていたのだろう。
壁を抉るようにして作った壁龕(へきがん)が二つばかり。
それぞれ粗末なベッドが作り付けられている。
それ以外には、研究どころか生活していた気配もない部屋だった。
 
「考えが、甘かったってことかしら・・。」
アメリアが沈んだ声でこつんと石盤を蹴る。
「・・・そうかもね。」
あたしは努めて声を張り上げたが、空しい響きが混じっていることは避けられなかった。
「状況が状況だっただけに、渡りに船だと思って。期待をしすぎたわ。」
ガウリイの目を治す方法や、きっかけがあれば。そう思ってここに来たのだ。
「・・・それにしても・・・。レゾは一体、ここで何をしていたのかしら?
目につくものと言ったらこの石盤と、これしかないわよね・・・。」
「・・・ええ。」
アメリアが歩いてきて、隣に並んだ。
 
目の前にあるのは、壁にかけられた幾枚もの絵画だった。
どれも手に触れられる高さにあり、それぞれ異なる風景が描かれている。

「これは花畑、よね・・・・。
木があって・・・鳥も飛んでいて・・・花には虫がいる。
それからこっちは海・・・。草原・・・。砂漠・・・。空・・・。」
首を傾けるアメリア。
「すごいわ・・・まるで本物みたい・・・。
どうやったらこんな風に描けるのかしら・・・。」
それはただの風景画ではなかった。
そうしていると、まるで世界を簡単に縮小した博物館にいるようだ。
「・・・・・。」
あたしは絵の前を考えながら歩き、一枚の絵に手で触れてみた。
「これは・・・・。」
「どうかした、リナ?」
「線に沿って、絵の具が盛り上がったり、削られたりしてるのよ。
わざと立体的に塗ってあるんだわ。」
「えっ・・・あっ、本当!」
確かめたアメリアが驚きの声をあげる。
「葉っぱが一枚一枚、触っても形がわかるわ!こんなことって・・・」
「・・・・ええ。」
美術に詳しいわけではないが、こんな技法で描かれた絵など、見たことも聞いたこともない。
高度な技術が必要だが、それ以上に。
この枚数を描きあげるには、相当の時間と労力が必要だということはわかる。
「でも・・・何のために?」
アメリアが問いに答える前から、あたしには何となくわかっていた。
これが何のためのもので、誰のためのものか。

「・・・レゾよ。レゾのために、描かれたんだわ。きっと。」
「え?だって彼は・・・」
アメリアの戸惑いに、あたしは頷き返す。
「そう。彼は生まれつき、目が見えなかった。
あらゆるものを知識としては知っていても、生涯、自分で見ることはできなかった。
・・・だから。こうやって絵に触れながら。
見ることの叶わないものを、感覚で知ろうとしたんじゃないかしら。」
「・・・・そこまで・・・」
「あくまでも、推測に過ぎないけどね。」
彼の渇望を、あたしやアメリアが真に理解することはできないだろう。
生まれつき目が見えるという、幸運に恵まれているあたし達には。

・・・だが。
彼なら、わかるかも知れない。
今のガウリイなら、わかるかも知れない。見えないということがどういうことか。
それは口にする以上の恐怖を生むのだろう。
まるで周りに誰もいないような、永遠に一人で取り残された孤独感。
誰もその暗闇を、埋めてあげることができないのだ。

「・・・・ごめん・・・。」

アメリアに聞こえないよう、あたしは小さく呟いた。
普段通りに振る舞って、あたしを送りだしてくれたけど。
今頃・・・どんな思いで。
一人で部屋に。
それを考えると、今すぐにここを飛び立ってしまいたくなる。
 
「でも、誰がこれを?レゾは自分では描けないわよね。」
アメリアの感心した声が、物思いからあたしを引き戻した。
二つの壁龕が示すように、ここにはレゾの他に確かに誰かがいたようだ。
ベッドの脇に、木製の箱が置かれている。
開いてみると、色とりどりの小瓶と、使い古された筆が数本入っていた。
「・・・・・。」
目に浮かぶようだった。
むさぼるように絵に触れ、何度も感触を確かめて、何時間もずっとそうしているレゾ。
そのそばに、寄り添うように立つ姿が。
目に写る世界がどんなに風か、一つ一つ説明しながら。
寝る間も惜しんで、この絵を描き続けていたのだろう。

「多分・・・いたのね。レゾのそばに、誰かが。」
ひっそりと背後に立っていたアメリアの呟きに、あたしは頷いた。
「そうね。できる限り忠実に、少しでも助けになればと思って、願いを込めて。
彼のためだけに、この絵を描いた人がね・・・。」
「・・・ふうん。まるで、心当たりがありそうな口ぶりね?」
尋ねるアメリアに、あたしは遠慮がちに微笑むことしかできなかった。
「わからないわ・・・でも、なんとなくそう思っただけ。」
 

ばんっ!!!
 
突然背中を叩かれ、あたしは目を白黒させて飛び上がった。
んなっ・・なっ・・・」
「元気出しなさいよっ、リナ!!」
アメリアだった。
「レゾは各地を回ってたんでしょ!?ここ以外にも研究施設が見つかるかも知れないし!
セイルーンにだって、彼の足跡(そくせき)が残ってるわ!
まだ希望はあるわよ!
あきらめるなんて、リナらしくないわっっっ!!!」
アメリアは両の手を腰に当てて、威勢よく胸を張っていた。
どうやら、あたしが落ち込んでいると思ったらしい。
「それはそれは。アツい御声援どーも。
・・・でも、勘違いしないでよね。あきらめるなんて、あたしは一言も言ってないわよ。
まだ全力を尽くしたわけじゃないんですからね。」
そう言って、あたしは自分を奮い立たせるためにも笑ってみせた。
あたしに余計な心配をさせまいと、いつもの通りにしていたガウリイ。
彼を置いて出てきた以上、あたしがへこたれている暇などないのだ。
 
「ならいいわ。」
にかっとアメリアは笑い、それを突然にやにや笑いに変えてすり寄ってきた。
「そりゃ〜〜〜リナは全力を尽くさなくっちゃね。何といっても、大事な彼のためですもの。」
「気のせいかしら。なんか含みのある言い方に聞こえるけど。」
「ふっふっふ。わかる?
「・・・あのね・・・。」
あたしはこめかみをかりかりとかいた。
なんっっべんも同じよーなこと言うようですけど!
あたしとガウリイは、ホントにそーいう仲じゃないから!
その嫌な笑い、い〜加減に引っ込めてちょーだい!
びしっと指差す。
ところが、アメリアがもきっとばかりに指をつかんできた。
「じゃあ聞くけど。そーいう仲って、なに?」
へっ!?
意外なつっこみが来たもんである。
うろたえたあたしは、ごにょごにょと呟くことしかできなかった。
「・・な・・・なにって・・・その・・・」
「つまり、いい仲っていうか、ずばり恋人じゃないってこと?」
アメリアの言葉に、こくこくと頷く。
すると彼女は、呆れたようにあたしの指を離した。
な〜〜んだ。まだそんな子供っぽいこと言ってるの、リナ?
あなたには失望したわ。
・・・!?・・・!?」
何もかもわかった顔でため息をつくアメリア。
「そうよ。この際とことん言わせてもらうけど。
ガウリイさんが大怪我をした時、どう感じた?自分が傷つくより、嫌だったでしょ?
失いたくないって思ったでしょ?
わたしが来て、本当に助かったって言ったじゃない!
それはね!!!
その人がかけがえのない存在で、一番大事だってことよ!
あの時のガウリイさんだって、同じ思いをしたはず。
ってことは至極明白!!
それって、お互いが大事な人ってことじゃないの!!」
「・・・・だっ・・・・」
金魚のよーに口をパクパクさせるしかできないあたし。
アメリアは背後の絵を指差しながらつけ加えた。
「わたしから見れば、リナはあのレゾと同じ過ちを犯してると思うわっ!
本当はとっくに見えてる大事なことに、気づいてない!!
・・・それとも、気づかないふりをしてるだけ?」
「・・・・うっ・・・・」

じりっと後ずさりをするあたし。
ずいっと一歩を踏み出すアメリア。

「・・・・・・・。」
事態は唐突に転換した。
アメリアがふと真顔に戻り、腕組みをして、あたしの顔をのぞきこんできたのだ。
「あのね。こうなったら言うけど。実はあなたに内緒にしてたことがあるの。」
「・・・な、なに???」
その姿に異様な迫力を感じて、ひきつるあたし。
アメリアは重大な秘密を漏らすかのように、声を落として言った。
「今朝、わたし達が出かけた後のことなんだけど。セイルーンから別働隊が到着したの。」
「・・・べ、別働隊??」
「そうよ、今回の件はどうもおおごとになりそうだから。
必要な薬剤や、本来は持ち出し禁止の、魔法効果を倍増させる拡張剤なんかも用意させてね。
人員も増強するためよ。
特に治癒魔法に秀でた人で、実力者が欲しかったから。
セイルーンに滞在してた彼女も呼んだのよ。」
「・・・か、彼女??」
「シルフィールさんよ。今頃は、ガウリイさんにずっと付き添ってるでしょうね。」
「!!」
 
思わず息を飲んだあたしを、アメリアがじっと見つめる。
次に、ぺろっと舌を出した。
な〜〜んてね。う・そv 別働隊は確かに到着したけど、彼女の話は嘘。
・・・わかった?今の反応が、あなたの本心よ。リナ。」
「〜〜〜〜〜〜っ!!!」
かぁああああああっっっ!!!
「だっ・・・騙したわね!!!」
両手をわきわきさせるあたし。アメリアが身を翻す。
あははははっ!最高よ、リナっ。今の顔っ!
ガウリイさんに見せたかったわっ!!
「ア・メ・リ・ア〜〜〜っっ!!!降りてきなさいっ!!!」
浮遊で浮かび上がったアメリアをつかまえようと、あたしの手は空しく空振りを繰り返した。
い・や♪地上隊の様子を見てこなくっちゃ!
そ・れ・に♪帰ってガウリイさんに教えてあげなくちゃね〜〜っ♪♪」
「ぎゃーーーーーっっっ!!!それだけわっっっ!!!」

 
お互い翔風界で追いつ抜かれつ、あたし達はさっきの場所まで戻った。
地上隊は無事で、周囲の敵は全て退治したらしい。
ドームの周辺を調べる部隊を残し、村へ帰るようアメリアが指示を出した。
石盤は持ち出せなかったが、無事だった水晶を持ち帰ることにする。
おそらく石盤の効果を高める効果があるに違いない。

こうなったら一から出直しだ。
ガウリイの目を治す手がかりは、ここにはなくともどこかにきっとある。
モンスターを封じる手立ても考えないと。
まずは、一旦村へ戻ることにした。

・・・村へ帰ったら、まず。
何を置いても、ガウリイにただいまを言おう。
アメリアはからかうかも知れないけれど、あのドームであたしが感じたことは嘘じゃない。
一緒にご飯を食べて、今日あったことを喋って、もし言葉が途切れたら、それでもあたしが部屋のどこにいるかわかるように、精々派手に物音を立てて騒いで回ろう。
一人の時間と、その暗闇を埋めてあげることはできないけれど。
あんたは一人じゃないよって。伝えなくちゃ。
 


・・・・だが。
村へ帰ろうとしたあたし達は、その手前で気づかされた。
あたし達が偵察と地上隊の、二手に別れて行動したのと同じように。

敵もまた、二手に別れていたことに。
 
村へと続く道に、また火の手が上がっていた。
 
 


























〜〜〜〜〜〜つづく。


またもガウリイ出なくてごめんなさい。自分も欠乏症です(笑)
次回は出ます。

この連載もたぶんあと3、4回くらいです♪

リクエストで頂いている「舞踏会」なガウリナがいまだに書けなくて悩んでおります(笑)




ではここまで読んで下さった方に愛を込めて♪
目を閉じたら、誰の顔が最初に浮かびますか?


・・・え?三角とか四角?(笑)

そーらも星が飛ぶばっかりです・・・・貧血(笑)






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