「見えない未来(あした)、気づかない現在(いま)」



ゴォオオッッ!!!!!
 
火の勢いは激しく、辺りの森林へと燃え広がんばかりだった。
兵士達が村から出てきて、必死に消火に回っている。

「姫!御無事で!!」
アメリアの姿を見て、兵士達がほっとした顔になる。
「これは一体どうしたの!?状況は?」
「付近を見回っていた者がアンデッドを見つけ、浄化の呪文で払ってもらったところです。
そこまでは良かったのですが・・・
デーモンがどこかに隠れていたらしく、突然火が襲ってきて・・・!」
「村は!?」
焦った声を出てしまったあたしに、兵士はにこりとして答えてくれた。
「ご安心を!あちらは大丈夫です!!半数の者がまだ警護に残っていますから!
村へ入る前に火は消し止めます。ですが、デーモンはおそらく森に!」
「・・・ありがと!それだけわかれば心強いわ!」
あたしは強く頷き返し、アメリアを振り返る。
「アメリアはここの指揮を!デーモンの方は、あたしに任せて!」
「気をつけてね、リナ!」

アメリアを残し、あたしは再び空へ。
濃い緑の森に隠れたというデーモンを探す。
視界の端にちらりと見えた村は、まだ何の騒ぎも起きていないようだった。
「あそこへやるわけにはいかないわ・・・!」
木々の隙間にある空間を見つけ、結界を解いて降り立つ。
そして、耳を澄ます。

パキッ・・・

  ザザッ・・・

遠くで枝が折れる不自然な音が聞こえた。続いて、ずしんと土を揺るがす足音。
「こっちに来る・・・」
足音が大きくなるにつれ、近くの枝が震え、まだ緑色の葉がぱらぱらと舞い落ちてくる。

バキッ!!
ズシンッ!

木を薙ぎ倒して最初に現れたのは、ねじくれた角。
次に、剛毛に覆われた凶悪な顔がぬっと出てくる。
じろりとねめつける、白目のない黒い瞳。
 グガァアアアアォオオゥウウウッ・・・!!

獲物を見つけた喜びか、デーモンが咆哮を浴びせかける。
大きく開いた口から、咆哮の次に襲ってくるもの。これが火災を生む。
「やらせないわよっ・・・!
火炎球(ファイヤー・ボール)!!」
両手の間に渦巻く火炎の球を作り、相手に向かって投げ飛ばす。
コントロールは過たず、デーモンの口の中へ!
「ブレイク!」
頃合を見計らって、ぱちんと指を鳴らす。
吐き出そうとした火の矢と火炎球がぶつかった途端、爆発!
 
ゴヴァアアッッ!!!
 
見たくない光景だが、デーモンが口から爆散。
タイミングを合わせないとできない一挙両得の技である。
ガッツポーズを作る暇もなく、木々への延焼を防ぐために消火弾を発射。
頬へ吹き付けてくる熱風が消えていく。
「うっし!これで・・・」

心配はなくなったと言おうとしたあたしには、焦りと油断があったのだろう。
デーモンは一体ではなかった。背筋に、針が刺さったような感覚。
「!」
それは新たな気配だった。闇に潜む悪意の塊のような、瘴気。
 
ドゴォッッ!!
 
咄嗟に飛び退いたのは正解だった
さっきまで立っていた場所が、地面ごと根こそぎ抉られる。
「・・・・!まさか、ブラス・デーモン!?
枝を縫うように吐き出されたブレスに、あたしは寒気を覚える。
ブラス・デーモン。
レッサー・デーモンとは比べ物にならないくらい、パワーも魔力も増した怪物。
属性は半魔族。
普通の人間が一人で倒せる相手ではないのだ。
過去に純魔族を相手に戦ったこともあるが、その時はあたし一人じゃなかった。
「・・・!」
ごちゃごちゃ考えている場合じゃない!
「炸弾陣(ディル・ブランド)っ!」
 
ヴァアアッ!!!
 
あたしを中心にして、足下の地面がドーナツ状に吹き上がり、土煙を起こす。
デーモンには全く効果がないが、これは目くらましである。
「翔風界(レイ・ウィング)!」
風の結界を周囲に築き、土砂を防ぎつつ空中に舞い上がる。

ブラス・デーモンを倒すには、黒魔法か精神系の攻撃呪文、それに白魔法の破邪の魔法しかない。
あたしが使えるのは前者だけ。
だが、威力のある呪文を唱えるには詠唱の時間がかかる。
魔道士が戦闘では後列に配置されるのはそのためだ。
前列が攻撃している間に、呪文の準備をする。
今のあたしにはその時間がない。
まずは距離を稼ぎ、その間に詠唱を・・・
 
ブァッ!ブァッ!
 
耳を塞ぐような低音とともに、風の結界が激しく揺さぶられる。
「なっ・・・」
デーモンが口から吐いた衝撃波のようなものが、結界に攻撃を与えているのだ。
ぱちんと音を立てて、結界が破られた!
「!」
途端に自由落下に切り替わる。
「浮遊(レビテーション)!」
咄嗟に唱えた風をコントロールする術で、頭からまっさかさまに落ちることは避けられた。
だが、相手からの攻撃の手は、まだ止んでいなかった。
 
ヂッ!バヂッッ!!
 
切られた刃の感覚がないまま、すぱりと服の袖ごと切り裂かれた。
一瞬置いて、焼けるような痛みが走る。
「っ・・!」
呪文の詠唱には集中力がいる。
途端にコントロールを失い、落下。
ドスンッ!
土から顔を出した木の根に、左腕をしたたかにぶつけてしまう。
「っった・・・」
 
ドズッ!!
 
顔のすぐ脇で、草と土が跳ね上がる。
数センチと離れていない場所に、黒い大きな足が。
「!」
見上げるより先に、横にごろごろと転がって、次の足を避ける。
どうやらデーモンの足下に落ちてしまったらしい。
図体の大きい相手だ、踏み付けられるだけでもダメージは測り知れない。
「くっ!」
ズシン!!
意外に俊敏に、足を繰り出してくるデーモン。
「っつ!」
痛めた腕から激痛が走る。



踏み付けるだけの攻撃と、転がって逃げるだけの防御。
たったそれだけの、死にもの狂いの攻防だった。
森の中は静けさに包まれているというのに。
あたしの周囲では、様々な音が切迫して聞こえた。

ズシン!
ドン!
ズダン!

地響き、草がしなり、木の根がへし折れる音。

ザザッ・・・ボギィイッ!

落ちてくる枝や葉。

バサバサッ・・・

自分の吐く荒い息づかい。

はぁっ・・・はっ・・・

そして頬をかすめて落ちてくる獣の足。

ズダン!!


「リナっ!」

そしてガウリイの声。



・・・・・・・・・・・・ガウリイ!?



 
「なっ・・・」

耳を塞がれるような轟音の中で、どうしてその声があたしに聞こえたのだろう。
確かにガウリイの声だった。
耳を疑うあたしに、音と音の隙間から別の音が届く。

キャリンッ・・・

剣が鞘走る音。
ぐるぐる回る視界の中で、あたしは必死に周りを見回そうとした。
耳だけが頼りの世界で、微かに捕らえたのは人間の足音。
それと。

「ぉおおっ!!」

裂帛の気。
 

ザンッ!!!

 
グギャァアアアアアオオオオオッッツ!!!!
 
デーモンが痛みと恐怖の声を上げ、その場からとび退る。
その隙に立ち上がったあたしの目に、飛び込んできたのは。
パジャマのまま、斬妖剣を構えたガウリイの姿だった。

「ガ・・・」

信じられないものを見る思いだった。
ベッドで寝ていて、歩くことすらままならないはずなのに。
どうやってこの奥深い森の中へ!?
見えないのに!!

「リナ、どこだ!」
柄から片手を放し、あたしを探すように伸ばすガウリイ。
その背後から、手負いとなったデーモンが突進してくる。
「!」
痛みを何とか押さえ、あたしは急いで翔風界を唱える。
「ここよっ!」
デーモンより早くガウリイに辿り着き、肩の辺りをつかんで飛び上がる。

ズサッ!
ギィアアアアアオオオウウウウ!!!!

獲物を目の前でかっさらわれ、地団駄を踏んで悔しがるデーモン。




あたしは少し距離を取った地面を見つけて、なんとかそこに降り立った。
集中が続かない。

ドサッ!

「・・・はっ・・・はっ・・・・」
その場に立つこともできず、四つん這いのような状態で何とかこらえる。
「!?怪我したのか!」
手探りであたしの肩に腕を回すガウリイ。
「・・・・ば・・・・」
息が普通につけるようになって、口から出てきたのは罵倒だった。
ばかっっ!!何でこんなとこまで来たのよっ!!待っててって言ったでしょ!?」

振り仰いだすぐ先に、ガウリイの顔があった。
面喰らったあたしは、それ以上攻撃する言葉を失ってびくりと体を固まらせてしまう。

ガウリイはきょとんとした顔をし、それから吹き出すように言った。
「・・・そう言うと思った。」
「!」
「絶対怒るだろうなって、わかってたさ。
それに、目が見えないんじゃ剣士としちゃ役立たずだ。わかってる。
・・・・けど。」
彼はいつものように、人を脱力させるような笑顔を浮かべた。
「行かないわけないだろ。オレが。お前さんが危ないってわかってて。」
「・・・・・!」



できることなら、胸ぐらをつかんで揺さぶって、バカを連発したいところだった。
その体力も、時間も、気力ももはやない。
間近で見たガウリイの顔は、いつもとどこも変わらないが。
パジャマの膝が破れ、腕や手が汚れていた。
気配を頼りに辿り着くのが、たとえ超人的な感覚を持っていたとしても、どれほど大変なことか。
普通なら諦めただろうに。
・・・ガウリイは。

「騒ぎが起きてるのはわかってたんだが、何となく嫌な予感がしてな・・・。
そうしたら、デカいやつが吠える声が聞こえてきたんだ。
・・・たぶんお前さんなら、こっちは任せろって一人で行くんじゃないかと思って。
当たりだったなあ。」
見えないのに。
見えないのにガウリイは、いつものようにあたしの頭に手を乗せて、ぽんぽんと叩く。
「やっぱりオレは、お前が傷つく方が痛いからな。」
その暖かい、手。
「・・・・・・・っ・・・」


その時あたしは不覚にも、涙が出そうになった。

悲しいのでもなく、嬉しいのでもなく。
何かわからない感情に、ただ突き動かされて。

ガウリイの手は、わかっているのかと思うほど優しかった。




「・・・・で。どうする?」
ガウリイがそう尋ねる頃には、あたしも落ち着きを取り戻していた。
「ここで退くわけには行かないわ。村にはまだ人がたくさんいるし。」
「なら。もう策は考えついただろ。」
ガウリイはにこりと笑い、頭を撫でていた手を下ろすと、あたしに手のひらを向けて差し出した。
「頭のいいお前さんのことだ。もうどうするか、大体決めてあるんだろ。
今あるのは、目が見えないが、剣は使えるオレ。それと・・・」
「そう、怪我をして大きな魔法は使えないあたし。この組み合わせで、何とかしなくちゃね。」
あたしは差し出された手をつかむ。
引っ張られる形で立ち上がり、今度はあたしが彼の背中に抱きつく。
「これっきゃないでしょ!」







ズズン!
  バキィッッ!!!
グギャァアアアアガガガウウウオオオオオッッッ!!!!

手負いの凶暴な怪物と化したブラス・デーモンが、狂ったような咆哮を上げていた。
目標を見定め、上空から近付く。
「背後から落とすわ!デーモンは前方、身の丈はあんたの倍よ!
落下して二秒後に届くわ!相手はリーチがあるから気をつけて!!」
「二秒だな、わかった!!」
「行くわよ!」

ゴオッッ!!!

一瞬だけ結界を解き、ガウリイの体を放す。
風圧があることを知っているのか無意識か、ガウリイは剣を上段に構えたまま落ちる。
「一、二!!
ブァッッッ!!!

振りかざした剣の刀身に、紫色の炎が揺らめく。
「はぁっっ!!!」
気を放ち、デーモンの頭の上へと真直ぐに剣を振り下ろすガウリイ。

ザンッッッ!!!!!!

再び作り出した風の結界の中で、あたしはデーモンが二つに裂かれていくのを見た。
剣の切っ先が、勢い余って地面に突き刺さると。

ドォォォッッ!!!!

二つに分かれた巨体が、地響きを建てて地面に倒れこんでいった。
「やった!」
結界を解き、浮遊に切り替えたあたしは思わず歓声をあげる。
振り返ったガウリイが、左手の親指を立てて見せた。
無事な姿を見て、あたしは心に決めた。

たとえガウリイの目が、ずっと治らなくても。
・・・あたしは・・・・・

ふっ・・・・

その時だった。
いきなり、視界からガウリイの姿が消えた。
「!?」




























〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜つづく。


あと二回くらいで終わらせようと思って書いてました(笑)ブラス・デーモンを倒して終わろうと。
でもクライマックスまで書いたら、ガウリイの活躍が少ない・・・

よし!書き直そう!(おい!!)

ってことでガウリイの活躍を書き足してるうちに、長くなりました。やっぱりガウリイ出なかった分、活躍しなくちゃね!

というところで、次回に続きます。
ここまで読んで下さったお客さまに、愛を込めて♪

ここぞということろで助けてくれた人はいますか?
友達でも家族でも彼氏でも彼女でも♪
次は自分がそうなりたいですね♪

そーらがお送りしました♪

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